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マヤカシ

この辺から、世界観の説明ターンが到来。

いままでなんのことやら分からなかった謎も少しずつ明らかに。



 「…(ひと)に変身した?」


 俺は目を見開いて、目の前にいる女を見た。

 ふわふわとした青い髪はどことなく小鳥だった姿を彷彿とさせる。目は小鳥の時と同じく緑色で、肌は文字通り青白い色をしていた(別に顔色が悪いという意味ではない)。服装は簡素なワンピースで、あまり似合ってない。年齢は二十代後半と言ったところだろうか、妖艶な雰囲気を漂わせた美女だった。

 確かに直前までは小鳥だった。それなのに、枝から地面に降りるわずかな間に鳥が人の姿になったのである。

 『あら。その様子だと“転変(てんぺん)”を見るのは初めてなのね』

 青い女は楽しそうに“声”を出すが、その唇は全く動いていないし、表情もほとんど変わらなかった。

 かなり異様な光景である。

 女の方もそれに気が付いたのか、自分の顔をぺたぺたと触っている。

 『うーん、表情を作るって難しいわね。小鳥の時は簡単なのに』

 小鳥に表情なんてあるのか?というツッコミはあえてしなかった。人にはきっと分からない。

 『ま、いいか。手足はちゃんと動くもの』

 そう言いながら手足を振ったり伸ばしたりしている。その姿を見て、少し露出度が高いワンピースだなと思った。

 『それはそうと、さすがに“転変(てんぺん)”は見たことないのね。驚いた?』

 青い女は人を驚かすのが好きな性分らしい。表情からは全く分からないが、心底嬉しそうな感情が脳に直接伝わってくる。

 「…驚いた。今のはなんなんだ?」

 ここまで来ると誤魔化す必要もないか。素直に答えておく。それに、自分は“こっち”のことを知らなすぎる。できるだけ情報を訊き出した方がいいかもしれない。

 『“転変(てんぺん)”そのものを知らないの?…あらら、人の間ではもうそんなに長い年月が経っちゃったのかしら。この土地から人がいなくなって、まだ数十年くらいだと思ってたんだけど。人と私たちでは感覚が違うのかしらね』

 少し困ったような“声”が聞こえた。

 『そっか。人はもう私たちのこと忘れちゃったのね。人と仲良くしたいと思ってる私としては残念ね』

 「それで、“転変”ってなんなんだ。お前は小鳥だっただろう?」

 感傷に浸っているのかもしれないが、話を急かした。

 『あら、私は小鳥じゃないわよ?もちろん人間でもない。ある意味では、小鳥でもあり、人間でもあるのだけれど』

 「どういう意味だ?」

 『立ち話もなんだから、歩きながら話すわよ』

 そう言うと、女はしっかりとした足取りで歩き出した。表情を動かすのは難しいらしいが、それ以外は問題ないようだ。

 俺は一瞬、このまま素直について行くべきか悩んだ。

 この女が本当に俺から少女を奪いに来たわけではないという確信が持てないからだ。

 ――ああ、だけど。

 その時はまた殺せばいいかと思った。どうせたいしたことはないだろう。蛇や犬達だって、簡単に殺せたのだから。

 そう思って、俺は心中で苦笑する。

 俺の思想は“こっち”に来てから、どんどん危うくなっていた。けれど、別にいいかと思った。

 そして俺は、青い女を追って少女と共に歩き出した。


 『人はかつて、私達のことを“マヤカシ”と呼んでいたの』

 「マヤカシ?」

 『…本当に知らないの?それ以外にも“化物(ばけもの)”とか、“魔獣(まじゅう)”とか、いろいろあったと思うけど、“マヤカシ”っていうのが主流だったと思うわ。私自身が気に入っていたしね』

 名付け親はこいつじゃないだろうか。

 『私達は生まれた時は決まった姿なんて持ってないのよ。だから鳥でもあり、人でもあると私は言ったの。生まれてからしばらくすると、私達はそれぞれ気に入った姿をとるようになるの。それが私の場合は小鳥だったって事。』

 「でも今は人の姿だな」

 『そうね。普通は一度姿を得るとずっとその姿でいるものよ。というより、その姿でしかいられないというべきかしら。姿を(かたち)作るのはそれだけ大変なのよ。』

 だから、と青い女は続ける。

 『複数の姿を持てるものは、それだけ膨大な力を持っているという証でもあるの。私は小鳥の姿とこの人の姿の二つしか持ってないわ。どっちも私であり、どっちも私ではない姿。見えてる姿が本当ではない――まるで“まやかし”のようでしょう?』

 「…へぇ」

 『“転変”とは、私達が他の姿に変わることを意味する言葉。“転変”できる“マヤカシ”はとても少ないの。私はその数少ない“マヤカシ”ってこと』

 女は自慢げに言う。

 俺は、今の内容で少し気になったことがあった。

 「つまり、あんたはそれだけ膨大な力を持ってるのか?」

 『まぁね。ああ、安心して。貴方達に危害を加えるつもりはないから。他の“マヤカシ”が縄張りに入ってきたとかならともかく、貴方達は人間だもの。歓迎するわ』

 とりあえず、その言葉を今は信じておくことにした。だが、下手をするとこの女は先ほど俺が倒した黒い犬や蛇たちよりも強いのかもしれない。用心しておこう。

 『それにしても、私達のことを全然知らないなんてね。……私達の所業を思えば、それはそれで良かったのかしら』

 「……?」

 最後の方は無意識の呟きだったようだ。言った後に少し焦ったような意識が伝わってきた。口で直接話しているわけではないので、少しでも伝えようという想いがあると伝わってしまうらしい。

 『ええと、“転変”すると、私達は全然違う姿になるわけだけど、たった一つだけ変わらないものがあるのよ』

 言いこぼしたことを誤魔化すように話を続けてきた。少し気になったが、今の話も気になるので、あとで改めて訊くことにする。

 ――それに、今のは強引に話を戻したように感じた。何か人に対して後ろめたいものがあるのかもしれない。

 『今の私の外見を見てちょうだい。さっきの小鳥の姿と共通するものがあるでしょ?』

 そう言って、前を歩いていた女はこちらを振り返った。

 「…眼の色や、髪の色が小鳥の時と同じだ」

 小鳥のときは青い羽毛に覆われていて、眼は緑色。そして、今の人の姿は青い髪と肌、それに緑色の眼である。身体の色が共通している、と言っていいだろう。

 俺がそう言うと、女はニヤッと笑った。さっきと違って、自然に笑えるようになっている(こっそり練習でもしていたのか?)。

 『そのとおり。さっき、私達は姿を持たずに生まれてくると言ったけれど、唯一“色”だけを持って生まれてくるの。それはどんな姿になっても変わらない。“色”は私達にとって唯一本当と言えるものなの』

 「……」

 俺は、少し不愉快な気分になった。

 『どうしたの?疲れちゃった?』

 「…別に」

 不機嫌が声に出ないよう気を付けたつもりだったが、どうだろう。

 『そう。ならいいけど』

 あっさりと引き下がったので、少しほっとする。

 この女は“色”の話をした時、まるで誇るように話していた。たった唯一の大切なものだとでも言うように。

 「……」

 言いようのない苛立ちを感じる。

 俺は、片方の手で、(まぶた)越しに自分の眼に触れた。異質な“色”を持つ、金色の眼に。

 “こっち”では、別に異質でもなんでもないのかもしれない。青い女は俺を見ても平然としているし、彼女の姿だって“あっち”なら十分に異質だ。


 ――この色は嫌いじゃない。嫌ったことなんて…ない。


 『ほら、着いたわよ』

 「あ、ああ」

 いつのまにか目的地に着いたらしい。

 「…ここは?」

 目の前には白い湯気を立ち昇らせる泉があった。どうみても、風呂――いや温泉だった。

 『この泉、不思議でしょう?熱い水が湧いてくるのよ』

 ――こいつは温泉を知らないのか?

 そう思ったが、こんな森の中で、しかも小鳥の姿で生きてきたのなら知らなくても不思議はないかと考えなおす。

 『熱くて少し驚くけれど、浸かると気持ちいいし、怪我にも効くの』

 「ここがあんたの住処なのか?」

 温泉の中で暮らしているわけじゃあるまい。

 『ここらあたり一帯が私の縄張りよ。包帯を取ってくるから、ここで少し待ってなさい』

 女はそう言うと、ぴょんっと跳躍して近くの木の上に飛び乗った。そのまま軽々と上に登っていき、姿が見えなくなる。

 「…身軽だな」

 人間じゃないというのだから、これくらいできて普通なのだろう。

 しばらくすると、ガサガサと木の葉を揺らして上から落下してきた。

 『はい。この中に入ってるからどうぞ』

 地面に着地する寸前にふわっと身体が浮かんで、着地の衝撃を和らげたように見えた。

 青い女は手に白っぽい小さな箱を持っていた。箱の表面には文字らしきものが書かれているが、残念ながら読めない。見たことのない文字だった。

 『ずーと前に人から貰ったの。使えると思うんだけど』

 ずっと前って、大丈夫なのか。包帯に使用期限があるのかどうか不安である。

 女は箱を開ける。箱の中には包帯だけではなく、何かの薬と思われるものがたくさん入っていた。けれど、どれが何の薬なのか俺には判断が付かない。とりあえず、包帯だけあればいいだろう。

 『じゃあ私が巻きなおしてあげるわ。包帯取ってもいいかしら?』

 青い女は少女に向かって声をかけた。

 思えば、この女が少女に声をかけたのはこれが初めてだ。最初に声をかけてきた時は俺と少女の両方に向かって声をかけていたのかもしれないが、返事をしたのが俺だけだったせいか、その後は俺に向かってだけ話をしていたように思う。そういえば、少女の怪我の事を訊く時も、普通なら当人に直接訊くだろうに、何故か俺に訊いていたな。

 『…あら、無反応ね。最初から全然しゃべってくれないと思ってたけど、人の間にはそういう習慣でもあるのかしら』

 その言葉に少女のことをどう説明していいものか悩んだ。

 「いや、彼女は誰に対してもこんな感じなんだと思う。理由は分からないが、普通より感情が乏しいみたいなんだ。全然しゃべらないし、表情もほとんど動かない。病気かもしれない」

 『そうなの?貴方に対しても、何の反応もしないの?』

 「……ああ」

 『ふぅん』

 青い女は不躾なほどに少女を見ている。ついで、俺のこともじろじろ見る。一体なんだというのだ。

 『じゃあ、やっぱり貴方に訊くけど、包帯取ってもいいかしら?』

 「それは俺がやる」

 『ええ?』

 女は不思議そうな“声”をあげた。

 「なんだ?鳥のお前に任せるよりも、俺がやった方がいいと思うが」

 しょせん人でないものに人の怪我なんて分かるものか。この女は人の文化に興味があると言っていたが、そんな遊び半分の知識よりも、俺の知識の方がマシな気がする。医学の心得はまったくないけれど。

 『…この()の包帯って、身体中に巻かれてるわよ?』

 「それが?」

 何が言いたいのか分からない。

 『ふーん…。私の知識では、人の女は男に肌を見せないものだって、あるけど…私の勘違いかしら』

 包帯を換えるということは、服を脱がす必要がある。

 ようは、俺が少女の裸を見ることになってもいいのか、と訊いているのだ。

 「……」

 失念していたわけではないが、まさか化物にそんなことを言われるとは思わなかった。

 『だから私が巻いた方がいいかなと思ったんだけど』

 女はニヤニヤしながらこっちを見ている(その笑い方は人間の笑いそのものだった)。


 化物のくせに、妙に人臭いやつだ。



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