M-034 ビオレちゃんと一緒
あれから2ヶ月程たった漁師町は毎日暑い日が続いている。
もっとも、俺とフラウは肉体を持たず、体は極小のナノマシンで造られている。暑さはセンサーで捉えた外気温で分るだけなんだが、周囲の暑さにだらけた格好を見ていると、この体で良かったのかなと感じないではいられない。
俺達はTシャツモドキを羽織って少し厚手の綿の短パンだ。サンダルと靴を組み合わせたようなスリットが沢山入った靴を履いている。
頭には、テンガロンハット。これが意外に良く出来ている。薄く油を引いたような革の帽子は夕立の雨さえ弾いてしまう。ちょっとした傘代わりにも使えるぞ。
この格好で、幅広の装備ベルトにベレッタをレッグホルスターに入れて、腰のバッグの下にはナイフを差し込んでいる。
ハンターと言うよりは、カウボーイみたいな格好だ。
「行ってきます!」
そう言って、宿のおばあさんに告げると、2人でギルドに出かける。
ヘッドディスプレイの時計は10時、海辺の漁師町を夏の日差しが照り付ける。通りを歩く人の姿も疎らだ。
「お早う!」
そう言ってエリーさんに片手を上げる。エリーさんはけだるそうに片手を上げた。ノースリーブのワンピースのような姿でカウンターに座ってるけど、やはり暑そうだな。
何時ものように壁際の依頼掲示板に歩いて行くと適当な依頼書を物色する。
海辺の町なんだけど、この季節に入ってやたらと薬草採取が目立つ。
とは言うものの、薬草の種類はサフロン草とデルトン草だ。何故だろう?
狩りの方は…、カルネルがあるな。大根モドキは面白いから、明日もこの依頼が残っていればやってみるか。
帰り際に、カウンターのエリーさんの所に寄った。
「エリーさん…この季節を迎えてから、やたらと薬草採取が目立つんですが?」
「それはね。凶暴な魚が夏に現れるからよ。大型で歯が鋭いから、漁師の嫌われ者だわ。結構噛まれる人が多いの。それに、たまに現れるクラゲも問題ね。毒を持ってるから触れるだけで肌が腫れてしまうの。そんな訳で、この季節に薬草の依頼が多いのよ。」
「そうですか。俺達もそっちをするべきなんでしょうか?」
「大丈夫よ。そんな依頼が多いから、この季節には赤レベルのハンターが結構集まるのよ。夏だから、浜辺で野宿も出来るしね。」
たぶんハンターは、そうやって自分の実力に合った依頼を求めて旅をするんだろうな。
それを考えると、俺達は少し長くここに留まっていたようにも思える。
そろそろ次の町に出発するか…。
フラウと浜辺の見える窓際でお茶を飲んでいると、2人の男が慌ててギルドに飛び込んで来た。
カウンターに向かうとエリーさんに何か相談し始めた。
新しい依頼なのかな?
やがて、エリーさんが俺達を指差して話し始めると、直ぐに男達が俺の所にやって来た。
「黒3つと言うのを聞いてきたのだが…。」
「確かにそうですが、何か?」
「1月に金貨1枚で雇う。出来れば直ぐに来て欲しい…。」
一方的だな。
俺達は休暇中だ。特に金を必要とはしていない。カナトール国王からの依頼金だってまだ手を付けていない程だ。
「残念ですが、今は休暇中です。…それにその程度の報酬では俺達は引き受けませんよ。それに、前回のギルドを通さない依頼報酬は3日間で金貨10枚でした。他を当たって下さい。」
「そんな大金を誰が出すと言うのだ!…悪ふざけも大概にしないか!」
「いましたよ。とある国王ですが…。それでは俺達はこれで…。」
そう言って席を立ち、ギルドを後にする。
呆気に取られて男達が俺達を見ていたが気にはしない。
外は、眩しい程の日差しだ。テンガロンハットを被ると、少しは楽に感じるのは、まだ肉体を持っていた頃の記憶のなごりなのかも知れない。
宿に戻るとおばあさんが冷たいお茶を入れてくれた。
おばあさんも昔はハンターをしていたらしい。その時に覚えた魔法に敵を氷で攻撃する魔法があるのだそうだ。
「おかげで何時でも氷は作れるのさ。夏には便利だね。」
「俺達は、魔法が使えないんで羨ましい限りです。」
「それは、不便だね。…でも、狩りでの魔道師は保険みたいなものさ。一撃が外れたらおしまいだから皆の後ろにいるだけだしね。どちらかと言うと、怪我や毒の治療が私の仕事のように今は思えるよ。」
「昔も今もハンターは変りませんか?」
「変ってないね。…若い連中は、遠くへ行きたがり、年老いて戻ってくる。老後をそれまでの蓄えで細々と暮らすのがハンターだと思うよ。あんた等も無駄遣いはなるべくしないで置くんだよ。」
なんか、家のおばあさんのような話ぶりだな。それでも、実感が篭っている。
何時も聞き流していた俺のおばあさんの話ももっと真剣に聞いてあげれば良かったな。
「ギルドでハンターを探している男に出会いました。黒レベルのハンターを探していたようですが…。」
「この町から西に向かうともう1つの漁師町があるのさ。小さい町で村と言った方が良いかもしれないけれどね。
その町の岬を挟んだ反対側で金が見つかったらしいよ。
その金を目当てにした者達が身辺警護にハンターを集めだしたみたいだね。
だが、騙されちゃいけないよ。あの岬から西の地は、サンドワームの土地。
サンドワームは長さが100D(30m)を超える物さえいる。管虫のような姿をしているがその口には無数の牙があるのさ。」
管虫ってミミズみたいな奴なのか?…そいつの長さが30mだと馬鹿にならないな。
付いて行かなくて良かったとフラウと顔を見合わせる。
「おばあさんはハンターだったんですか。俺達におばあさんの昔話を聞かせてくれませんか?」
「ハンター何て誰もあまり代わり映えはしないさね。私は長剣使いの男と片手剣のネコ族の男、それに弓をもつエルフの女と行動を共にしてたよ。
5つの国を廻りながら色んな依頼をこなしたが、一番驚いたのはサーミストの東に連なる大森林地帯だね。
木は動き回るし、動物はジッとして獲物が来るのを待っている。そして私は見たよ。大森林地帯の主をね。体はその辺にいる蜥蜴が2本足で歩く姿なんだが、体が2階建ての家より大きい。そして大きな口は牛をそのまま飲み込める程だった。
その牙といったら、たぶんこの椅子の足程の太さはあるだろうね。
遠くにそいつを見てから、私らは一目散に退散したんだが…後で名前が判ったよ。レグナスと言うそうだ。暴君と呼ばれていると酒場の者達が言っていたよ。」
俺とフラウは顔を見合わせた。
「サーミストはここから遠いんですか?」
「そうだねぇ…歩いて10日以上は掛かると思うよ。エントラムズを越えてモスレムに入ったら、モスレム王都から南に伸びる街道がある。その先がサーミストになるね。」
恐竜がいるんだったら1度は見ておかねばなるまい。
夏が終ったら行ってみようかな。
ビオレちゃんが戻って来たところで昼食になる。
近くで薬草を採取していたみたいだ。
「ひょっとして、ビオレちゃんもハンターなんですか?」
「一応、ハンター登録をしてあるのさ。ハンターはハンターが育てる。私に万が一の事があっても、ビオレが困らないようにね。」
そんな言葉を聞いた事があるな。まぁ、俺達も色んなハンターから教えて貰った事があるからな。ハンター同士の絆はおれが思っている以上に深いのかもしれないな。
「ビオレちゃんはどの位のレベルなの?」
「赤2つです。町の周りで薬草を取ってますから…。」
恥ずかしそうに小さな声でそう言ったけど、薬草採取だけでレベルを上げるのは大変な努力だと思う。
「今日、ギルドにカルネルの依頼がありました。若し、誰も受けなければビオレちゃんを誘ってみようと思いますが…。」
「カルネル…。最初の狩りには良い獲物と言えるね。でも、カルネラが出た時には…。」
「俺達が全力で瞬殺します。」
「エリーが、あんた等がグラムンの毛皮を持ってきたと言っていたよ。それだけの実力があるハンターが控えているなら…カルネル狩りにはこちらから同行させて貰いたい程だよ。」
そう言うと席を立って自分の部屋に行く。やがて、1振りの長剣を持ってやってきた。長剣と言うには少し短いけど、片手剣よりは長いから、やはり長剣なんだと思う。
「これは、ビオレのおじいちゃんが何時も持っていた剣だよ。サーミストのドワーフにわざわざ作らせたんだけれど…1度も使った事は無かった。抜いてごらん。」
ビオレちゃんがゆっくりと抜いた長剣を見て驚いた。…それは、片刃で反りのある長剣…日本刀に良く似た長剣だ。この世界は西洋風だから、一番近い形が少し短いサーベルになるのかな。
「変ってるだろ…。でも、その剣は普通の長剣の重さの半分も無いんだ。刃が片方だし、そして短いからね。ビオレには武器屋で売っている長剣や片手剣は重いだろうが、それなら使えるだろう。」
ビオレちゃんは初めてのハンターらしい武器を貰って嬉しそうだ。
両手に持って構えるとそれらしく見えるな。軽いって事もあるんだろうけどね。
「しかし、おばあさんの旦那様は随分と短い長剣を使っていたんですね。」
「ほほほ…あれは片手剣さ。連れ合いは、長剣を片手で使ってたんだ。もう片方にも剣は握れると言って作ったんだが…。やはり2つの剣を使うのは難しかったようだね。直ぐに私にくれたのさ。魔道師でも使えるだろうってね。」
何かアバウトな感覚の持ち主だったようだ。それでも孫がそれを使えるんだから世の中、何が幸いになるのか分らないな。
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◇
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次の朝。朝食を済ませた俺達は、おばあさんの作ったお弁当をバッグに詰め込んでリビングに集まった。
夏だからと言って、狩りに行くのはそれなりの装備が必要だ。
俺達は薄い綿の上下に革のベストと短パン姿だ。足は短いブーツを履いている。
ビオレちゃんも同じような姿だが、上は袖の無い短い革のワンピース姿で現れた。
腰のバッグの脇には採取用のナイフがケースに収まってベルトに付いている。そして、おじいちゃんの形見のサーベルを背中に背負っているぞ。
俺達は何時ものようにベレッタを装備して背中には鉈のような長剣を背負っている。
おばあさんが台所から俺達の水筒を持ってきてくれた。
それを腰のバッグの袋に入れると、「行ってきます!」と言いながら家を出る。
早朝なんだけど、日差しは強い。テンガロンハットを被ると、ビオレちゃんも麦藁帽子を被った。
3人でギルドの扉を潜ると、朝早い時間だから大勢のハンターがたむろしている。
見知ったハンターがいないことを確認して、依頼掲示板から昨日見つけておいたカルネル狩りの依頼書を剥がして、カウンターに持ち込んだ。
「今日はビオレちゃんと一緒なんだ。」
そう言いながらも確認印をバン!と勢い良く押してくれた。
「西の畑の上の方だけど、森が近いから気を付けるのよ。」
カウンターから離れる俺達にそう言って注意してくれる。
それに答えるようにエリーさんに手を振ると、俺達はギルドを出て西の門を目指した。