プロローグ
美人と言う言葉に一番最初に思い出すのは、真夏の夜に出会った湘南の彼だった。彼とは、私と何か関わりがあるわけではないけど、湘南へ両親と祖母の家へ遊びにきているときに出会ったストレートで艶のあるショートカットの黒髪、湘南の海で育ったとは思えないほど、透き通った肌をもつ少年…海斗だった。夜に湘南の海へ親の目を盗んで会いにいっていた。最初は、寝付けなくて砂浜を歩いているところを海斗に話し掛けられ仲良くなったってところだろうか。話し掛け方も彼らしく、
「若い女の子一人で危ないよ」
だった。彼は、私を見ないで言った。こんな夜遅く、いや、まだ一時だったが、砂浜に座る彼に何故か魅力を感じた。やっとこさと、私がだんまりをしているものだから、私の顔を見た。ドキリとするような顔立ちの彼に私は恥ずかしくなった。
「ココはあまり人こないから、そんなにも危ないってわけじゃないけど、一人歩きは危険だよ。…見かけない顔だね?」
暗く、波がちらちらと白波を輝かせる中、私の顔を凝視した。つられて、私も彼の顔を凝視しながら、答えた。
「お、おばあちゃんちが近くだから…寝れなくて。」
彼はにっこりと微笑んだ気がする。
「狩野さんちのお孫さんかな?」
「うん。」
聞いてるよ、とでも言うように、名前を聞かれた。
「夏。」
「なつ…かあ。いい名前。覚えやすい。夏に出会った夏。ほら、もうインプットされた。俺は、海斗。夜はいつもここにいるんだ。」
「海斗?うちのおじいちゃん、死んじゃったけど、海斗って名前だった。偶然。私も覚えた。」
なぜかはじめてあった気がしないと思った。
その日から私は毎日、彼のいる砂浜に夜中になれば、遊びにいった。
「海斗はいま何才?私は、明日で17よ。」
「俺は、19。誕生日か…俺なんか祝ってくれる人なんかいなかったな…」
「どうして?」
なぜか空を見上げて、私に星座を教えてくれた。どうして?という問いには答えてくれなかったが、星の綺麗さにそんなこと忘れてしまった。
次の日、おばあちゃんが盛大に誕生日を祝ってくれた。疲れたのかその日は、湘南の海へ、彼に会いに行く元気もなく、忘れ、寝てしまった。次に海へ夜、抜け出せば、ほら、いつもどおりの場所に海斗は座り、空と海の境目を探しているようだった。
「海斗。」
私が呼べば、いつも、彼は振り返りいつもおいでと呼んでくれる。しかし、今日は呼んでも振り返らない。もう一度名前を呼んで近くにより隣へ座った。彼は、何も言わなかった。どうしたの?の問いにも答えず、暗い夜の彼の横顔は少しすねていた。
「ごめんね、昨日は、寝ちゃった。美人な顔が台無しだよ。」
やっと話しはじめた言葉は、小さく波の音に消されそうだった。
「誕生日…おめでとう。ああ、俺、誰かの誕生日、祝ったこと一回もない。」
そう言って、私の手のひらに貝殻をくれた。ピンク色の巻貝だった。ありがとうと私の声も波に消されそうだった。彼の横顔にはいつものクールさがなくなったかのように、貝の話をしてくれた。
「中にいた貝の主はいないけど…この貝の主は夏だね」
海斗はゆっくり立ち上がり、背伸びした。そして、私の腕を折れそうで怖いといいながら、ひっぱった。
「俺、その貝の主だったんだ。でも、もう無理らしいから、夏に譲る。今日で、この湘南の海ともさよならだ。」
意味のわからないその言葉に悲しみを覚えた。なぜかつぅー……とほほに涙がつたった。そして、海斗も泣いているようだった。私より15センチ以上高い背の彼。私の頭をぽんぽんと撫でた。
「夏?泣いてるの?」
うん、会えなくなるの淋しい。
「夏、俺のことすき?」
大好き。夜の白波で見える海斗の綺麗な顔も、ちょっといじわるでクールなとこも大好き。
「夏、大好き。」
それは知らなかった。
声が出ない代わりに手を握った。握れば、海斗も握りかえしてくれた。
次の日の夜、貝を持って、彼のいた海へむかった。誰もいない、静かな海になった。海斗がいても静かなのにもっと静かな海になってしまった。
美人な顔とクールな彼。もう、一生会えないことはわかっていた。甘い今年の夏。大好きと言わなかったけど、私の初恋は、波にさらわれて。でも、しっかりと胸にたたき込まれた。