M-031 カルキュル狩り
昼食は野菜スープにビスケットのような黒パンを落とし込んだものだ。
野戦食みたいに不味いけれどお腹には貯まりそうだな。俺はフラウと分けて食べている。
「それにしても、魔道具の威力は流石ね。ソーハンの腕を砕いた時は吃驚したわ。爆裂球が傍で炸裂してもビクともしないほど丈夫なのよ。」
「お蔭で、その後が楽になった。その長剣で首を落としとはな。重量を伴った一撃では、奴もたまらんだろう。」
「俺は、最初の攻撃に恐れ入った。あれなら投槍と変らん。お前達が普段は杖しか使わん訳だな。」
「とりあえず皆無事で良かったです。ところでカルキュルですが…、確か前にいた村ではフェイズ草を使って誘き寄せたんですが、ここではどうするんですか?」
俺は、一番の疑問を聞いてみた。
山の麓とは言えこの山の標高はそれ程でもない。その上山全体が岩だらけだから、カルキュルがいれば見る事が出来るはずだ。
俺の生体探知にもそれらしい光点は映っていない。
「同じよ。そろそろフェイズ草を取りに行きましょうか。」
そう言って、メリーさんが立ち上がると俺達全員もそれに習う。
東に山裾を歩いて行くと、山が大きく断ち割られたような断崖があった。
丁度プリンをスプーンで掬い取ったようにも見える。
「大きな崖でしょ。落ちたら、下の岩場に叩き付けられるわ。この斜面にフェイズ草があるの。」
バリウスさんが装備を解いて身軽になると斜面をするすると上っていく。
岩棚のあちこちを調べていたが、やがて下りてきた。
「誰かが先行して採取したようだ。楽な岩棚には1本も無かった。」
バリウスさんの言葉に2人はガッカリしている。
「困ったわね。崖は上に行けばもっと急になるから、危険だわ。」
「上の岩棚には残っている可能性があるんですね。なら、俺達が行きましょう。俺達はネコ族並みに身軽ですから。」
そう言って、半重力制御を行い重力傾斜を調整する。カナトールの一件でかなり自分の思うように重力傾斜の制御を行う事が出来るようになってきた。
ピョンと近くの岩棚に飛びあがると、着地した反動を利用して次の岩棚に向かう。
次々と岩棚を伝って崖を上っていくと、見覚えのあるフェイズ草が群生している岩棚を見つけた。
10本程度、球根毎掘り出して、今度は下に下りていく。
トン!っと俺を見守っていたメリーさん達の所に下りると、フェイズ草を差し出した。
「とりあえず、10本を取って来ました。球根は別に使えるでしょう。」
「驚いたぞ。俺より身軽なのか!」
「極稀にそんな人がいると聞いた事があるわ。勘が良いのもそうだけど…案外ネコ族に繋がりがあるのかもね。」
エクサスさんと同じような事を言ってるな。
前例があるという事は、俺もそれらしく振舞う必要があるのかな。
「カルキュルはこの山の反対側にいるのよ。これだけあれば狩りが楽に行なえるわ。」
そう言って、受取ったフェイズ草を大事にバッグに仕舞いこんだ。
5人で山を上って行くと、カルキュル達がたくさんいるのが分ってきた。
ヘッドディスプレイには50を越える光点が南に散開している。
「この山の裏手がカルキュルの営巣地なのよ。この辺で、狩りの段取りをするわ。」
メリーさんが手頃な岩に腰を下ろした。
俺達もその周りに腰を下ろす。
「フェイズ草を千切ってあの辺りにばら撒くわ。カルキュルがやって来たら、バリアスとレイスがここから狩りを始めて頂戴。後ろから私が援護するから背面は気にしなくても大丈夫よ。ユングとフラウは左右から群れを散らさないように狩りをして。目標は20匹だけど、多い分には困らないはずよ。」
メリーさんの指図で俺とフラウは山の斜面の左右に走っていった。
残った3人はメリーさんの取り出したフェイズ草を千切りながら山の斜面にばら撒いてる。
すると、ヘッドディスプレイに映る光点に動きが現れる。30匹程のカルキュルが俺達の方に移動してきた。
急いで、裾の方にいる3人に合図を送る。
直ぐに岩陰に隠れた所を見ると俺の合図に気付いたようだ。
山の頂上からヒョイっとカルキュルが姿を現したと思ったら、後からぞくぞくと姿を現してくる。
たいして匂いがあるわけでもないし、匂いもネギのような感じなんだけど、好き好きって奴なんだと思う。
群れが俺の脇を通り過ぎるのを待って、少しずつ移動を開始する。カルキュルの背後と側面を押さえられるような場所と簡単には言うけど、相手の動きを見ながら微妙に位置を変えていかねばならないから結構大変だ。
バリアスさん達が剣を抜いてカルキュルに挑み掛かったのを見て、俺も長剣を引き抜くとカルキュルを側面後方から襲い掛かった。
ラケットを振る要領で長剣を振り抜き、手首を返してバッグハンドでカルキュルの首を刎ねる。
無理に群れに突っ込まずに、後方に駆けると群れから飛び出すカルキュルを1匹ずつ確実に仕留めていく。
そんな狩りの仕方を30分程続けると、あれ程群れを成していたカルキュルが斜面に屍を晒している。
斜面の下でレイスさんが俺達に手を振っている。
どうやら俺達を呼んでいるようだ。急いで、斜面を下ると3人に合流した。
「貴方達のお蔭で、1回の狩りで依頼達成だわ。後は2人に任せて、今夜の野宿の準備をしましょう。」
そう言って俺達に薪を集めてくるように指示を出す。
フラウと2人で一旦山を下りて森から2本ばかり立木を担いできた。
それを、長剣で刻むと1晩では使い切れない程の薪が出来た。
「その長剣って、ホントに鉈のようね。私も1つ小さいのを背負ってみようかしら。」
俺達が苦もなく立木を薪に変えるのを見てメリーさんが呟いた。
「それなら、最初から片手で使う斧の方が便利ですよ。長剣だと扱いにちょっと慣れがいります。」
そんな事を言いながら3本の長い薪で三脚を焚火の上に作って鍋を掛ける。
後の料理はメリーさんにお任せだ。
のんびりとパイプを楽しみながら、海に沈む夕日を見る。
「全部で23匹だ。1匹はここで焼く為に解体してきたぞ。それと、これはユングの分だ。宿に持っていけばタダで飯を食わせてくれるだろう。」
そう言ってバリアスさんがカルキュルを1匹俺達に渡してくれる。フラウが早速魔法の袋に詰め込んでいた。
「しかし、凄い切れ味だな。1発で首を落とすなんて中々出来ないぞ。」
「何時も、フラウが研いでくれてますからね。それに長剣が重いですから、振り切れればその衝撃で首を落とすのは簡単です。」
「まぁ、確かにそうなんだが…。俺も少し腕に力を付けるか!」
レイスさんはそんな事を言ってるけど、限度はあると思うな。俺達が少し異常過ぎるのかもしれない。少し力を抑える相談をフラウにしてみるか。
焚火で、カルキュルの肉を串に刺してバリアスさんが炙りだした。
そして、とうとう日が落ちて辺りはどんどん暗くなる。
「ユング達はしばらくこの町に滞在するのか?」
「えぇ、折角海に来たんですから、1度泳いでから次の町に行こうと思ってます。」
バリアスさんにそう答えると残念そうな顔する。
「私達は、エントラムズを越えてモスレムに行こうと思ってるの。私達の生まれはアトレイムだけど、そろそろ狩猟期に出てみようと思ってるのよ。」
「何ですか、その狩猟期って?」
「ハンターの狩りの腕を競う祭りだな。モスレムの山村の秋のイベントだ。内外から腕自慢のハンターが集まるらしい。」
狩猟競技会と言う訳だな。面白そうに思えるけど、しばらくはのんびりしよう。それにどんな獣か分らないし、もう少しこの辺の獣を狩って腕を磨いてからの方が良さそうだ。
夕食は何時もの野菜中心のスープだが、今夜はカルキュルの焼肉付きだ。
俺と、フラウで焼肉を1本齧ってみる。
やはり、ネコ族の人達は味付けが上手いな。
夜の焚火の見張りは俺達が最初だ。
盛大に焚火の炎を上げても、薪は使い切れない程沢山ある。
フラウにお茶を作ってもらい、のんびりとパイプを楽しみながらヘッドディスプレイに映るガトルの動きに注意する。
ガトル達が数箇所に集まっているのは、カルキュルの頭部や腸を埋めた辺りのようだ。
俺達に向かって来ないなら、問題は無いだろう。
夜中にバリウスさん達と交替すると、フラウと毛布に包まって朝を待つ。
そして次の日は、半島からの帰還だが日の出る前に野宿場所を後にした。
この時間帯に出発すれば、夕方遅くには町に戻れるらしい。
森を抜けて磯に下り、岸辺伝いに町に帰る。
途中で食べた昼食は昨夜のカルキュルの焼き串を再度炙ったものだった。
確かに俺達の食料は減らなかったけど、あまり良いものは食べていないような気がするぞ。ハンターって何時もこんな食事だったら長生きしないように思えてきた。
半島の磯から荒地に戻り、そして畑の小道へと足を運ぶ。
結構な強行軍だ。メリーさんには辛いかも?とメリーさんを見ると、余り疲れていないようだ。どちらかと言うと、レイスさんの方が疲れた顔をしている。
そして夕暮れが近づく頃、ようやく町の東の門を潜る事が出来た。
早速、ギルドに行くと、テーブルに着く。
レイスさんがお茶を頼む。俺達はお茶を飲みながら、カウンターでメリーさんが依頼完了の手続きが終了するのを待つ。
「終ったわ。全部で1000Lよ。銀貨10枚だから、均等割りで1人2枚になるわ。」
メリーさんはそう言って俺達の前に銀貨を2枚ずつ置いた。
銀貨をフラウに預けると、3人にご苦労様と言ってギルドを後にする。
「東の森は面白い獣が多いな。」
「生態系が少し変化してますね。あの森の先にはエントラムズの小さな山脈があると聞きました。そのエリアで独自に進化したと考えます。」
ギルドを出て、宿の扉を叩くと「何方ですか?」という少女の声が扉の向うから聞えてくる。
「ユングとフラウだ。今、狩りから帰った。」
そう答えると、鍵を開ける音がして扉が開かれた。
早速中に入ると、暖炉の前で編み物をしていたおばあさんに、「お土産です。」と言ってカルキュルを袋から取り出した。
「今度の狩りは、カルキュルかい。…野菜と煮込むシチューが良いかね。」
そう言いながら、カルキュルを下げて台所へと向かった。
俺達も部屋に戻ると、楽な服装に着替える。
ナイフだけをベルトに挟んでリビングに行って、テーブルに着くとビオレちゃんがお茶を入れてくれる。
ここで飲むとようやく終ったなって感じるのも、この宿が家庭的な雰囲気だからかな。
やがて、おばあさんが大きな鍋を持ってきて暖炉に鍋を掛ける。
「少し掛かるかもしれないが、その間に狩りの話お聞かせておくれ。」
俺は輝いた目をしたビオレちゃんがおばあさんの隣にマイカップを持って座るのを待って、今回のカルキュル狩りの顛末を話始めた。