M-020 カナトールの異変
エントラムズ王都を離れ、カナトール王国に向かって早足で歩いて行く。
周囲に人目が無いことを確認して、街道から畑の道に入った。
畑道は荷馬車が通れる事を前提としているようで意外に広い。ここで俺達は早足から徐々に速度を上げて走り始めた。
急ぐ理由は国境の川を越える為だ。出来れば夜が良い。
そして、夕暮れ近くになって、俺達は広い川原に出た。
周囲を生体探知機能を使って調べると、カナトール側に個体の動きがある。ここでしばらく時間を潰す事にした。
フラウが小さな焚火を作ってポットでお茶を沸かし始める。
「マスター。そろそろ依頼の内容を教えて頂けませんか?」
「悪い悪い、まだ教えていなかったよな。…あのトラ顔の男に言われたのは、カナトールを見に行って状況を教えて欲しい。と言う内容だ。…漠然としているが、俺も気になる。村と町それに王都の状況を見てくれば良いと思ってるんだが…。」
「前に暮らした村も気になりますね。」
フラウがお茶を飲みながら言った。
確かに…。俺達をハンターにしてくれた村だ。それなりに暮らし良かったと思っている。ギルドのお姉さんも上手く逃げる事が出来たか心配だな。
そんな事を考えながらパイプにタバコを詰める。薪を取ってパイプに火を点けた。
まだ時間が早そうだ。対岸には結構人が動いているのが分る。
「最初はサレスト村に、次はカイアル町で良いと思う。そういえばサレスト村から急いで逃げてきたけど、フラウは道を覚えてる?」
「航法図を記録しています。加速度と速度それに時間と方向でマッピングしていますが、誤差が50m程に広がってきました。」
それだけでも大したものだ。誤差50mであれば村を確認する事は十分出来る。
対岸の様子を覗いながら渡河のチャンスを待つ。
そして、対岸の動きがなくなった所で、反重力制御で作り出した重力傾斜を使って対岸に渡り、素早く藪に身を隠した。
周囲を伺い、ヘッドディスプレイで更に広範囲に周囲の状態を探る。
「どうやら誰にも気付かれなかったようです。一気に村に走ります。付いて来てください。」
そう言うと一瞬に俺の前から消える。ヘッドディスプレイに映し出されるフラウの後を追って俺も駆け出した。
真っ暗な闇の中を照らす僅かな星明りを暗視モードを使って先方を見る。どんな夜行性の獣よりも俺達のほうが遥かに遠くまで見えるし、駆ける速度も時速40kmを越えている。
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◇
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2時間程走ると、先方を駆けていたフラウの速度が急激に落ちてきた。フラウに並ぶように俺も駆ける速度を落とす。
「マスター。村まで後2km程の距離です。入るのは南門からで良いでしょうか?」
「南門で問題ないと思う。だけど、念のために村から200mの地点で村の中を探ってくれ。」
現時点で俺達の周囲にガトル以上の生体反応は検知出来ない。はたして村がどうなったかは分らないが用心するに越した事は無い。
「マスター。南門の門番さんがいません!門から100mの範囲に生体反応が全くありません。」
そんな、バカな。…いくら暴動を起こしたって村が無人になる事は無い。老人や子供だっていたんだ。
そう思いながらヘッドディスプレイで近づいた村の中の生体反応を探る。
確かに…いない。
そんな疑問を持ちながら南門に近づく。遠くに門が暗視モードのモノトーンのすがたで映し出される。
門から200mの距離で俺達は歩みを止め、村の内部を探る。
やはり、誰もいない。…まるでゴーストタウンのようだ。
「入ってみよう。先ずはギルドに行こう。」
俺達はゆっくりと村に脚を運ぶ。
南門は無残に破壊されていた。数十戸の家々は破壊されているか焼かれていた。
通りを来たに歩いてギルドに入ると、ガランとしたホールには乱闘の跡が残っていた。カウンターやテーブルに付けられた切傷は間違いなく刃物の跡だ。
床の汚れは血溜りの跡かもしれない。
それでも、遺骸が1つも無いのが少し気になる。
破壊された壁を足で蹴って薪を調達する。
ギルドの暖炉に火を点けると、フラウがポットを掛けた。
転がっている椅子を暖炉の傍に持ってきてフラウと一緒に座る。パイプに火を点けてゆっくりと吸い始めた。
プカリと煙を吐き出すと丸い輪が出来る。
フラウがそんな俺の姿を、カップのお茶を飲みながら面白そうに見ていた。
「どう思う?」
「虐殺があったと推定します。しかし遺体がありません。これは襲撃の後、直ぐに大型の獣が村に入ったと思われます。」
それに、最初から獣が来襲した可能性もあるな。
暴動なら分る。あの時皆がそれを俺達に忠告してくれた。だが、村人の数は数百人はいた筈だ。数百人の村人が姿を消すのが分らん。
たとえ暴動が起こったとしても、暴動で全員が村を出て行くだろうか?老人子供も村にはいたのだ。どう考えても、村が無人になるわけがない。
となればフラウが言うように、暴動に連動した獣の襲撃が考えられる。
しかし、これも現実的ではないように俺には思える。
獣が村の状況を見て仲間を募り一団となって襲撃する。そのような行動を獣がとれるのだろうか?
待てよ…。兵種に獣を使役して相手を襲わせる。そんな兵種があったと聞いた事がある。もし、獣を操る者が弱者が残る村を獣に襲わせたなら…。この状況は説明が着くな。
「マスター…。北よりガトルの群れが近づいてきます。個体数約200。」
「全てが、ガトルではないな。人の反応がある。」
フラウの警告に、ヘッドディスプレイを覗くとガトル以外に、人の生体反応が確認できた。…2人か。
暖炉からの煙で村を調べに来たのかもしれない。
ここは速めに退散した方が良いだろう。
「フラウ、次の町に行くぞ。」
後、10分もしない内に連中はやってくるだろう。俺達は調査に来たのであって、戦いに来た訳ではない。
フラウは急いでポットを暖炉から取り出して中身を捨てた。布でポットを包んで、大切にバッグの袋に収納した。
「準備完了です。」
俺達はギルドを抜けると、南に向かって走り出した。
「この速度で走れば、後1時間程度でカイアル町に着きますが、夜が明けてしまいます。」
「そうだな…。町に向かう街道の林で休もう。梢の上なら旅人にも気付かれないだろう。」
やがて、遠くに町が見える街道の休息所に俺達は辿り着いた。空が白々と明けて来ている。林の周辺に生体反応は無い。周囲1kmには小型の草食獣以外の反応が無かった。
林の一番大きな立木に飛び上がると梢に下り立つ。
隣の梢にはフラウが下り立った。
「ここからだと町が良く見えないな。数km先になるか?」
「4.5km先になりますね。…しかもあの町、破壊されてますよ。つい最近です。」
何だと!…遥かに望む町の壁と何軒かの高い建物が見えるが、俺には詳細は分らない。
「フラウには、望遠鏡が内臓されているのか?」
「いいえ。左右の目で受けた画像信号を干渉させることで、直径100mmのレンズの解像度を得ることが出来ます。
ヘッドディスプレイを画像解析モードに切り替えた後に干渉演算に移行。自動的に干渉画像がディスプレイに映し出されます。」
フラウの言う通りにディスプレイの表示を切り替える。1秒程して、モノトーンの静止画像がディスプレイに現れた。
なるほど、望遠鏡で見たような拡大画像が得られる。
そして、その画像には破壊と言うより火事にあったような画像が現れた。丸太を並べた町を取り巻く塀は所々焼け落ちているように見えるし、その隙間から見える町屋も黒ずんだ柱が立っているだけだ。
「フラウ、町の方向に生体探知を絞って伸ばせないか?」
「最大で3km程ですから、ここからでは無理ですね。幸いにも周囲には生体反応がありません。少し近づいてみますか?」
夜の調査には限界がある。ここは少し冒険してみるか。…例え人や獣に見つかっても俺達なら逃げおおせる。
「行ってみるか。だが、生体探知は常時していて欲しい。」
そう言うと、梢から飛び下りて、街道を町に向かって進んで行く。
町に1kmまで近づいた時に、フラウの生体探知範囲を狭めて探知距離を街中に伸ばして調べて見る。
「生体反応、依然として皆無です。」
フラウの報告を聞いておれは益々不審感がつのってきた。
町の破壊された門が見える。距離は約300mだ。
おれにも街中の生体反応が分るが、やはり反応が無い。
100mまで近づいた。門が片方外れている。もう片方は穴が空いていた。穴の周囲は黒く焦げている。
門から町の通りが見える。廃墟って感じだな。少し違うのは、鍋や棚等が壊れて通りに転がっている。まるでつい最近この被害が発生したようにも見えた。
門を潜り通りに立った。周囲には全く生体反応が無い。
ここも、昨夜の村のように無人のようだ。
静か過ぎる通りを歩いて行くと石造りの建物があった。看板が通りに転がっている。足で裏返してみると、ギルドの看板だ。
破壊された扉は、開かなくても入れる。
ここもどこにでもあるギルドのホールだ。カウンターに破壊された依頼掲示板とテーブル。それに、暖炉がある。
「何か匂いませんか?」
フラウの言葉に鼻をくんくんさせてみる。
「俺には、分らないが…、フラウには分るのか?」
「嗅覚の感度を上げていました。…確認します。」
そう言ってホールをぐるりと回っている。
そして、カウンターを覗いた時、フラウが俺を呼んだ。
急いでフラウの所へ行くと、彼女が奥を指差した。
そこには男の遺体があった。しかも、片足が無い。
「何かに食い千切られたようだな。剣ではあのような切断面にはならないはずだ。」
町屋を2人で調査してみる。
すると、沢山の遺体を確認できた。剣や槍の傷ではない全て何か獰猛な獣に襲われた感じだ。
最初は1体ずつだったが、一家纏めてと思われる遺体もある。更に抵抗したが力尽きたと思われる長剣や斧を握った遺体もあった。
いったい何に襲われたのだ?
「フラウ。周辺に生体反応は無いか?」
「ありません。」
「いったん、ギルドに戻るぞ。」
俺達はギルドに戻って暖炉に火を入れる。
こんな時は、お茶を飲んでゆっくりと考えるに限る。
フラウが入れてくれたお茶は何時もより苦いものだったが、混乱してきた思考を解きほぐすかのように、俺の体に染み入るような感じがする。
パイプにタバコの葉を詰めると暖炉で火を点けて天井に煙を吐き出す。
もう直ぐ夕暮れだ。
「マスター、生体反応多数。約130個体が町に近づいてきます。到着予定時刻、後4分です。」
「ポットは回収。暖炉はこのままで良い。これをやった人か獣を確認しよう。2階へ移動するぞ。」
俺達は2階に上がると、素早く2階の部屋を確認して机を2個、部屋から通路に運び出した。階段まで机を移動して簡単なバリケードを作る。その机の影からギルドのホールを覗き込んだ。