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M-001 異界への旅立ち

「『ユグドラシルの樹の下で』#268 もう一組の旅人」の中に登場する。ユングとフラウの物語です。

 

 ここは……、どこだ?

 真っ白な空間に俺は横になっている。天井には手術灯、そして俺の体はベッドのような物にしっかりと拘束されていた。

 何故?…原因は思い出せない。

 待て、俺の記憶の最後は何処まであるんだ?


 小学生……中学生……高校生……。ここで俺の記憶が止まった。

 という事は俺は高校生なのか?自分の体を見ようとしても、頭が固定されて顔を上げることさえ出来ない。

 次に学年を思い出す。入学式と部活、卒業式で先輩達に別れを告げた。そして2学年……、勉強よりは部活な日々、春を過ぎて、夏休み……の記憶が無い。

 

 「気が付いたかね?」


 何時の間にか俺の顔を手術服を着てマスクを付けた男が覗き込んでいた。


 「君は、道路の脇に転がっていたんだ。体の半分以上を失ってね」


 俺の脳裏に強烈な光と衝撃を受けた記憶が一瞬戻って来た。


 「君には十分に余命があった。……本来起こるべき事故ではない事故が起こってしまった。かといって即死した人物を蘇らせる事は君の世界では不可能だ。

 そこで、私は因果律を是正する為に、異界で君を蘇生することにした。

 1年前、君の体の欠損した部位を生体金属で補完しつつ、ナノマシンで相互の神経系統を接続した。

 術式は成功だったと思う。……しかし、生体金属の暴走により、君の残された生体部位は決定的に破損してしまった。それこそ、脳髄を含めてね。

 私は決断せざるを得なかった。破損した脳髄が僅かに見せた生への執着。これこそ生きるという事だと確信したからね。

 改めて全身をナノマシンで作り直した。

 無機物で構成された細胞と考えれば良い。神経系と動力伝達はピコマシンで構築している。

 君という人格を含めて体の構成はネットワーク化した思考回路が受け持っている。だから、破損部位があっても自動的に修復する。

 可能な限り君の脳髄が望む体形を模したつもりだ。

 身体機能は有機体に比べて2倍以上ある。そして動力は水素核融合だ。食事を普通にとってかまわない。ナノマシンの複製に必要な元素は、食物から分離して使用する。

 そして、異界で1人は心細かろう……。前に作ったオートマタを同行させる。

 さぁ、体を起こしなさい。

 必要な術式は全て終了した。もう、自由に動ける筈だ。」


 長い話は俺には良く判らない。 

 体を取り替えた。この体は前より良い筈……。そんな所だろうけど、俺を何処に送るって?


 男は俺が動けると言ってたな。頭を動かしてみる。……なるほど、先程のような拘束感がない。

 ならば、と体を起こしてみる。どうやら、横幅のあまり無い手術台のようなものに寝かされていたようだ。

 着てる物は、ジーンズにTシャツそれに腰まで丈のあるGシャツといったところだ。足にはちゃんとスニーカーを履いている。

 よいしょと声を出しながら手術台から下りる。


 ん? ……違和感がある。何故、髪がこんなに長い、そして俺の胸はこんなに胸筋は無かったはずだ。手の指も長く細い……。これでは、まるで女の子だ。

 手を胸にあてると、ムニって感触がある。胸筋ってこんなに柔らかかったか??

 壁の一角が磨きぬかれた金属の鏡のようになっている。急いで駆け寄ろうとしても足がもつれる。体全体のバランスが違うみたいだ。

 それでも、どうにか鏡のような場所に歩み寄ると……。「そこに映っていたのは俺ではなくて、初恋の女の子の姿だった。

 腕や、頭を動かすと鏡に映った姿も同じように動く。ということは、この姿は正しく俺って事になる。


 確かに「望む体形にした」とは言っていたけど、性別まで違える事は無いと思うがな。

 ん? ……俺って確か無機物だと言っていたな。という事は性別は無いという事か? 

 たまたま体形が女性型であるという事だろうか。あまり気にしないでおこう。


 部屋を見わたしてみたが、先程の男の姿は何処にも無い。部屋の奥の片隅に立っている人を見つけた。

 何か、体が思うように動いてくれないが、この体形とこんな体になったせいなんだろうな。

 少しずつ歩いていくと、そこにいたのは人ではなかった。

 人形だ。精巧に作られた女性型人形……、オートマタと言われる物なのだろう。俺と同じような服装をしている。

 その顔に指を近づけると、突然オートマタの顔が俺を向き、口が動き出す。


 「マスターと認識しました。マスターの名を登録します。名乗ってください」

 「俺の名は……」


 今となっては俺の名前などどうでも良い様な気がする。名前と苗字は親から子へ受け継がれていくものだ。俺は死んだような事を言っていたし、元の世界に戻る事も出来そうに無い。そしてこの体は明らかに女性型だ。

 

 「俺の名は、ユング」

 「次に、私の名を付けて下さい」

 

 と、言われてもなぁ……。俺って名前を付けるセンスが全く無いからな。


 「君の名は、フラウと呼ぶよ」


 オートマタの白い体に生気がみなぎる。まるで、人間のようだ。

 俺より5cm程低い背丈で西洋人のような白い肌。蒼銀の髪は長い。

 顔も俺好みだから一緒にいても問題ない。


 「自己紹介は終ったかな? ……それでは君達を異界に転送する。2人仲良く自由に暮らしたまえ」


 突然聞えてきた男の声に、きょろきょろと男の居所を探したが、何処にも見当たらない。

 次ぎの瞬間! ……俺達が立っていた床が抜けた。

                ・

                ◆

                ・


 ドシンっと俺は尻餅をついた。目の前にはフラウが立っている。

 目の前は広い草原だ。遠くに森が見えその向こうには湖が見える。振り返ると、凄い岩山が聳えている。それは小高い山々を従え、俺達を見下ろす巨人のようだ。


 「マスター。転送が完了したようです。これからは私と2人で物事に対処しなければなりません」


 とは言うものの、どうすればいいか判らんぞ。

 確か、俺は水気のある物を食べれば良いんだよな。フラウはどうなんだろう?


 「フラウの動力は何を使うんだ?」

 「私は、水素を動力源としています。たまに有用元素を補給しなければなりません」


 基本となる動力源は同じか……。

 腰を上げようとして、先程は無かった幅広のベルトを腰に巻いているのに気が付いた。

 そのベルトに付いていたのは、ホルスターとマガジンポーチしかもレッグタイプだ。ホルスターに入っていたのは、……ベレッタだ。これはM92Fと言う奴だな。俺が持ってたガスガンと同じだから直ぐ分かる。

 フラウの姿も同じだ。その腰に小さなバッグが付いてるのに気が付いた。俺の腰にも同じようなバッグが付いている。中には、シェラカップ、クラッカーのような非常食と0.2リットル程の水の入った小さな金属製の水筒が入っていた。

 水は判るが、非常食ってのはおかしいだろうと、1人で突っ込んでみる。


 腰のバッグに隠れるような感じでベルトに取り付けられた大型のナイフが斜めに突き出ている。

 ベルトからナイフを引抜いてみると、30cm位の刀身には鮮やかなダマスカス文様が浮き出ていた。結構良い物かも知れない。柄は木製だがかなり硬い材質のようだ。ガードは小さく柄から1cm程出ているだけだ。その柄は包丁のように刀身と直線状に付いているのではなく、若干曲って付いている。丁度鉈のイメージだ。

 持ってみると、それ程重さを感じない。確か身体機能を2倍以上にしたって言ってたよな。

  

 まぁ、何も無いよりはマシって事かな。

 とりあえず、湖まで行ってみれば何か判るかも知れない。

 おぼつかない足取りで歩き始めた。フラウは俺の後を付いてくる。途中にあった潅木を短刀で切って杖を作る。1.5m程で太さは3cm位。丁度握れる太さだ。

 この短刀の切れ味は異常すぎるくらい良く切れる。まぁ、悪い事ではない。


 森に入って直ぐに小さな泉に出会った。

 ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲んでいる時に、視界の一部に数字が出て来た。6桁の数字が水を飲む都度、上一桁の数字が上がっていく。

 俺が呑み終えると、フラウが飲み始める。


 「視界の一部に数字があるんだが?」

 「それは残存活動時間を秒単位で示しています。0.1ℓで3万増えていく筈です」


 一口で8時間ってとこか。現在は15万ってとこだから、後40時間程度は動けるって事だな。ちょっと数字の変化が気になるな……と考えたら途端に数値が切り替わる。今度は2,500:Mと表示される。今度は分単位か、この方が良いな。


 俺達は森の中を進んでいく。俺の視界は望みの情報を表示してくれるようだ。現在はコンパスが表示されている。これなら見通しが悪い森の中でも迷わずに真直ぐ進むことが出来る。何かオーバヘッドディスプレイを装備しているような気分だ。


 しばらく歩くと森を抜けて湖の岸辺に辿り着いた。

 結構大きな湖だ対岸がボンヤリと霞んで見える。左側の岸辺は見えるが右側の方は水平線に成っている。10km以上はあるのだろう。

 日も大分傾いてきた。今夜はここで野宿する事にする。

 湖の岸辺にある枯れ枝を集めた所で、火を点ける道具が無い事に気が付いた。


 「どうしました。マスター?」

 途方に暮れていた俺にフラウが聞いてきた。

 「いや……。焚き木は集めたが火を点ける道具が無い事に気が付いたんだ」


 フラウが焚き木の1本を掴むともう片方の手の指を2本焚き木に近づける。

 バシ! と強い光が指と指の間で発生したかと思うと、薪に火が点いた。それを焚き木の山に移す。


 「指の間で高圧放電を行ないました」


 なるほどね。電撃の火花を使った訳だ。

 焚火の傍に2人で座ってのんびりと時間を過ごす。お互い睡眠を取る必要が無いみたいだ。

 空を見ると、何時の間にか月が出ている。しかも2つだ。そんな月を見てると、ここは異世界なんだなと今更ながらに思ってしまう。


 「マスター! ……あそこ」


 フラウが対岸の一角を指差す。

 そこは、漆黒の闇の中に小さな明かりが数個ちらついていた。


 「多分、村なんだろうな。明日行ってみようか?」


 俺の呟きに、しっかりとフラウが頷いた。

 そらが少し明るくなるのを待って、村に向う事にした。右手は何処まで湖が続いているか分からないので、湖を左回りに進んで行く。

 なるべく湖の岸辺に沿って歩いて行く。岸辺は粗い砂で出来た砂浜だから歩きやすい。

 俺も昨日と違って体を動かしやすくなってきた。大分この体に慣れてきたようだ。


 「左より何かが高速で接近中です。推定時速40km。……あと10秒で接触します」

 俺のディスプレイにも左から赤い点が急速に接近している事が分かる。

 そして視界は暗視モードだ。モノトーンではあるが昼間に近い視界が広がる。


 「戦闘準備。獣であれば撲殺せよ」


 そう言って俺も杖を振りかぶる。

 がさがさと藪を蹴立てて俺達の前に現れたのはイノシシだった。

 俺とフラウは同時にイノシシに向かって杖を振り下ろした。

 ドン!っと言う音がすると、そこには、背骨と頭蓋骨を粉砕されたイノシシが横たわっていた。

 イノシシを検分すると、俺の知っているものと少し違っている。

 口の両側に牙が突き出ているが、異様なのはその額にも牙のような角が1本突き出ている事だ。

 その外の特徴はイノシシとまるで同じだ。

 村で売れるかも知れないと考えて、近くの木に吊るして内臓を抜取り、血抜きを行なう。

 俺よりも少し大きいくらいだけど、これで成獣なのだろうか?

 細身の木を2本切り取って簡単なソリにして、そこにイノシシを縛り付ける。幹をもって引き摺るようにイノシシを運んで行った。


 昼を過ぎた頃に村に辿り着いたのだが、これは環濠集落なのだろうか。空堀の内側には先を尖らせた杭を並べた塀が取り囲んでいる。

 入り口を探して塀沿いに村を巡ると、木で作った櫓のある門を見つけることが出来た。

 長さ2.5m程の槍を持って、片手剣を差した門番が2人いる。

 

 俺達に気がついた2人が槍先を向けてきた。

 「止まれ。……怪しい奴だ。この村に何の用だ?」

 

 良かった、言葉が通じる。俺は、持ってきたイノシシを2人に見せた。


 「湖の傍の森で仕留めましたので、この村で売れないものかと……」


 イノシシを見ると、2人は槍を収めた。


 「何だ、ハンターだったのか。肉屋はこの門を通って右側3軒目の看板が出ている店だ。その先にギルドがある。剣の交差が看板だ。……しかし、良く仕留めたな。レベルの高いハンターは歓迎するぞ」


 そう言って俺達を通してくれた。

 通りの右側の3軒目、確かに看板が出ているけど。骨付き肉の看板はそのまんまじゃないか。

 そんな事を考えながら、扉を開く。


 「こんにちは」

 「おぅ、何だね。今は良い肉が無いんだが……」


 恰幅の良いオヤジさんが主人のようだ。


 「実は買い物じゃなくて、獲物を引き取って貰いたいんです。外にあるんですが……」


 そう言うとカウンターから出てきて、俺達と外にでた


 「これは、イネガルじゃないか。この大きさなら160Lでどうだ?」

 「相場が分かりませんので、それでお譲りします」


 肉屋のカウンターに戻ると、オヤジさんはカウンターの下から、穴の空いた銀貨1枚と銅貨を6枚渡してくれた。

 銀貨が100L、銅貨が10Lという訳だな。

 硬貨をGシャツのポケットに入れて置く。どの位の貨幣価値か分からないけど、とりあえず文無しでは無くなった。


 更新頻度は『ユグドラシルの樹の下で』に比べ、格段に遅くなります。

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