03 第二妃 バーバラ目線
ずっと、わたくしは夢を見ていた。
幼い頃から共に育った王子殿下と、いつか夫婦となり、国を導くのだと。誰もが口にした。わたくしの父も母も、家臣たちも、そう信じて疑わなかった。
けれど現実は違った。殿下は聖女を迎え入れ、婚約を発表した。国を救った彼女を正妃に据えることに、誰も反対できなかったのだ。わたくしも同じだった。胸を裂かれる思いをしながらも、ただ祝福の言葉を口にするしかなかった。
それでも、殿下は諦めなかった。浄化の旅の途中で戻って来てこう言った。
「聖女と結婚するが、愛しているのはバーバラだ。信じて待っていて欲しい」
わたくしは泣いてしまって返事が出来なかった。泣きながら頷くしか出来なかった。幸せだった。
結婚からほどなくして、殿下はわたくしを呼び、告げたのだ。
「バーバラを、第二妃として迎える」
そのときの歓喜を、わたくしは忘れない。涙が溢れ、震える声で「幸せです」と答えた。国中の民が祝福の声をあげ、広場は歌で満ちた。わたくしの夢は叶ったのだと信じた。
婚姻から数か月、わたくしは身ごもった。王子殿下の跡継ぎを腹に宿したのだ。城中が沸き立ち、国王陛下も王妃陛下も涙を流して喜ばれた。
けれど……
七カ月目、いきなりの腹痛。なぜか両手から血が出た。喉も痛い。わたくしは血に染まった寝台で泣き叫んでいた。医師は首を振るだけだった。
誰も原因を説明できなかった。わたくしの体は健康で、食事も薬も充分だった。子は生まれる前に死んでしまった。
それは始まりにすぎなかった。
奇妙な報せが次々と舞い込んだ。
隣の侯爵家の夫人が流産した。
従妹は死産だった。
執事の孫も生まれなかった。
料理人の子供も・・・
最初は偶然だと誰もが思った。だが、やがて事態は否応なく明らかになった。
この国では、子が生まれなくなったのだ。
王族も、貴族も、庶民も。
腹に宿っていた命は、容赦なく奪われていった。
葬列が絶えることなく続き、産声は二度と聞かれなくなった。祭りの日の笑い声も、子供たちの遊ぶ声も、消えた。国全体が、深い沈黙に沈んでいった。
やがて人々は囁き始めた。
「これは呪いではないか」
「聖女様が怒りを抱かれたのでは」
「つまり、浮気者をこらしめたのか?」
「そしたら第二妃様を離縁すればいいのか?」
広場では、目を伏せた人々が聖女の名を口にした。
正妃ユラリ様。異世界からいらした聖女様。
彼女は静かに微笑み、何も語らなかった。
わたくしは恐怖に震えた。もしや……
彼女の瞳を思い出すたびに、背筋に氷が走った。
あの日、第二妃として祝福されたとき、彼女はただ無言で立っていた。拍手に包まれる殿下とわたくしを、見つめるその眼差しはどんなだったろう。
殿下は必死にわたくしを慰めた。
「次こそ大丈夫だ。諦めるな」
けれど何度も繰り返すだけだった。抱かれても、祈っても、願っても、子は生まれなかった。
やがて殿下の瞳にも影が差した。
その視線は、わたくしに向けられているようで、そうでない。わたくしが不出来だからだと、心のどこかで責めているのだと感じた。
わたくしは狂おしいほどに殿下を愛していた。だからこそ、その微かな疑念に押しつぶされそうになった。
歳月は容赦なく流れた。
今、殿下の妃は五人。誰もが懐妊するが子は生まれない。
なぜか人々はますます聖女を恐れた。あの慈愛に満ちた微笑みが恐ろしい。
けれど彼女を咎めることは誰もできなかった。彼女は七本の聖樹を浄化し、この国を救った唯一の存在だからだ。
だからこそ、国民は怯えながら祈るしかなかった。
どうか、聖女様の御心が和らぎますように、と。
わたくしは夢を失った。
ただ「第二妃」として空虚な日々を過ごした。
ユラリ様は玉座の横に座り、淡々と日々をこなす。その姿は氷のように美しく、近づくこともできなかった。
時折、彼女がふっと微笑むのを見た。その笑みの奥に、なにか鋭いものが潜んでいる気がして、心臓が締めつけられた。
もし本当に、彼女が呪ったのだとしたら。
わたくしは何をしたというのだろう。
愛しただけなのに。殿下を想い続けただけなのに。
たまにユラリ様とお茶をする。一度だけハンナのことを尋ねられた。
ハンナ。なにか聖女様に無礼を働いたと聞いたが、詳しくは知らない。
「うちの系列の貴族の出だと存じますが詳しくは・・・」
お返事はなく、かすかに頷かれた。そして小瓶を見せて下さった。
「結婚してすぐの頃、わたしはこれを飲まされていたようです。ハンナが誰かに命令されたとか」
すぐにユラリ様は席を立って帰って行きました。
国中の人々が数え始めた。
この呪いがいつまで続くのか、誰も分からない。
そしてわたくしは、鏡に映る自分の顔を見て気づく。
頬は痩せ、瞳は翳り、唇は笑うことを忘れた。かつて殿下に「美しい」と囁かれた少女は、もうどこにもいない。
わたくしは今日も祈る。
どうか、再び命が芽吹きますように、と。
どうか、殿下の子を抱けますように、と。
けれど心の奥底では知っている。
その祈りが、永遠に届かぬことを。
なぜなら、この国そのものが、聖女の復讐に縛られているのだから。
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