07 ハンナ目線
わたしは、死んだことになっている。
王宮から突然の辞令が下り、「実家の病により退役」と帳簿に記された。だが本当は、あの夜、聖女様がぽつりと独り言を漏らして、護衛に聞かせたからだ。
――「ハンナが死ぬと、許せなくなるわ」
ユラリ様はその一言でわたしと家族の命を救ってくれた。
最初にユラリ様に仕えるように公爵様に言われた時、わたしのような平民でいいのかと思ったけど、ユラリ様は堅苦しいのは苦手だからハンナがちょうどいいと言われて一生懸命お仕えしようと挨拶をした。
するとにっこりと笑うと
「よろしくね」とおっしゃった。その笑顔を見て全力でお仕えしようと思った。
ユラリ様もお城の生活に慣れ、わたしも侍女に慣れて来て、信頼されて来たと思った頃、公爵様に呼ばれた。
断れなかった。家族の命もかかっていた。
でもそれがユラリ様にばれた。終わったと思った。そしてほっとした。もうこれ以上しなくていいんだと思った。
そしてわたしは、命を救われた。
「家族は大事よね」
ユラリ様の表情。声。忘れられない。
王都からそう遠くない港町。商人の大きな館に、わたしたち一家は住み込みの下働きとして迎えられた。
父は倉庫の荷を数え、弟は走り使いをし、妹は台所で水を汲む。母は腰が悪くても、洗濯物を畳むくらいならできた。
わたしは主に、帳簿の書き写しと、館の奥様の世話を任された。
奥様は子供を産んだばかりだった。初めて赤ちゃんを見たとき、その体は信じられぬ程小さく、生きていること自体が奇跡のように思えた。
けれど、それが最後の産声だった。
その後、町に子供は生まれなくなった。
どの家も待ち望み、祈りを捧げ、薬草を試し、神殿に詣でた。だが、生まれない。腹に宿った命が、途中で消えてしまう。
隣家の若奥様は泣きすぎて声を失い、通りの魚屋の女将の泣き声はいつまでも消えなかった。
教会の鐘は静まり返り、祭りの太鼓は打たれなくなった。
子供の声のない町は、息を殺したまま生きているようだった。
わたしは赤ん坊を抱きながら震えた。
この子は、この町で最後に生まれた命なのだ、と。
ある日、隣町から旅の商人がある知らせを持ち込んで来た。
「パン屋の娘が、誘拐された」
十歳の少女だったという。夜明けに焼き上げるパンの香りの中で育った娘。
父も母も誇らしげに働いていたと聞く。
誰が連れ去ったのかは分からない。だが町中の人間が口を閉ざした。
子が生まれぬのなら、よそから奪うしかない。
その思いが、すでに人々の胸に芽吹いていたのだ。
商館の主と奥様は、護衛を増やした。
あの夜の聖女様の笑みを思い出す。絶望しながら何かを願っていた。
わたしたち一家を生き延びさせたのは本当に慈悲なのだろうか?
最近、旅の商人の知らせが話題になっている。
聖女様の世界では神様がたくさんいたそうだ。キツネも神なら貧乏神もいたとか‥‥大きな石だって……
寛容な世界だったのだろう。嫌われる貧乏でさえ神として大切にする世界。
その世界に育った聖女様から見ればこの世界はさぞ、醜悪だろう。
でもわたしは女神様に祈ろう。どうか聖女様の御心を安らかに、この世界で少しでも幸せを感じられますようにと。
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