M-026 森の奥に潜むもの 2nd
「申し訳ありません。緊急措置としてマスターの半重力制御システムに介入してしまいました。」
「いや、それは気にしてないから…。それより、あれは何なんだ?」
遥か下には千年樹を中心に森の立木が密集している。それはまるで、千年樹の広場を囲む檻のようだ。
そして、広場の土の中から蛇のような触手がウネウネと姿を現した。
「たぶん千年樹によって森全体が制御されているのでしょう。生体探知は獣や昆虫類には有効ですが木草類にはあまり役に立ちません。マスターが動体探知を勧めてくれなければあの森は消し去る事になっていたでしょうね。」
あそこで終わりだとは言わないんだな。まぁ、それなりの力はあるからそうなのだろうが、無用に生態系を壊すのは避けるべきだろう。
「このまま、移動できるか?…さっきの1つ岩に戻れるか?」
「可能です。」
俺達はフラウの制御のままに1つ岩に向かって落ちていった。衝突間際に慣性を遮断して半重力場を消去する。
俺にはこう上手く制御が出来ない、フラウは慣れてるのかな。
「たぶんここまでは千年樹の制御が及ばないと思います。動体探知にも不穏な木々の動きはありません。」
という事で、この大岩の上で今夜は過ごす事にした。
急いで薪を集めて焚火を作る。
フラウがお茶を沸かすのを見ながら、のんびりとパイプを楽しむ。
先程のトリフェムの頁をもう一度開いて読んでいると、頁の下の方に注書きがある。何々…。採取は日中に行なうこと。
確かに俺達が採取を終えた時は日が沈んでいたな。
しかし、これは重要事項じゃないのか?…こんな頁の下の方に書いてあるなんてかなりいいかげんだと思わねばなるまい。それに、注意と言いながら、その理由を書いていない。これを守らないと危険です。位は書き添えても良いような気がするぞ。
「どうしました。マスター?」
「さっきのトリフェムに関する補足書の説明を読んでいたんだ。注書きで、採取は昼間と書いてあったよ。」
フラウも頭の中で確認しているようだ。
「これは、注意書きなんでしょうか?知らない人は見逃しますよ。」
フラウもちょっと驚いてる。
「意外とこんな記載が多いのかもしれないな。ハンターに老人が少ないのはこんな落とし穴のせいかもね。」
そう呟いた俺にフラウがシェラカップに入ったお茶を出してくれた。
満天の星空の下で焚火を囲みお茶を飲むのも、何となくハンターって気がするな。
ハンター歴は1年未満だが、ギルドカードでは中堅ハンターだからちょっと余裕だ。他のハンターとも対等の口が聞けるしな。
フラウが腕をのばして俺に教えてくれたのは、他のハンター達が囲む焚火の明かりだった。何組かのチームが森に入ってるんだな。
流石に千年樹の森からは明かりが見えないけどね。
暇に任せてRPGに熱中している。前回は魔道師のレベルが低すぎたので、今回はたっぷりと鍛えている。俺のやっていたゲームと似ている所があるけどRPGなんて皆同じようなもんだからな。
「マスター。夜が明けます。」
フラウの声が無ければ、このままずっとここで脳内ゲームをしていたぞ。
さっさとセーブすると、目を開ける。
そこには朝焼けの空が広がっていた。今日も良い天気が約束された空だ。
ヨイショって年寄りじみた声を上げて起き上がると、フラウが微笑みながらシェラカップを渡してくれる。
乾燥野菜と干し肉を適当に刻んだスープだな。これにちょっとコショウを振り掛けたい気分だけど、まぁ味は良い。
先割れスプーンでゆっくりと味わいながら、遠くを見る。流石に村は見えないか…。
のんびりした朝食を終えると、太陽が上ってきた。
鳥達も木々の間を忙しそうに飛び交い始める。
「フラウ。村に戻るぞ!」
荷物を纏めたフラウに告げて大岩から飛び下りた。
続いてフラウも下りてくる。
そして、森の小道を町に向かって俺達は歩き始めた。
・
◇
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「確かに、依頼の品ですが…。この時間に帰ったという事は、この実を採取したのは夜ですよね。何もありませんでしたか?」
エリーさんが恐る恐る俺達に聞いてきた。
「この依頼で1つ分かった事がある。補足書の注書きはもっと大きく書くべきだ。そして、その理由もね。
とりあえず、千年樹は無事だ。周囲の森やトリフェムにも一切傷を付けていない。
千年樹を倒す事も可能だが、そうなるとあの森全体が滅びる可能性もある。」
「過去に銀3つのハンターが3人、戻って来ませんでした。それであの注書きを書き込んだんです。…でも、貴方達は黒3つですよね。」
「俺達は何故かレベルが上がらないんだ。だから、ここにしばらく滞在するけど、出るときも黒3つだよ。」
そんな会話をしながら、依頼報酬の230Lを受取ると、次の依頼を探しに掲示板の所に歩いて行く。
今度は無難な奴にするか…。なんて考えていると、フラウが依頼書の1つを指差した。
「マスター。これはどうでしょうか?」
その依頼は、…ドロンゴ川のローストが50匹。それで200L。…急いでローストを調べてみると、サワガニだな。一瞬、川原で肉を焼くのかと思ったぞ。
甲羅と足を入れても5cm程度なら、俺の世界のサワガニよりは大きいな。
「取ったローストをどうやって運ぶんだ?」
桶に入れて、革の袋に入れれば魔法の袋で運搬できるでしょう。魔法の袋は別次元の空間を内在しているようです。時間の進行が極めて遅いですから、2日程度の搬送でローストが死ぬことは無いでしょう。」
準備するのは丈夫な袋と桶だな。帰りに雑貨屋で買えそうだ。
俺が頷くのを見て、フラウが依頼書をはぎ取った。エリーさんの所へ持って行き、確認印を押して貰いながら雑貨屋を聞く。
「この依頼は後5日あるからのんびり行くと良いわ。雑貨屋は通りの向かい側の宿屋の右隣よ。」
片手を上げて挨拶すると俺達は雑貨屋に向かった。
雑貨屋の若い店員にフラウが色々と聞いている。買い物はフラウに任せて、店内を物色してると、タバコの袋とクッキーのようなお菓子の包みを見つけた。
早速、2つをカウンターに持って行き、支払いをフラウにお願いする。
店を出て、宿にもどるとおばあさんが俺達にお茶を出してくれた。
狩りの話を聞きたいという事なので、トリフェムの実の採取をしてきた事を話し始めた。
「私の息子夫婦もその依頼で命を落とした。千年樹は昼間は全く動かない。動くのはトリフェムという千年樹の若木さ。
昔から、トリフェムの実を取るのは昼間と言われているんだが、息子達は帰らなかった。…たぶん夜になってしまったに違いない。
じゃが、お前さん達がこの時間に帰ったという事は、採取は夜に行なった筈。よくも帰って来られたものだ。」
「ちょっとした、裏技を持っています。おかげでこの若さで黒3つです。」
「なるほどのう…。息子達は25で黒1つ。お前さん達はどう見ても17歳と言うところじゃ。驕る事無く仕事をすれば更に延びるじゃろう…。」
「明日は、ローストを取りに行きます。50匹ですから、遅くなるかも知れません。」
「ローストなら、少し余分に取ってきてくれないかい。あれは良いスープになるんじゃ。」
おれは頷くと、席を立った。
「そうだ。これをビオレちゃんに渡してください。お茶をご馳走様でした。」
そう言って俺達は部屋に引き上げた。
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◇
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次の日、俺達は森へ続く小道を歩いている。
ドロンゴ川は千年樹の更に奥にある川だ。千年樹は夜にしか動く事が無いようなので安心して先に行く事ができる。
1つ岩から東南東に進路を取り、ひたすら森の中を歩いて行く。
あの夜にはこの森の木が全て動いてたんだよな。
それを考えるととんでもない生物、いや植物だと思う。立木の遥か向こうに何事も無いように千年樹が立っているけど、名前の通りこの森の主なんだという思いがふつふつと湧いてきた。
「私達に先行して4人のハンターがいるようです。その内の2人は既知の人間です。」
「既知…。誰だ?」
「友好的な人物とまでは分るのですが…。」
確かに、ヘッドディスプレイには緑の光点と黄色の光点が俺達の前方900m程の所を歩いている。
足取りは俺達のほうが速いから、彼等が休息を取るようなら追い着けるだろう。
そして、彼等が立止まった。10時過ぎだから、ちょっとしたお茶の時間かな。
俺達との距離がどんどんと縮まって行く。
やがて、森を抜けた所で小さな焚火を囲む4人を発見した。
向こうも、俺達に気がついたらしい。ちょっとした緊張が走るのが分る。
だが、俺は緊張が一気に融けて行くのが自分でも判った。
4人の内の2人はカナトールの山村、サレスト村で何度か狩りを共にしたハンター、トリムとマリーネ達だ。
俺が片手を振ると、トリムはどうやら俺が分ったらしい。俺と同じように安心したようだ。
「俺達も同席させて貰って良いかな?」
「あぁ、良いとも。そして、久しぶりだな。元気だったか?」
俺とフラウが座る場所を確保してくれると、早速俺達が取り出したシェラカップにお茶を入れてくれた。
「まさか、この町に来てたとは思わなかった。あれから大変だったろ。」
「あぁ、カナトール王国は無くなった。革命が起きたと聞いたよ。」
「そうだよな。あの搾取は酷い話だ。俺達はあの日、村に戻ると直ぐに旅立ったのさ。国境は手形を持たない民衆が大勢いたが俺達はギルドカードで無事アトレイムに来る事が出来た。
マリーネがどうせなら、海が見たいと言うのでこの町に来たんだ。」
「トリム。こっちのお嬢さん達を知ってるのか?」
「あぁ、前の村で一緒に狩りをした仲間さ。ユングとフラウ。男言葉を使うのがユングだ。そして髪が長いのがフラウだが、2人とも赤の限定5つだ。」
「そうか。始めてだが、俺はマイク、そしてこっちがジャネット2人とも赤6つだ。よろしくな。」
そう言って俺に手を伸ばして握手をする。
「トリムの紹介の通りだ。だが、1つあれから変った。今は黒3つになった。」
そう言って首からカードを外して見せる。
「あれからそんなに月日は経っていないぞ。一帯何を狩ったんだ?」
「クルキュル4匹とガトルを23匹それを狩った事を証明書にしてもらってエントラムズの王都のギルドに出掛けた。そこでギルドマスターと喧嘩になってトラ顔の将軍が仲裁に入ってくれたんだ。真実なんとかの神官がやってきたら、カウンターのおねえさんがこれをくれた。」
「相変わらず無茶をしてるな。」
「トラ顔のエントラムズの将軍と言うと…ケイモス将軍だな。人望のある将軍だ。」
久しぶりに知り合いに合うと嬉しくなるな。
そんな話をしていると何時の間にか昼時になってしまった。