M-037 渡りバタム狩り
畑の一角と言うよりは畑の傍の荒地に数十匹の渡りバタムが群れている。
確かに、バッタにしか見えない。…大きくなければね。
ビオレちゃんが言うには、40D(12m)程度に近づくと、逃げてしまうとの事だ。だから50D(15m)程度の距離から弓を射る事になる。
群れならば、1匹に当たるか、至近距離に矢が飛んでくれば逃げそうなものだが、そうでは無いらしい。
「人が近づかない限りは逃げないんです。…もっとも、矢が当たった渡りバタムは10D位、ピョンって飛んでいきますけど。」
最後にそう教えてくれたビオレちゃんだが、要するにバッタと同じらしい。
バッタも近づくとぴょんと飛んでいくからね。
「周囲に獣はおりません。」
フラウの言葉を聞いた後で左右真中に分かれて、弓を構えた。
左右から数を減らすのが俺とフラウ。真中で群れを狙うのがビオレちゃんだ。
弓を大きく引き絞ったビオレちゃんの矢が放たれると同時に俺達も矢を射る。
ヘッドディスプレイのターゲットマークに渡りバタムを合わせて射るだけだから、俺達には容易いことだ。
タン!っと弦が鳴って矢が3本とも渡りバタムに突き立つ。
練習していただだけあって、ビオレちゃんの弓の腕は確かなようだ。
次々と渡りバタムに矢を射掛けて、全ての矢を射た後に3人で渡りバタムに近づいていく。
まだ、もぞもぞと動いている奴には容赦なく長剣で頭を叩いて殺していく。
最初の狩りで手に入れた触角は28本だ。
2本程、ビオレちゃんが矢を外したらしいけど、去年は2匹と言っていたからもう4倍の獲物を狩った事になる。
嬉しそうに矢を回収して触角をスコップナイフで切り取り、小さな袋に大事そうに仕舞いこんだ。
更に、渡りバタムの大きなけり足をスコップナイフで関節部から叩き切った。
「後ろ足は、宿に持っていくと1匹分を1Lで買取ってくれるんです。…焼くとお酒のツマミになるそうです。」
ビオレちゃんがそう説明してくれたけど、ゲテモノ食いの類なのかな…。もっとも、蝗を食べる人だっているんだから意外と美味しいのかもしれない。
矢を全て回収すると、フラウが体液に濡れた矢を水筒の水で洗い流して、軽く布で拭いていた。
俺達は小さな焚火を作ってポットを乗せる。少し矢が乾く間、お茶を楽しむ事にする。
バッグからパイプを取り出してのんびり吸い始めると、ビオレちゃんがお茶を入れてくれた。
「凄い弓ですね。友達が使っていた短弓とは違って狙いが付け易いし、当たった後で食込むように見えました。」
「褒めても、もう何も出ないよ。これは長弓と短弓の中間位だね。ガトル位ならこれでも十分だと思うよ。それ以上の獣は狩ってみないと分らないけどね。」
「最初の狩りで去年の4倍です。…去年は当たっても鏃が石だったので跳ね返ってましたから…。」
「石の鏃も馬鹿には出来ない。たぶん先が尖ってなかったんだと思う。鏃に適した石もあるんだ。見つけたら教えてあげるよ。」
焚火から腰を上げて次の獲物を探す。
200m程の所に10匹程度いるのを見つけて、先程と同じように15m程近づいた所で弓を射る。
触角と足を切り取って次の獲物を探す…。
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◇
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昼食は、おばあさんの作ってくれた黒パンにハムを挟んだものだ。焚火で軽く焼いて、お茶と一緒に頂いた。
「50匹を越えてますよ。」
「じゃぁ、もう1回狩りをして今日は帰ろうか?」
ビオレちゃんが頷いた所で、俺達は今度は南を目指した。
北の方は狩りつくした感じがする。数匹の群れもいなくなってしまったからね。
森の入口に向かう小道に来たところで、フラウが立止まる。
「マスター…。ガトルが数匹、南で狩りをしているハンターの方向に動いています。」
慌てて、生体探知モードに切り替える。
確かに、赤い光点が黄色の光点に向かって進んでいるな。距離は1kmってところか…。
「ビオレちゃん。友達のレベルはどの位?」
「赤4つに赤3つが3人です。」
ちょっと無理があるかな…。
「フラウ。先行してガトルを迎撃。俺はフラウの後ろで撃ち漏らした奴を狙う。ビオレちゃんは友達にガトルが来ることを伝えるんだ。」
2人は頷くと直ぐに南に走っていった。
俺も急いで後を追う。
一気に走ればバイク並みの速度を出せるが、ここは人目がある。フラウもその辺は承知しているのだろう。前に見た【アクセラ】の補助を受けた者が出す速度でガトルが森を出る場所に先行して行った。
俺も、同じようにビオレちゃんの友達とフラウの間を目指して走って行く。
ウォン!鳴き声をあげてガトルが森を飛び出した。フラウが走りよって1匹を長剣で倒す。返す剣でもう1匹…。
そして残りのガトル3匹が俺に向かってくる。長剣で同じように2匹を倒す。
「しまった!」
1匹は俺にかまわず後ろのビオレちゃん達目掛けて走り去った。その時、ビオレちゃんが弓を引き絞って至近距離からガトルに矢を放つのが見えた。
当たったんだろう…もんどりを打つように転倒したガトルは動かない。
ホッと溜息が出る。
フラウが牙を回収してやってきた。俺も2匹のガトルの右の牙を回収する。ビオレちゃんも倒したガトルの牙を回収したみたいだ。
俺達の所に、離れてみていたビオレちゃんの仲間がやって来た。
「危うい所をすみませんでした。」
「気にしなくて良いよ。気が付いたら手伝ってやるのは当たり前だ。同じハンターだからね。…それと、もし毛皮を剥ぐのがイヤで無かったら、ガトルの毛皮を剥ぐと良い。前の村では1匹5Lで引き取ってくれた。…今日の成果はあまり無かったんだろう?」
「助かります。どうにか20と言うところです。中々当てるのが難しくて…。」
「それは、練習だな。俺達は道の北側で渡りバタムを狩っていたんだが、50は越えているぞ。ビオレちゃんも20匹近くを狩っている。」
俺の言葉に、ビオレちゃんの友達は驚いている。
「そういえば、俺達とは弓の形状が違ってますね。」
「あぁ、君達のは短弓と呼ばれる種類の弓だ。初速が速く近場を狙うには適してる。俺達が使ってるのは手作りだが、長弓に近い。狙いは短弓より劣るがより深く矢が刺さる。ガトルを1矢で仕留められたのもそんな訳さ。弓は練習が大事だ。頑張れよ!」
そう言って俺達は彼等と別れて、狩りを続ける。
ビオレちゃんの友達も遠巻きに俺達の狩りを見ていた。きっとビオレちゃんの弓の腕を見て驚いているに違いない。
たぶん、次に渡りバタムを狩る時にはビオレちゃんを誘ってくれるだろう。
2回程狩りをしたところで、俺達は引き上げる事にした。
だいぶ狩ったし、しばらくは渡りバタムの依頼は出ないんじゃないかな。
ギルドに入り、エリーさんに触角を数えて貰う。そして、5匹分のガトルの牙を渡す。
「やはり、ガトルが出たのね…。薬草採取のハンターも追い掛けられたと言っていたわ。近々にガトル狩の依頼を出すから、誰も依頼を受けなければお願いしたいわ。」
「誰もいなければ俺達が請け負うよ。3日待てば良いかな。」
エリーさんは黙って頷くと、報酬を渡してくれた。279L…1人93Lになった。
その上、帰りに近くの宿にわたりバタムの足を売ると、68Lで購入してくれた。21Lずつ分けて残り5Lで駄菓子を買って家に戻った。
1日で114Lなら悪くない稼ぎだな。
「「ただいま!」」
そう言って宿に戻ると、おばあさんがお茶を出してくれた。
「疲れたろう。依頼は安くとも畑の害獣は進んでしなければいけないよ。さもないと、あっという間に畑の作物がやられて路頭に迷う者も出るからね。」
「でも、今日の報酬は114Lだよ。渡りバタムを68匹狩れたし、サミーちゃん達を襲おうとしたガトルを5匹退治出来たの。」
ビオレちゃんの言葉におばあさんは驚いたようだ。
弓を見せなさいというおばあさんに、恐る恐る弓を差し出した。
ジッと弓を見ていたが、ビオレちゃんに手を差し出す。矢筒から1本矢をおばあさんに渡すと、おばあさんは立ち上がって窓の外に矢を放った。
驚いて、開け放たれた窓を見ると、庭の木の1本に矢が刺さっていた。
「なるほどね…、癖が無くて狙い通りに当たる。これ程の弓を持つ者は早々無いよ。…確かにこの弓は手作りだ。そして矢もね。…だが、これだけバランスの取れた弓は早々作れるものじゃない。王都のドワーフでさえも、これだけの弓を作れる者がいるかどうか怪しい所だ。器用なんていう言葉ではこの弓はできない…。」
「それ程のものでは無いと思います。弓は心で引くもの。かつて俺はそう友人に教えて貰いました。ビオレちゃんもその域に達したものと思っています。」
「その言葉は言い得て妙だねぇ…。確かに、弓を射る時は雑念を持ってはいけない。ビオレや、大事にするんだよ。幾ら金貨を積んでもこの弓に勝る弓は手に入らないと思うよ。」
そうでもないと思うぞ。この町を離れる時は、俺とフラウの弓を渡す心算でいるからね。
「ところで、エリーさんが近々ガトル狩りの依頼を出すような話をしていました。場合によっては、ビオレちゃんを連れて行こうと思っていますが…。」
「あんた等に任せるよ。ビオレもハンターの1人に違いない。1匹でも狩れば度胸が付くじゃろう。」
「今日、1匹仕留めてます。大丈夫だと思います。」
俺の言葉におばあさんは驚いてビオレちゃんを見ている。
ビオレちゃんはガトル狩りに連れて行ってもらえることが嬉しそうだ。
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◇
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3日後にギルドに出かけると、見知った顔が俺達を出迎える。
「お早う!…まぁこっちに来なよ。」
ギルドに入ったとたん、俺達に声を駆けてきた者は、トリムとマイク達だった。マリーネとジャネットも一緒だな。
トリムとマイクが急いで椅子を用意している。
俺達が席に着くと、早速トリムが話をきり出した。
「実は、ガトル狩りの依頼が出ている。数は問わないとの話だ。どうだ?…一緒にやらないか。」
「その話は3日前にエリーさんから聞いている。誰もいなければ、俺が受ける依頼だった。…トリム達が一緒なら心強い。仲間に入れてもらうよ。」
俺の言葉に4人は嬉しそうだ。早速、マイクが依頼書を外してエリーさんのところに持っていった。
「ところで、この嬢ちゃんも連れて行くのか?」
「あぁ、今は一緒に依頼をこなしている。こないだも、1矢でガトルを倒してるぞ。」
俺の言葉にマリーネ達が驚いてる。
「ガトルを1矢は凄いわ。…私達より頼りになるかもね。」
「マリーネ達は【シャイン】を使えるよな?」
「えぇ、2人とも使えるけど。…ひょっとして、また夜の狩りになるの?」
「分らないが、もし夜になっても【シャイン】があれば安心だろ?」
そんな所にトリム達が帰ってくる。
「問題ない。依頼確認が出来たぞ。雑貨屋と宿で食料を手に入れてくる。」
「分った。これは俺達の分だ。」
そう言ってトリムに銀貨をトスする。
パシ!っと銀貨を受取ると2人はギルドを出て行った。