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白の少女2

残虐描写あり。

この話はR15とさせていただきます。

 ――ぱしゃん。


 川の水で顔を洗う。


 少女の包帯を結び直したあと、俺達は川に来ていた。目的は飲み水の確保と少女の傷の手当てである。ついでに言うと寝起きなので顔を洗うことにしたというわけだ。

思えば、川で顔を洗うなんて“あっち”では考えられない行動だ。“あっち”の川は汚れていることが多かったから。

 けれど、この森の川は綺麗で非常に澄んでいる。匂いを嗅いで口に含んでみたが、問題なく飲めそうだった。

 その時ふと、水面に映っていた自分の顔をみる。


 ――金色の髪に、金色の瞳。黒い肌。

 祖父母の容姿を見た限り、母の家系では絶対に生まれないであろう色。


 “あっち”に黒い肌や金の髪を持つ者がいないわけではない。けれど俺がいた場所ではモンゴロイドという黒目黒髪の黄色肌の人種が一般的だった。せめて俺がいた国が、多人種が多く暮らす“あの大国”だったのなら、俺の容姿の異質さを気にする人は少なかったかもしれない。

 俺が祖父母と同じ色だったなら、俺は彼らに愛されただろうか、奇異の視線にさらされることはなかっただろうか。

 学校でのいじめはなくなった。けれど、彼らから受けた言葉は今も忘れていない。

 いつものようにそう思って、そして俺は苦笑した。

 ――皮肉なものだ。

 この色が原因で、俺は“あっち”に居場所がなかったのに、この色のおかげで、俺は“こっち”に来ることが出来た。

 結論から言って、俺の容姿の原因は顔も知らない父親であることはほぼ間違いないだろう。そして――父親は“こっち”に関わりのある“何か”なのだ。だからこそ、俺は今ここにいることを許されているのだろう。

 生きているのか死んでいるのかも分からない父親に感謝するべきなのか、それとも恨むべきなのか。


 けれど、今の俺にはそんなことどうでも良かった。


 さっき、あの少女が俺の顔を見て「きんいろの、め」と呟いた。

 それは俺の目は確かに金色だ。だからあの少女は確かに俺を見ていた。


 その時の少女の目には、光が――感情が宿っていた…ように見えた。

 俺の目に対する畏怖や好奇の感情じゃない。あれは――。


 俺は水面から目を離し、隣に座る少女を見た。

 傾斜から落ちた時にできた傷や汚れは水で綺麗にしておいた。本当は塗り薬か何かがあればいいのだが、残念ながら持っていない。酷い怪我ではないので、別に問題ないと思うが。

 少女は何をするでもなく、ぼんやりと俺の隣に座っている。その瞳はあいかわらず虚ろで、何も見ていない。

 濡れたままの手で、俺は少女の顔に触れた。当然、彼女の顔が濡れる。頬から水滴が落ちても、彼女はぼうっとしたままだ。

 少女の顎に手をかけて上を向かせる。そしてその虚ろな瞳を覗き込む。俺の、金色の瞳で。

 そうしてまたさっきのような反応を見せてくれることを期待していたのだが、少女の瞳に光が戻ることはなかった。それに少々落胆したが、俺はそこで彼女を離したりしない。俺はそっと両手を彼女の背中にまわして軽く抱きしめる(身体の至るところに包帯を巻いていたので、強く抱きしめることは控えた)。

 少女の身体はやわらかく、そしてとても華奢だった。顔を寄せると、何故かいい香りがした。俺は片手を前に戻して、少女の手と絡める。

 悪いことをしているという思いはなかった。思い浮かばなかったと言ってもいい。

 彼女の肩口に口づけしようとしたその時、

 「……なっ!?」

 俺は突き飛ばされた。


 密着していた俺と彼女の間に距離ができた。絡めていた手が外された。

 それでもまだ少女を抱いていたが、俺は驚きで目を見開いていた。

 彼女が、俺を突き飛ばした。包帯だらけのあの細腕で。

 「なんで…っ」

 俺は少女の顔を見る。けれど彼女は、全くの無表情で俺を突き飛ばしていた。

 恐怖も嫌悪もなく、無表情で無関心で、俺を突き飛ばしたのだ。

 「……おまえも」

 俺は押し殺した低い声で呟く。

 そして、

 「お前も俺を拒絶するのか!?さっきは、あんな……あんな目で俺を見ていたのに、そのお前が、俺を、俺の想いを拒絶するのかよ!?」

 少女の肩を掴んで叫んだ。金の双眸が怒りに輝く。


 あの時の少女の目は、愛しいものを見る時の目だった。

 少なくとも俺は、そうだと思った。


 だから、彼女が拒絶することが許せなかった。


 俺は怒りで少女を押し倒した。

 包帯を巻いている彼女の身体のことなんて、全く気にも留めずに。地面に彼女の長い黒髪が広がった。

 俺は彼女を地面に押さえつけて、じっと見下ろした。相当乱暴なことをしているのに、彼女の表情はかけらも変化する様子はない。

 「お前は…」

 『――その娘を返せ』

 さらに言い募ろうとした時、声が響いた。

 ――声?

 何か違和感があった。

 「……誰だ」

 俺は少女を押し倒したまま、どこかから聞こえた声に向かって尋ねる。

 『――その娘を返せ』

 また声が聞こえた。けれど、俺の問いには答えていない。

 やはり、何か違和感のある声だった。けれど今の俺には、その違和感の正体を考えられるほどの頭脳も、余裕もなかった。


 ――そんなこと、今はどうでもいいんだよ。


 この時俺の中にあったのは、どす黒い怒りの感情だけだったから。


 俺はゆっくりと身を起こす。周囲に視線を走らせるが、まわりには何もいない。少なくとも、俺の視界にはいない。

 「質問に答えろ。お前は、この少女を監禁していたやつか」

 もう一度質問する。すると、

 『返せ』

 また声が返っていた。さらに、


 『返せ』


 『娘』


 『娘を返せ』


 『その娘は』


 『娘は大切な、』


 声が複数聞こえた。どれも同じようでいて、違う声。声の主は複数いるようだ。


 『“あの方”へ捧げる贄』


 『生贄』


 『“あの方”』


 『もうすぐ会える』


 『もうすぐ目覚める“あの方”への贄』


 『だから返せ』


 『そうだ』


 『返せ』


 『その娘が必要だ』


 『今すぐその娘を返せ』


 まるでやまびこのように森中に響く奇妙な声。普段の俺なら不気味に思っていたかもしれない。怯えたかもしれない。

 だが、今は違った。

 「…はっ」

 俺は思わず声を漏らす。


 「あはははははははははははははははははははははははっ」


 俺は大声で笑った。

 そのとたん、声がぴたりと止んだ。

 けれど、俺は構わず笑い続けた。別に可笑しかったわけでもなんでもない。むしろ、俺の心は怒りに満ちていた。

 「返せ?今、俺にそう言ったのか?」

 はははっと俺はまた笑う。

 「あの方?生贄?…意味わかんねぇ」

 声達の言っていることは不明瞭で、何が何だか分からない。けれど、一つだけ確かなことがある。

 「お前らは、俺からこの少女を奪いに来たんだな……?」

 狂ったような笑いから一転、俺は静かに、低く呟いた。

 そのとたん、四方の森の中から、射るような複数の視線を感じた。身に受けているだけで不快になるような、恐ろしいような視線。ああ、これが殺気という奴なんだとどこか遠い所で理解した。


 ――だが、それがなんだ。


 そう思った瞬間、四方から複数の影が飛び出してきた。そのまま俺と少女の周りを取り囲む。

 それは、黒い犬のような姿をしていた。

 『返せ』

 『お前が攫った、』

 『その娘』

 『返せ』

 『“あの方”への生贄』

 『目覚める』

 『“あの方”が』

 『返せ』

 『娘を返せ』

 黒い犬は口々にそう言った。あの奇妙な声はこの犬達から発せられていたらしい。

 犬達は苛立ったように地面を引っ掻いたり、歯を剥きだしたりしていた。

 だから、俺は犬達に向かって微笑んだ。

 「嫌だ。この少女は渡さない」

 そうはっきりと断言した。

 すると犬達は、一斉に唸り声を上げた。

 俺はそんな犬達を静かに見回した。

 彼らの爪で引っ掻かれたら痛いだろう。彼らの牙で噛まれたら血が出るだろう。下手すれば、手や足を食い千切られるかもしれない。

 少女に目をやると、彼女は俺に押し倒された時のまま、地面に仰向けで倒れていた。目は開いているが、やはり虚空を見たまま身動きもしない。

 ――そうだ、そのままそこで寝ていてくれ。

 俺は視線を少女から犬達に戻した。

 「俺から、彼女を奪うことは許さない」

 それが最後だった。

 それが決定打。犬達は俺に向かって跳びかかる。

 俺はそんな犬達を、



 ――皆殺しにした。



 俺の足元にはひくひくと痙攣する犬が、一匹いた。ああいや、これは痙攣じゃなくて、呼吸しているのだろうか。

 息をしている犬はこの一匹だけだ。あとはすべて地に伏したまま動かなくなった。

 『お前は、なん、だ』

 犬はひゅうひゅうと消え入るような声で呟いた。

 けれど、それに答えてやる気はない。俺は冷たい目で最後の犬を見ていた。

 その時、犬が何かに気が付いたように目を見開いた。

 『あなたは、まさ…か、我がき』

 犬は何か恐れおののくような口調で声を上げたが、言葉が途中でふつりと止まった。

 同時に犬の呼吸も止まった。

 そしてその瞬間、すべての犬の亡骸が融けた。見る見るうちに小さくなって、やがて消えた。

 「……」

 俺は、犬を見下ろしていた姿勢のまま、しばらく動かなかった。

 犬達が融けて消えたことに驚いたわけじゃない。“こっち”に来てから、それくらいのことじゃいちいち驚かなくなった。

 俺が“こっち”に来て一番驚いたことは、俺自身のことだったから。

 “こっち”に来てから異様に感覚が鋭くなった。そして、身体能力が普通じゃなくなった。明らかに普通ではない犬を一瞬で皆殺しにできるほどに。この力があったから、巨大な三体の蛇が守る社に入り込んで少女を連れ出すことができたのだ。

 犬達を殺したことで、若干頭が冷えた。

 先ほどまでの身を焦がすほどの怒りはすでに沈静化している。

 その代わり、悲しかった。辛かった。少女に拒絶されたことが。



 ――その時ふわりと、いい香りがした。

 「…なんのつもりだ?」

 俺は小さく呟いた。

 胸の内で、一度は沈静化した怒りがふつふつと再び湧き上がるのを感じる。

 「さっきは拒んだくせに…同情のつもりか」

 俺の目の前には、一人の少女がいた。白い着物で、包帯だらけの少女。あいかわずの無表情で、彼女は俺の頭を両手で包み込むように抱き寄せていた。

なんなんだよ。無表情で、無関心で、俺が社から連れ出した時も、何の抵抗もしなかったし、自分が怪我をしても顔色一つ変えなくて。それなのに突然俺を拒絶して…今は、自分から俺を抱きしめてくれた。

 「お前、俺をおちょくって楽しんでるのかよ」

 そう訊いても、彼女は答えてくれなくて。まるで機械仕掛けの人形のようなのに、その両手も、身体も温かくて、呼吸とそれに伴って上下する胸の動きはすべて彼女が生きていることを示していた。

 俺の中の怒りの感情が急速に萎んでいく。だけど、そんなの許せるか。

 「ふざけるなよ…!!」

 俺は叫んだつもりだったのに、その声は想像以上に小さく、震えていた。自分の目から落ちる滴は見なかったことにする。今はただ、じっとしている。本当は、少女の身体をかき抱きたいのに、またさっきのように拒絶されることが怖かった。だから、今の状態を少しでも長く保っていたかった。


 ――彼女の暖かさを、少しでも長く感じていたくて。


主人公は最低です。

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