M-036 渡りバタムと弓作り
朝から、ビオレちゃんが庭で弓を練習している。
アーチェリーのようだが、精錬された形じゃないな…。何か手作りみたいで無骨な弓だ。20m程先の30cm位の的を狙いながら撃っているのだが、当たる確率は半々だ。
「急に弓なんか初めて、どうしたの?」
「あぁ、ユングさん…。見られちゃいました。秋になると畑の害虫が出るんです。渡りバタムと言うんですけど、その狩りの依頼が出来るように練習してるんです。」
俺の顔を見て、赤くなりながらそう答えてくれた。
秋に依頼があるという事は、毎年の季節毎に訪れる害虫という事になる。弓を使うという事は素早いという事だ。そして、30cm程の大きさという事になるのかな。
しかし、当たる確率が5割では、結構苦労しそうだな。それに外れたら襲ってくるかもしれないぞ。ソーハンの例もある事だし、ここは協力してやるか。
「ところで、その弓は?」
「去年作ったんです。友人に狩りを誘われた時に友人の持っている弓を見せて貰って作りました。…去年は2匹しか取れませんでした。でも、今年はこれだけ当るようになりましたから、…誘ってくれたら今年は頑張れますよ!」
たぶん弓は高価なんだろう。自作の弓でどうにか狩れた訳だな。だけど、自作だから弓に癖があるんだろうな。矢も羽根が付いてないから、真直ぐ飛ばないのかも知れない。
それに、こんなに練習していても去年の友人が果たして誘ってくれるだろうか?
去年の腕で誘うのを躊躇う可能性の方が高いんじゃないかな。
ところで、どんな弓をこの辺りじゃ使ってるんだろう。ちょっと偵察に行ってみよう。
大通りに出て武器屋を探す。
剣が目印の武器屋を見つけて、扉を開ける。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
俺とそんなに歳が変らないような娘さんが店番をしていた。
「ちょっと弓を見せて貰おうとやってきたんだけど…。」
「弓ですか…。今在庫があるのはこの2種類です。」
そう言って棚から出してくれたのは1mに満たない短弓と1.5m位の長弓だ。
この世界は弓の統一が出来ていないのか?
「大型の獣を狩る方は長弓を使って、バタムクラスを狩る方は取り回しの良い短弓を使いますね。…値段は長弓が100L。そして短弓が50Lになります。」
「鏃はどんな物を使うんだい。」
「これです。鉄の鋳物です。5個で10Lになります。」
「鏃だけ貰うよ。」
そう言って鏃を20個購入して宿に戻って来た。
改めてビオレちゃんの使っている弓を見る。あれだと短弓より少し短いかも知れない。
俺達の分と合わせて作ってみようか。
問題は材料だ。竹があれば良いのだが生憎とこの国には無いようだ。
となれば、広葉樹の枝を利用するしか無さそうだ。
乾燥した杖を探しに今度は雑貨屋に出かけた。
「今日は。何をお探しですか?」
雑貨屋の店員は若い男の人だ。扉を開けて入ってきた俺達に直ぐに声を掛けてきた。
「杖の代わりになるような物が無いか見に来たんだ。これ位の太さで出来れば広葉樹の幹で作られたのがあればと思ったんだけど…。」
「なら、これでどうです。鍬の柄なんですが、少し削れば杖代わりになりますよ。」
そう言って出してくれたのは確かに使えそうだ。良い具合に乾燥もしている。
「これで、いい。出来ればこの長さで切ってくれないか。それと丈夫な紐が欲しいんだ。細くて強いものが欲しい。」
「だとすれば、これになりますね。弓の弦に使う人もいますよ。…こうやって捩り合わせて太さを調節するんです。」
お仕着せの弦では満足できないハンターもいるのだろう。玄人を気取っているのかもしれないけど。
俺は3本の鍬の柄と弓の弦にも使用出来ると言っていた革紐のような太い糸を手に入れた。
宿に戻ると早速フラウに相談する。
削って作れないことはない、との返事に、俺達を含めて3本の弓の製作を依頼した。
「1本はビオレちゃん用ですね。私達の弓を先に作って、少しずつ薄くしてビオレちゃんが引ける弓にします。」
そう言って、腰のダマスカス文様のあるナイフを引き抜いた。
後は、矢だな…。鏃はあるからシャフト部分と羽根を手に入れねばなるまい。
また、宿を出て、町に材料を捜し歩く。
そして見つけたものは、葦の茎と肉屋のゴミ箱から手に入れた鳥の羽根だった。
もう一度雑貨屋に寄り、今度は木綿糸と小さな素焼きの壷に入った接着剤を手に入れる。薄く塗れば防水加工も出来ると言っていたが、何から出来ているかはおしえてくれなかった。
リビングにマントを引いて、その上で作業を始める。
葦を70cm位に切断して、先端部に鏃を接着剤で止めて、糸で巻きつける。再度接着剤を塗れば鏃は固定できた。問題は羽根の取付けだ。ここは簡単に茎を縦に切れ目を入れて、そこに羽根をいれ切れ目の先端部分と羽根の後を糸で割れが進まないように巻きつけた。その上に接着剤を塗れば問題無さそうだ。
最後に、シャフトの後ろにV字型の切れ込みを入れた木製のキャップを取付ける。この部分に弓弦を入れて引き絞るのだ。
そんな面倒な作業をしていたら、おばあさんがお茶を入れてくれた。
「精が出るね。矢を作っているのかい。昔は弓を使うハンターなら誰もがそうやって空いた時間に矢を作っていたものだよ。今は、矢は買うものだと思ってるハンターばかりになってしまったよ。」
テーブルで俺の作業を見守りながら、お茶を片手に話してくれた。
「買えばそれなりの値段になりますからね。それに自分で作れば大事に使います。」
「その考えは忘れちゃいけないよ。黒3つだったね。確かに買うだけの金はあるだろうけどね。」
そんなハンターの心構えみたいな話をおばあさんとしながら、どうやら20本の矢を作る事が出来た。
「マスター。弓を削り終えました。」
そう言ってフラウがリビングに入ってくる。
そして、俺に削り終えた弓を見せる。形はフラウが作っただけあって綺麗なシンメトリックだ。
フラウは俺の傍に腰を下ろすと、今度は俺の傍で弦をより合わせ始めた。
出来た弦を弓に張って俺に渡す。どれどれ…。
結構きつく見えたけど楽々と引けるぞ.これなら問題ない。
そして、ビオレちゃんの弓にも弦を張った。これは指1本で引けるけど、軽すぎないか?少し気になったので、矢を3本持って外に出た。
「ビオレちゃん。この弓を試してくれないか?」
「良いですよ。…うわぁ、これきついですね。」
ぐいぐいと弦を引きながら調子を見ている。そして俺の作った矢を渡すと、早速矢をつがえて引き絞り、的を目掛けて撃った。
ビィン!っと矢が的に突き立つ。
「キツイ弓ですけど、真直ぐ矢が飛びますね。…これ、高かったでしょ。」
「いいや。さっき俺とフラウで作ったんだ。この弓はビオレちゃんにあげるよ。ちょっと削り過ぎたんで俺達には弱いんだ。」
「良いんですか?…ありがとうございます。」
そう言って嬉しそうに微笑んだ。
自作の弓での限界を知っていたんだろうな。ちゃんと真直ぐに飛ぶ弓を手に入れれば、渡りバタム狩りは容易いのだろう。
リビングに戻ると、おばあさんが弓を貸してみなさいと言った。
俺達の3本の弓と矢を受取ると台所から肉の脂肪の塊を持ってきた。それで丁寧に弓と矢に塗り付ける。
「こうやって、乾燥と湿気を防ぐのさ。この後、陰干しすれば匂いも無くなるよ。」
最後の仕上げをおばあさんに任せると、矢を入れる道具を手に入れなければならない事に気が付いた。
早速フラウが買いに出掛ける。
そして、3個の矢筒を持って帰ってきた。ついでに矢も10本程購入したようだ。
「矢筒には12本の矢が入ります。マスターが作った矢を分けると6本ずつですが、これで10本を入れておけます。」
どれどれと言いながら市販の矢と自作の矢を見比べてみる。
おれの作った方の矢が良く見えるのは何故だ?
「矢は消耗品さ。あんたは丁寧に作っていたが、弓を使う者だってあれほど丁寧には作らないよ。でも、それだけ良い物になってる筈だから、問題はないよ。」
確かに、矢は消耗品と考えられなくも無い。でも撃ったら、やはり回収が基本だと思うぞ。
・
◇
・
次の日。俺達は背中に長剣。そして弓を持ってベルトに矢筒を提げてギルドへと向かった。ビオレちゃんは矢筒に10本の矢が入っているのを満足そうな顔をして見ていた。昨年は矢を数本持って狩りをしていたようだ。
図鑑で調べた渡りバタムは30cm程のバッタだ。なんか蝗の大群の話を思い出したぞ。大群になると成す術も無くなるところも似ているな。
ギルドの扉を開けてエリーさんに片手でご挨拶。そして、直ぐに依頼掲示板に向かった。
だいぶ依頼書が増えているな…。そんな思いを持ちながら依頼書を確認していると…。
「あった!」
嬉しそうにビオレちゃんが依頼書を引き剥がす。
どれどれ
と覗き込んでみると…。
渡りバタム狩り。東の畑の渡りバタムを狩る。1匹3L。確認は渡りバタムの長い方の触角とある。
確かに渡りバタムには触角が2本あるが、その触角は左右で長さが異なる。
倒して、触角を切り取れば良いんだな。
早速、エリーさんのところに依頼書を持っていく。
「あぁ、これね。さっきも数人で同じような依頼を受けてたわよ。未だそれ程多くは無いと思うから、頑張ってね。」
それを聞いた、ビオレちゃんは一瞬顔を暗くした。
やはり、去年の仲間に誘って貰えなかったようだな。
そんな、ビオレちゃんの肩をポンと叩いて俺達が付いている事を教えてあげる。
小さく、頷いて俺を見上げたビオレちゃんの顔は対抗心で燃えていた。
そうだ。それで良い。
少なくとも去年よりは俺達が手を出さなくても腕は上がっていた筈だ。
そんな友人達は見返すに限る。それで相手が認めてくれれば、また誘ってくれるだろう。それでも誘ってくれないなら、さっさと諦めれば良い。
依頼書に確認印を押して貰って早速東の門を目指して歩いて行く。
門番さんに挨拶すると、渡りバタムなら森の近くに多いぞと教えてくれた。
俺は、森に続く小道を歩きながら周囲を眺めるような振りをして、ヘッドディスプレイの画像を覗く。
先行して渡りバタムを狩っているのは4人組みだな。畑の南の方で動いているのが判る。そして、この生体探知モードの欠点は虫の感知能力が低い事だ。
動体探知モードに変更して周囲を探る。探知距離が500m程になるが、このモードであれば動く物が全て探知できるから虫も発見できる。そして、生体探知モードを500mにして、動体探知を重ねると、虫である事が目視で発見できなくても俺達には判る。
「マスター…。」
「あぁ、俺も確認した。結構な数だな。」
畑がつきる荒地に沢山の渡りバタムが集まっている場所を俺達は見つけた。