M-003 お茶の味
長い夜が終わり朝が訪れる。まだ日が昇らない湖の岸辺は朝靄に包まれてとても幻想的な雰囲気だ。
周囲が明るくなれば当然ハンター達も動き出す。
俺達は夜も狩りをしたけど、普通に野宿をしたハンター達は夜明けを待って獲物を持って村に帰るのだ。
湖の岸辺も、そんなハンター達の通り道なのだろう。何組かのハンター達に、「おはよう」と声を掛けられた。
俺達も先輩ハンター達に丁寧に挨拶を交わす。
どんな時でも挨拶は重要だと親に躾けられたからね。自然に挨拶を交わせるようになっている。
湖の朝霧が消え、太陽が顔を出す。
そろそろ俺達も動き出そう。あまり早く村に帰ると、夜中に薬草採取していた事がばれてしまう。
スコップナイフで岸辺に穴を掘り、その中に焚火の残骸を放り込む。跡を残さないのが焚火の鉄則。
フラウにショルダーバッグを持って貰う。ラッピナが5匹も入っているからパンパンに膨らんでいる。もう1つ購入した方が良いかも知れないな。
そんな事を考えながら、休みも取らずにひたすら歩いて村の北門に着いた。
「今日は」
「やぁ、今日は。……昨夜も1人やられたらしい。お前等は無事でよかったな」
門番さんは俺達を心配していてくれたらしい。
挨拶だけの付き合いだが、それでも知らない相手ではないという事だろう。そんな心遣いが俺は嬉しかった。
そして、野犬は昨夜の3匹だけではないという事か……。だが、少しずつ減らしていけば被害は無くなる筈だ。
ギルドの扉を挨拶しながら開ける。すると、昨日のお姉さんがカウンターから小さく手を振ってくれる。
お姉さんのいるカウンターに足を運び、依頼書と依頼品を提出した。
「サフロン草とデルトン草の球根20個ずつね。……随分と手馴れてるわね。前にもハンターをしていたの?」
「いえ、初めてです。それと、これは褒賞の対象ですよね」
そう言いながら、ポケットから3本の牙を取り出した。
「まだ、何か持ってそうね?」
疑るような眼差しで俺達を見つめる。
その眼差しに負けたのか、フラウがバッグを逆さにした。ドサって感じでラッピナが5匹出て来た。そして最後に2つの革袋が転がり出る。
「これで、最後です」
俺達の獲物と俺達の顔を交互に眺めていてが、やがて溜息をつきながら俺達に質問してきた。
「正直な話、こんなに驚いたのは久しぶりね。……さて、どうやってたった一晩でこれが出来たのか、話して頂戴!」
俺とフラウは顔を見合わせた。
まぁ、ここは俺達の真実を話す訳にはいかないな。差し障りの無い範囲で話すか……。
「俺達はネコ並みに夜間活動が出来るんです。昼間のようにはいきませんけどね。それで夕方から薬草採取をしたわけですが、深夜に俺達の回りでうろついてる獣を見つけました。
杖を投げ付けて倒したのがさっきのラッピナです。明け方に俺達に近づいてくる獣に気付きました。近寄ってきたところを杖で一撃、それがガトルの牙です。もっともその内1匹は飛びかかってきたので咄嗟に短剣で倒しました。朝になって先程村に戻ってきました」
「ネコ並みですって? ……確かにネコ族の人達は夜の狩りもしてるけど、貴方達は人間にしか見えないわね。でも、特技としては使えるわ。
それに、ラッピナ狩りは普通の人は罠で捕まえるのよ。棒を投げて当てるだけでも凄いわ。野犬の話は驚くだけだわ。黒レベルの実力ね。
貴方達の実力では、今の条件で仕事をするのが面倒かも知れないけど、武器は腰の片手剣だけでしょう。大型獣は手出しはしないでね」
そう言って俺達の獲物を調べ始めた。隣のカウンターのお姉さんに何か話をすると、そのお姉さんがカウンターから急いで掲示板に走っていく。何枚かの依頼書を剥がすと急いで俺達の前のお姉さんに渡している。
「先ず薬草からいきます。依頼書2枚の薬草分はこの報酬ね」
そう言って俺達の前に40Lの銅貨を置いた。
「残りの薬草についても依頼書があるから、それをこの場で引き受けて、依頼を完了したものとします。それが、この報酬」
カウンターに50Lを追加する。
「残った薬草は袋に入れてあるから次の依頼の足しにすればいいわ。次に、これがラッピナ5匹の依頼報酬。期限切れ寸前の依頼書があったわ。赤5つの依頼書だけど結果があるから問題なし」
カウンターに銀貨1枚(100L)が追加される。
「最後にこれが野犬の褒賞。残念だけど依頼書は無かったわ。だから通常報酬の1匹20Lで60Lになるわ」
カウンターには250Lが載っている。穴の空いた銀貨が1枚と穴の空いていない銅貨が15枚だ。
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◇
・
ギルドで次の依頼を探す。流石に一晩で終るような依頼は俺達が目立ちすぎる。
低レベル向けで、少し面倒な依頼は無いのかと探してみると、カルネル討伐報酬30Lの記載を見つけた。討伐証明はダイコンモドキの尻尾になるらしい。都合5個を揃えれば討伐は完了だ。
赤3つ向けなら、俺達に丁度いい。早速、カウンターに行って確認印を押して貰う。
「カルネルなら問題ないと思うけど、カルネラには注意するのよ」
お姉さんはそう注意してくれた。
村を出る前に雑貨屋に寄ってみる。
「こんにちは」と挨拶して扉を開くと20歳位のお姉さんが店番をしている。
「いらっしゃい。……何をお探しですか?」
俺達が購入したのは、革の袋3つと綿の袋が2つ。それに小さな鍋にショルダーバッグ、2ℓ位の水筒に携帯食料とお茶の葉っぱだ。
それにパイプとタバコを購入する。パイプは30cm位の金属製でタバコは小さな革の袋に入っていた。これで20Lは高いんだろうな……。なんて考えながらも購入してしまった。
「鍋でお茶を作る時はこれが重宝しますよ」
そう言って出してくれたのは金属製のストローだ先端に沢山の穴が空いている。
多分、マテ茶のように飲むんだろうな。お姉さんの勧めに従い、2本購入した。
全部で148L。きっちり支払いを済ませると、おまけに刺繍の入った小さな革の袋をくれた。丈夫そうだから、この袋をサイフ代わりに決めた。
購入した荷物をショルダーバッグに詰め込めば準備完了だ。
雑貨屋を出ると、丁度昼ぐらいだ。まぁ、俺達に昼食は必要無いから、そのまま北門を目指す。
「今日は! ……まだ昼食じゃないんですか?」
「おぉ! お前達か。まだなんだ。交替が来ないとなぁ。……今度も採取なのか?」
「いえ。今度はカルネルです。村の北西の畑に出たと聞きました」
「あぁ、あの畑だな。良い畑なんだが色々出るらしいぞ。気をつけろよ」
そこで俺達の話は終った。交替の門番が通りを走って来たからだ。
門番さんに片手を振って挨拶を終えると、俺達は北に伸びる小道を歩き始めた。
北の森へと続く小道を2人で歩いて行く。
図鑑についてた地図を見ると、この小道をしばらく進むと左に行くT字路があるようだ。そこを西に進めば北西の畑に出るらしい。
依頼書には北西の畑の奥と書いてあるんだが、奥ってどの方角だか分からんぞ。図鑑を見るとダイコンに手足が付いてるような化け物だから直ぐに分かるだろうけど……。
そんな事を考えながら歩いてるとT字路に出た。早速左に折れて進むと直ぐに畑が広がってきた。どうやら、1つの丘全体が畑になっているようだ。
丘の頂上は丁度十字路になっていた。ここを基点に畑を広げたんだろうな。
そして、そこから道の端を南側から見ていくと、北の畑の奥で白いものが蠢いている。あれが、カルネルか?
2人で少しずつ近づいて行く。200m程近づくと、形が見えてきた。
成る程、ダイコンに手足がついている。盛んに畑の野菜を食べているようだけど、あれって共食いになるのかな。
動く度に頭の葉っぱが動くのが何とも可笑しく思える。
大きさは、子供位の大きさだ。ちょっと可哀相な気もするが、一応害獣?何だろうな。
「意外と小さいから、杖で叩けば何とかなるだろう。おれは右から行く。フラウは左からだ」
「了解しました」
2人ともショルダーバッグをその場に置くと、杖を持って少しずつ近づいて行く。
そして、100m程の距離で、一気にダイコンモドキに走り寄ると、杖を横に振るってダイコンの胴体に打ち込んだ。
ボコっと言うような音を立てて杖で叩いた場所が砕け散るとその場にダイコンモドキは倒れる。次の奴にも杖をふるって胴体を砕く。
「カルネル3体を破壊しました。マスターの2体をあわせると5体分になります」
フラウがそういいながら、倒したカルネルの尻尾をナイフでちょん切ってる。
意外と簡単な依頼だったな。
フラウがショルダーバッグの袋に討伐証を詰め込んでると、俺のオーバーヘッドディスプレイに急に赤く輝く星が現れた。距離環の50mを切っている。
杖を構えて後に振り返ると、畑の土を割りながら、大きな体が現れる。
カルネルが巨大化したような姿だが、触手状の手の数が遥かに多い。十数本はある。そしてやはり触手状の足が数本土から顔を出している。
「カルネルの上位種、カルネラと判断します。……カルネラはこちらを敵と判断したようです」
それは言われずとも理解出来る。赤い血走った目で俺達を睨みながら触手を振り回して地面を割りながら進んで来る。
「行くぞ!」
俺の声を合図に俺達の姿が一気に加速される。普段の倍以上の速度で体が動く。その状態で杖を振るうと、まるで長剣を打ち込んだように触手が切断される。
1本ずつ確実に触手を切断して、足の触手は杵で打ち込むように突き刺して触手を破壊していった。
全ての触手が破壊されると、口から何かを俺達に飛ばしてくる。
そんなぎごちない動きでは、俺達を捕らえる事等どだい不可能だ。
フラウと一緒にヒットエンドランでカルネラの本体を杖で破壊していく。
何回目かの攻撃で胴体が千切れ、赤い血走った目に光が無くなった。
「死んだのか?」
「生体反応消失しました。討伐したと判断します」
そう言いながら、カルネラの頭をナイフで突き刺している。何度か突き刺していると、カチっと何か硬いものに当った音が俺の耳にも聞えた。
フラウがその部分を穿ると小さな球体が出て来た。ちょっと濁った黄色のビー玉に俺には見える。
「魔石です。図鑑の通りですね。カルネラの討伐証はこの魔石になるようです」
フラウはそう俺に告げると腰のバッグの袋に魔石を入れた。
ショルダーバッグを取りに戻ると、そろそろ日が暮れてきた。このまま村に帰ると到着は夜になるだろう。
村に帰れば宿に泊まる事になるだろう。だが俺達は眠りを必要としない。ここで朝まで待つか……。
そう考えて、畑の北に広がる林から薪を集めだす。そして畑の端にある空き地で焚火を焚いて夜を迎える事にした。
ディスプレイに示された活動時間を表示する数値が大分減っている。まぁ、1日は問題無いのだが、せっかく焚火があるのだ。鍋にお湯を沸かしてお茶の葉を適当に入れて焚火から遠ざける。
少し時間が経ったところで鍋からシェラカップに注ぎ入れた。
成る程、お茶の葉がカップに入るから、この小さな穴が沢山開いたストローが重宝するんだな。
フラウと焚火越しに向かい合いお茶を飲むのも、何となくベテランハンターのようで気分が良い。
「複数の元素が溶け込んでいます。水を飲むよりは、このお茶を飲むべきと考えます」
フラウは気に入ったみたいだな。俺としてもこのすっきりとした苦味はいいと思うぞ。
ん? ……今俺は、何を思った? ……味だ! 俺には味覚があるぞ!!
「フラウ。俺は少し苦いような気がするが……」
「いいえ、この位の苦味は人にも好まれる範囲です」
やはりか……。フラウも味覚が判るようだ。この体、無機物ではあるが前の体と同じような5感を持っているという事か。