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第3話

 思えばあの時、あの瞬間に剣を手放していたらこうはならなかったのかも知れない。


(いや、騎士の誇りに掛けてその様な事は出来なかったし、あのタイミングで離せば黒龍に止めなど刺せるはずも無い)


 黒龍の目に剣を突き立てた時、その深さは不十分だった。


 だからこそ、確実を求めて力を込めて踏み込んだのだが。


 黒龍が目を潰された痛みで首を大きく振り上げた時に自分の体もそのまま持ち上げられてしまったのだ。


 その時点で剣から手を放していればこんな今の様な現状にはならなかったのだと思う。


(しかし、その時には黒龍に止めが刺せなかった事で、そのまま私は殺されていたんだろうその時は)


 眼球を一つ潰された程度で黒龍が死ぬ事なんて無い。


 そうなれば剣を手放してしまうなど悪手、その後には黒龍に弄り殺される未来しか私には残されて無かった訳で。


(体が勢い良く持ち上げられた事で全身が伸びてしまった。油断でも不覚でも無いなこれは。そのまま黒龍の大きく開けた口の中に胴が入り込んだのは、まあ、どうしようも無かったか)


 剣を深く突き刺した後は魔力を剣に通し、黒龍の内部で爆発させる事に集中したので自身の体勢や、黒龍の口が開いた際に自分の胴がソコへと入り込んでしまった事に気が行かなかった。


 いや、ソレとコレはほぼ同時に起きた事なので気に出来た所で防げなかった事態だろう。


 今更にそんなこんなの反省などしている状況でも無いのだが、私は全力で現実逃避を試みる。


(死ぬ間際に人は走馬燈を見るとは聞いていたが、自分はソレが無かったなぁ)


 多分絶命だったんだろう。自身の死に気付かないままの。気付け無いままの。


(ソレで意識が戻ればアンデッド、コレは笑い話だな)


 周囲から自分へと向けられている敵意を全て受け流しながらこれから起こるであろう事にやっと向き合う。


(今この場に居る全員が私を倒そうとしている。さて、どうするかな。一応私は騎士なのだ。どの様な対応が正解だ?いや、もう根本的に人では無くなったのだから、騎士などとは烏滸がましいのか?)


 今はこの様な成りだが、騎士団では団長を務めていたのだ。誇りがある。


 アンデッドなどと言う人を辞めてしまった現状となっても、私の矜持が人をむやみやたらに傷付ける事を許さない。


(と言うか、アンデッドの身体にはなっているけれども、生者への憎悪も嫉妬も湧いては来ない。ふう、一安心だな。とは言え)


 てっきりアンデッドと言う事で生者への醜い感情が湧いて操られるかの様に暴れる事になってしまうのかと考えたのだが。そうはならなかった事に安堵を覚える。


 が、ホッとしても居られない現状だ。戦闘になってしまう前に話し合いで穏便に済ませたかったのだが。


 しかし、喋れない。


(何故、眼球は無いのに見えているくせに、どうして言葉を発そうとすれば、喋れないのか?)


 だが本当の問題はそこじゃない。喋れても関係無い。


 私へと敵意を向けて来ている者たちの使用する言語が分からないから。


 自分の頭の中、これまでに勉強して幾つかの言語、その記憶の中に無いので喋る事は出来ないのだ元々に。


 これでは根本的にどうしようもない。では、体の動きでコチラには敵意が無い事を示せば良いのか?と考えたが。


 そこで時間切れだった。


(あぁ、とうとう踏み込んで来る者が出て来てしまった。コレは、あしらうしか無いのか。終わりはあるのか?)


 こちらを包囲し、警戒をしていた者たちだったが、これに流石に焦れて来ていた様でその限界を超えた者が現れた。


「うおおおお!」


「おい!皆続け!死人を出させる訳にはいかないぞ!」


 叫びながら剣を大上段に構えてこちらに突進してくる者に続いて四名が同時に動き出す。


(・・・心配していたが、それはしなくて良くなったな。この者たち、弱いな)


 私は心の底からホッとした。何故なら相手を殺さずに済むから。


 コレが私の腕前と同程度の者たちであったならばこの様な油断などしない、と言うか、出来ない。出来るはずが無い。


 手加減やら手心などを、そうなれば加える余裕など無かっただろうから。


 そうなれば死人が出た可能性が高い。


(いや、死人?それは私だろう。ここは潔く私は斃された方が良いのでは?その方が良い気もするな?)


 人としてこの様なアンデッドなどと言う身に堕ちたのだから、社会に、他人に迷惑が掛からぬ様にとさっさと浄化されて成仏するのが良い様に思う。そこは自分の為にも。


(しかし、これまでに積んで来た鍛錬が簡単にそうやらせてはくれないのだな)


 私へと斬り掛かって来た五名の連携を全て体捌きで躱す。


「こいつ!?どうなってやがる!」

「全部避け切られた!?」

「何なんだよこいつ!?背後に目でも有るのか!?」

「剣を抜いて来ない?ふざけてやがるのか!」

「と言うか、何だ?こいつユニークかよ?」


 何かと私に文句を付けていると言った雰囲気だけは分かるのだが、いかんせんそこを気にしていられない事態になってしまった。


 ここで追加で私へと攻撃を仕掛けて来る者たちが増えたのだ。


 槍や短剣や投擲武器、そこに恐らくは光、或いは聖の属性の魔法も飛んで来た。


(これは、このまま剣を抜かないままと言うのはキツイな)


 次々に私へと放たれる攻撃にそんな思考が過ぎる。だけども怪我をさせたくは無いのだ相手側に。


 私にはそもそもに彼らと争う心算も理由も微塵も無いのだから。


(稽古を付けると言った感覚になれば、こちらも力加減ができそうか?部下たちを訓練でしごいた時を思い出せば良いのか)


 自分が目覚めてからここまで、急な展開の連続で慌ててばかりだったが。やっと少しは落ち着きを取り戻し始めた。


(浄化された方が良いかもだの、言葉の壁で交流が出来ないだのは、この際だ。後回しにすれば良いか)


 戦いを生業として来た騎士としての思考、それが周囲から向けられる自身への敵意で集中力が増して来た。


 その効果に因ってゴチャゴチャと思考が纏まっていなかったのがスッキリし始めた。

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