M-010 イネガルはどこにいる?
朝食を済ませた後で昨夜のガトルを4人で調べる。
トリムが1匹、俺とフラウで6匹。マリーネの火炎弾を受けて焼け死んだのが1匹。それに、トリム達が仕掛けた罠に4匹掛かっていた。罠に足を取られて、もがいているガトルを、1匹ずつトリムが始末していく。
「全部で12匹だ。…3日は掛かると思ってたんだが、まさか1晩で終るとは思わなかったぞ。」
「良かったな。でも、今度罠を仕掛けるときは、野宿場所から離れた所にするんだぞ。出来れば、木の枝に寝るのが一番だ。」
嬉しそうに俺に告げるトリムに、俺は釘を差しておく。
俺達がいたから良かったものの、2人では今頃ガトルの腹の中だ。
「じゃぁな、俺達は湖を回りながらイネガルを探すつもりだ。」
そうトリムに告げると、フラウはマリーネに手を振って俺の所にやって来た。
2人の顔が見える所で、片手を上げてトリム達別れを告げると、2人で岸辺を走り始める。全力疾走ではないが、それなりに速度がある。トリム達は驚いてるだろうな…。
生体監視機能を最大レンジにしてイネガルを探しながら湖の岸近くを駆ける。生体反応が確認出来ると方向を修正して、それが何かを確認していく。
そんな探索を2時間程度行なったが、反応を元に俺達が見つけた獣はガトルとスティングルだった。
イネガルを最初に仕留めたのは湖の岸辺だったが、ひょっとして、たまたまだったのか?俺達は1度休憩をして、もう1度図鑑を調べることにした。
お茶を飲みながらフラウが図鑑を調べている。
熱心に図鑑を見ているフラウを、真面目な奴だよな。って感心しながら俺はパイプを楽しむ。
「3個体が近づいてきます。…この反応は、人間…ハンターのようです。」
そう言いながらベレッタのホルスターから、ベレッタを軽く引き抜いている。殺すつもりなんだろうか?
「止めとけ。人間なら数人でも1人で相手に出来るだろう。精々杖で十分だ。」
そう言うとフラウはベレッタを元に戻して、杖を手の届く所に移動している。
俺が数本の薪を焚火に投げ入れたところに、ガサガサと藪を揺らして3人のハンターが現れた。男2人に女が1人。俺達よりは遥かに年齢が上のようだ。20代半ばといった感じだ。
そして、ちょっと吃驚した。顔には出ていないと思うが、男の中の1人には短い髪の間から耳が飛び出している。その上お尻から1m程の尻尾が伸びていた。毛深い顔からは数本の長いヒゲが頬の方から伸びている。…まるでネコだな。
「俺達はリスティンを狩るハンターだ。昼食をここで取りたいが、かまわないか?」
「どうぞ。俺達はもう終りましたから、ご自由に。お茶なら直ぐに出せますよ。」
「ありがたい。2時間程休み無しでさがしていたので喉がカラカラだ。」
早速、見知らぬハンター達がバッグから取り出した木の椀に、フラウがお茶を入れてあげた。俺のカップにも継ぎ足してくれたぞ。
見知らぬハンターはバッグから取り出した黒パンサンドをお茶を飲みながら食べ始めた。フラウが新たにポットに水を入れて、またお茶を沸かしている。
「俺は、グラハム。こっちはネコ族のエクサス。最後はハーフエルフのメルディナだ。全員とも黒1つのハンターだ。覚えておいてくれ。」
グラハムと名乗ったハンターは飲み込むように弁当を食べ終えると、美味そうにお茶を飲んでいる。飲み終えた椀にフラウが新たにお茶を入れて上げる。
「ご丁寧に…。俺はユング。そしてこっちがフラウと言います。赤の暫定5つになります。」
「何だ、その暫定5つと言うのは?」
そう聞いてきたのはエクサスさんだ。ネコ顔だが、人の姿をしているから結構怖い感じだな。
「幾ら獲物を狩ってもレベルが上がらないんです。ギルドに抗議したら、そんな人もたまにはいると言われました。それで、依頼を取るのに不便だろうと、暫定的に赤5つのレベルを貰ったんです。」
「その話は聞いた事がある。イネガル、リスティン、その上スラバまで倒した若い2人の女性のハンターは、レベルが未確定だとな。…お前達だったのか。」
「でも、2人とも長剣を使うんでしょ。その若さで大した者だわ。」
メルディナさんが俺達が担いでいる長剣を見て言った。
こういう勘違いを期待していたんだが、流石にちょっと罪悪感があるな。
3人とも人は良さそうだし、少し本当の事を話しておこうか…。
「いえ、この長剣は最近買いました。使ったのはスラバを輪切りにする時でしたね。何時もは、これで戦います。」
そう言って、傍の杖を取り上げた。
「それで、イネガルをやったのか?…肉屋が毛皮に傷が一箇所も無いと不思議がっていたが、やはり撲殺か。」
「お前達が倒したイネガルの話はしばらく酒場で話題になっていたんだ。イネガルの突進力を物ともせずに狩る者は多いが、傷を付けずに倒すとなれば話は別だ。」
「それで出た案の中で一番信憑性が高かったのは、落とし穴だったわ。多分落とし穴に落とした所で撲殺したんだと皆は言ってたわ。」
確かにそれも方法の1つだな。少し面倒だが安全に狩れる方法だ。
「実は前に狩ったイネガルは、夜に焚火をしているところに飛び込んできたやつなんです。倒しはしましたが…今回イネガルを狩る依頼を正式に受けました。
前と同じように湖の岸辺を探してるんですが、まだ見つかりません。
イネガルってどんな所に生息している獣なんでしょうか。探すのもハンターの務めとは思いますが、出来れば教えて頂けると助かります。」
グラハムさんがパイプを取出しタバコを詰めている。焚火の薪を使って火を点けると、美味そうに煙を吐き出す。
「それは、例外と考えるべきだな。イネガルは森に潜む。湖の南には魔の森と呼ばれる森が広がっている。別に魔物は多くはないのだが、深くて暗いからそう呼ばれている。そこを探せばいるはずだ。だが、森の中に沼がある。その周辺はダラシットの縄張りだ。俺達でもそいつは狙わない。お前達も近づくな。…いいか、絶対にだぞ。」
そう言うと、焚火の傍から立ち上がる。メルディナさんとエクサスさんも立ち上がった。
「お茶をすまない。頑張れよ。」
「ではまた。」
短い言葉で挨拶を交わすと、グラハムさん達は素早い動きで俺達から離れて行った。
「彼等の身体能力とあの動きは合致しません。何らかの補助が彼等になされています。」
「何だと思う?」
「多分、魔法によるものだと思われますが、どのような魔法、そして効果をもたらしているのかは不明です。」
少なくとも身体機能を上昇させる魔法があるという事だな。
俺達にも有効なのかは分らないけど、結構面白い世界だと思うぞ。
「さて、湖の南の森に行こうか。ここは、先輩ハンターの話を信じよう。」
ポットとカップの後片付けをしていたフラウが俺に振り返って小さく頷いた。
そして、俺達は一気に湖の岸辺沿いに駆けて行く。
時速40km程の速度で走る俺達を見ている者はいない。ヘッドディスプレイに生体反応の検知結果をレーダーのように写しているから、もし、他のハンターの反応が現れたら直ぐに速度を落とすつもりだ。
「前回イネガルを確保した岸辺に近い場所です。」
そう言いながら、駆ける速度を落としていく。俺もフラウに合わせて速度を落とし、今は2人で並んで歩いている。
「この南って言ってたな。…行ってみるか。フラウ俺達は迷子になる可能性はあるか?」
「いいえ。常に移動方向と距離、加速度は記録しています。再びこの場所に数m前後の精度で戻る事が出来ます。」
まるで航法だな。でも、GPSがこの世界には無いし、地図も無い。その精度で帰路に着けるなら十分だと思うぞ。
南に向かって歩くと直ぐに森に入った。
確かに深い森だ。その上木々が密集しているから、まだ昼間だと言うのに暗く感じる。こんな所が魔の森と言われるゆえんなのだろう。
「生体反応多数。小型生物反応にフィルタを掛けます。」
豊饒の地と言う訳だ。森がそれだけ豊かなのだろう。
まてよ。森が豊かでそれだけ小型の獣がいるという事は、それを狙う大型の獣もいるという事になる。
この森の食物連鎖の頂点に君臨するのは一体どんな獣なのだ?
そんな事を考えながら1km程森に分け入った。そして、目指す大型の生体反応を見つけることが出来た。
しかし、相手は5匹いるぞ。
慎重に、森を進む。生体反応を捉えているから、見逃す恐れはないのだが、俺達に気付いて逃げ出す可能性は高い。
ゆっくりと近づいて藪からそっと覗くと…。いた!イネガルの群れだ。大きさがそれ程変らないところを見ると、親子では無く群れに違いない。
「マスター。イネガルの群れは高レベルのハンターも手を出しにくい。と書かれていましたが…。」
「あぁ、俺も読んだ。1匹を襲うと他の奴が襲ってくる。…という事だと思う。
こんな足場が悪い場所では逃げるなんて出来無いだろう。一撃した後どうするかが問題だ。」
目の前には5匹いる。ここからベレッタで群れを全て狩ることも可能だろうが、無駄な殺生はするべきではない。
それに、ベレッタでは威力がありすぎる。リスティンでは大きな穴が空いたから肉屋で少し安く見られた。
ここは、木槍で狙ってみるか…。
ゆっくりと後に下がって手ごろな枝を捜す。3m位の真直ぐな枝か若い立木が望ましい。
2本そんな立木を見つけると、ナイフで切り取って、不要な枝を払う。そして先端を鋭くナイフで削った。
バランス的には問題無さそうだ。後はこの槍を力一杯投げ付ければ良い。
そして…、近くの枝に飛び上がる。
イネガルはあの体形だ。木に登る事はできない筈だ。
最初は俺達を見上げているだろうが、その内に姿を消すだろう。
「良いか、一緒に投げるんだぞ。俺は左を狙う。フラウは右だ。」
フラウが頷くのを見て、俺達はまだ移動せずにいるイネガルの群れに向かって、身を屈めゆっくりと進んでいった。
俺達には体臭が無い。革の上下は着ているが、これはリスティンの革だと言っていた。
俺達の服の匂いに気がついても、肉食獣で無いことから、警戒させる事は無い。
そして、30mほどの距離に来た時。
「今だ!」
俺とフラウは素早く立ち上がると、力一杯片手で木槍をイネガルに投擲した。
木槍はブンっと振動しながら飛んでいくとそれぞれイネガルの脇腹を貫通した。
ギェー!と言う悲鳴を上げてドタリとその場に倒れる。
周りのイネガルは異変に気付き素早く周囲を見渡すと、俺達を見て突進してきた。
その場で高く飛び上がる。何と、俺は数mの高さに飛び上がった。目的の枝を通り越し2つほど上の枝に飛びつく。
大木の張り出した枝は、俺達2人が乗っても、たわみもしない。
ドン!…ドン!っと巨木が短く震える。イネガルの突進を受けたみたいだ。だが、俺達が飛び乗った立木は幹の太さが1m程ある。そうは簡単に倒せるものではない。
何度か俺達が飛び乗った立木に体当たりをしていたイネガルだったが、諦めたのかこの場を去っていく。
そして、イネガルの怒り狂った突進は、他の獣達も恐れるようで、何時の間にか俺達の周囲の生体反応は無くなってしまった。
「さて、引き上げるか。」
俺達は、ピョンっと枝から地上に飛び下りると、木槍で倒したイネガルの傍に行った。
まだ息のあるイネガルの頭部に杖を打ち込んで絶命させる。
そして、枝に紐を通してイネガルを釣り上げ、腹を長剣で切り裂き腸を出して血抜きをする。額の角も長剣で叩き落としてバッグに入れて置く。
2匹をしばらくそのままにして、ソリを作る枝を捜す。蔓草で枝を組み合わせて、枝から下ろしたイネガルを、ソリに括りつけ2人で引張りながら運ぶのだが、普通のハンターでは無理だろうな。どう見ても2匹で300kg近くありそうだ。
森を抜けると夕暮れだった。
俺達は休む事無くイネガルを引き摺りながら、村への帰路に着いた。
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◇
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次の日の朝に村の南門が見えてきた。
体の疲れは無いが、一晩中ソリを引いてきた気疲れはある。
朝から狩りに出かける何人かのハンターにすれ違ったけど、俺達が曳いている獲物を見て驚いた表情をしている。
俺達はそんなハンターを気にせずに「おはよう!」って挨拶をしているけどね。
村の南門の門番さんも驚いてるけど気にしない。真直ぐに肉屋に向かって、オヤジさんを呼び出す。
「こりゃ、すげえな。…槍で一突きか。良い腕だな。1匹170Lでどうだ。2匹だから340Lだな。」
「それで良いですよ。それと、これに完了印をお願いします。」
オヤジさんは、依頼書を持って店に入っていったが、直ぐに出て来た。
「ほいよ。これが肉の代金だ。それと、これが依頼書だ。ちゃんと完了印を押してあるぞ。」
報酬はフラウに預けて、俺は依頼書を持つ。今度は、ギルドだな。
「おはようございます!」と言いながらギルドの扉を開ける。直ぐにカウンターに向うと、お姉さんに依頼書とイネガル角を2本渡した。
「貴方達には驚くばかりだわ。はい、これが報酬よ。イネガルの角は依頼書の完了印があるからいらないんだけど、これで詐欺をするハンターもいるから預かっておくわね。」
そう言うと140Lを俺達に渡してくれた。これで、今回の稼ぎは480Lになる。まだまだこの村でのフル装備には時間が掛かりそうだ。