『役立たずと追放された私の異世界通販、袋ラーメンで騎士団を虜にしたら王都一の大富豪になりました』
『役立たずと追放された私の異世界通販、袋ラーメンで騎士団を虜にしたら王都一の大富豪になりました』
第一章 追放されたので、お昼はラーメンにします
「リーナ。お前は今日限りで、俺たちのパーティーから追放だ」
冒険者ギルドの片隅で、魔導士カイルが冷たく言い放った。
彼の隣には、治癒術士のセシリアがぴったりと寄り添っている。
「攻撃魔法も使えない。剣も振れない。お前のスキルは、妙な包みを取り出すだけの役立たずだ。これから迷宮深層に挑む俺たちには必要ない」
「そうよ、リーナ。あなたには荷物運びがお似合いだったけれど、それだって誰でもできる仕事でしょう?」
セシリアがくすくすと笑う。
私はテーブルに置かれた銅貨を見つめた。
三年間働いて、最後のお給料がこれだけ。
「……分かりました」
「何だと?」
「追放、承知しました」
カイルが拍子抜けしたような顔をする。
「おい、少しは引き留めてくれと頼まないのか?」
「だって、もう決まったのでしょう?」
私は銅貨を受け取り、背負い袋を持ち上げた。
三年間、毎日のように背負ってきた大きな袋。
中には野営道具や調理器具が詰まっている。
カイルたちの食料を調達し、飲み水を用意し、破れた衣服を繕い、夜営の火を絶やさないようにしてきた。
そのおかげで、彼らは戦闘に集中できていた。
けれど、どうやらそれは誰にでもできる仕事だったらしい。
「最後に一つだけ」
私は振り返った。
「明日からの食料と飲み水は、ちゃんと準備してくださいね。迷宮深層では補給できませんから」
「ふん! お前に言われるまでもない!」
「そうですか。それでは、お元気で」
ギルドを出ると、春の風が頬を撫でた。
空は青く、雲はゆっくりと流れている。
私は大きく伸びをした。
「……あー、すっきりした!」
もう夜中に起こされて食事を作らなくてもいい。
重い荷物を背負って走らなくてもいい。
セシリアに「お茶がぬるい」と文句を言われることもない。
何より、三人分の世話をしながら、自分の食事を最後に回す必要がなくなった。
「さて、これからどうしようかな」
私には秘密があった。
ユニークスキル【異世界通販】。
前世の日本で売られていた商品を、魔力と引き換えに取り寄せられる能力だ。
最初は食品や日用品だけだったけれど、使うほどに商品が増えていく。
カイルたちは私が出す保存食や道具を当たり前のように使いながら、その価値にはまったく気づかなかった。
まあ、いい。
今日は久しぶりの休日だ。
私は王都の外れにある小川まで歩き、大きな木の下に腰を下ろした。
さらさらと流れる水。
木漏れ日。
鳥のさえずり。
お腹が、きゅうっと鳴った。
「よし。今日は奮発しちゃおう」
指先で空中をなぞる。
青白い光が集まり、半透明の画面が現れた。
【異世界通販】
食品・飲料・調理器具・日用品
現在の魔力残量:十分
私は食品の一覧を開いた。
そして、懐かしい黄色い袋を見つけた。
「……あった!」
日清チキンラーメン。
前世で何度も食べた、あの味。
この世界に転生して五年。
まさか、こんな日が来るなんて。
「今日は卵も乗せちゃおう」
私は小鍋と水、卵を取り寄せた。
小さな火魔石で湯を沸かし、袋を開ける。
ふわりと広がる、香ばしい麺の匂い。
鍋に麺を入れると、じゅわっと湯気が立ち上った。
中央のくぼみに卵を落とし、蓋をする。
待つこと三分。
「いただきます!」
蓋を取った瞬間、鶏の旨味を含んだ香りが一気に広がった。
琥珀色のスープ。
柔らかくなった麺。
白身がふんわり固まり、黄身がとろりと輝く卵。
私は木の箸で麺を持ち上げた。
「はふっ……んんっ!」
おいしい。
懐かしい。
しっかりとした塩気と、鶏の旨味。
温かなスープが喉を通り、お腹の底まで染み渡る。
「幸せ……!」
思わず頬が緩んだ。
三年間、野営中はカイルたちに温かい食事を優先して、自分は冷めた残り物ばかり食べていた。
今は違う。
出来たてのラーメンを、誰にも急かされずに食べられる。
それだけで、こんなにも嬉しい。
「……すまない」
突然、背後から声がした。
振り返ると、白銀の甲冑を纏った女性が立っていた。
長い金髪を後ろで束ね、腰には美しい細剣。
凛々しい顔立ちに、澄んだ青い瞳。
王都で彼女を知らない者はいない。
王立騎士団長、エレノア・フォン・アシュフォード。
最強の女騎士と呼ばれる人だった。
「その……」
エレノア様は私の鍋を見つめていた。
「実に申し訳ないのだが、その料理は何というものだろうか」
「ラーメンです」
「ラーメン……」
彼女は真剣な顔で繰り返した。
その直後。
ぐううううっ。
驚くほど大きな音が鳴った。
エレノア様の顔が、耳まで真っ赤になった。
「……失礼した」
「い、いえ!」
「討伐遠征から戻ったところでな。三日ほど、まともな温かい食事を取っていない」
彼女は視線を逸らした。
「もしよければ、一口だけ分けていただけないだろうか。もちろん、代金は払う」
私は思わず笑ってしまった。
「一口なんて言わず、一杯どうぞ!」
「本当か!?」
その瞬間、最強の女騎士の瞳が、子どものように輝いた。
第二章 最強の女騎士、ラーメンに敗北する
私は新しい鍋に湯を沸かした。
今度は麺に卵と刻みネギを乗せる。
エレノア様は隣で、剣の手入れをするときより真剣な表情で調理を見守っていた。
「この乾燥した麺が、湯の中で柔らかくなるのか」
「はい。しかも味がついているので、簡単に作れるんです」
「なんという合理的な携帯食だ……」
騎士団長らしい感想だった。
出来上がったラーメンを差し出す。
「熱いので気をつけてくださいね」
「ああ。いただこう」
エレノア様はスープを一口飲んだ。
ぴたり、と動きが止まる。
「……これは」
もう一口。
さらにもう一口。
「なんだ、この味は……!」
青い瞳が大きく見開かれた。
「鶏の旨味が、これほど深く……! 香ばしさと塩気が絶妙に調和している。しかも、疲れ切った体に温かさが染み渡って……」
彼女は突然、胸元を押さえた。
「えっ!? 大丈夫ですか!?」
「……魔力が」
「魔力?」
「減っていた魔力が、回復している!」
エレノア様の体から、淡い銀色の光が立ち上った。
私は慌てて通販画面を確認した。
すると、見慣れない文字が浮かんでいた。
【特殊効果が発見されました】
異世界通販で召喚された食品は、召喚時に使用者の魔力を微量に帯びます。
その魔力は食品の栄養成分と結びつき、食べた者の体内で穏やかに放出されます。
効果:疲労軽減・魔力回復補助
「……え?」
そんな説明、今までなかったんだけど。
エレノア様は夢中で麺をすすっていた。
「うまい……! なんということだ。三日間の疲れが溶けていくようだ!」
そして、最後の一滴までスープを飲み干した。
「ごちそうさま!」
彼女は深々と頭を下げた。
「これほど素晴らしい食事をいただいたのは初めてだ」
「そ、そんな。普通の袋ラーメンですよ?」
「普通?」
エレノア様は真剣な顔になった。
「リーナ殿。君にとって普通でも、我々にとっては奇跡に近い」
彼女は革袋から金貨を三枚取り出した。
「代金だ。足りるだろうか」
「多すぎます!」
「では、残りは次回の予約金にしてくれ」
「次回?」
「明日も食べたい」
あまりにも真剣な顔だった。
私は思わず吹き出した。
「分かりました。明日もこの場所で作りますね」
「本当か!」
エレノア様は嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、私は少し驚いた。
最強の騎士団長も、おいしいものを食べるとこんな顔になるんだ。
「それから、リーナ殿」
「はい?」
「私のことはエレノアで構わない」
「えっ」
「おいしい食事を分けてくれた相手に、いつまでも堅苦しくされるのは寂しい」
彼女は少し照れくさそうに微笑んだ。
「できれば、友人になってくれないか」
私は目を瞬かせた。
友人。
その言葉を聞いたのは、久しぶりだった。
「……喜んで!」
私たちは小川のほとりで笑い合った。
そのときの私は、まだ知らなかった。
この一杯のラーメンが、私の人生を大きく変えることになるなんて。
第三章 小さな屋台と、大きな夢
翌日。
私は約束の場所に小さな屋台を出した。
木製の看板には、こう書いた。
『麺処リーナ』
本日のおすすめ。
チキンラーメン、卵付き。
一杯、銀貨一枚。
前世の感覚では高すぎるけれど、魔力を回復させる料理として考えれば、むしろ安いらしい。
最初のお客さんは、もちろんエレノアだった。
ただし、一人ではなかった。
「リーナ! 連れてきたぞ!」
彼女の後ろには、白銀の甲冑を着た騎士が十人並んでいた。
「……え?」
「昨日の話をしたら、皆も食べたいと言い出してな」
騎士たちは、期待に満ちた目でこちらを見つめている。
「団長が三日分の疲れを忘れたという、伝説の料理!」
「一口で魔力が回復するらしいぞ!」
「しかも、とんでもなくうまいとか!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 伝説って!」
エレノアは胸を張った。
「私にとっては伝説だ」
真顔で言わないでほしい。
私は笑いながら、鍋を火にかけた。
その日は、昼前に用意した二十食が完売した。
翌日は五十食。
三日後には百食。
一週間後には、開店前から長蛇の列ができるようになった。
「リーナさん! 今日は何味ですか!」
「本日は味噌ラーメンです!」
「味噌!?」
「香ばしい味噌のコクと、野菜の甘みが楽しめますよ!」
私は大鍋でスープを温めた。
湯気に乗って広がる濃厚な味噌の香り。
炒めた野菜の甘い匂い。
仕上げに乗せたバターが、熱いスープの上でゆっくり溶けていく。
「うおおおっ!」
騎士たちが歓声を上げた。
「これは……! 寒い日の討伐帰りに食べたら最高だ!」
「体の芯から温まる!」
「リーナさん、替え玉を!」
「替え玉は別料金ですよー!」
笑い声が広がった。
私は夢中で働いた。
けれど、以前のような苦しさはなかった。
自分で決めた仕事。
自分で作った料理。
お客さんが笑顔で「おいしい」と言ってくれる。
それが、何より嬉しかった。
ただ、一つ問題があった。
「……疲れた」
ある日の夕方。
私は屋台の椅子にへたり込んだ。
百五十食を作り終え、腕が上がらない。
そこへエレノアがやって来た。
「リーナ、大丈夫か?」
「ちょっと張り切りすぎちゃいました」
「そうだろうと思った」
彼女は呆れたように笑い、私の隣に座った。
「君は人の世話をするのが好きなのだな」
「……そうかもしれません」
「だが、自分のことも大切にしなければ」
私は少し黙った。
昔、カイルたちと旅をしていた頃を思い出した。
みんなが食べ終わるまで、私は食事を取れなかった。
眠るのも最後。
起きるのは最初。
それが当たり前になっていた。
「……つい、頑張りすぎちゃうんです」
エレノアは静かに頷いた。
「ならば、私にも手伝わせてくれ」
「えっ?」
「店を大きくするなら、従業員が必要だろう。騎士団には、引退後の仕事を探している者もいる。信用できる人材を紹介できるぞ」
「でも、エレノアにそこまでしてもらうのは……」
「友人だからな」
彼女は当たり前のように言った。
「君は私が疲れているとき、温かい食事を作ってくれる。ならば、私も君が困っているときに力になりたい」
私は胸が温かくなるのを感じた。
「……ありがとう」
「礼なら、明日のラーメンに卵を二つ乗せてくれ」
「ふふっ。それでいいの?」
「もちろんだ!」
最強の女騎士は、実に安上がりな友人だった。
第四章 異世界通販、ついに覚醒する
一か月後。
『麺処リーナ』は、王都の商業区に正式な店舗を構えた。
厨房には三人の料理人。
接客係が五人。
食材の管理担当が二人。
エレノアの紹介で集まった人たちは、みんな真面目で働き者だった。
私は店主として、仕込みと新メニューの開発を担当することになった。
「リーナさん! 今日も満席です!」
「はーい! 豚骨醤油、追加十杯!」
厨房に活気が満ちる。
濃厚なスープの香り。
湯切りの音。
お客さんたちの楽しそうな会話。
私はその光景を見るのが大好きだった。
そんなある日。
通販画面に、金色の文字が浮かび上がった。
【スキルレベルが上昇しました】
【異世界通販 レベル5】
新機能:大量発注
新機能:調理器具拡張
新機能:食品効果鑑定
「……大量発注?」
画面を開くと、今まで一袋ずつ取り寄せていたラーメンを、箱単位で注文できるようになっていた。
しかも、まとめて注文すると消費魔力が減る。
「すごい!」
私は思わず声を上げた。
さらに、食品効果鑑定を使ってみる。
【チキンラーメン】
疲労軽減:小
魔力回復補助:小
温熱効果:小
【味噌ラーメン】
疲労軽減:中
冷気耐性補助:小
【豚骨醤油ラーメン】
体力回復補助:中
筋力維持補助:小
「……なるほど」
どうやら、食品そのものが魔法薬になっているわけではないらしい。
私の魔力を使って異世界から召喚する際、食材に微量の魔力が定着する。
その魔力が食事の栄養と結びついて、食べた人の体調を穏やかに整えるのだ。
ただし、効果はあくまで補助的なもの。
重傷や病気を治すことはできない。
「それでも、すごいよね」
私は早速、商業ギルドへ向かった。
ギルド長のベルトランさんは、鑑定結果を見て目を丸くした。
「リーナさん……これは、騎士団の補給食として革命的ですよ」
「そんなにですか?」
「温かい食事を簡単に用意できて、疲労回復まで助ける。しかも保存が利く。遠征中の兵士にとって、これほどありがたいものはありません」
彼は興奮した様子で続けた。
「ぜひ、王立騎士団との正式な納入契約を結びましょう!」
その日の午後。
エレノアが店に駆け込んできた。
「リーナ!」
「どうしたの?」
「聞いたぞ! 騎士団への大量納入が決まったそうだな!」
「うん。来月から毎週、乾麺を三百食分納めることになったの」
「素晴らしい!」
エレノアは満面の笑みを浮かべた。
「これで遠征先でも君のラーメンが食べられる!」
「……そっちが目的?」
「もちろん、それだけではないぞ」
彼女は真剣な顔になった。
「兵士たちの食事が良くなれば、士気も上がる。君の仕事は、多くの人を助けることになる」
私は少し照れくさくなった。
「そんな大げさな……」
「大げさではない」
エレノアは優しく微笑んだ。
「剣で守れるものもある。だが、温かい食事でしか守れないものもあるんだ」
その言葉が、胸に残った。
私は攻撃魔法を使えない。
剣も振れない。
けれど、自分にできることで誰かの役に立てる。
それで十分だった。
第五章 王都一の大富豪になりました
半年後。
『麺処リーナ』は、王都で最も人気のある飲食店になっていた。
本店のほかに三つの支店を開き、騎士団への納入も順調。
さらに、商業ギルドの協力で、各地の宿屋へ保存用ラーメンを卸すようになった。
私は毎月の帳簿を見て、思わず固まった。
「……え?」
利益の欄には、金貨一万二千枚と書かれている。
「えええええっ!?」
隣にいた経理担当の女性が微笑んだ。
「おめでとうございます、リーナ様。今月も過去最高益でございます」
「こ、こんなに!?」
「騎士団への納入、各支店の売上、貴族向け特別メニューの予約が好調でしたので」
私は帳簿をもう一度見た。
前世では、スーパーの特売日に袋ラーメンをまとめ買いしていた私が。
今では、王都の一等地に店を構え、何十人もの従業員を雇い、大きな商館まで所有している。
「……人生って、分からないものね」
思わず笑ってしまった。
けれど、私が一番嬉しかったのは、お金そのものではなかった。
店で働く人たちが、安心して暮らせるようになったこと。
常連のお客さんたちが、毎日楽しそうに食事をしてくれること。
そして何より。
自分の時間を、自分で決められることだった。
私は週に二日、必ず休むことにした。
午前中はのんびり寝て。
午後は好きな本を読んで。
夕方には、新しいラーメンの味を試す。
時々、エレノアが遊びに来る。
「リーナ! 今日は何を食べさせてくれるんだ?」
「今日は塩バターラーメン!」
「塩バター……!」
彼女の目が輝く。
私は笑いながら厨房へ向かった。
これが、私の望んでいた暮らしだった。
そんなある日。
商館の執事が、困った顔で応接室に入ってきた。
「リーナ様。お客様がお見えです」
「誰?」
「カイル様と、セシリア様と名乗る男女でございます」
私は手を止めた。
懐かしい名前だった。
「……そう」
不思議なことに、胸は少しも痛まなかった。
「お通しして」
しばらくして、二人が入ってきた。
私は思わず目を見開いた。
カイルは痩せこけ、以前の立派な魔導士のローブは擦り切れていた。
セシリアも顔色が悪く、装飾品をほとんど身につけていない。
「リ、リーナ……!」
カイルが震える声で言った。
「本当に、お前がこの商館の主人なのか……?」
「ええ。久しぶりね」
私は静かに答えた。
二人はしばらく黙っていた。
やがて、セシリアが泣きそうな顔になった。
「リーナ……お願い、助けて……」
事情を聞くと、二人は私を追放した直後、迷宮深層に挑んだらしい。
ところが、初日から問題が続出した。
食料の量を間違えた。
飲み水が足りなくなった。
野営道具の修理ができず、火を起こすのにも苦労した。
さらに、私が毎日配っていた携帯食がなくなったことで、疲労が抜けず、魔力の回復も遅くなった。
「お前が用意していた食料に、そんな効果があるなんて知らなかったんだ……」
カイルが俯いた。
「三日目には全員が疲れ切っていた。それでも無理をして奥へ進んで……魔獣に襲われた」
治療費は莫大だった。
装備を売り払い、借金を重ね、パーティーは解散。
今では日雇いの仕事さえ見つからないという。
「リーナ……」
カイルが顔を上げた。
「俺が悪かった」
私は黙って聞いていた。
「お前がどれだけ俺たちを支えていたか、ようやく分かった。だから……頼む。もう一度、仲間にしてくれないか」
「私たち、友達だったでしょう?」
セシリアが涙を浮かべる。
「昔のことは水に流して、ね?」
私は二人を見つめた。
三年前ではなく、たった半年前のことなのに。
ずいぶん遠い昔のように感じた。
「……カイル」
「な、何だ?」
「あなた、私を追放したとき、何て言ったか覚えてる?」
彼は顔を強張らせた。
「私のスキルは、ガラクタを取り出すだけの役立たずだって」
「そ、それは……」
「でもね。あなたたちが食べていた保存食も、飲んでいたお茶も、使っていた道具も、全部そのスキルで用意していたものなの」
カイルは俯いた。
「私は三年間、あなたたちが無事に冒険できるように頑張っていたつもりだった」
私はゆっくりと続けた。
「けれど、あなたたちには必要なかったのでしょう?」
「違う! 今なら分かる!」
「ううん」
私は首を振った。
「必要になったから、戻ってきたんでしょう?」
カイルは何も言えなかった。
「私はもう、あなたたちの仲間には戻らない。お店にも雇えません」
「そ、そんな……!」
「うちでは、従業員同士が互いを尊重することを大切にしているの。あなたたちは、まずそこから学び直したほうがいいと思う」
セシリアが泣き崩れた。
カイルは唇を噛んだ。
私は執事に目配せした。
「お二人をお見送りして」
「かしこまりました」
二人が立ち上がる。
そのとき、私は思い出したように声をかけた。
「……ああ、そうだ」
カイルが期待に満ちた目で振り返った。
私は机の引き出しから、一枚の紙を取り出した。
「商業ギルドで、日雇いの仕事を紹介してもらえるそうよ。今は人手が足りないから、真面目に働けば生活を立て直せると思う」
カイルは紙を受け取った。
「……リーナ」
「私にできるのは、そこまで」
私は微笑んだ。
「これからは、自分たちで頑張ってね」
二人は深く頭を下げ、静かに部屋を出ていった。
私はしばらく、閉じた扉を見つめていた。
怒りはなかった。
未練もなかった。
ただ、もう二度とあの頃には戻りたくない。
そう思った。
第六章 幸せは、湯気の向こうに
その日の夕方。
エレノアが商館を訪れた。
「リーナ、元仲間が来たと聞いたが」
「うん。さっき帰ったよ」
「大丈夫だったか?」
「大丈夫」
私は微笑んだ。
「ちゃんと、お断りできたから」
エレノアは安心したように息をついた。
「そうか」
そして、少し考えてから言った。
「もし嫌な思いをしたのなら、今日は私が夕食をご馳走しよう」
「えっ、エレノアが?」
「ああ。王都で評判の料理店を予約してもいいし、何なら宮廷料理人を呼んでもいい」
私は思わず笑った。
「そんな大げさなことしなくていいよ」
「だが……」
「それより、一緒にラーメン食べない?」
エレノアの表情が一瞬で変わった。
「……ラーメン?」
「うん。今日は新作を試したいの」
「何味だ!?」
あまりにも食いつきが早い。
私は笑いながら通販画面を開いた。
「今日は、ちょっと辛いのに挑戦しようと思って」
取り寄せたのは、濃厚な旨辛味噌ラーメン。
そこに、とろけるチーズと温泉卵を乗せる。
真っ赤なスープから、食欲をそそる香りが立ち上った。
「おお……!」
エレノアが感嘆の声を上げる。
「これは、見るからに強敵だな」
「辛いから、無理しないでね」
「ふっ。私は王立騎士団長だぞ。辛さ程度に屈するものか」
そう言って、エレノアは勢いよく麺をすすった。
三秒後。
「か、辛いっ!」
「だから言ったのに!」
「だが、うまい! 辛い! うまい!」
彼女は涙目になりながら、夢中で食べ続けた。
私はお腹を抱えて笑った。
「エレノア、無理しないで!」
「無理などしていない! これは騎士としての挑戦だ!」
「ラーメンに騎士道を持ち込まないでよ!」
二人の笑い声が、温かな食堂に響いた。
窓の外では、王都の街灯が一つずつ灯り始めている。
私は箸を置き、ふと考えた。
半年前。
私は役立たずだと言われて、パーティーを追放された。
あのときは、これからどうなるのか少し不安だった。
けれど、今は。
温かい家がある。
大切な友人がいる。
好きな仕事がある。
そして、食べたいときに、おいしいラーメンを食べられる。
「……ねえ、エレノア」
「ん?」
「私、今すごく幸せだよ」
エレノアは箸を止めた。
そして、優しく微笑んだ。
「それはよかった」
「うん」
「だが、リーナ」
「何?」
彼女は真剣な顔で言った。
「幸せなら、明日もこのラーメンを作ってくれないか」
私は吹き出した。
「もう! 結局それなのね!」
「当然だ。私は君のラーメンの、一番のファンだからな」
私は笑いながら頷いた。
「分かった。明日も作るよ」
ただし。
「明日はお休みだから、二人分だけね」
エレノアは嬉しそうに笑った。
「それがいい」
私はもう一度、温かなスープを口に運んだ。
辛くて、濃厚で、どこか懐かしい味。
体の奥まで、じんわりと温まっていく。
かつての仲間たちは、私を役立たずだと言った。
けれど、今なら胸を張って言える。
誰かを傷つける魔法が使えなくても。
強い剣を振るえなくても。
おいしいものを作って、誰かを笑顔にすることはできる。
そして、その笑顔が、私自身を幸せにしてくれる。
「……ごちそうさまでした!」
私は満足して手を合わせた。
明日は何を食べよう。
醤油もいい。
味噌もいい。
塩バターも捨てがたい。
ああ、考えるだけで楽しくなってくる。
異世界通販で取り寄せた一袋のラーメンから始まった、私の新しい人生。
どうやらこれからも、おいしくて、楽しくて、ちょっぴり騒がしい毎日が続きそうだ。
そして今日も、王都一の大富豪となった私は、世界で一番幸せな顔をしてラーメンをすするのだった。
完




