M-024 海辺の町へ
エントラムズからアトレイムに向う街道をトコトコと2人で歩いてる。別に急ぐ旅でも無いし、天気も良いからのんびりとした2人旅だ。
たまに、荷車を引く6本足の牛が通るけど、そんな牛の足の運びを面白く見ることが出来るのも、余裕があるせいなのだろうか。
とりあえず、黒3つのギルドカードを手に入れたし、何処のギルドに出かけても依頼を受ける事が出来る。
たっぷりと報酬を貰ってるから、宿にも長く泊まれる筈だ。
新陳代謝が無い体だから、着ている服は汚れはしないが、土埃を浴びているのも確かだ。のんびりと温泉にでも浸かりたいと思うのは贅沢だろうか。
まぁ、そんな事を考えながら次の村を想像するのも楽しくなる。
街道を歩くと、数km毎に小さな広場と林がある。
旅人用と言うよりは、荷馬車で移動する商人達の為のようだ。たまに2,3台の荷車が停まっているのを見かけることもある。
そして、歩いて2日位の距離に村や町が出来ている。
王都を出たのが深夜だったから、丁度夕暮れにレイデン村を見る事が出来た。
「先に進もうか?まだ、活動時間は十分にある。フラウの方は?」
「後、120時間は問題ありません。まだ見ぬ土地には興味がありますね。」
そんな会話で、レイデン村を通り過ぎて先に向う。
この世界にはまともな地図が無い。それでも、図鑑の巻末に簡単な絵地図があった。四角が3個2段に描かれて、左から上の四角には未開地、カナトール王国、モスレム王国と記され、下段の3つにはアトレイム王国、エントラムズ王国そしてサーミスト王国だ。
実際には少し入り組んでいるが大まかそんな感じだな。そして、各王都を太い線で結んである。これが街道なのだろう。その途中に丸と三角が記されているが、注書きを見ると丸が町で三角が村らしい。
実際にはあちこちで盛んな開拓村がこの地図には書かれていない。まぁ無いよりはマシって感じの地図だ。小学生だって高学年ならもう少しマシな地図を書くぞ。
縮尺もないし、方向だっていい加減なもんだ。この世界の連中って、この地図でちゃんと目的地に行けるのだろうか?ちょっと心配になってきた。
暗がりで図鑑を開きながらブツブツ言っていると、フラウが心配そうに俺を見る。
「ちょっと、この地図を見てたんだ。かなりいい加減だと思ってね。」
フラウの視線を感じて俺が説明すると安心したように前を見て歩き始める。
「アトレイムの何処に行きますか?山それとも海?」
そうか…。アトレイムには海があるんだな。この世界の海を見るのも面白いかも。
「海に行こうか?」
真直ぐに街道を進むと町が見えてきた。深夜だから町の門は固く閉ざされている。町を迂回して、町の西の門から延びる街道を歩いて行く。
結構な数の獣が周囲の畑にいるようだから、町のギルドにはさぞや依頼が沢山あるのだろう。
そんな事を考えながらひたすら歩く。
一晩中歩いた次の朝、街道に小さな小屋のようなものが見える。警備の兵達がいるところを見ると、エントラムズとアトレイムの国境があるようだ。あの小屋が関所なのだろう。
近づいてみると、警備兵が俺達を呼び止める。
「停まれ。旅の者か?」
「はい。2人でハンターをしています。アトレイムの方に何か面白い依頼はないかと…。」
警備兵にそう答えると、ギルドカードの提示を求められた。
2人のカードを見せると、兵隊の顔が驚きに変わる。
「その若さで黒3つは大したものだ。出来ればエントラムズにいて欲しいが、そうもいかないだろうな。気を付けて旅をするんだぞ。」
そう言ってカードを返してくれる。
俺達は警備兵に頭を下げてエントラムズを後にした。
と言っても、小さな用水路が国境なのだ。10歩で渡れる橋(?)を通ると、アトレイムの警備兵がやはり関所を作っている。
同じようにカードを見せようとすると、笑いながら通してくれた。
「この近かさだ。お前達がハンターならば問題ない。通っていいぞ。」
確かに5mも離れてはいないのだが…。こんなでいいのか?
そんな疑問を持ちながら、テクテクと街道を西に歩いて行った。
夕方近くにアトレイムの最初の村があった。
門番さんに断わって村の中を通る街道を歩いていると、南に向う分岐路がある。俺達はその分岐路を南に向かって歩き出した。
村から南に延びる街道は少し道幅も狭く石畳でもなかった。凸凹した荒地のような道だがしっかりと轍があることから、交通路として通る者も多いに違いない。
そんな、道の途中にあった林に囲まれた休憩所で、疲れてはいないのだが休憩を取る事にする。
夜が明けて、早朝と言った所だ。
早速、フラウが薪を集めて焚火を作りポットでお茶を沸かし始める。
シェラカップにお茶を注ぎのんびりと2人で飲んでいると、ガラガラと車輪の音がして2台の荷車が休憩所に入ってきた。
荷車を引いているのは6本足の牛だ。カナトールで見かけた4本腕の奴の遠い親戚なのかな。
荷車の点検を数人の男達がしていたが、それが終ると俺達の焚火の所にやってきた。
「お早いですね。焚火をお借りしてもよろしいですかな?」
「お早うございます。どうぞ、お使い下さい。」
30前後の男は丁寧な言葉で俺達に断わってきた。断わる理由もないし、情報も欲しい所だ。気持ちよく承諾しといた。
男は仲間を呼ぶと、俺達の前にどっかりと腰を下ろした。遅れてきた男が持ってきたポットを焚火に掛けると、お茶が沸くまで楽しむのだろう、パイプを取り出した。
「大分お若いお嬢さん達ですが、物騒ではないんですか?」
「これでも、黒3つのハンターです。何とかなりますよ。」
俺の言葉に、男達が吃驚したような顔をしている。俺達をもっと下位のハンターだと思ったらしい。
「ところで、海はまだ先なんでしょうか?」
「あぁ、海を見に行くんだったら、今日と明日は歩かなくちゃならないよ。ラノバと言う漁師町がある。
まだ水は冷たいから泳ぐのは無理だが、東のエンタラムズ側の小さな山並みには不思議な生き物が多いと聞いている。それを狙うハンターも多いはずだ。」
確かにまだ冬だったな。面白そうな依頼があれば長期滞在して夏を過ごすのも良さそうだ。
「有難うございます。では先を急ぎますので…。」
そう言って俺達は別れを告げると、南に向かって歩き出した。
今日と明日って、さっきの男は言った。1日の移動距離は精々25km、2日だから50km先になるのか。俺達なら今日中に付く事も出来そうだ。
段々と暖かくなってきたように思える。ヘッドディスプレイの環境モニタの数値は外気温が15度と表示されている。
真南への移動距離は不明だが、この辺りは少なくとも雪が降ることは無さそうだ。
夕暮れ時に南東方向に山並みが連なっているのが見える。
あれが、不思議な生き物がいるって言う山並みだな。
食用なのか、害獣なのかは不明だが、少し気になってきたぞ。
夜の道も俺達にはモノトーンの世界として周囲を見ることが出来る。生体探知システムは小型の獣がいることを示しているが、俺達に近づかない所を見ると、草食獣なのだろう。大きさもラッピナクラスだ。
「マスター。微かですが、塩素イオンが感じられます。」
「たぶん海が近いからだよ。俺達は無機質で作られてるが塩水に入っても大丈夫なのか?」
「問題ありません。塩水は金属をイオン化しますから、私達に必要な金属元素を取り出すことも可能かと思います。」
「海水を飲む訳じゃないよな?」
「足を浸しておくだけでも十分です。足の皮膚のように見える表層組織が変形してイオン吸着膜に変化します。システム変更は実際の場で説明します。」
足を浸すぐらいなら問題ないだろう。一瞬、砂浜に屈んで2人で海水をゴクゴク飲んでる光景が頭を過ぎったが、そんな事にはならずに済みそうだ。
ちょっとした丘を上った所で目の前が大きく開けた。
海だ。水平線が丸く見える。
良く見ようと、暗視モードを通常モードに切り替えると、星明りのしたに黒々とした海が見える。海岸地帯は砂浜のようだ。
道は少し東に向かって下っているようだが、まだ町は見えなかった。
視覚を再度暗視モードに切り替えて、丘を下り始めた。
潮風で運ばれる潮の匂いが気持ち良い。
砂混じりの道には車輪が取られないように砕いた石が敷き詰めれれていた。
こんな、道路の補修って誰が行なうのだろう。道路行政と言う概念すら持っていないんじゃないかな。それとも、流通の要として道路行政が行き届いているのだろうか?
「マスター。どうやら、あれがラノバ町のようです。」
フラウの言葉に、指先の方向を見ると、確かに小さく町が見えてきた。距離は5km程先になるな。
時間をヘッドディスプレイで確認すると午前3時頃だ。少し時間を潰してから町に入ったほうが良さそうだ。
3時間程、腰を下ろして朝を待つ。
東の山並みから朝日が上り、朝焼けの海を眺めるのは何となく清々しい。こんな風景を眺められるのも久しぶりだ。
どれって腰を上げるのは、何となく年寄りくさいと自分を笑いながら、服に付いた砂を手で払う。
そして、朝食作りの煙が漂う町に向かって歩き出した。
・
◇
・
町は家と子供の背丈程の柵で取り囲まれていた。
俺達が歩いてきた道が、そのまま町の中にずっと続いている。たぶんメインストリートになるのだろう。
そして町の入口には、門番が槍を持って立っていた。
「止まれ!…旅人か?」
「2人組みのハンターです。エントラムズから来ました。」
俺の答えを聞くと、門番は槍を引いた。
「それは、良く来てくれた。町にも数人ハンターはいるんだが定住してくれるハンターが少なくてな。長くいてくれれば嬉しい限りだ。
ギルドは、この道を真直ぐ行って右側だ。大きな石作りだから直ぐに分かるぞ。」
俺達は門番さんに頭を下げると、早速ギルドに向かって歩いて行った。
漁師町と聞いていたが、なるほど朝から人の往来がある。漁師達はもう漁に出ているんだろうけど、それをサポートする町人も朝が早いようだ。
ギルドは直ぐに分かった。周囲の民家が石と木材で出来ているのに、全て石作りはちょっと浮いた存在だから看板が無くてもそれと分る。
扉を開くと早速、カウンターに向う。
「エントラムズから来た。マキナのユングとフラウだ。しばらく世話になる。」
そう言って2人のギルドカードをカウンターのお姉さんに渡す。
お預かりします。と言って、大きな帳簿になにやら記載をすると、俺達のカードを返してくれた。
「若い娘さんだと思ってたけど、黒3つは立派な中堅だわ。期待してるわよ。」
「…出来れば、宿を紹介して欲しいんだが。」
「3つあるけど…。貴方達なら、4つ目の小さな宿を紹介するわ。ギルドの東側の小道を入って、真直ぐの突き当たり。入口に小船が吊ってあるから直ぐに判るわ。エリーから聞いた、と言えば大丈夫よ。」
宿に泊まるのに大丈夫という表現は、はたして適切なのかどうかちょっと疑わしい気もするけど…。
「有難う。明日から仕事に掛かかる。」
そう言ってギルドを後にした。
ギルドを出てそのまま歩くと、確かにギルドの東に2人並んで歩ける位の小道が続いている。
道なりにドンドン歩いて行くと、小さな船を軒下に吊るした家があった。平屋だし、それ程大きな家とも言えない。ホントに宿屋なのか?と心配になるような家だ。
「今日は!」
そう言いながら扉を叩くと、奥から「は~い!」って返事が聞えたけど、子供の声だよな。フラウと顔を見合わせていると、扉が開いて小学生位の女の子が出て来た。
「何の御用でしょうか?」
「エリーさんの紹介で泊まりに来たんだけど…。」
「お婆ちゃん!…お客さんだよ。」
少女が家の奥に向かって呼びかけた。
その声に戸口にやって来たのは、確かにお婆ちゃんだ。70歳は越えているようにも見える。
「何の用じゃ?」
「ギルドのエリーさんに4番目の宿を紹介してあげると言われて…。」
「エリーの紹介かい。ならしばらく泊まるが良い。」
そう言って俺達を家の中に案内してくれた。
入って直ぐがリビングのようだ。突き当たりに暖炉があり、その手前にテーブルと椅子が置いてある。
「まぁ、座っておくれ。今、お茶を出すからね。」
「しばらく厄介になりたいんですが、宿代は如何程になりますか?」
「町の宿では1泊1人20Lと聞いておるが、ワシ等はちゃんとした宿の世話が出来ん。2人で1泊30Lでどうじゃろう。」
「俺達はハンターですから、宿を出るのも帰るのも不規則になります。その迷惑料を含めてこれでお願いします。」
フラウが俺の意を汲んで…と言うより俺の思考を受け取って銀貨を12枚取り出した。
「1月分として受取ってください。」
「これは、多すぎる!」
「他の宿と同額ですよ。多すぎることはありません。」
女の子が入れてくれたお茶は、今まで飲んでいたお茶と少し風味が違っていた。フラウがそれを確かめるようにゆっくりと味わっている。
「さて、部屋じゃが。あの扉がそうじゃ。ビオレ。部屋に案内しておあげ。」
この子はビオレって言うのか。
ビオレちゃんが案内してくれた部屋は8畳位の部屋だった。ベッドが2つに机が1つだ。小さな窓があってそこから海が見えた。中々良さそうな所だ。