M-039 ガトルを統べるもの
光球の照らす明かりで辺りを見る事が出来る。
そうでなければ、あの子牛程もあるガトルを視認できなかったろう。
生体探知モードを映し出すヘッドディスプレイには赤い輝点がボンヤリと映っているだけだ。それだけだと小型の獣と勘違いしてしまう…。
魔物…とトリムは言っていた。それは、生体反応をあまり示さない生物なのだろうか?
「魔法が使えません!後ろに下がります。」
ジャネットが悲痛な声を出して、足元の杖を掴むと岩の後ろを警戒する。
「私も下がります!」
マリーネがジャネットに倣う。
トリム達の援護はビオレちゃんに代わったようだな。…俺の後ろで、弓鳴りの音がする。
「距離200…。レールガンを使用します。」
フラウが長剣を左手に持つと、ベレッタをレッグホルスターから引き抜いた。
「爪に毒があるようだ。絶対に近づけるなよ。」
俺の声が終らない内にビィン!っと甲高い音が数回連続した。
ドサっと言う音が聞えたような気がした。
当たったようだ。
そして、俺達に群がるガトルの群れが急速に遠のいて行く…。
「終ったのか?」
「分らん…。少なくとも、この広場にはいないようだが…、少し様子を見よう。」
トリムの問いに俺が答えると、マイクも一緒になって頷いている。
血の滴る長剣を片手に持ってパイプを取り出すと、フラウが指先で火を点けてくれた。
「おっ…。俺にも火を分けてくれ。」
俺がパイプを使い出したのを見て、トリムがパイプを取り出した。
「しかし、こんなにガトルがいるとは思わなかった…。」
「あぁ、俺達だけならどうなっていたかと思うと、ぞっとするぞ。」
トリム達は岩の周囲を見渡しながら、そんな話をしている。
ビオレちゃん達も西の方を見張りながら、小さな声で話しをしているようだ。
「マスター。あのガドラーが群れを率いていたのでしょうか?」
「分らない…。でも、そうだとするとカルネルとカルネラみたいな関係になるのかな?…明日、ギルドに戻ったら、その辺を聞いてみよう。」
2時間程度経ったが、ガトルはもう現れなかった。ヘッドディスプレイには小型の獣達が広場をうろつき出した。
こいつ等が現れた所をみると、もうガトルの群れはここを去ったのだろう。
岩の周りはガトルの屍骸ばかりだから、岩の上に薪を俺が運んで焚火を作る。
その上にポットを乗せてここで夜を明かす事にした。
東の空は少しずつ明るくなってきている。あと1時間もすれば周囲の惨状がイヤでも目に付くんだろうな。
みんなで熱いお茶を飲むと少し高ぶっていた気分も落着いてくる。それと同時に岩の周りに30匹以上のガトルの屍骸が折り重なっているのが分った。東に目を移すと子牛程のガトルが頭を吹き飛ばされて倒れている。
朝食を簡単に済ませると、皆で手分けして牙を抜取る。ガドラーの魔石はフラウがナイフで抉り出した。心臓付近から出て来た魔石は少し鈍い赤色だ。
「54匹だぞ。1個20Lだから…凄いぞ!」
トリムは計算出来なかったようだ。
「これも売れるはずだ…。」
そう言って、トリムにガドラーの魔石を渡す。
「良いのか?これだけで結構な値段になるぞ。」
「皆で狩ったんだから、皆で分けよう。」
俺の言葉にフラウも頷いている。
ちょっと疲れたけど、この場所で休むのも何となく気が引ける。
村に戻る途中でゆっくりと休む事にして、一同ここを早目に去る事にした。
森を南に歩いて大岩に行く小道に出る。後は、小道を西に進むだけだ。
森を出たところで、昼食を取る。
焚火を作って鍋を掛けると、スープをマリーネ達が作り始めた。ビオレちゃんも野菜を切るのを手伝っている。
俺は、のんびりとトリム達と一緒にパイプを楽しむ事にした。
「マリーネ達が辛そうだ。ここで野宿しようと思うんだが…。」
「あぁ、俺は構わないぞ。ビオレちゃんも頑張ってるようだけど…、やはり疲れてるようだな。」
村には、後3時間程掛かりそうだ。無理する事は無い。
ふらふらしながら村に着くよりは、ここで一晩ゆっくりした方が、明日に疲れを残す事は無いと思う。
俺とフラウは焚火を離れて森に戻った。少しでも薪を集める必要があるだろう。
俺達が焚火に戻ると直ぐに昼食が始まる。
当に昼は過ぎているが、夕食と言うには早過ぎる時間だ。
早々と昼食を終えると、マリーネ達が食器を洗って俺達の食器を返してくれた。
「後は、俺達がいる。3人は先に休んでくれ。」
トリムの言葉にマリーネ達が頷くと、草原に毛布を広げて横になった。丁度木陰になっているから、天幕を張らずとも眠れるだろう。
俺達は4人で焚火を囲む。
「しかし、何であんなにガトルがいたんだ?」
「山から下りてきたんじゃないか?…エントラムズ側で山狩りでもしたんじゃないか?」
マイクは何時もなら10匹程度の群れがいるだけだと聞いていたらしい。
200匹を越えるとはな…。と言いながら身震いしている。
まだ黒にも達していないハンター達だ。数匹程度なら容易いが、あまりの多さにたぶん死を覚悟したんだろうな。
俺達が焚火の番をすると言って、トリム達を休ませる。
焚火をフラウと囲むのも久しぶりな感じがするな。少し前に俺にお茶を入れてくれたフラウは、ゆっくりと長剣を研ぎだした。
シャーっと切っ先に向かって砥石を何度も滑らせている。
意外と刃物を研ぐのが趣味だったりして…そんな事を考える自分を笑う。
1時間程掛けて俺の長剣を砥ぎ上げて、今度は自分の長剣を研ぎ出し始める。
とっぷりと日が暮れて、2つの月が輝きだした。
ヘッドディスプレイには荒地を動き回るラッピナの姿がちらほら目に付く。
自分の長剣を研ぎ終えたフラウが、焚火の傍から立ち上がると杖を持って闇に消えていく。
それをヘッドディスプレイの動体探知モードで見ていると…、何時ものラッピナ狩りだな。
お土産に何匹か狩るみたいだ。何時の間にかそんな事を覚えたフラウが俺よりも人間のように思える。
しばらくして、焚火の元に返ってきたフラウの手には、3匹のラッピナがぶら下がっていた。
・
◇
・
空が白み始めた。もうすぐ夜が明ける。
フラウが、ポットに水筒の水を入れるとお湯を沸かし始める。
そろそろ皆が起きる時分だろう。流石に昨日は疲れていたらしく、バタンキューに近い状態だったからな。
う~む…そんな声が聞え始めた。
そして、最初に起きてきたのはビオレちゃんだった。
荷物を畳んで俺の横に座る。
トリム達もごそごそ音を立てているから、起き出したんだろう。
「お早う。…すまんな、交替出来なくて。」
「まぁ、フラウと交替で休んだから、大丈夫だ。…お茶が沸いてるぞ。」
マリーネ達が簡単な食事を作ると朝食が始まる。そんな所に東の山並みから朝日が上ってきた。
「昼前には町に着くな。そしたらギルドで解散だ。」
「直ぐに、次の依頼を探すのか?」
「いや、1日は休むさ。良い稼ぎになったしな。」
「なら、宿にこれを渡せば夕食は期待できるぞ。」
俺の言葉に、フラウがラッピナをトリムとマイクに1匹ずつ差し出した。
「良いのか?」
「あぁ、昨夜その辺をうろついてた奴だ。結構味が良いからな。宿では喜ばれるはずだ。」
「有難く頂くよ。」
そう言って大事そうにバッグの袋にラッピナを仕舞い込む。
食事の後にもう一度お茶を飲み、マリーネ達が食器を洗ってくれるのを待って、俺達は町へと慮側に畑の続く道を歩き始めた。
途中、畑に向かう村人と何度かすれ違う。
その都度、挨拶を交わすのはこの辺の慣わしらしい。
知らない人でも、互いに挨拶を交わすと何となく嬉しくなるから不思議だな。
そして、町の入口の門番さんにも挨拶を交わして町に入る。
朝には遅く、昼にも遠い…そんな時間にギルドに到着した。
俺達はテーブルで待ち、トリムが依頼の完了をエリーさんにしているようだ。
やがて、トリムがテーブルに来て近くのイスを持ってきて座り込む。
「全部で945Lになった。1人135Lになるぞ。」
そう言って、テーブルに7つの硬貨の山を作る。
俺は、山の1つをビオレちゃんの前に置く。そして山の2つを一緒にしてフラウの前においた。フラウは大事そうに硬貨を財布代わりの革袋に入れてバッグに仕舞いこんだ。
「あの~。こんなに頂いて良いんですか?」
「あぁ、問題ないぞ。狩りは山分けが原則だ。ビオレちゃんが後ろで矢を射ってくれたからトリム達は安心して戦えた。矢で息絶えたガトルも多かったぞ。」
「確かにな。マリーネ達の魔法攻撃も良いが、連発できないのが痛い。やはり弓が使える仲間がいると安心出来るな。」
トリムの言葉にビオレちゃんが嬉しそうに微笑んでる。将来は、長剣も使える弓使いとして活躍する事になりそうだ。
「エリーさんの話だと、やはりユングの言ったとおりだ。ガトルの大きな群れにはガドラーがいる場合が多いと言っていたぞ。」
「そうなら、次は群れの大きさを見てから狩りをしないとな…。上手く岩があったから良かったが、広場にいたらどうなってたか分らないぞ。」
俺の言葉に皆が頷く。
そして、俺達はここで別れて宿に向う事にした。
「ちょっと雑貨屋に寄りますね。」
「何か、買うものがあるの?」
「はい。獣を相手にするとなると、私は【サフロ】が使えませんから、薬草を買っておこうと思って…。」
俺達は自己補修が出来るし毒も効かない。しかし、ビオレちゃんはそうは行かない。やはり、最低限の手当てを行なう薬草類は必要だろう。
一応俺達も揃えておくか…。
そんな訳で、俺達は薬草のセットを手に入れた。傷薬が2個と毒消しが2個、それに飲む薬草が1個の5点セットだ。細い竹のような物に入って木の蓋が付いている。その蓋の形状が異なっているから暗闇でも使えそうだ。
25Lは高い買い物だと思うけど、これで助かる事もあるわけだからハンターには必需品だな。
革のケースが付いているから、ベルトに挟んでおける。そういえば、トリム達もベルトに付けていたっけ。
ビオレちゃんの家が俺達の宿だ。
「ただいま!」
大きな声で挨拶しながら扉を開けると、暖炉際でお婆さんが刺繍をしていた。
「おや、だいぶ早かったね…。まぁ、座っとくれ。今お茶を入れるよ。」
そう言って席を立ったお婆さんに、ビオレちゃんがバッグの袋からラッピナを差し出した。
「何時もすまないね。…今夜はラッピナのシチューにするよ。」
そう言うと、ラッピナを台所の方に持っていった。
ビオレちゃんがその間にテーブルにカップを並べている。
そして、おばあさんが入れてくれたお茶を飲みながら、ガトル狩りの顛末を話し始めた。