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M-040 サーミストへ

 

 

 秋も深まり漁師町のそれほど大きくない耕作地には麦が実っている。

 そして、それを狙う渡りバタムの群れも段々と増えてきた。

 ビオレちゃんも友達と一緒に渡りバタムを狩っているようだ。


 ビオレちゃんの弓の腕を友達も認めたようだから、近場の狩りで腕を少しづつ上げて行くんだろうな。

 俺達の弓は、フラウがもう一度削り直した。

 今、ビオレちゃんが使っている弓よりも、2割増しの引く強さがいるけど、来年には十分にこの弓が引けるだろう。

 そして、矢ももう一度手直ししてある。俺とフラウの分を合わせれば20本だからしばらくはこの矢を使っていけるだろう。

 

 改めて杖を削ると、鍛冶屋に作ってもらった金属の筒を杖の上下に刺してクサビを打ち込む。これで、どんなに強く振っても抜け落ちる事は無い。

 そんな事を暖炉の前で行なっているとおばあさんが声を掛けてきた。


 「そろそろ出掛けるのかい?」

 「えぇ、だいぶ長居してしまいました。他の国にも行ってみたいですから…。」


 そうだねぇ…。そんな事を言いながら俺達にお茶を勧めてくれた。

 「あんた達はエントラムズから来たんだね。」

 「えぇ、エントラムズの最後の依頼主はギルドではなくトラ顔の将軍でしたが…。」


 「その人は、ケイオスと言うんだ。…だいぶ偉くなったねぇ…。だが、エントラムズにはそんなに面白い依頼は無いかもしれない。面白さではサーミストの東に広がる大森林地帯だね。私も1度仲間と足を踏み入れたが…いや、驚いたの何の。常識が逆にあった世界さね。立木は歩くし、虫は人を襲う。そして獣はジッと獲物が来るのを待っているのさ。」


 それって、どこの世界なんだ?

 歩き廻る立木って魔物じゃないのかな。虫が人を襲うのも問題がありそうだぞ。

 とは言え、ちょっと位なら話の種に見ておきたい気もする。


 「それは面白そうですね。サーミストって遠いんですか?」

 「遠いといえば遠い国だね。エントラムズ王都から東に街道を進むとモスレム王国だ。モスレムの王都から南に街道が伸びている。その街道を進んで最初の町で東に進むんだが、判らなくなれば、モスレムに入って聞けば教えてくれると思うよ。」


 「そうですか。有難うございます。…フラウ、準備は良いか?」

 俺の問いにフラウがお茶のカップを持ったまま、小さく頷いた。


 「それでは、俺達は出掛ける事にします。…これは、ビオレちゃんに渡してください。今使っている弓より少し強めです。」

 そう言って、2本の弓と矢をテーブルに置いた。


 「意外とせっかちだね。でも、宿代は何時も月初めに頂いてる。ちょっと待っておくれ、お釣を渡さないと…。」

 「いえ、お釣は取って置いてください。俺達の都合で出掛ける訳ですから。ビオレちゃんはいいハンターになれると思います。よろしく伝えてください。」


 そう言って席を立って家を出ようとした。

 「まぁ、大森林は逃げはしないよ。せめて、お弁当を持ってお行き。」

 俺達のカップに新しいお茶を入れくれると、台所に向かった。


 意外とこういう展開には弱いんだよな。

 改めて椅子に座るとお茶を頂く。


 そして、台所から2つの包みをもっておばあさんが出て来た。

 「ほい。これを持ってお行き。…良いかい。モスレム王都から南の街道を行くんだよ。」


 「有難うございます。それでは、何時までもお達者で…。」

 そう言っておばあさんからお弁当の包みを受取ると、腰のバッグの袋に大事に入れた。

 

 軽くおばあさんに手を振ると扉を開けて外に出る。

 丁度昼前位だな。そんな事を考えながらギルドに向かって、エリーさんに町を出ることを伝えた。


 「そうなんだ。この町に居てくれたら嬉しいんだけど、まだ若いからね。でも、何かあったら戻ってらっしゃい。」

 分厚い帳面に、なにやら記載しながらそんな事を言ってくれるのも嬉しい気がする。


 そして、俺達は町を西に抜けると、道を辿って北を目指す。

 思えば随分と長くこの町にいたような気がする。

 来た時は春先だったが今はもう秋が深まってきた。あまり長く居ると、そこで暮す事になりそうだしね。


 折角こっちの世界に来たんだから、最初は色々と見て回ろうと思う。

 立木が動き回るなんて聞いたら、やはり見に行かねばなるまい。これから冬だから、枯れ木が動き回るんだろうか…。

 

 俺達の歩みは、疲れる事が無いので結構速い。途中で何組かの旅人を追い抜いていく。

ハンター以外の旅人は荷物を背負ったり、牛に荷車を引かせたりしているから歩みが遅いようだ。

 ハンターならば魔法の袋に所帯道具を入れて置けるから殆ど身一つの旅となる。

 そんな感じだからハンターの移動は頻繁にあるらしい。

 町や村に止まる時は必ずギルドに行くように言われたけれど、通過するだけならギルドによらずに済むようだ。

 別にベッドでなければ眠れない訳ではない。どんどん先を急ぐ事にする。


 満天の星空の下、海辺の漁師町を数十km程離れたところで、俺達は道を離れて今度は東に進路を変えた。

 そして、国境の用水路のような流れをピョンと飛び越えてエントラムズ王国に入る。

 この辺りは荒地が続いているようだ。直ぐ南には低い山並みが続いている。


 「南に中型の獣が数匹…距離約800程度です。」

 「狩るよりは先を急ごう。目的も無く狩るのはハンターとはいえないと思うよ。」

  

 たまに、フラウが周囲の状況を報告してくれるけど、先程の言葉通りで、無駄な殺生はするものではない。

 俺達が生物で無いんだから尚更だ。命の営みに無闇に手を出すべきでは無いと思う。


 夜通し歩いて、少し空が白み始めた頃、俺達は小さな林を見つけた。

 その一角に焚火を作って一休みする事に…。そろそろハンターや農民達が活動し始める頃だ。

 俺達は、ここで一夜を明かした事にして、そんな人達をやり過ごす事にしたい。

 変に疑われる事は避けるべきだと、今までに学習しているからね。


 俺がポットでお茶を沸かしていると、フラウが偵察から帰ってきた。

 「北10km程に耕作地帯があります。その北東に小さな村がありました。東方向には荒地が続いています。南は緩い山並みです。」

 「ハンターは見かけなかった?」

 「南の山裾に5人のハンターが野営しているようです。こちらに気付いている様子はありません。」


 そんな報告をしてくれたフラウにお茶のカップを渡す。

 そして、悪くならない内にと、おばあさんに貰ったお弁当を開く。

 黒パンに厚いハムを挟んである。ちょっと野菜が萎れているが、あの家の精一杯の贈り物なんだろうな。

 焚火で、パンを焼いて頂いた。

 

 おばあさんと孫でやっているような小さな宿屋だ。宿屋と言うよりは民宿だな。

 俺達がいた間だけでも、少しはゆとりが出来たと思うけど、俺達がいなくなればビオレちゃんのハンター収入だけになってしまう。

 滅多に客は来ないのか…それとも客を選んで泊めているのか…俺達が止まった部屋は使われてからだいぶ経って言えるような気がしたな。

 それでも家はあるんだから、ビオレちゃんの薬草採取の僅かな収入でやって行けるだろう。

 

 「このまま、東に進みますか?」

 「あぁ、昼間だから少し歩みを遅くしなければな…。」

 夜なら走って一気に移動出来るが、昼間だとそうはいかない。人並みの速度で歩く事になる。

 俺の言葉に頷くと、フラウはお茶のポットとカップを袋に仕舞いこんで腰のバッグに入れて立ち上がる。

 俺も、焚火を消してその上に土を被せる。小さな林が野火で灰になる事が無いように…。


 フラウが俺の杖を渡してくれる。

 杖を持って、林から抜けて荒地を東へ歩き出した。

               ・

               ◇

               ・


 俺達はゆっくり歩いている心算でも、傍から見ると早歩きなんだろうと思う。フラウの報告では6時間で30km以上東に進んだようだ。

 それでも周囲には村や畑も見えない。低い南の山並みも何時しか見えなくなった。

 

 「相変わらず周囲には小型の獣しか確認できません。」

 「昼だからね。夜にならなきゃ出て来ないんじゃないかな。」


 そんな話をしながらひたすら東を目指して進んでいく。

 そして、日が暮れると俺達の進む速度は一気に上がる。荒地をマラソンランナーが走る位の速度で走るから、1時間で20kmは進む事が出来る。

 正直な話、夜に2時間も走れば昼間に進む位の距離を進めるのだ。


 夜半を過ぎた頃、俺達は南北へ伸びる街道を見つけた。

 エントラムズに入ってから100km以上東に進んでいるから、これがサーミスト王国へ向かう街道と見て間違いはあるまい。

 確か、最初の町を東に行くんだったよな。

 そう考えながら街道を眺めると、暗い街道はずっと南へと伸びている。

 俺達は街道を南に向かって歩き出した。


 白々と夜が明ける頃、街道の両側に低い柵が100m程伸びて、街道の右端には2台の馬車が停まっている。

 その前には篝火が焚かれ、数人の兵隊が立っている。

 どうやら、国境のようだな。

 柵の向こう側にも同じような馬車が停まっていてそっちにも兵隊がいるようだ。


 臆する事無く歩いて兵隊達の所に近づいた。

 「止まれ!…ここはエントラムズとサーミストの国境だ。現在手配中の犯罪人はいないが、役目なので身分証を提示願いたい。」

 若い兵隊が俺達の前に立ち塞がって俺達を止める。


 俺とフラウは顔を見合わせると、首からギルドカードを外して兵隊に渡した。

 篝火から火の付いた薪を別の兵隊が持ってきて、若い兵隊の持った俺達のギルドカードを照らし出す。

 「黒3つですか…。若いのに大したものですね。腕試しに大森林地帯に行かれるのでしょうが、あそこは常識で判断できない所です。早めに引き揚げてエントラムズにお戻り下さい。」


 そう言って俺達にギルドカードを返してくれた。

 黒3つって意外と頼られるのかな。この兵隊の言い方も、俺達をエントラムズに直ぐにでも戻ってきて欲しいみたいだ。

 「はぁ…。とりあえず様子を見てきたいと思ってるんです。あまり長居する事は無いと思いますよ。」


 そう言って俺達はサーミスト側の兵隊に同じようにギルドカードを出そうとしたら笑って手を振っていた。

 国境は出る者を確認しているのかな…。それとも数mも離れていない所で聞いていたから改めて確認する必要が無いと判断したのかな…。

 そんな事を考えながら街道を進む。ここは常識が通じない生物がいると言う大森林地帯があるサーミストだ。


 

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[気になる点]  「それは面白そうですね。サーミストって遠いんですか?」  「遠いといえば遠い国だね。エントラムズ王都から東に街道を進むとモスレム王国だ。モスレムの王都から南に街道が伸びている。その…
[気になる点]  「えぇ、エントラムズの最後の依頼主はギルドではなくトラ顔の将軍でしたが…。」  「その人は、ケイオスと言うんだ。 ※本編でも、初期ケイロス、それからケイモス     亀兵隊の…
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