14 聖女ユラリ様
私は、神官長に従う神官。従者の身である。いつもは神殿の裏手で燭台に灯を補い、簿冊を運び、儀式の前後に神官長の衣の乱れを直すのが仕事だ。だが今日は違った。
議事堂の奥、聖女ユラリ様が直接貴族、そして神殿の代表たちと向き合っている。私の胸は、普段の勤めとは違う種類の緊張で満ちていた。
「一度会議を見学なさいませんか?」 そう誘えばユラリ様はにこにこして
「ぜひ」とおっしゃったそうだ。
「ユラリ様、ご意見があれば遠慮なく。質問もどうぞ」と神官長が言えばユラリ様は
「ありがとう」と短くお返事なさった。
会議はすでに長引いていた。貴族たちの言葉は慎重でありながら刃を隠している。
彼らの顔には、社交用の微笑と政略用の冷たさが混じっている。神殿側は言葉を選び、典礼書の頁をめくるように論点を繰り返す。私の役目はただ傍らに控え、必要な書類を差し出すことだ。部屋の空気はどんどん鋭くなっていく。
会場の皆は呼吸を合わせ、ただ一つの質問をする瞬間を待っていた。
ついに、ある貴族が言葉を放った。
「聖女の怒りのせいで子が産まれぬ。それが一部で囁かれております。つまり聖女の呪い、と」ざわり、と部屋が揺れた。声は低く、だが確信に満ちていた。笑う者はいない。神官長の眉がわずかに動く。神殿側の口が固く閉ざされるのが見えた。
ユラリ様は静かに立ち上がった。あの柔らかな声が、いまは刃のように鋭く響く。
「つまり、わたくしは女神様より力があると言うことですか?」
嘲りや侮蔑ではなく、純粋な驚きの声だった。空気が吸い込まれる音が聞こえたように思う。
そのような反応は誰も予想していなかった。女神よりも‥‥‥
言葉に詰まる者、視線をそらす者、唇の端を歪める者——その全てを、私は見逃さなかった。
神殿の幾人かは口を開けたが、言葉は出ない。神官たちの顔に、困惑と恥が交差する。
貴族たちは一瞬、面子を保とうとするように言い訳を探すが、ユラリ様の目がそれを許さない。彼女の視線は、まるで真実を映す鏡のように鋭く、嘘を焼き尽くす光のようだった。
彼らの戸惑いと言い訳を封じるようにユラリ様は
「そうですね。人々がわたくしに力があると思っているのでしたら‥‥‥ありませんよ。神じゃあるまいし‥‥‥
ですけど、それが慰めになるならわたくしが祈りましょう。あ! だけど、呪ってるって心配されてしまうかしら?」
ユラリ様は神官長をしっかりと見ながら最後の言葉をおっしゃった。
「いえ、とんでもないことでございます。ユラリ様が祈って下さるのは、大いに力となりましょう」
と神官長はお答えになったが、その額には汗がにじんでいた。
「それでは、もう会議の見学は充分ですので、神殿に行って祈りますわ」
ユラリ様はそうおっしゃると議場を出て行かれた。
わたしたちは、この時ユラリ様に同行して一緒に祈るべきだったのだ。
だが、見送ってしまい、その後も誰の責任なのか、寄進したお金を国が補填しろなどとくだらない議論に終始してしまったのだ。
後日、神殿の者の報告を聞くと、階段を上がるユラリ様の姿に祈りをささげる民に向かってユラリ様は微笑みかけて、
「一緒に祈りましょう。新しい命。希望。それに産まれた子供が健康に育つようにって祈りましょう」とおっしゃったそうだ。
その祈りの噂は王都をめぐり、人々はその場でひざまずいて祈ったと聞く。
そして女神様ではなくユラリ様に向かって祈りを捧げたと。
◇◇◇◇
こうして広まったのは「呪い」の噂ではなく、「祈り」の記憶であった。
ユラリが告げた「一緒に祈りましょう」という言葉は、王都の民の胸に深く根を下ろしたのだ。
子が産まれるか否かは、祈りに左右される‥‥‥ユラリ様の祈りに。ユラリ様への祈りに。
生まれ落ちる小さな命は、家のものでも、一族のものでもなく、国全体に分かち合うべき宝なのだと。
祈る群衆は女神よりもユラリを仰いだ。彼女の微笑みが、そのまま未来の証のように思えたからだ。
やがて人々は口々に「新しい命こそ皆の希望」と言い合い、ひざまずいて祈りを重ねた。
その光景は、聖女ユラリの権威をいっそう確かなものとし、また国に生まれる全ての子を「皆の大事な命」として抱きしめる心を育てていった。
そして――人々の祈りは女神ではなく、聖女ユラリ様へと捧げられるようになった。
女神の名よりも強く響いたのは、「一緒に祈りましょう」という聖女の声である。
その一言が、やがて国全体の信仰となり、未来をつなぐ新たな道標となったのだった。
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