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M-041 【カチート】が必要な訳

 


 サーミストの国境から数時間程歩くと町が見えてきた。

 どこの町も同じように周囲を防壁で囲っている。この町も同じように木杭で周囲を囲んでいた。

 そういえば、アトレイムの漁師町は防壁ではなく街並みをそのまま壁として使っていたようだが、あれは例外なんだと思う。

 

 町の入口の門番にハンターである事を告げると、ギルドの場所を教えてくれた。

 この町で大森林地帯の話を聞ければ良いんだけれど…。


 ギルドに入ると、カウンターに向かって明日には旅立つ事を告げる。

 「黒3つねぇ…。大森林地帯に向かうんだと思うけど、【カチート】は使えるの?」

 「いえ…。俺達は2人とも魔法は使えません。」


 「困ったわね。…大森林地帯は【カチート】が無ければ入る事も出来ないわよ。夕暮れ前に大森林地帯を出れば問題ないんだけど、それは貴方達も望んで無いでしょう?」


 俺とフラウは顔を見合わせた。

 要するに、大森林地帯に入る為には、【カチート】の魔法が使える事が条件となるらしい。

 

 「あのう…もし宜しかったら、私達と一緒に行きませんか?」

 後を振り返ると、猫族とエルフ族の女性が立っていた。

 

 「ここでは、何ですからあのテーブルに…。」

 エルフの女性がホールの端にあるテーブルを指差す。

 ひょっとしたら連れて行って貰えるかもしれない、と思って彼女達の後を付いて行った。


 俺が席に着くと、フラウが人数分のお茶を頼んで俺の隣に座る。

 2人の女性は、俺達の対面に座った。


 「俺はユング。こっちはフラウだ。黒3つのハンターだけど、生憎と魔法は全て使えない。そして身体強化や傷を癒す魔法も俺達には全く効果が無い。…アトレイムの漁師町で大森林地帯の話を聞いてやって来たんだが、どうやら【カチート】という魔法が使えないと大森林地帯には入れないらしい。」


 ギルドの職員が俺達にお茶を運んできた。2人分で1Lだから意外と安い。たぶんギルド職員の小遣い稼ぎなんだろうな。

 テーブルに4つのカップが並んだところで、どうぞとお茶を勧める。


 「有難うございます。私はレミネア。そしてこちらがキャルルです。赤8つのハンターです。貴方達と同じようにモスレムからやって来ました。…ですが、赤8つでは少し足りないと言われてどうしようかと思っていたんです。」


 これは、渡りに船…いや、ちょっと違うか。

 要するに、彼女達が【カチート】を使えれば何ら問題が無い事になる。

 「それで、【カチート】は使えるの?」

 俺の問いにエルフの女性が頷いた。


 「じゃぁ、問題ない。臨時のパーティを作って乗り込めば良いだろう。」

 「では、ご一緒してもらえるんですね!」

 

 俺の言葉に2人の女性は嬉しそうな笑みを浮かべる。

 「俺達の武器は杖と長剣、…もう1つあるがそれはその時に話そう。」

 「私は魔道師ですから武器はこの杖になります。キャルルは弓を使います。…ですが、大森林地帯へ行くには槍を持つ必要があるそうです。怪しい場所をそれで突付けと言われました。」


 中々面白そうだ。たぶん擬態している生物が多いという事だろう。ちょっと楽しくなってきたぞ。

 「槍は俺達が準備する。全員が持つ必要も無いだろう。…で、何時出かける?」

 「明日の朝に東の門でどうでしょう。この町の東側に大森林地帯に続く小さな街道があります。その門でお待ちしてます。」


 「判った。明日の朝に東門だな。」

 再度確認して俺達はギルドを出た。

 そして、武器屋を探す。

               ・

               ◇

               ・


 杖を分解して金具だけを魔法の袋に入れる。槍を手に入れたから杖は捨てるしかないようだ。雑貨屋に立ち寄り干し肉と乾燥野菜それにビスケットのようなパンを3日分程買い込んだ。ついでに残り少なくなったタバコもたっぷりと補充しておく。

 今日の昼食は宿で手に入れたお弁当だ。

 これだけ入れても魔法の袋は2つあるから、俺達の持ち物は腰のバッグとそのバッグに隠れているナイフと背中の長剣、そしてレッグホルスターのベレッタに予備のマガジンになる。

 革のテンガロンハットを頭に被り、槍をつきながら東門に向かって歩く。

 

 そして東門の前に作られた小さな広場に着いた。

 「こっちです!」

 声のした方を見ると、革の上下に長い杖を持ったレミネアとキャルルがいた。

 腰に巻いた装備ベルトに、俺達と同じような革のバッグと小さな短剣が下げられていた。

 そのベルトにレミネアは魔道師の杖を挟んでおり、キャルルは矢筒を提げている。矢は10本程度入れているようだ。背中には1m位の短弓を背負っている。前の町で見た短弓よりはフラウの作った弓に近い長さであるところを見ると特注品なのだろう。

 長い杖は槍代わりだな。それなりに役立ちそうだ。


 ん?…バッグの上に何か丸めてあるぞ。

 「その丸めたものは?」

 「あぁ、これですね。…木の上からヒルが降ってくるからあったほうが良いと雑貨屋のおじさんに言われて購入しました。ちょっとした雨でも使えそうです。」


 ポンチョと言う訳だ。流石の俺もヒルは好きにはなれないぞ。

 急いで、フラウに俺達の分を購入に走らせた。


 「ちょっと待っててくれ。俺達の分を購入してから出掛けよう。」

 そう言って、パイプを取り出して指先で火を点ける。

 2人が面白そうにそれを見ていた。

 たぶん、魔法だと思ったのだろうが、これは純然たる物理現象だ。高電圧の放電でアークを出したんだからね。


 「そう言えば、この町の先にもう1つ村があると聞いたけど…。」

 「はい。私も聞きました。その先が大森林地帯という事です。200M(30km)程先ですから夕暮れ前には着けるんじゃないかと…。」

 そんな話をしているとフラウが帰ってきた。

 早速、同じように丸めてバッグの上に革紐で括りつける。

 

 そして、準備が整うと、門を抜けて東へと続く道を歩き出した。

 小さな畑が続くと思っていたら直ぐに荒地に変った。町で消費するだけの野菜を作っているのだろう。町の経営はどうなっているのかと思っていると、前方から牛に引かれた荷車が数台やって来た。

 前後を数人のハンターに囲まれている所をみると結構物々しいものに見える。


 「町の人達は大森林地帯から運ばれてくる品物を加工して暮らしをたてているようです。小さな工房が沢山ありました。」

 そんな事をレミネアさんが話してくれた。

 材料を買い込んで加工して付加価値を付ける。そうすることで、材料費の何倍もの金額を得ることが出来るのだろう。貿易みたいだな。


 2時間程歩いたところで休憩所に立ち寄り焚火でお茶を沸かした。

 俺達がのんびりと東に向かっているのに対して荷車は休む事無く、道を行き来している。

 結構、色々と収穫があるのだろうか?俺達と同じように東に向かう荷車もあるのだが、荷物は東から来る方の荷車と大差ない。

 という事は、これから向かう村にも何かと需要があるのだろう。

 大森林地帯と言うから、誰も住まないような土地だと思っていたが、意外と経済活動が活発なようにも思えてきた。


 「これが、大森林地帯の生物達です。」

 そう言って図鑑を見せてくれた。前に購入した図鑑の別冊になるらしいが…。根で歩きまわる木や、ムカデの大きい奴、それにヤマヒルと種類が多い。

 そして、図鑑をスキャンして少し気が付いた。

 大森林地帯の生物相は他と違って動物よりも虫、そして虫よりも植物が上位に君臨しているようだ。それでも、暴君と書かれた生物はどう見ても肉食恐竜にしか見えないぞ。

 俺がスキャンした結果をフラウに伝送する。互いに見詰め合って5秒程度で伝送出来るんだから便利なものだ。


 図鑑をレミネアさんに返すと、お茶の残りを急いで飲み込んで焚火の始末をする。

 先は長いのだ。夕暮れ前に次の村に着けるように先を急ぐ事にした。

 

 ずっと荒地が続くのかと思っていたら、昼過ぎになって遠くに黒々とした森が見えてきた。

 あれが大森林地帯に違いない何となく足取りも軽くなる。


 日の落ちる寸前に辿り着いた村は、周囲を2重の杭で防壁を作っていた。

 そして、村自体は小さな村だ。20軒にも満たないログハウス風の家並みが道の両側に建っている。門は数人の村人が番をしていて、門の内側には10台以上の荷馬車が停められるように大きな広場になっている。

 そして、驚くべき事にここにはギルドが無い。

 ギルドは大森林地帯の最初の森を抜けた先にある荒地にあるそうだ。

 宿でそんな話を聞きながら明日のお弁当を頼んで俺達は横になった。


 レミネアさん達は直ぐに眠ったみたいだけど、俺達はずっと起きていた。

 宿の前を深夜になっても走り抜ける荷車が多い。

 そんな、ガラガラ…という音を聞くと、イヤでも期待してしまう。

 

 朝日が上る前に俺達は身支度を整えて宿の1階にある食堂で朝食を食べる。

 薄いスープに黒パンの食事を終えると、宿のオヤジからお弁当を受取って通りに出た。

 そして、通りを東に向かって歩き出す。


 東の門を通ると、朝日が森の上に現れた。

 結構早い時間帯だが、次の村まで約340M(50km)あるらしい。どうしても森の中で野宿しなければならないが、少しでも条件の良い場所を探すのは意外と手間が掛かる。

 森に向かって、荷馬車1台が通れる位の道がずっと伸びている。

 俺達は少しずつ森に近づいて行った。


 森の入口付近で昼食を取る。

 まだ10時を過ぎた辺りだけど、森の中よりは少しでも見通しの良い場所が良い。

 道を外れて焚火を作り、お弁当の黒パンサンドをお茶を飲みながら食べ始めた。

 

 「森の中で野宿する時は【カチート】を使えと言われましたから、今夜は【カチート】の障壁の中で野宿する事になります。」

 「町のギルドで聞いたけど…。【カチート】って何なの?」

 「教えるにゃ。【カチート】は目に見えない壁を作る魔法にゃ。小さい家位の大きさで全周囲に壁が出来るにゃ。…でも大きな獣だと突破されるって聞いたにゃ。」


 キャルルさんのネコ族らしい言葉使いが、お年頃の娘さんから話されるとちょっと違和感もあるけど、まぁ、悪い気はしない。高校時代の悪友なら泣いて喜ぶかも知れないな。

 そして、【カチート】は障壁と言う事か…。結構、獣等が出てくるという事らしい。少し気を付けねばなるまい。


 昼食を終えて、歩き出すと直ぐに森へと入った。

 森と言っても、広葉樹の森だ。それ程樹高も無いが、大きく枝葉を広げているのでちょっと薄暗く感じる。そして道の両側は膝位までの下草が一面に生えている。

 獣の接近を探知するのは俺達以外には難しい環境だな。


 「フラウ、生体探知モードを動体探知モードに移行…。その状態でサーマルモードも立ち上げてくれ。」

 「了解しました。探知半径縮小します。レンジ500で周囲の監視を継続します。」

 

 しばらく歩いた時だ。

 「10時方向に動体検知。接近中です。このままですと1分後に私達の前方30mを横切ります。」

 「敵対する動きは無いんだな?」

 「警戒している動きではありません。同一速度で動いています。」

 

 素早くヘッドディスプレイに状態を映し出す。

 なるほど、一定速度で移動しているだけのようだ。

 俺達は歩みを止めて、その接近してくるものを待ち構えた。

 俺達が槍を構えて待ち構えていると、道の前方を根っ子を足のように使って高さ5m程の立木が道を横切った。


 「歩行樹にゃ。良く気が付いたにゃ。」

 「俺達の勘の良さはネコ族並みです。魔法が使えない分、勘が良くないとね…。」

 そう言って、誤魔化しておく。


 何が出て来るか分らないので、休憩は取らずにゆっくりと歩いて行く事にした。

 そして、少し立木が少ない場所を探すと、そこを今夜の野宿場所に決める。

 俺と、フラウが代わりばんこに薪を取りに行く。

 1晩を過ごす薪を手に入れたところで、レミネアさんが【カチート】の魔法を使った。

 

 「空気は流通しますが、それ以外は壁を越える事が出来ません。中からも外からもです。もう、この中は安全ですよ。」

 そう言って、焚火を起こす。

 俺は、薪の1本を外に向かって軽く投げた。

 カチン!っと音がして4m程先で跳ね返る。傍に行って手を出すと…なるほど、見えない壁がそこには存在していた。


 夕食を食べて、焚火の傍に横になった。

 何気なく、壁のある方に目を向けると、そこにはイソギンチャクのような口を壁に押し付けたヒルのような生物が集まっている。

 【カチート】が必要な訳だ。

 俺達を食べるとは思えないが、あんなおぞましい生物に体中張り付かれたらと思うとゾッとする。

 俺達は【カチート】のおかげで、朝まで安心して過ごす事が出来るようだ。

 

 

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