第2話
夏は次の日もまたその次の日も、海斗に会いに図書館へむかった。いつもの定位置に長いまつげと湘南で出会った頃よりも透き通った肌をした彼は座っていた。どんどん顔色が悪くなっている気がする、そんな気がする。そして、まつげで影をつくりながら本を読んでいる。隣の席へと夏が座るとはっとしたように夏をみた。
「夏か、よかった」
「何がよかったの?」
「夏じゃなかったら、俺の隣はお断わりだから、いつも断ってたんだ。友達が座るからって」
ずきんとした。でも、彼は、夏のことを特別に扱ってくれていたことにはうれしかった。
たわいのない話を二人でしながら時が過ぎるのを忘れた。
「えっ!海斗は常盤高校でてるの?じゃあ頭いいんだ!」
「実はね」
くすくすと海斗は笑いながら、夏の頭をなでた。
「じゃぁじゃぁ、夏休みの宿題みてくれない?抜けてる回答もあるの。」
「お手伝いできるかなあ…明日持っておいで」
海斗はにっこりやさしく言った。
次の日さっそく宿題を持ち、家をでようとした。そのとき、母親に声をかけられた。
「夏、最近、どこにでかけてるの?」
「図書館だよ?」
「あの病院横の?」
「ん?そうだよ、いってきまーす。」
最後に声をかけられた気がしたけれども、聞こえなかったことにして家を出た。
そして、海斗と会ういつもの場所へ。しかし、そこには置き手紙と看護士がいた。
「…?かいと…?」
看護士さんが顔をあげるとにっこりと笑った。
「海斗君に頼まれたの。夏さんよね?この紙、渡すように言われたの。じゃ、渡したからね。」
看護士さんはすぐにいなくなった。後ろ姿がみえなくなったときに紙の内容を読んだ。そこには、病院の名前と病室の番号が明記されてあった。
夏は急いで隣の病院へ向かい、病室の場所へと走った。病室を数え、あてはまったところへついた。一人部屋のようだった。思わず呼んでしまった。
「…海斗ッ!」
海斗は外を見ていた。ゆっくりとこちらへと振り向いた。
「夏?」
「どうしたの?なんで図書館こないの?」
海斗の思ったほど細くない腕には点滴が打たれていた。
「そか、点滴からにげられなかったのね」
夏は言った。苦笑いをうかべながら「ご名答」と答えた。
夏はさっそく机のうえへと宿題を散らかした。
「夏…そそっかしいミスばっかだよ?」
う…とうなりながら、海斗のちょっと低めで優しいトーンの声の説明を受けた。どんどんすすみ、仕舞には最後までおわらせてしまった。
「おわったあ…」
夏が声をあげたその時、ガラリと二人のいる部屋のドアが開いた。
「夏、しばらく図書館にいけないんだ。でも、ココにくれば会えるから。今日はもう遅いからおかえり」
看護士さんが入ってきて、点滴をかえた。わかったと小さな声で言った。海斗は、ゆっくり微笑み、夏の目に浮かんだ涙を拭った。
「大丈夫、また会えるから」
こくりとうなずき、夏は病室を出た。また、忘れてしまうのではないだろうか、そんな心配をして、帰った。
家でぼんやり海斗のことを考えていると、母親がやってきた。
「夏?お母さんとお父さんで決めたんだけどね…この家をでて、湘南のおばあちゃんちで暮らすことにしようと思ってるんだけど…夏、最近、楽しそうだから…でも、どう?悪くはないと思うんだけど。」
夏は、頭が真っ白になった。そして、夏の頭のなかに海斗のさっき見てきた微笑みを思い浮かばせた。「いや」と夏は小さく言った。母親は、まだ時間はたくさんあるから…と言った。
次の日、夏は、海斗のところへむかった。そして、聞いたことのある声、毎日聞いている母親の声と海斗の声が病室から流れでてきた。
「あなたのことも思って、新しい湘南のところに引っ越そうと思うの。夏はあなたのことが好きだから…海斗君…両親亡くして可哀相だと思うけど、あなたは私たちと家族になるんだから、わかってちょうだい…」
夏は立ち尽くした。海斗が家族?なんでお母さん、海斗のこと知ってるの…?
「夏に俺のことを話してから決めてください。俺は、夏がいいっていうならついていきますよ。」
淡々と言葉を発した。そして、夏はドアをガラリと開けた。母親も海斗もびっくりしたようだった。海斗はゆっくり微笑み言った。
「今の話、聞いたよね?どうしたい?夏は。」
お守りに海斗からもらった貝を抱き締め、その場から逃げ出した。後ろから、名前を呼ぶ声もしたが振り向かなかった。が、一気に腕を捕まれた。点滴を抜き、かけてきたようだ。血が流れている。そんな海斗に振り向いた夏は、海斗に抱きついた。どんだけ泣いただろうか。うつむいて泣いている夏へと海斗は聞いた。
「俺と家族は嫌かな?」
顔を思い切り振った。違う、そうじゃない。
「俺が病気なのが駄目かな…」
違う違う。
「夏、好きだよ。」
「わ…私も…す…」泣いてしまって声が出ない私に海斗は聞いた。
「夏は俺のこと好き?」
うなずく夏に海斗は、力一杯抱き締めた。そして、手を引きながら病室へと戻ると母親が待っていた。にっこりと困った顔をする母親はよかった、と声をこぼした。