題1話
夏は、その三日後、おばあちゃんちを出て、家に帰ることになった。もちろん、海斗と出会った思い出と海斗に貰った貝を持って。電車の中、父も母も寝ていた。私は、ただ、湘南で会った海斗のことばかり考えていた。もう会えない。それは、3日間でよくわかった。夏は、3日間ともすべて夜に家を抜け出し、湘南のいつもの場所に向かった。もちろん、すべて海斗に会うためだけだった。しかし、海斗は、夏に貝を渡したきりに会えなかった。あのとき、大好きといえればよかったのだろうか、あのとき、いかないでと言えばよかったのだろうか。夏が何も言えなかったのは、哀しすぎて涙が止まらなかったから。
家に帰ってからも夏はふさぎこんでいた。ちょっとした間だったけど、これほどにまで、海斗の存在が夏の中に多きかったこと、それを思い知った。父も母も何故、夏休み中である夏がふさぎこみ、何処にも出かけないのかがわからなかった。問うても何も答えない夏に両親は、ほっておくのがいいと思ったのか何も言わなくなった。
夏は、何もすることがないわけでもなく、高校生であり、宿題も山ほどあった。それをこなすことで、いい気分転換にもなったのか、没頭した。しかし、そんなものは、3日もあれば、終わってしまうものであって。暇になったあと2週間の暇つぶしに図書館へと向かった。本を探しているときも海斗という名前と感覚を忘れることはなかったが、少しはいい気晴らしにもなった。両親も外へ出かけるようになった夏にほっとしているようだった。
何冊か本を選び、読んでいると、隣の席に座っている人をふと見た。海斗に似ている。ふと、声を漏らしてしまった。
「海斗・・・?」
その人は、顔を上げ夏を見た。そして、にっこりと笑うと、どうぞと隣の席のイスをひいてくれた。もごもごと恥ずかしそうにイスに座る夏へ、ゆっくりとその人は聞いた。
「どっかで会ったことがある気がする。海斗っていうのは、俺の名前だけど、知り合いかな?」
偶然って有り得るのだろうか。この人は、海斗であり、私のことを覚えていない。それって、有り得るのだろうか。
しゃべり方も、変わらない。感覚も覚えてる。最後に手を繋いだ私のことを覚えていない。夏は、焦った。そして、海斗の問いに答えた。
「あの・・・、湘南の海で会った・・・よね?」
「湘南?あそこは、俺がよく遊びに行ってた・・・そうだ、最近行ったかもしれない。」
やはり、海斗であった。どうして忘れてしまったのか、何かあるのだろうか。
「湘南はね、俺の通う病院があったんだ。それで、そこの病院が移動しちゃってこっちについ最近引っ越してきた。」
病院?夏は、ゆっくり聞いてみた。
「・・・病気なの?」
海斗は、うっすらと笑うと、「うん」と答えた。それ以上は、聞いてはいけない、踏み込んではいけない、そんな気がした。夏は、「そうなんだ・・・」と答え、光のしたで初めて会う海斗をまじまじと見た。海斗は、本を読んでいるためか、メガネをかけていた。
「メガネなんてかけてたっけ。」
ぼそっと言った。そんな言葉さえも海斗は聞き取ってくれた。「本を読むときはね、見えなくて。普段は、かけないよ。」
やさしいトーンのある海斗の言葉に、涙がふつふつと目にたまってきた。そんな夏に海斗は、
「ごめん、なんか悪いこと言っちゃったかな?ごめんね・・・覚えてなくて。」
その言葉に夏は顔を上げた。
「湘南の海で、会ったんだよね?」
「うん・・・。」
もう一度、ごめんと海斗は、謝るとメガネを取り、立ち上がった。
「病院の時間だから・・・、また、会えるかな?いつもこの時間はココにいるから。涼しいから。」
にっこりと笑ってそう言った。夏は、急いでこくりと頷くと、それを見てから、海斗は、席をたった。夏は、ドキドキと鼓動があがっていくのがわかった。海斗は、少し、落ち込んでいるようにも見えた。
次の日も同じ時間に図書館へと向かった。あの湘南のときと同じ、海斗に会いに行った。ゆっくり、傍に行くと待ってたよとでも言うかのように優しい顔で向かいいれてくれた。そのやさしさは、いつもの変わらない海斗だった。
「ところで・・・俺、君の名前知らないよ?」
「夏。」
すぐに返事をした。海斗は、にっこり笑った。そして、あのときと同じ言葉。
「夏か!いい名前だね。夏に出会った夏。覚えた。」
哀しくなった。ポロポロと涙をこらえきれなくて泣いてしまった。びっくりした海斗は、頭をぽんぽんとなでた。
「夏?どうしたの?」
忘れちゃったの?
「哀しいことでもあったの?」
うん、忘れられたのすんごく哀しい。でもなんで?
「俺が原因かな・・・?」
違うよ、・・・でも、違わない。
「夏、顔上げて?」
ポロポロと涙を流す夏に海斗は、にっこりとした。そのやさしさは、忘れてしまっても変わらない海斗のものだった。