M-100 偵察から始めよう
偵察装甲車が捉えた先頭の様子はあまりにも呆気内ものだった。
低い高度で、飛来した悪魔の群れを対空車両がバースト射撃を浴びせて行く。
ディスプレイのサーマルモードで見る戦闘は、悪魔の体温が赤く表示されて、バースト射撃での銃弾が白く一瞬表示される。
飛来してくる悪魔の進行が停止すれば、それは命中弾を受けて落下した悪魔だ。
30体の悪魔が次々と脱落してはいるのだが、半数程度になると飛行高度を10m程に低下させて来襲してくる。
そうなると落とすことが殆どできない。
そして、画面が真っ赤になって画像が消えた。
直に、対空車両からの映像に切り替えると、アンテナ付近に立て続けに紅蓮の炎が立ち上がっている。
【メルト】ではなさそうだ。どうやら保持している限りの魔法力で【メルダム】を放っているらしい。
魔法を放つ一瞬に悪魔は上昇するようだ。照準機能をサーマルモードから通常モードに変更して射撃を継続している。
そんな悪魔にも連携がみられる。魔法力を殆ど使い切った者達が対空車両を翻弄するように囮を引受けて犠牲になっている。
そして、まだ魔法力に余力のある者達が【メルダム】の攻撃を継続しているのだ。
やがて、【メルダム】の炎が消えると、エリア90に静寂が訪れる。
騎兵隊を投入して、生き残った悪魔の掃討を命じたが、対空車両の銃弾は25mmだ。かすっただけでも、衝撃波で体が千切れる。
10分程度で敵の殲滅報告が帰ってきた。
これで、どうやら終了みたいだな。
アンテナは完全に破壊された。高熱で雨細工のように鉄塔が曲っている光景がディスプレイに映し出された。
そんな中、西から緑の輝点が近付いてくる。
フラウ達が帰ってきたようだ。さぞかし驚くだろうな。
後で、今回の戦闘を確認して貰おう。対策があるかも知れない。
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「やはり、阻止出来ませんでしたね。」
「あぁ、低空で接近された。そして使った魔法は【メルダム】だと思うが、効果は明人達が使う【メルダム】を遥かに越えている。
俺達は、歪みの除去が使命だが、将来的に奴等が勢力を伸ばした場合、明人達で対処出来るかどうかは甚だ疑問だな。」
「歪みの除去と同時に敵対勢力を根絶やしにすると…。」
「そこまでは考えていないよ。だが、勢力を弱めておく必要はあるな。明人達が暮らす王国は周辺の王国を合わせても人口は200万人程度だろう。だがここには戦闘要員だけで少なくとも1千万は越えそうだ。
南から続々と集まってくるから南大陸は、ほぼ制圧したんだろうな。奴らの次の狙いは北の大陸だ。それが終れば北極海の氷を越えてユーラシアに向かうのは目に見えている。」
「世界が一つになるのですから、ある意味望ましい姿と言えるのではないですか?」
「この世界の連中が統一するなら俺も賛成だ。どんな社会となろうともそれはこの世界の連中のことだから干渉は避けるべきだ。だが、連中は違う。俺達の目指す歪みで歪められた連中である可能性が高い。混血ならば許せるが、改造されているようだな。
ロスアラモスの廃墟にあったケースに悪魔の標本があったよな。
進化の過程で人間は原生動物から今の形を持つまでになった。その過程であれば、体の遺伝子を操る事によりどの様な形態にもなれるだろう。リザル族やネコ族は遺伝子変異で可能なんだ。だが、どうしても出来ない事がある。それは空を飛ぶこと。進化の過程が分かれてから飛行する生物が出来たからな。」
「歪からやってきた異形の者が飛行能力を持ち、その種賊と混血した事により能力が継承されたと考えられませんか?」
「残念ながらそれはない。飛行することは簡単じゃないんだ。魔法を獣は使えない。それは初期段階での飛行能力に魔法が使えない事を意味する。
その為に、体の軽量化が進化によって行われると、内臓、骨、神経系統等が変化する。極端な話、頭脳の進化が伴なわないんだ。脳髄が発達すれば重くなるからね。」
「という事は、悪魔は作られたということになります。」
「そうだ。問題は誰が作ったかということだが、それはどう考えてもこの世界の科学力では不可能だ。となれば、歪みよりこの世界に現れた種族ということになる。」
「そうなると、今後の作戦はどうなりますか?」
「まだ明人から決行の日程についての連絡はない。向こうも色々とあるみたいだな。
急に決行を決める事はないだろうし、俺達は今のところなすすべもない。
先ずは、次元断層の解析からだ。
次に俺の疑問を調べて貰いたい。奴らの移動は、次元断層で守られた都市の西側を使っている。ジャングルが多く、南には山脈まであるんだ。それに比べて東側は広大な荒地だ。少しは林もあるけどな。なぜ、連中は東側のルートを使わないのか不思議でならない。
最後は…、フラウはABC兵器って知ってるか?」
俺の質問に、ラミィと顔を見合わせて首を振った。
ラミィも知らないか…。まぁ、元は精密調整用ロボットだからな。
「Aはアトミックで原爆だ。Bはバイオで細菌兵器。そしてCはケミカルで化学兵器、主に毒ガスだな。Aは威力がありすぎるし、その後の生態系に多大な損害を与えかねない。Bは後始末が面倒だ。残ったCを作って貰いたい。効果時間は数時間で構わない。効果時間が長くとも雨で拡散して中和されるなら問題ない。
あまりにも敵の数が多すぎる現状で残された最後の広域殲滅手段だ。」
「化学式が分れば合成も可能でしょう。この施設の電脳のライブラリで確認してみます」
「あぁ、お願いするよ。それと、例の偵察ロボットはどうなった?」
「ラミア02が最終調整を継続中です。10日は掛からない筈でしたが、通信設備が破壊されましたから、偵察車両の通信出力を上げて伝送する事になります。その改造が時間を要します。」
通信アンテナを破壊されたのは痛いな。
だが、このエリアの通信設備を奴らはどうやって知ったのだろう? 前回の攻撃で取り逃がしたゴリラ達から情報を得たのか、それとも高空偵察をしているのだろうか?
後者であれば、悪魔の知能は想像より遥かに高いぞ。地図とコンパスを使う文化を持っていることになる。
一人で斜路のそばでタバコを吸っているとフラウがやって来て小さな焚火を作った。
ポットを乗せると、じっと炎を見詰めている。
「海軍基地は?」
「ラミィに任せました。運べる限りの弾薬を運ばせます。対空車両の弾薬の目処が立ちましたから、気兼ねなく迎撃が出来ます。」
「昔を思い出すな。色んな獣を倒して、多くのハンターと知り合った。早く帰ってあの生活がしたいと思うよ。」
「それも、もう直でしょう。歪みさえ破壊すれば明人様との約束は果たせます。その後はマスターの好きな事が出来ますよ。」
確かに好きな事が出来る。だが、それでいいのだろうか?
明人達は周辺諸国を巻き込んで彼等の生活向上に努力しているみたいだ。あいつの事だから、悲惨な生活をどこかで見たんだろう。
見て見ぬ振りは出来ない性分だからな。
だが、あいつも俺とは異なる経緯で不老不死に近い体を持っているようだ。となれば、明人は将来どの様な身の振り方をするのだろうか?
あまりに、通常の命を持つ者達と接近しすぎているようにも思える。彼等が死んで行くのを明人いや美月さんがちゃんと見ていられるのだろうか?
それを考えると、彼等の寿命が尽きる前に何らかの行動を起こしそうだな。
俺も、同じような身の上だ。知らない同士じゃないから、付き合っても嫌な顔はしないだろう。この依頼が終ったら、明人達と過ごしていた方がいいのかも知れないな。
「あまり、好きな事も出来ないようだ。帰ったら明人の住む村で一緒に過ごそうかと思ってる。本来は静かな山村なんだろうけど、明人の周りは何時も人がいるし事件も起こりそうだ。退屈せずに過ごせるぞ。」
「そうですね。あのお嬢ちゃん達に振り回されてますからね。」
フラウの言葉に思わず笑ってしまった。そんな俺にフラウがお茶のカップを渡してくれる。
確かに振り回されてる。本来あいつはストイックなところがあり、表に出るのを嫌がるんだ。
ところが、周りが何時もあいつを頼りにするし、あいつもそれを聞くところがあるからそうなるんだよな。
まぁ、見てる分にはおもしろいけどね。
南を見ると遠くに黒く点々と見えるのは自走砲だろうか? 掘り出した輸送車に少しは砲弾があると助かるんだがな。
「フラウ…、敵の死骸はどうなったんだ? 全く姿が見えないぞ?」
「掃除人がいるようです。直径2m程の管虫のような生物です。」
俺の前に仮想ディスプレイが現れた。偵察用装甲車が捉えた映像なんだろう。荒地に累々とする死骸を貪るミミズのような生物が映し出されている。正直、食欲がなくなる画面だな。
「ゴビ砂漠や北米砂漠に生息していたものとは異なります。『グールイーター』と名付けました。」
先を越されたか…。俺達の出会った生物を系統的にまとめれば立派な博物誌になるだろうな。
ライフワークとして取り組んでもいいような気がするぞ。
「ところで、グールイーターはどこから来たんだ? これまではそんな生物に出会っていないぞ?」
「彼等の生息域が地中ですから、出会わなかったと推察します。それと、もう一つ。偵察用装甲車が捉えた微小地震の記録を解析すると、彼等が来た方向は南東方向からです。
たぶんグールイーターの大きなコロニーが南東方向にあると推測します。」
なるほど、連中が東を回らない理由がそれだな。
グールイーターと名付けたが、必ずしも死骸を食べる訳ではないのだろう。長距離を走れないゴリラだったら…、生きてても食べられてしまうに違いない。
「グールイーターの移動速度はどれ位なんだ?」
「地中を時速20km程で進む事が出来ます。接近時の最速は時速22kmを記録しています。」
という事は、四足の連中は被害を免れるな。
そして、我が軍の騎兵隊は四足だ。うまく使えば敵を翻弄できるな。
迎撃ばかりではおもしろくない。少し奴等に先制攻撃をしてやるか。ホークも手に入れたし、ロケット弾とチェーンガンで攻撃するのも手だ。
ある程度、ロケット弾の備蓄が出来たところでやってみるか。
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「これが偵察ロボットなのか?」
「昆虫に擬態したロボットです。センサは少なく、動作時間も短く、情報伝達距離も近いですが、それなりに役に立ちます。」
俺は机の上に並べられた甲虫をじっと見詰める。
確かに一見すれば昆虫だな。動きも似せているのだろう。角はアンテナで羽を広げて飛行するようだ。
センサは極少のITVと振動センサのみ。その上稼働時間は10時間程だ。薄い羽が太陽電池を兼用しているようだが、充電時間は長そうだな。その上、通信距離は3km程だ。
そして、俺が疑いの目でみているのは、その大きさだ。15cmは甲虫にしては大きくないか?
その甲虫を運搬するトンボは胴体の長さが2m近いぞ。羽は完全に2mを越えている。
まぁ、このトンボが伝送器となって、遠距離まで情報を伝送すると言うことだが、こんなのが木に止まっていたら誰でも不審に思うような気がする。
「情報伝送距離を強化した偵察装甲車を4台用意しました。分散して次元断層まで20kmの距離に接近させます。1台でも機能すれば通信車両のアンテナで情報を入手できます。」
「偵察ロボットはさておいて、その距離まで偵察車両を接近させるのが問題だな。ジャングル地帯だし、敵も見逃してはくれそうもないぞ。」
「陽動部隊を展開します。軽戦車2小隊と105mm自走砲を1小隊を前進させます。この状態でホークによる空襲を行えば、敵はこの陽動部隊に食いつくでしょう。」
「確かにそうだろうが、軽戦車が足りなくないか? 出来れば中隊規模を出してもいいぞ。」
フラウは黙って頷いた。たぶんこの施設を防護する部隊をそれなりに残したかったんだろうが、イザとなれば騎兵隊と対空車両がいる。
それに、陽動部隊に対処する為にこちらに攻めてこないだろう。
いよいよあの次元断層が侵入可能かどうかが分るぞ。だいぶ時間をつぶしたがまだまだ取り返しは利く筈だ。
もしも、通常兵器で破壊できない場合は、根本的に考え直す必要がある。
使いたくはないが、超磁力兵器で次元断層の近くに火山を誘発させる事も出来るだう。
とは言え、また別の問題が出てきそうだけどね。