閑話 妻の秘密
## 閑話 妻の秘密
後世の歴史書には書かれていない話がある。
智慎太郎という男は、
知識を追い求め、
遺跡を巡り、
国家事業をいくつも成功させた。
だが。
彼は独身ではなかった。
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若い頃。
情報局長になった頃。
ある女性と出会った。
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名前はエレナ。
派手な女性ではない。
賢く。
穏やかで。
慎太郎の変なところを笑って受け入れる女性だった。
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結婚した時。
周囲は驚いた。
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「隊長が結婚?」
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「信じられん」
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「遺跡と結婚すると思ってた」
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慎太郎も苦笑した。
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「俺も少し思ってた」
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その後。
子供が生まれる。
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息子。
娘。
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さらに孫も生まれる。
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慎太郎は良い祖父だった。
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孫たちを膝に乗せる。
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昔話を聞かせる。
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だが。
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「おじいちゃん」
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「なんだ」
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「本当に空飛んだの?」
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「飛んだ」
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「嘘だー」
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誰も信じなかった。
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本当なのに。
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慎太郎は笑っていた。
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晩年。
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ある日。
孫が尋ねた。
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「おじいちゃん」
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「なんだ」
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「一番のお宝は何だったの?」
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周囲は興味津々だった。
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古代知識庫か。
天空城か。
海底都市か。
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慎太郎は少し考えた。
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そして妻を見る。
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子供を見る。
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孫を見る。
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答えた。
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「お前たちだな」
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家族は照れた。
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孫は喜んだ。
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妻は少し笑った。
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そして数年後。
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智慎太郎は静かに息を引き取る。
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最後まで穏やかだった。
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後悔はほとんどなかった。
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冒険した。
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知識を残した。
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家族を持った。
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十分だった。
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葬儀の日。
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大勢の人が集まった。
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国王。
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学者。
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冒険者。
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農民。
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商人。
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そして家族。
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皆が偉人の死を悼んだ。
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だが。
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その数日後。
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妻エレナは一人で屋根裏部屋へ向かった。
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古い箱を取り出す。
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鍵を開ける。
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中には。
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大量の金貨。
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金貨。
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金貨。
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金貨。
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ざっと数えて。
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**千枚。**
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エレナは笑った。
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「やっぱり残ってたわね」
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実は慎太郎。
若い頃に手に入れた報酬や褒賞金の一部を、
家族用として密かに預けていた。
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本人は知識だの未来だの言っていたが、
最低限の蓄えはしていたのである。
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しかも。
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妻はその存在を知っていた。
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ずっと前から。
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「あなた」
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誰もいない部屋で呟く。
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「隠したつもりだったでしょうけど」
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「とっくに見つけてたのよ」
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そして笑った。
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「本当にお人好しなんだから」
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その金貨千枚は、
子供たちの教育費になった。
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孫たちの生活費になった。
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家族の家の修繕費になった。
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誰かが困った時の助けになった。
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つまり。
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慎太郎が生前にやっていたことと同じだった。
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未来へ渡す。
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ただそれだけ。
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後年。
孫の一人が語ったという。
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「祖父の遺産は二つあった」
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「一つは知識」
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「もう一つは祖母だった」
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それを聞いたエレナは笑いながら答えた。
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「違うわ」
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「何が?」
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「おじいちゃんの遺産は三つよ」
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「三つ?」
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「知識と家族と……」
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彼女は金貨を一枚取り出した。
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「このへそくり」
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その日。
家族は大笑いしたという。
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偉大な冒険者。
智慎太郎。
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歴史には残らなかった。
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だが家族にとっては、
少し変わった、
優しい夫であり、
父であり、
祖父だったのである。




