M-016 赤暫定5つの実力は?
西の森林に着くと早速周囲の生体反応を調べる。結構豊かな森のようだ沢山の生体反応がヘッドディスプレイに現れた。
ガトル以下の小型の生命反応を削除する。一気に反応数が2割を切った。
それでも10匹以上が俺の周囲1kmの範囲に点在している。
さてどうするか?…フラウを見るとジッと何かに集中しているようだ。
フラウが現実に復帰するまで、パイプを楽しみながら待っていることにする。
「この辺りにはいないようですね。やはりもっと森の中に入らなければならないようです。」
「参考に聞きたいがその根拠は?」
「カルキュルの生体反応に類似して、カルキュルより大型を周囲3kmの範囲でサーチしました。その結果です。」
そういえば、指向性を持たせて探知距離を伸ばせるって言ってたな。
「となれば、進む方向だが、北は直ぐに川だから問題外。西か南になるな。」
「でしたら、南西に進みましょう。3km進むごとに周辺の探査を行ないます。」
俺達は南西に進路を取って歩き出す。
結構深い森で、見通しも悪いのだが、俺達の歩みは平地と変わらない。周辺の生体反応が全てヘッドディスプレイに映し出されるから、不意に獣に襲われる心配は皆無だ。
どんどん進んでいくと前方に生体反応が現れる。黄色の表示は人間だな。しかもお初になる者達だ。
「どうしましょうか?」
「とりあえず挨拶はしておこう。情報も欲しいしな。」
先方は4人。どうやら焚火を囲んでいるようだ。
50m程近くになった時からがさがさと藪を掻き分ける音が大きくなるようにして近づく。見通しの悪い森だから、不意に挨拶したら攻撃される可能性もあるのだ。
どうやら、俺達に気が付いたみたいだ。焚火の後に移動している様子が分る。
「今日は!」
俺は大きな声で挨拶した。
その声を聞いたとたんに4人は元の位置に移動し始めた。
ガサガサと音を立てて彼等の前に出る。
「今日は。…私達より前にいるという事は、昨夜は野宿ですか?」
「まぁ、そんなところだ。2人か?…座るがいい。お茶ぐらいご馳走しよう。」
4人は40歳前位の渋いオジサンとその隣に耳の少し尖がった若い女性。それに20歳位の虎のお面を被ったような人物と俺より少し歳上の女性だった。
俺達が座ると、耳の尖った女性が「カップはありますか?」と聞いてきた。
バッグからシェラカップを取り出すと、直ぐにお茶を注いでくれた。
「俺はカリム、黒の5つだ。妻のセリナは黒3つになる。娘のニーナはまだ赤5つ。それにトラ族のレビオム、黒1つだ。」
「ご丁寧に、俺はユングそしてこっちはフラウ。共に赤の暫定5つです。」
「暫定?」
カリムさんがパイプにタバコを詰めながら聞き返してきた。
「はい。幾ら獣を倒してもレベルが上がりません。仕方なくギルドが獣を狩る最低のレベルを保証してくれました。」
「話には聞いた事があるが、本当にあるんだな。…ところで、何を狩るんだ?」
ふーっと煙を吐き出しながら俺に聞いてきた。
「ギルドでクルキュルを狩る許可を得ました。それで森の奥まで来たんですが、中々見つからなくて困っていた所です。」
俺の言葉に4人が目を見開いた。
「いいか。クルキュルは素早く動き俺達を飛び越えながら足の蹴爪で蹴る。蹴爪は俺達の持つ短剣程の長さと鋭さを持つんだ。先ずは少し小型のカルキュルを倒す事からはじめた方が良いだろう。」
「カルキュルは一度に4匹を倒しました。全て首を刎ねて仕留めましたが…。」
俺の言葉に再度4人が驚きの表情を示す。
「魔道師ではないのか…。しかし、それなら狩るのも可能かもしれん。ここから西に行くと小さな泉がある。その泉に生えるキノコをクルキュルは食べに来るんだ。俺達も前に狙ったが、やはり無理だった。俺達はしばらくここで罠猟をしている。まだ当分続ける心算だから、お前達の首尾を後で聞かせて欲しいものだ。」
「有難うございます。帰りにまた寄らせていただきます。」
お茶の礼を言うと、早速西に向かって森を進んでいった。
泉の近くとは言っても、俺達は生体反応は検知できるが地形は目視で確認する事が出来るだけだ。ちょっと困っていると、フラウが俺を見た。
「どうしました?」
「いや、泉を見つけるのは面倒だなと思っていたんだが…。」
「気長に探しましょう。時間はあります。」
実に人間らしい答えだと思うぞ。フラウが段々と人間に思えてくるから不思議だ。
そんな事を考えながら西に1時間程歩くとフラウが左腕を伸ばして俺の歩みを止めた。
「前方2kmに大型の獣を見つけました。ゆっくりと南西に向かっています。」
「追うか?」
フラウが小さく頷く。そして俺達は進路をやや右に修正して先を急いだ。
追跡する事1時間。俺の生体探知の圏内に大型の獣が現れた。距離は約800mぐらいだからもう少し接近を図る。
200m程接近すると奴の姿が見えた。確かに鶏だ。羽毛が少し茶色にみえるから、何となく良く食肉用の鶏に見えなくもない。
そして、しばらく後を着けると…小さな泉が見えてきた。そこには既に何匹かのクルキュルが何かを啄ばんでいる。
「殺りますか?」
「先ずは、これでだ。」
そう言って背中の長剣を抜く。フラウが手入れをしてくれるから、良く斬れそうに光っている。
「私達は通常2倍程度の身体能力ですが、1分程度であれば5倍に能力を高められます。1分を過ぎれば変換器の冷却に最大30分程度掛かります。その間は最初の2倍モードに変りますから注意してください。切替えは【身体】そして【機能】を選び【運動能力】に【高機動】です。スタートはヘッドディスプレイで操作できます。【高機動】モードを早く止めればそれだけ冷却時間は短縮されます。…使ってみますか?」
フラウの言う通りに操作すると、ヘッドディスプレイにメーターとON・OFFスイッチが現れた。
「面白そうだ。先ずはこれで斬撃する。ダメなら距離を取ってベレッタを使おう。」
フラウが背中の長剣を抜いた。
「合図をお願いします。」
「俺は、あいつを殺る。フラウは右端の奴を狙ってくれ。…では、ミッション・スタート!」
俺は【高機動】スイッチをONにすると、一気にクルキュルに走りこみながら、長剣を左手に持ち後方に構える。
そして、クルキュルがゆっくりと身をかわそうと動き出したのを確認しながらその首の動きを予想して、スマッシュするようにクルキュルの首目掛けて振り切った。
グン!っという鈍い手応えが腕に伝わる。残ったクルキュルは俺に向かって来た。
それでもその動きはどこかスローモーションのように見える。
俺を飛び越えようとしジャンプをしたところを反重力の傾斜を上方向に素早くセットする。俺と周囲の草が吸い込まれるように上空に移動する。
そして、長剣ですれ違いざまにクルキュルの頭部を叩き潰した。
周辺を素早く見渡し、脅威が無いことを確認して【高機動】スイッチをOFFにする。
ゆっくりと重力傾斜を元に戻して地上に降り立つとフラウが同じように2匹のクルキュルを倒していた。
「凄いなこれは。まるで加速装置のようだ。」
「ある意味、その通りです。周辺の動きがスローになりますから。」
そんな事を言いながら急いで近くに深い穴を掘ると、クルキュルの腹を裂いて腸を中に入れる。後は近くの木に逆さに吊るして血抜きを行なう。
4匹吊るしたところで、薪を拾って焚火をする。
フラウが入れてくれたお茶を飲みながら、のんびりとパイプを楽しむ。
1時間程過ぎたところで大型の魔法の袋に2匹を無理やり押込んだ。
残りの2匹は肩に担いでいくしかない。
よいしょ!っと掛け声をかけて背負ってみたが身体機能2倍の身を持ってしてもこれは手強いぞ。
手ごろな木を切って枝にクルキュルを縛りつけ2人で1匹ずつ曳いて運ぶ事にした。
このまま森を抜けて村に向えば深夜になってしまうだろう。
俺達は北に向かって、カリムさん達の野宿場所にお邪魔することにした。
段々暗くなる森の中に、焚火の明かりが見えてきた。
「今晩は!」
そう言って挨拶すると4人が一斉にこちらを向いた。
「元気そうで何よりだ。まぁ、獲物が無くとも元気であれば明日に繋がる。良い経験だったろう?」
「はい。良い猟が出来ました。」
そう言って俺達はクルキュルを曳きずって焚火の傍に近づいた。
「なんだと!…やったのか?」
カリムさんとレビオムさんが素早くクルキュルに近寄るとその獲物を調べ始めた。
「これは頭を粉砕されている。こちらは一刀で刈り取ったのか?…驚いた。」
「黒5つ以上の剣技に引けを取らぬ。それで赤5つとはな。」
「4羽狩ったので、1匹は進呈します。狩場を教えてくれたお礼です。」
なんだと!って2人が俺達を見る。
「まだ持っているのか?…でも良いのか。クルキュルは良い換金が出来るぞ。」
「狩れなければ意味がありません。3匹で十分です。その代わり、俺達にも味見をさせてください。」
俺が曳いて来たクルキュルを縛っていたツタをナイフで切り取るとクルキュルをカリムさんに渡した。
「折角だからありがたく頂くよ。そこに座って待ってな。先ずはこの羽毛を取らねばならん。この羽毛だって高く売れるんだぞ。革鎧の内側にこれを入れておけば、それだけで斬撃を吸収出来るんだ。」
しばらくして、俺とフラウはクルキュルの野外料理と言うべき、塩で味付けされた簡単な焼肉ご馳走になった。
まだ沢山の焼肉が遠火で炙られている。
俺達が小さな焼肉の串を1本ずつチビチビと味わっていると、もしゃもしゃと豪快な食べ方をしていたレビオムさんが新しい串を渡してくれた。
それを手前に刺して、俺達はお茶を飲み始める。
「なんだ。もう終わりか?娘のニーナでさえ3本目だぞ。」
「俺達は小食なんです。これで十分です。」
それ位の食事で良くもあんなのが倒せるものだと呟いていたが気にしない。
「ところで、こんな場所に野宿して危なく無いんですか?」
「危険には違いないさ。だが、俺達のチームにはレビオムがいる。彼の勘の良さはネコ族並みだ。危険が迫れば警告してくれる。」
ある意味防犯ブザー代わりだな。しかし、俺の生体感知の範囲には10匹程のガトルが俺達を取り囲んでいるのが分る。まだ距離は500m位だから、彼には分らないのかも知れない。
「皆さんは戦えるんですよね。」
「あぁ、今回はラッピナを狙っているから罠だが、狩りであれば皆戦える。何故、そんな事を聞くんだ?」
「ガトルが10匹程この周りを囲んでます。まだ距離がありますから、大丈夫ですが一応知らせておきます。」
「俺は周囲1M(ミル:150m)の気配を感じる事が出来る。ガトルの気配などどこにも無いぞ。」
訝しげにレビオムさんが言った。
「俺は、距離の単位が良く分からないんですが、1Mとはどの位の距離ですか?」
「俺の片手剣の刃渡りは丁度2D(60cm)だ。これの500倍が1Mになる。」
カリムさんが腰の片手剣を引抜いて言った。
「マスター。およそ150mが彼等の言う1Mにあたります。」
だとすれば、まだ気が付かないはずだ。300m付近でこちらの様子を覗っている。俺達を見ていると言うよりは、クルキュルの匂いに釣られたようだな。
「とりあえず準備だけはしておいてください。1Mはガトルが駆ければ一瞬です。」
そう言いながら、杖を手元に引き寄せておく。
食事が終ると、結構肉が余ったみたいで、セリナさんが鍋に纏めて袋に入れていた。明日も食べられそうだな。
そして、改めて皆でお茶を飲む。俺はバッグからパイプを取り出して薪で火を点けると、カリムさんとレビオムさんも同じようにパイプ取り出した。
「若い娘がパイプとは呆れるが、様になってるな。」
「お前達は人間だろう。パイプは鼻を効かなくする。もっともお前の言うように俺より気配を読む範囲が広ければ別だがな。」
突然フラウが声を上げる。
「ガトル動きます。距離200。個体数25に増加。東より接近中。」
杖ではダメだ。ベレッタを取り出すと急いで立ち上がり、セーフティを解除してスライドを引く。
そして、東に向かって銃を構えるとフラウが少し離れた位置で同じようにベレッタを構えた。




