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落花  作者: elephantom
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開花

いくらか会話が出来るようになったころ、私は彼にある質問をした。

 「君の罪状は何か」と。すると彼は「死刑を宣告されるようなこと」とだけ返した。

 正直、私が赴任してから死刑を宣告された者は彼を除いていなかったため、どんなことをすれば死刑を宣告されるのかと思い出す間が生まれてしまった。ふむ・・・と考えていると、彼に「アホか。先に調べとくもんだ」と叱かられた。そして、彼は鋭い目つきをこちらに向け、私に強く言い放つ。

川島「俺がどれだけ凶悪な人間か、罪名が証明しているんだ。気を抜いてるとテメーの首もいつまで体と繋がってるかわかんねぇぞ。」

それをきき、私が「忠告ありがとう」と返したことが気にいらなかったらしく、あっちに行けと追い払われてしまい、詳しく聞くことはできなかった。

 笹森先輩や、他の看守仲間が言う程の狂気をどうしても彼に感じることが出来なかった。もちろん、彼が言う通り、裁判による審判で下された罪名はこの上ない凶悪なものだ。私が鈍感なだけなのだろう。だが、先ほどのような脅しに対しても、恐怖や畏怖の念よりも先に、彼の優しさを感じずにはいられないのだ。そうして、彼がどのようなことでここへ収監され、死刑を宣告されたのかようやく気になり始めた。自分が担当している階とは違うので、看守室で川島を担当する仲間に聞く必要があるが大抵のことは聞く事ができるだろう。本来ならば看守同士とはいえ、担当外の者の情報を話すことは神経を使う必要があるはずなのだが、ここではそのようなことはない。

 いつもの通り見回りを済まし、看守室へと戻った。看守室とつけられていても、囚人達のいる部屋と作りに大差はない。グレー一色の壁に、同じくグレーのデスク。その他も統一感溢れるグレーの物ばかりだ。一年中寒々としていて、こちらまで閉じ込められている気になる。

 中では数人の看守が談笑していた。その中から、川島の担当をしている奴を見つけ、話しかけた。

「川島のことをききたいのだが少しいいか?」

なんでも話てやるというので、どのような罪を犯したのかを質問した。

看守はニヤリと不愉快な笑みを浮かべ、「あいつは間違いなくこのムショの中で一番の悪だね」と言った。なんだか『ワル』という言い方になぜだかこちらが恥ずかしさを感じたのだが、この凶悪犯罪者が溢れかえる刑務所の中で、あの青年が1番だということに少々納得がいかず、それについて聞き返した。「殺した人数、殺し方、法廷内での態度、どれをとっても一級品だ」と、自分自身が何かをやり遂げたかのような威張り具合でさらに返された。またもや恥ずかしさがこみ上げたが、その感情には見て見ぬフリをして自分の記憶を辿ることにした。私の棟には10人殺害した男がいる。殺害されたのは皆女性ばかりだ。強盗、強姦、殺人。罪名のオンパレードのような男だ。他にも、3歳~8歳までの幼女だけを狙って強姦し殺害した者。どれもこれもが残忍極ることばかりだ。看守は私の顔を見て納得がいっていないのを感じ取った。そもそもその顔を待っていたのだろうか、またニヤリと笑みを浮かべ、嬉々として説明をしだした。

そいつの話によると、川島に殺された被害者は全部で22人。外国に行けば、35人なんて強者もいるみたいだが、この日本でそれだけの人数を殺害した犯人はいない。正確にいうと、捕まった者の中には被害者のことを覚えていないやつらもいるので、正確な被害者の数が出てこないことがある。現在捕まって被害者の数が明らかな者の中にはいないということだ。

 殺害現場は▲▲区の教会。川島が殺害した22人の内、4・5歳の子供も3人含まれており、殺害前に強姦されていた。あとは教会の信者と思われる人達だ。有名なIT社長も被害者の中にいたということも大きな話題となる要因のひとつだった。他の死体も状態は酷い有様で、腸が60cmも飛び出していたそうだ。法廷で陪審員として出廷していた者は皆裁判後に心のケアが必要になったという。ただその裁判で明らかになったのは彼の残虐性だけではなかった。彼は身寄りがなく孤児として里親に育てられていたそうで、この里親も被害者の一人となったのだが、その里親がこの協会の信者だった。彼もその協会へ通っていたという訳だ。そして、その協会では、一見すれば普通の協会だが、実のところ怪しげな新興宗教となんら変わりなかった。信者同士の暴力行為や、一方的に受ける等の被害者も居たそうで、何かしら問題のあった場所だったということが露呈された。彼自身もそういった暴力行為を受けていたと弁護士が力説していたが、それらが明らかになったところで彼の残虐性には大いに劣る。法廷内での彼はいつもひどく苛立っていて、陪審員や、法廷を傍聴している者、新聞にしようと取材にきている記者達に向かって、始終暴言を吐いていた。あまりにも態度が悪いということで、幾度と退廷命令が下されたそうだ。神聖な場所で行われた今までに類のない惨い事件、印象は最悪、反省も見えない。そして、何よりも本人が死刑を望んでいたということ。全てを憎み、全てに怒りをぶつけたのだろうか。彼のニュースは2ヶ月近く続き、毎日のように放送され続け色々なメディアで取り沙汰された。自由に論議を交わすコメンテイターに、すぐに関心を失う視聴者もやはり気になるせいか6ヶ月以上経つ今でも、メディアの人間は2、3人塀の近くにいる。彼の凶暴性は捕まったくらいで収まらないだろうとのことだそうだ。

 そうした話をきき、やはり彼には償いの心を宿すべきだという思いに至った。環境が彼をそのような怪物に仕立てたのなら、環境によって改善することも可能性はあるということだ。時間の経過により彼の中にも反省の気持ちが生まれているかもしれないと考えた。もし、小さな反省という気持ちが生まれたのなら、彼が天寿を全うするまでに育てなければいけない。怒りだけの人生で終わってはいけない。

 その後、私は変わらず彼に会いに行った。自分を育てた里親ですら殺害してしまった彼に会いに来る客人はいない。もっとも、看守はストレス発散であいも変わらず彼をサンドバック代わりにしているようだが。

 初めは面倒がっていたが、話をするようになってからは機嫌さえ損なわなければなんとか会話にもなるようになった。今まではアホだのボケだのと会話にならなかったので、これも大きな進歩といえるのだ。 私が暴力を振るわないことだけは理解してくれているようで、私が行くと幾分リラックスしているように見えた。

 ある日、彼はノートが欲しいと言い出した。何を書くのかと聞くと少し沈んだ顔をしたように見えたのが気になったが「手記みたいなものだ」と言った彼はいつもの傲慢さを帯びた顔だった。禁止されているのだが、何度も言うようにこの刑務所の規則に対する緩さは一番だ。手に入れることも与えることも容易い。私はすぐに用意してやり、彼に手渡した。

川島「本当にこのムショはユルユルだな。いいのかよ。禁止されてるんだろ」

彼は腕を組み、左側の口角を上げた。

「私以外には見つかるなよ」見つかれば私ではなく彼が手酷い仕打ちを受けることになるので、一言だけ忠告し、去ろうとした時彼は私を呼び止めた。

川島「別に誰にも見せる気なんかねぇよ。だがあんたには俺がしたことの全てを話してもいいかなと思ってる。」

いままでに見たことのない真剣な眼差しだった。したことの全てとは彼の犯した罪ということだ。それを話すということに私は驚いた。

川島「腑抜けたツラ見せてんじゃねぇよ。殴るぞ。別に話すとは言ってないぞ。話てもいいかなと思ってるってだけだ」

そう言って彼は私に背を向けて早速何やら書きだしていた。

 抱え込んだ己の罪を人に話すということ自体大きなハードルになるだろうが、実際に話すことよりも、話そうと思ったことが大きな一歩だ。彼は私が試みていることを知りながらもそんな風に思ってくれたことは正直嬉しかった。

 

 私は彼のノートをパラパラとめくった。

 20日目に書かれた内容を見ると、私に変なあだ名がつけられており、私の人生が妄想されていた。

 あだ名は『マジ頑固』と『しめじ頑固』だった。どうしても私からは頑固を外せないらしい。

 学生時代のマジメに更に頑固がつくとただの厄介者ではないかと思いながらも、彼の文面に少し穏や かさが宿って見えた。そこには勝手な想像を膨らませながら書かれた私の人生だった。

  


 マジ頑固は子供の頃からマジ頑固だったんだろう。ガキの頃は家の中で本ばかり読んでる真っ白いしめじヤロー。親父にしかられることなんてなくて、クソがつくほどの大真面目なクソつまらないやつだっただろう。大学まで真面目一直線、どうせ親父の跡を継ぐとかで公務員にでもなったんだろうけど、マジ頑固にここは勤まらねぇな。クソがつくほどの真面目さと、抜けっぷりは俺の殺る気も失せるくらいだ。本来なら数十回と殺してるところだ。クソつまんねぇ上に、これからもつまらなねぇ人生を送るんだろさ。女子アナみたいなつまんねぇ完璧風女と結婚して、ガキの2、3人生まれて、家族写真をバカみたいにポケットに忍ばせるようなくそったれの人生だ。レールの上に乗っかってるみたいに外れることのない生。しめじ頑固にはピッタリだ。さっさとムショなんかやめることをお勧めするね。いつか俺みたいなバカにいたぶられる前に。

 バカ丸出しでレールの上に乗っかってりゃいいんだよ。そんで、じじいになったら頑固な孫におもちゃでもねだられて蹴り入れられて困りゃいい。  

 そうなりゃ俺は大笑いできる。


 彼の最後に私は立ち会ってはいない。担当ではないということもそうだが、彼がそれを望まなかったからだ。友人として見届けてやる気持ちもあったのだが、彼の意見を尊重した。

 収容期間4ヶ月という異例の早さで執行されることになり、結局彼が残りの人生を少しでも怒りのない人生になったのかどうかきくことは出来なかったが、まだ読みかけではあるがこのノートからは返事をもらえた気がした。

 色々勝手気ままに書いてくれてはいるが、私の人生が幸せなものになると書いてくれていることが彼なりの気遣いのような気がする。やはり彼には優しさがあった。きっと、環境や、出会った人達によって彼は悪の道へと入り込んでしまったのだろう。そうして、あの大きな殺人事件へと発展してしまったのだ。そう思うと、勝手な感情だが、このノートを見続けることの悲しさに襲われる自分がいた。彼の言うレールが少し違っていれば、こんなことにはならなかったのではないかという思いに至るからだ。

 恐らく、彼は今まで自分のことを話すことなどなかったに違いない。そんな関係性がなかったのか、話すこと自体が嫌だったのかはわからないが、ノートを見ていても手記だといいながら自分に関することはほとんど書かれていない。看守にどこを殴られただとか、囚人仲間のことだとかそんなことばかりだった。だがよくよく読んでみると、他人のことばかりだが、自分の主張も含まれている。自分のことを書くことが苦手な彼は、このノートで人を介して自己主張をしていたのだろうか。彼の声を聞こうと、私はいつも彼のノートを見ていた。

 しかし、毎日書かれていたのに20日以降何も書かれていないページが続いた。書くことに飽きてしまったのだろうかと思い、パラパラと最後の方まで飛ばしながら見ていくと、末尾までの4ページにもなる文章がそこには書かれていた。

 これが書かれたのは彼の死刑が執行される前日の日付になっていて、彼の本当の声がそこには書かれていた。 

  


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