甘夜の蜜
とある辺境の村に、一人の少女がおりました。
少女の名は、カーミラ。
その髪は雪より白く、肌は白磁のように透き通り、瞳には淡い緋色を宿しておりました。
生まれつき色素を持たないその姿と、口元に覗く鋭い八重歯を、村人たちは恐れました。
「呪われた子」
「吸血鬼」
「不吉な白」
そう囁かれ、カーミラは幼い頃より疎まれながら暮らしておりました。
彼女はいつしか、人前では黒いローブを纏うようになります。
せめて、この白い身体を隠せるように。
けれど、どれほど隠しても、村人の恐れは消えませんでした。
⸻
ある冬の夜のことでした。
村へ食料を買いに出ていた帰り道。
雪道はひどく滑りやすく、カーミラは勢いよく転んでしまいました。
雪の上に散らばった荷物を拾い集め、立ち上がろうとした、その瞬間。
足首に鋭い痛みが走ります。
見れば、足首は赤く腫れ上がり、とても歩ける状態ではありません。
冬の寒さに震えながら、立ち上がれずにうずくまっていると、不意に柔らかな声が響きました。
「──大丈夫ですか。」
顔を上げると、そこには、白馬にまたがった美しい青年が、こちらを見つめていました。
陽光を溶かしたような金髪。
澄み渡る蒼い瞳。
純白の外套を風になびかせながら、青年は静かに馬を止めます。
そして馬から降りると、雪を踏みしめながらカーミラのもとへ歩み寄りました。
青年はカーミラの足元を見るなり、その表情を曇らせました。
「……ひどい怪我だ」
カーミラははっとして、ローブの裾で足を隠します。
「なんでも、ありません」
怯えるように彼女はそう答えましたが、青年はしゃがみ込み、ローブの裾を掴みます。
「見せてくれ」
「……っ」
優しく裾を持ち上げた後、青年の手がそっと彼女の足に触れます。
その瞬間、カーミラは息を呑みました。
誰かに、こんな優しく触れられたことなど、一度もなかったからです。
青年は苦しげに目を細めました。
「君の足、痣だらけではないか……」
ローブの隙間から覗く白い肌には、無数の青痣、火傷の痕が残っておりました。
青年は静かに言います。
「少し遠いが、私の別荘があるんだ」
「今夜だけでも休んでいかないか」
カーミラは戸惑いました。
どうしてこの人は、見知らぬ自分にここまでしてくれるのだろう。
怖くないのだろうか。
気味悪くないのだろうか。
けれど青年の瞳には、嫌悪も恐怖もありませんでした。
ただ静かに、彼女を見つめていたのです。
⸻
「……乗って」
青年は白馬の手綱を引きながら言いました。
カーミラは恐る恐る、その手を取ります。
そして青年に支えられながら、白馬の背へと乗せられました。
「振り落とされないよう、しっかり捕まっていて」
カーミラは小さく頷き、震える手で青年の腰にしがみつきます。
その瞬間。
白馬は雪を蹴り上げ、風のような速度で駆け出しました。
村も、森も、白い街道も、すべてがあっという間に過ぎ去っていきます。
冷たい風が頬を打つ。
けれど不思議と、寒くはありませんでした。
青年の背には、確かな温もりがあったからです。
これなら——
どこへだって行ける。
カーミラは、生まれて初めてそう思いました。
⸻
けれど彼女は、まだ知りませんでした。
この美しい青年が、白の王国の王子であることを。
そしてこの出会いが、
やがて王国の運命すら揺るがすことになるのを。




