M-038 ガトルの群れ
俺達が東の門で待っていると、ビオレちゃんが駆けて来る。
「お婆ちゃんに許可を貰ってきた。遅くても2日後に帰るって言っといたよ。」
はぁはぁと息を整えてるビオレちゃんにフラウが水筒の水を飲ませている。
「さて、これで揃ったな。…ユング、釣りだ。」
トリムがそう言って50Lを俺に渡してくれた。それ程使わなかったのかな?
森に向かって小道を歩く。
周りの畑の麦はまだ刈り入れには早いようだ。ヘッドディスプレイには小さな獣が畑の中をうろついているのが映っている。
たぶんラッピナだろうな。森に入る前に何匹か取っておこうか…。
畑を抜けて荒地に入る。小道は未だ続いている。この道は森の奥の大岩の所まで続いているのだ。その先は、未だビオレちゃんには早すぎると思うな。
そして、森の入口で昼食だ。
ハンター御用達の黒パンサンドだな。それにお茶が俺達の昼食になる。
「ユング…餌を確保出来るか?」
「可能だが…それだと夜に狩りをする事になるぞ。俺達が夜狩りをして、早朝に餌を仕掛けた方が、お前達にもガトルが見えるだろう。」
「だが、またお前に夜の狩りを頼むことになってしまうな。」
「良い狩場を見つけて、餌で誘き寄せる。そして待伏せが基本だと思うよ。気にするな。森で適当な獲物が取れなければ俺達が何かを見つけるよ。」
パイプを楽しみながら狩りの仕方を話し合う。
6人で焚火を囲んで、こんな話をすると何時の間にか一人前のハンターになったような気がしてきた。
まだ、この世界に来て1年もしないのだが、何時の間にか馴染んでいる。
休憩を終えると、森へと続く小道を東へと俺達は歩いて行く。
大岩までは結構な距離だが、俺達はそこまで行かずに小道から森の北へと分け入る事にした。
この森の北側に入るのは初めてだけど、ヘッドディスプレイに映る生体反応は小型の獣ばかりだ…。ガトルのような中型の獣は見当たらないけど、トリム達は自信を持って先頭を歩いている。
1時間程森を進むと、視界が開けてきた。
森の中にある広場というような場所だ。潅木も生えない野球場位の小さな丘がそこにはあった。
「この場所は?」
「ギルドで教えて貰ったんだ。大岩の途中から森を北に進むと広場があるってね。そこはガトルの縄張りだから注意するんだぞと言っていたけど、今日はガトル狩りだからここへ来た訳さ。」
確かに、広場だから周囲の見通しは利く。だが、これだとビオレちゃん達女性を守るのに無理がありそうだ。
出来れば、ガトルが上れないような岩か立木があればと周囲を見渡す。
西の外れに岩が見える。…大きさをヘッドディスプレイで確認するとトラックの荷台程もあるぞ。高さは2mも無いが、それなりに使えそうだ。
「後衛にガトルが飛びつかないように、あの場所で迎えるのはどうだ?」
俺は西の岩を指差した。
「確かに、ジャネットが攻撃出来るのは【シュトロー】だけだ。マリーネも【メル】だったよな。」
2人の女性が顔を見合わせて頷く。
「そして、ビオレちゃんは弓が使える。後ろで安全に援護して貰える場所じゃないと俺達も全力を出せないぞ。」
皆で西の岩まで歩くと、野宿の準備を始めた。
トリム達が森に分け入り薪を集める間に、岩の少し窪んだ場所を見つけて、毛皮を敷く。
俺は岩に上って周囲の偵察だ。
岩の上部は数m四方程度の広さがある。ゴツゴツした岩肌だから滑り落ちる事は無いだろう。東に向かって傾斜しているが、その先端部でも2m近い段差になっているから、ガトルが飛びつくのは難しいだろう。
どちらかと言うと、ビオレちゃん達が上る方が難しいかもしれない。簡単な梯子を作らないとダメだろうな…。
トリム達が薪を集めて来たので、早速焚火を始める。
そして、今度は俺達が薪を集めに森へと入った。
「フラウ。梯子を作るのに適当な立木を4本切ってくれ。それと蔦を適当に集めて欲しい。俺は薪を集める。」
そう言って、俺は薪の束を作り始めた。
フラウが太さ5cm程の竿のような木を蔦で縛って俺の所に来たところで、薪を背負って皆の所に戻る事にした。
「だいぶ、集めてきたな。」
「あぁ、いざとなれば、これも防壁に使えるからな。残った薪は置いておけば誰かが使ってくれるよ。」
「その竿は何に使うんだ?」
「これか…?岩に上る梯子を作るんだ。低いところでも俺の身長位はあるぞ。3人が上るのはちょっと無理だと思ってね。」
そう言って、俺は竿を揃えると簡単な梯子を作り始めた。
2本の竿に30cm程の間隔で5段の切り込みを入れる。残り2本の竿を50cm程の長さで5本切り取り、切り取った棒の両端に近い場所に切り込みを入れる。
棒の切り込みと竿の切り込み部分を合わせて蔦で縛れば簡単な梯子の出来上がりだ。
「梯子はそうやって作るのか…。」
「軽い者が数回利用するならこれで十分だ。体重のある奴は無理だぞ。」
マリーネ達はどうやって上ろうかと考えていたらしく、出来上がった梯子を見て少しホッとしているようだ。
トリム達もそんな事をきちんと考えてやらないと、あいそを付かされるぞ。
だいぶ日が傾いてきたので、マリーネが鍋を焚火に掛ける。そして、ジャネットがポットを焚火の傍に置いた。
スープの具材は…、干し肉と、野菜だな。野菜は生野菜だからちょっと期待できるぞ。…でも、味付けは塩だけだからな…。
そんな目でマリーネの下拵えを見ていたら、ホイってトリムが何かの葉っぱをマリーネに渡した。
ありがと、と礼を言うと貰った葉っぱを細切れにして具材を入れた鍋に放り込んだ。
俗に言う、食べられる野草って奴かな?
黒パンを炙って、スープを一口飲んだ時に何時もと違う事が分った。あれは香辛料の代用のようだ。胡椒に似た風味が口の中に広がった。
ビオレちゃんもちょっと驚いているようだ。
「薪を探していた時に、ペリムを見つけたんだ。これを入れたスープは一味違うだろ。」
確かに…。俺達は皆頷いた。
こんな葉だぞ。と言ってトリムが教えてくれる。
フラウがしっかりと記録したから俺達でも探す事が出来るだろう。
食事が終ると、マリーネが魔法でお湯を出して食器を洗い始めた。
俺達のエナジーは水を分解して得ているようだから、何時でも水を出せる魔法はちょっと羨ましく思う。
お茶のポットが廻されると、俺達は自分のカップにお茶を注ぐ。
フラウやビオレちゃん達は、フラウがバッグから出した駄菓子を食べながらおしゃべりを始めた。
俺達は明日のガトル狩りの段取りを話し合う。
「俺の勘では、ガトルが周囲にはいないんだが…。」
「それを今夜探りたい。ハンター仲間で嘘をつく奴はいないはずだ。この広場がガトルの縄張りだと確かに俺に教えてくれた。」
「だが、夜に狩るのは問題だぞ。餌が無いから…俺達が餌になる可能性だってある。」
まぁ、餌はそれ程気にはしていない。
夕暮れを過ぎた辺りから結構小さな獣の数が増えているのだ。
そして、広場の草原にもそんな獣達が森から少しずつ移動してきた。
「どうやら、餌は独りでに集まるようだぞ。…まだガトルはいないが時間の問題かも知れないな。」
俺は、数匹の獣を狩るようにフラウに告げた。
フラウは小さく頷くと、梯子の残材で作った杖を掴むと闇の中に消えて行った。
「1人で大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。まだ、ガトルは来ていない。それに俺にはフラウの姿が見えている。」
「ほんとにネコ族以上だよな。」
トリムが感心して俺に言った。
しばらくすると、闇の中から突然にフラウが現れる。
そう、トリム達には見えたはずだ。俺のヘッドディスプレイには、広場を駆け回って獣を狩るフラウが鮮明に映し出されていた。
「岩の東に獣を千切って置いておきました。ガトルが近寄れば必ずここに来ます。」
そう言うとフラウは俺の横に座った。
「だとすれば狩りは深夜になるな。俺とフラウで番をするから皆は横になった方が良いぞ。…ビオレちゃんは俺の後ろで寝てれば、ガトルが来たら起こしてあげる。」
「悪いな…。」
そんな事を言いながら、岩の下に移動して横になる。
俺とフラウは、横になった彼等と焚火の間になるように左右に分かれて座り込んだ。
こうすれば、寝込んだ彼等を襲うためには俺かフラウが邪魔になるし、正面は焚火を越えねばならない。結構、盛大に焚いているから正面を突破しようとする奴はいないだろう。
俺はのんびりとパイプを楽しみ、フラウはお茶を楽しんでいるようだ。
そんな、まったりとした時間が過ぎていく。たまにトリムのいびきが聞えるとフラウが微笑みを浮かべて彼等を見ていた。
不意に周囲が静かになった。
名も知らぬ虫が鳴いていたのだが、それすら聞えない。
そして、ヘッドディスプレイに赤い輝点が続々と現れてくる。
これは…ガトルの縄張り何て言うもんじゃないぞ!…100匹を越えるガトルが森をこの広場に近づいてくる。
急いで、トリム達を起こすと梯子を掛けて全員を岩に上らせる。
「何だ、急に俺達も上れと言ったりして…。」
トリムは俺に悪態を付くけど、気にしない。ここは一刻も早く上らせる事が大事なんだ。
全員が荷物を持って上がった時点で、ガトルの群れの先頭は森を出たようだ。ヘッドディスプレイでは300m程の距離になっている。
「とんでもないガトルの群れだ。今広場の真中に差し掛かっているが、200匹以上いるかも知れない。」
俺の言葉にトリム達は息を呑む。
「そんなにいるのか?確かに気配はするけど数までは判らないぞ。」
マイクが不安げに東を見ている。
「あぁ、更に増えてるようだ。…幸い、この岩の高さは身長以上ある。岩に飛び付けば、一瞬隙が生まれる。そこを長剣で倒せ。
フラウが正面。俺は左だ。トリムとマイクは右と後を頼む。
マリーネとジャネットは魔法で攻撃だ。魔法が使えなくなったら、この杖で殴れ!
ビオレちゃんは弓で攻撃だ。俺と、フラウの矢も渡しておく。」
そう言って、俺は一旦岩を飛び下りて、岩の近くに新たに焚火を作った。薪の量は十分あったからしばらくは背面から攻撃はされないだろう。
梯子の残りで作った杖を2本掴んで梯子を上り、梯子を岩の上に引き揚げる。
杖をマリーネ達の足元において、バッグから爆裂球を取り出した。
なにやら犬が争うような音と鳴き声が聞えてくる。
「それを使うのか…。俺達も持ってるぞ。」
「俺達が先に使う。トリム達はガトルの状況を見ながら使ってくれ。」
トリムにそう言うと、マリーネ達に光球を作るようにお願いする。
「「【シャイン!】」」
2つの光球が岩の20m程空に舞い上がると岩の周辺を明るく照らし出した。
俺達の乗った岩から20m程離れた場所で、フラウが撒き散らした獣の残骸を奪い合うガトルがそこにいた。
そして、その奪い合うガトル達の元に闇の中から次々とガトルが姿を現してくる。
「おい、どう見ても200はいるぞ。」
「だから、最初に200以上だって言ったじゃないか。…ここまで来たら逃げられないから、相手を倒すしかないぞ。覚悟を決めろよ!」
俺の声に顔を引きつらせながら、それでも皆頷いてくれた。
そして、ガトルの群れも俺達に気が付いたらしく、少しずつ岩に近づいてくる。
ガトルが岩に向かって駆け出した時、俺とフラウは爆裂球の紐を引いてガトルの群れに投げ込んだ。
ドォン!っと鈍い炸裂音と共に、ガトルが数匹吹き飛ばされる。
意外に威力は無いみたいだな。
そんな事を考えながら背中の長剣を抜き放つ。
ガォン!っと吠え声を上げて岩に飛びつくが、ガトルが飛び移るにはこの岩は少し高すぎるようだ。
岩の縁を前足でがりがりと掻いているところを長剣の峰を使って頭を叩き割る。
通常の2倍程の厚さを持った俺達の長剣は片刃だからこんな芸当が出来る。
普通の長剣だったら食込んで、剣を抜くのに苦労するはずだ。
トリム達はどうしてるかと、後ろをチラと振り向くと長剣で刺していた。
俺とフラウの方に問題がないと思ったのか、2人の魔道師はトリム達の援護するため、岩に飛び付こうとするガトルに向かって【メル】や【シュトロー】を放っている。
ビオレちゃんは弓を持ったままだ。
もうすぐ、2人の魔道師の魔力が尽きる。その後はビオレちゃんの弓が彼等を援護するだろう。
「マスター。…大型のガトルやって来ます。」
「あれは、初めて見るな。…ガトルの数倍はあるぞ。」
「…そんな大きなガトルは、魔物だ。…ガドラーって言うんだが、爪に毒があるぞ。」
トリムが俺の話を聞いていたのか、ガトルの首に長剣を差し込みながら器用に答えてくれた。
「接近次第、ベレッタで攻撃。岩に取り付かせなければ問題ないだろう。」
フラウに指示しながらガトルの頭を砕く。
俺も器用な方なのかも知れない。