第6話
飲食は必要無く、睡眠もまた不要。この身を賭して弱きを助ける。
(良いじゃないか。どうせこの身はアンデッド、人の役に立つのであれば。その先に私の存在の消滅が有ろうとも)
本来であればアンデッドなどと成れば人に害する事が基本で、役に立つなどと言う事は有り得ない。
ならばこの身をダンジョンで役立たせても良いじゃないか、そう思って空間の歪みの前に立つ。
そこに警備に立っていた者たちは私を避けて離れて行くが警戒は怠らないでいた。
ずっと私の行動を監視する様に、急に襲われても防げる様にとその腰に佩いた剣の柄に手を掛けている。
(すまないな。私の居場所は地上には無い。だから、中へと入らせて貰うとする)
ダンジョンとは余程にヘマをしなければ、管理を厳重にしていれば、金の生る木なのだ。
騎士団も幾度かダンジョンには入った事が有る。その際にはダンジョンの消滅を目的としたモノではあったが。
強力な魔物が中に存在するとなれば、ソレが地上に出てこない様にする為に討伐、そしてダンジョンの攻略を目指して騎士団が入る事もある。
殆どのダンジョンはそんなモノだ。危険性が高い物ばかりでそう易々と管理が出来る様な代物が見つかる事は無かった。
厳密な調査の上で安全性が確保できた物だけが、その「金の生る木」と成り得た。
(そんな事例は我が国でも一つ在った程度だが。しかしここはどうにもソレに成功している様だ)
この様な美しい建物内にダンジョンを置いているのだ。
そしてその内部に居る者たちの表情には不安や恐れと言ったモノは感じられ無かった。
誰もがここを「稼ぎ場」にしている雰囲気は直ぐに察した。
しかし油断をしてはならないのがダンジョン。隙を見せれば命など直ぐに刈り取られる場所なのだ。
(そこで私は人助けをしよう。この様な身になってしまったが、私は騎士だ。あの時に宣誓した事を全うしようではないか)
ここまでの怒涛の短い間に、何かを考える間も無く、アレも、これも、ソレも、どれもと、あり過ぎた。有り過ぎたのだ。
この身の今後を決める上でこの様な事は即決する様な事では本来は無いんだろう。
だけどもしょうがない。しょうがないのだ。
ここには今の私の悩みに相談に乗ってくれそうな者など一人も居ない。どうにも落ち着けそうな場所も無い。時間も掛けてはいられない環境。
全てを一人で、覚悟の元に、誰かが間違いを指摘してくれる訳でも、諫めてくれる訳でも無く、自身だけで決めなくてはならない。
早々に決めて動き出す必要があった。
そうで無くてはずっとこの建物の中で私に襲い掛かって来る者たちを相手に踊り続けなくてはならなかった事だろう。
(相手に時間を与え過ぎれば、私は最悪の場合、魔法で封印されてしまう可能性もあったのだ。その様な事は勘弁だ)
私はゆっくりと歩き出す。空間の歪み、ダンジョンへと入る為に。
そうして一瞬の違和感を感じた後に視界に入り込んだのは。
(そうか、ゴブリン。懐かしいものだな。そして、いきなりか)
その緑色の小人、醜悪な顔と笑い声を発するその存在に追われている一人の少年。
その前に立ち塞がる様にして私はこの場に現れてしまった。
「ひいっ!?な!ななな!何で!ここで俺は死ぬんか!?」
分からない。分らないが、この少年の言いたい事は伝わった。そして事態も。
「うごがぁ・・・ぎぎぎっ、ごぁぁ・・・」
私は「今助けてやる、少年」と口に出したつもりだったが。
「ひぃぃぃぃぃ!」
少年を怯えさせるだけだった。
コレに私は「参ったなぁ」と少々思いつつも、踏み込む。ゴブリンに向けて。
幸いにもこのダンジョンは人工的に作られた様相のモノで、床は綺麗なタイル敷き。
蹴り躓く事も、踏み込みが滑る事も無く一瞬でゴブリンの前に立つ事が出来た。
そして道幅も天井の高さも剣を振るうに充分以上の広さ、高さを有している。
「はがぁ!」
私は剣を抜き放つ際に気合を軽く入れつつそのまま一閃。そのゴブリンの首を断つ。
(腕は鈍って、いないな。まあ、まだまだもう少し検証したかったが)
このアンデッドの身になって変わった部分は無いか?ソレをもっともっと確認したかったのだが。
呆気無い、コレで終わり、そう思うのはまだ早かった。
道の奥、その曲がり角から総勢十五匹のゴブリンが一斉にやって来たからだ。
(なるほど、この数を相手に一人でか。年端もいかなさそうな少年一人が対処できる数では無いな)
ある程度の状況を察した私はゴブリン殲滅に目標を変える。
もう既に少年の安全は確保が出来た。ならば、後はゴミ掃除だ。
(切り捨てたゴブリンは・・・ん?黒い霧と化して消えた?どう言う事だ?)
私の知る事象と違う。その事に一瞬だけ思考を取られるが、ソレを早々に頭の隅に寄せた。
今は目の前の片づけをする事が重要だ。考える事など後からでも出来た。
(人助けをすると、そう決めたのだ。ならばその他の一切事は些事。何時かこの身が消滅する際にでも、その今わの際にでも思い出せば良い)
この程度の集団相手に本気を出すまでも無かった。ましてや相手は只のゴブリン。
連携のレの字も知らぬ様な存在だ。
(いや、長く生きた個体は侮れぬのだが。しかし、今の目の前のソレは違う。愚かだな)
向かって来るゴブリンにこちらから踏み込んで行く。
コチラに近づいて来るのを待って居るだけではつまらない。
(と言うか、こやつら、私を見ていないな?そうか、アンデッドだからか?なら、死ぬが良い)
ゴブリンたちの視界に入っていたのは少年。私は一切入っていない。
だから、そんな隙だらけの所に剣を入れてやる。私の存在を解からせる。
その御代はゴブリンたちの命だ。
すれ違いざまに私はゴブリンそれぞれに一刀ずつ入れて行く。もちろん場所は首。
無駄に力を入れる価値も無い相手だ。即死で片づけるのが楽で早い。
ゴブリン共は次々に首を飛ばされていく。私へと意識を向けていなかったのだから当たり前だ。
頭が無くなれば身体など動かない。そうやって制御の利かなくなった体など床へと前倒しに滑り込む。
どしゃ、ずしゃ、ずぞぞ、そんな音をさせながらゴブリンどもは黒い霧と化して消えて行く。
床に転がるゴブリン共の頭部、その目は「何が?」と言った様子で、自身の身に起きた事を把握できていない。その後に黒い霧に変わる。
(全て片付いたか。さて、少年は・・・さっさとここから離れていれば良いモノを。いや、様子が・・・ああ、これは腰を抜かしているか)
がくがくブルブルと震えて尻を床に付いている少年。これに私は近づいて手を差し伸べてやろうと思って、止めた。
余計に怖がらせるだけだ、そう結論が既に出ている。
(・・・ゴブリン共が来た道を辿って行ってみるか。その先にまだゴブリンに襲われている者たちがいるかもしれない)
この少年一人だけでダンジョンに来た訳では無いハズ、そう判断する。
余りにもおかしいから。この様な危険な場所に一人で来るべき場所では無いのだ。
そうして私はこの場に少年を残してダンジョンの奥へと向かった。
=== === ===
「な、なんだったんだよぉぉぉ・・・今のはぁぁぁ・・・」
少年は助かった安堵と、アンデッドナイトのその威容への恐怖で震え続ける。
そこにダンジョン内へと入って来る者たちがいた。そしてその少年へと声を掛ける。
「大丈夫か!君!何が有った?と言うか、ここにアンデッドナイトが来なかったか!?」
「・・・へ?ぇぇ・・・?」
少年は事態が呑み込めない。だけども直ぐにハッとなって叫ぶ。
「ゴブリンの巣に入っちゃって仲間がそこに置き去りに!た!助けてください!」
「おいおい、今はそれ所じゃ無いんだがなぁ。」
「そ、そっちに!アンデッドナイトも向かって行ったんです今さっき!」
「何だって!?」
事態は妙な流れとなっていた。




