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M-014 逃避行

 三日月の輝く荒地を俺とフラウは駆け続ける。

 湖の南端まで来ると今度は南に向かって走る。荒地が森林に変りかける速度が遅くなるが、それでも時速20kmは出ているはずだ。

 森林を抜けると荒地がまた広がり、そこを抜けると段々畑が広がっている。

 遠くにシルエットのように村があるのが判るが、別に村に立ち寄る用事も無い。

 更に駆けると石畳の道があった。荷馬車が2台すれ違える程の道幅だ。多分主要道路という訳なんだろうが、いったいどこに続いているんだろうか?


 「マスター、そろそろ夜が明けます。」

 「そうだな。昼の移動は止めて夜を待つか…。あの街道沿いの林で休息するぞ。」

 街道を東に少し進むと鬱蒼とした林がある。あそこなら誰にも気付かれまい。


 街道を小走りに進みその林に行ってちょっと驚いた。

 どうやら、商人達が馬車毎休息するために作られた場所らしい。

 荷馬車が数台止められる位の広場が林の中に作られていた。その林も何時の時代に作られたか分からない程巨木が並んでいる。

 誰も手入れをしないからこれだけ大きくなったのだろうか。立木の根元付近は直径1mを越えていそうな感じだ。

 林の奥行きは立木数本程度だ。薄っぺらな林だが、風と日差しは防げるし、野宿する薪も取る事ができるからそれなりに便利そうだ。


 俺達も早速小さな焚火を作ってお茶を沸かす。

 別に疲れた訳でもなく、腹も空いていないが、この世界の住人と暮す為の擬態の練習だ。習慣付けしておけば怪しまれる事は無い。

 しばらくはお茶を楽しみ、パイプの煙を楽しむ。


 「マスター。馬車が近づいてきます。」

 フラウに告げられるまでも無く、俺も接近する何かをヘッドディスプレイで感知していた。

 お茶の残りを一気に飲むと、フラウに向かって指を上に上げた。

 「この木の枝に移動するぞ。3つ程上の枝なら、この姿は紛れてしまうだろう。」

 そう言ってシェラカップをバッグに仕舞うと、飛び上がると共に重力傾斜を上方に制御する。上に落ちるいうような感じで、容易に10m程上にある梢に足を下ろした。直ぐにフラウが俺の隣にやって来る。

 「落ちるなよ。その辺の枝にマントの革紐を結ぶんだ。」

 そう言いながら、俺も近くの太い枝にマントの革紐を結びつけた。


 「相手を絞って聴力を上げれば、会話が聞き取れますよ。」

 「それはいいね。暇潰しが出来る。」

 

 2台の馬車が林の中の空地に入ってきた。どちらも荷を満載している荷馬車のようだ。

 数人ずつ荷馬車から下りて周囲の藪から薪を集めて焚火を作っている。鍋を火に掛けて夕食を作り始めたのは2人のおばさんだ。子供達が荷馬車から毛布を下ろしてそれに包まっている。2人の男が焚火の傍に腰を下ろし、パイプに火を点けた。


 「見られなかったろうな?」

 「大丈夫だろう。今王都に残っている兵隊は半分もいない。西か海を越えている。」


 「国外逃亡は重罪だからな。」

 「それと分らねば問題ない。俺達は古道具の行商だ。子供達にもそう伝えている。荷物だってそんなものしか持っていない。」

 

 「しかし、西の部隊が全滅とはどんな戦いをしたんだろうな。あれ程兵隊や獣を連れて行った割にはあっけなかった。」

 「逃げ帰った兵隊達が言うには、少ない兵力で奇襲を受けたという事らしい。急造の砦は全く役に立たなかったと聞いたぞ。」


 「そして【メルダム】を遥かに凌ぐ業火で獣は焼き殺されたそうだ。」

 「それだ!…いったい、どんな魔法なら獣を一度に300匹も焼き殺せるんだ。少しは生き残っても良さそうだが、全て死んだらしいぞ。焼けていない獣も死んでいたそうだ。」

 

 「俺達にはさっぱりだが、モスレムの魔道師はカナトールを越えているという事だろうな。それでも、戦を諦めぬとは…困ったものだ。」

 「戦さえなければ俺達だって、村で暮らせたはずだ。だが、もう遅い。明日には徴税人がやってくると村長が言っていたからな。」

 「あぁ、残った奴等が無事なら良いが…。」


 聞えてくる話を聞く限りでは、下の連中は村抜けして来たようだ。

 税が8割なら冬は越せない。残った村人だって黙って税を差し出すことはしまい。

 そして、この国は2つの戦を計画実行しているようだ。

 モスレムと海を越えたどこか…。まぁ、結果は見えているな。あげても精々1割なら恨み言は言われようが領民は従うだろう。それが8割とは暴動鎮圧を考えているのだろうか?


 そして気になるのは、【メルダム】を越える業火だ。

 マリーネが「私は【メル】しか使えないけど、この上に【メルト】そして上級魔法の【メルダム】があるの。【メルダム】は辺り一面を火の海に変えるって聞いたことがあるわ。私も黒3つになったら王宮に行って…。」

 なんて言っていたから相当凄い魔法だとは思うが、下の村人はそれすら凌ぐ何かが使われたと言っている。

 

 「私達の耐熱温度は2千℃程あります。鉄を溶かす業火でも問題はありません。」

 フラウが俺に小さく耳打ちしてくれた。

 俺達は影響なしだな。それでも気になるぞ。


 下では食事が始まった。俺達は梢で夜を明かす。


 そして、日が暮れ始めると荷馬車は林の広場を旅立った。行き先のアテがあるのかも怪しい限りだが、この国にいるよりは…と言うやつだろう。


 「さて、俺達も出かけるか。」

 梢の紐を解いて、下の広場に飛び降りる。トンっと軽い衝撃を足に感じる。どうやら自動的に反重力制御が行なわれるらしく衝撃が柔らかい。


 「どちらに向いますか?」

 「とりあえず南だ。国境があるらしいから兵が配置されてかもしれない。」


 俺達は街道を離れ、畑を貫く農道を駆け抜ける。

 畑が尽きると荒地になる。開墾は中々進まないようだ。

 荒地を駆けて行くと前方に林が連なって見える。このようすだと、森林ではなく川が流れている筈だな。

 案の定短い林を抜けると、川原が広がり川幅30m程の流れの速そうな川があった。

 

 「重力傾斜利用すれば1分程度は飛ぶ事が出来ます。渡りますか?」

 「周囲に人は…いるぞ。何だ、これは?」

 ヘッドディスプレイには川に沿って生体反応、それも人の反応が多数あるのが確認できる。この位置だと…林の茂みに隠れているようだ。


 「多分、ここまで来て川を渡る手段を考えあぐねているものと思われます。」

 最終的には林の木を切って、イカダで流されながら渡る事になるのだろうが、最初の1人がやらないと無理だろうな。それでも時間の問題だろう。


 「少し下流に移動するか。あまり人に見せるのも考えものだ。」

 そう言って、下流に早歩きで移動する。


 3km位下流に移動すると林が切れている箇所があった。流石にこの周囲には生体反応が無い。

 「ここなら問題無さそうだ。重力傾斜の方向を制御すれば良いんだな?」

 「そうです。慣れない内はディスプレイに傾斜の方向を示せば良いでしょう。…分りますか?」

 試行錯誤でヘッドディスプレイに三角錐の立体形状で重力傾斜方向を示す事が出来た。三角錐の頂点が傾斜の方向だ。


 「真直ぐ飛んで向こう岸までです。…先行します。」

 フラウがそう言って、軽く飛び上がる。そのまま水平移動で川を渡り向こう岸に下り立った。

 俺も垂直に飛び上がる。5m程上がった所で重力傾斜を水平にする。俺の体は川面の上を横に滑るようにして対岸についた。傾斜の方向はそのままに三角錐の高さを低くしながら頂点を下に向ける。

 俺の体は地面にトンっと下り立った。


 「今のやり方で問題ありません。重力傾斜方向が私達の体の落ちる先なのです。」

 そうだ。移動するというよりも落ちるという感じで水平移動したんだ。


 「このまま、南に進む。この川が国境と言う可能性もあるが確かめる手段が無い。」

 フラウが頷くのを確認して、俺達はまた闇の中を駆けた。


 1時間も駆けたろうか、先方に丸太で周囲を囲った村のシルエットが見えてきた。

 さて、どうする?…辺りも明るくなってきた。


 ここは、賭けだな。兵と遣り合っても負ける気はしないし、イザとなれば逃げれば良い。

 丁度村から西に10km程の所に大きな森がある。その中間に林があるのは休憩所らしい。あそこで休んで様子を見れば、すこしはこの辺の状況が判るだろう。


 「フラウ、あの林で休もう。俺達に休息はいらないが、休んでいれば向こうから近づく者もいるだろう。少し情報が欲しい。」

 俺達は早速林に向かうと、薪を取ってお茶を沸かし始める。

 2人でよりそって小さな焚火でお茶を飲んでいれば、さてどんな連中が俺達に声を掛けるのか少し楽しみになってきた。

               ・

               ◇

               ・


 しかし、退屈だからパイプを吸って気を紛らわしているんだけど、誰も通らないぞ。

 もう直ぐ昼近くだというのに…。


 「マスター。森から出てきました。」

 俺にはまだ分らないが、フラウは検知範囲の角度を狭めて距離を稼いでいたらしい。俺はずっと360度の全周囲監視だからな。2人いるんだから役割分担しても良さそうだ。


 そして、俺の生体検知の範囲にも入ってきた。…3人だな。急いでパイプを仕舞って、シェラカップにお茶を継ぎ足し、杖を手元に置く。


 俺達がいるのも知らぬまま3人が休憩所に入ってきた。年かさの男と若い男女だ。

 先客に驚いた風だったが、年かさの男が俺達の前にやって来た。


 「すまんが焚火に同席させてくれ。俺は、ヤケット黒2つだ。後の2人はエディにノエル共に赤5つだ。」

 「ご丁寧に、どうぞお座り下さい。俺はユング。そしてフラウです。共に赤の暫定5つになります。」

 

 俺達の対面に3人が座る。 

 「カップはお持ちですか?…お茶が沸いてます。」

 「あぁ、すまんな。丁度喉が渇いていたところだ。」

 フラウにそう言葉を返すとバッグから木製のカップを取り出した。

 慣れた手つきでフラウがお茶を注いでいる。


 「若い女性のハンター2人組とは珍しいな。しかし、暫定5つとはどういう事だ?」

 「幾ら獣を狩っても水晶球が反応しないんです。実力はもっと上だと思っていますが、どうしようもありません。とりあえず困らないようにと暫定5つを貰いました。王都に行く事があれば再度調べて貰えとも言われましたけど…。」


 「あぁ、俺も聞いたことがある。稀に水晶球に反応しない奴がいるそうだ。確かにそれでは困るだろうな。」

 「ところで、この村には良い依頼はありますか?」

 

 「大丈夫だ。十分にある。…前にいたのはカナトールだな。良く関所の封鎖を抜けられたものだ。ここは、レイデンと言う小さな村だがエントラムズ王都の直ぐ隣だ。狩りが出来るならギルドも歓迎してくれるだろう。」


 どうやら、昨晩越えた川が国境だったらしい。川辺の林に大勢いたのも関所が封鎖されていた為だな。

 俺達は、親切そうなヤケットさんと一緒にレイデン村に行く事になった。



 

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