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第8話 魂を燃やして、この一瞬に賭ける!

 


 ◇◇◇◇◇



 リュウキのたどり着いたそこは、闘技場、観客のいないコロシアムだった。

 空は星一つない真っ暗な夜。

 全方位で篝火が炊かれている。

 周囲には城壁のような高い壁がぐるりと360°。

 空気は重く、濃密な殺意を肌で感じとる。


「逃げ場は無いか」


「………。」


 目の前には身の丈三メートルを優に越える無言の大男だ。

 どう見ても人ではなく、死の気配を孕んだドス黒い瘴気を漂わせている。


「何だコイツは?まぁどうみても敵か」


 距離は五間。

 二メートルを超える大剣を大地へと突き立て、腕を組んでの仁王立ち。

 厳つい兜に黒曜に煌めく重厚な鎧姿、重装備の騎士だ。


「お前が悪魔か?」 


 リュウキの問いに、大男は低い声で偉そうに言う。


「我は魔戒騎士。大魔王様の盾也。

 ここから出たければ力を示せ、脆弱なる人間よ」


「そうか」


 そっけなく言いながら腰に差した刀をシュルリと引き抜き。


「ならば押し通るのみ」


 大男との距離をゆっくりと詰めた。




 ガキン!ガキン!ガキン!


 もう何合打ち込んだのだろうか?

 幾重にも斬撃を重ねるが防御を突破出来ない。

 いや、剣技は通じているのだ。

 繰り出すその全てがクリーンヒットしている。

 問題は鎧だ。

 硬い、硬過ぎる。

 重厚な鎧に全てが弾かれてしまう。

 刀との相性が悪すぎるのだ。

 無理に断ち切ろうとすれば折れてしまうだろう。

 体力が削られるばかりである。

 幸いスピードはこちらが上、大剣を回避するのはそう難しくない。


「クソッ」


 一旦仕切り直しと、距離を取る。


 ――さて、どうすればダメージを与えられる?


 息を整えながら思案するリュウキに、微塵も疲れを見せない魔戒騎士が偉そうに言う。


「ふむ、なるほど。

 見事な剣技だが、いかんせん非力也。

 お前のその細い刀では、我の防御を突破出来ないようだ。

 どれ、こちらも一つ、技を披露しよう」


 魔戒騎士は大剣を肩に担ぐと、魔力を練り始めた。

 肩口の大剣が黒檀の魔力をブワリと纏い、次の瞬間、超高速でぶれる。


「【魔戒破壊斬】!」


 瘴気を纏った黒い斬撃が襲いかかってくる。

 魔力の全くないリュウキには、その魔力の斬撃は見えにくい。


「っ!」


 不覚にも反応が遅れてしまう。


 ――しまった。


 目を見開き、瞬時に下半身に氣を巡らせて横へと跳ねる。

 間一髪。

 ギリギリで回避してみせたつもりだが、瘴気の余波を喰らってしまった。


「ぐっ!」


 身体が燃えているように熱い。

 全身から血が噴き上がった。

 瘴気は全身を蝕み、体力をゴリゴリと削られてしまう。


「がああああ!」


 ゴロゴロとのたうち回るリュウキに、魔戒騎士が大剣を肩に担いで呆れたように言う。


「いやはや、人族はなんとも儚く脆いものよ」


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


「まだトドメは刺さん。待っててやるから息を整えろ、人間。

 もっと限界ギリギリ、死ぬ寸前まで抵抗を止めるな。

 最後に絶望してから美味しく喰らってやるぞ」


「く、くそ」


 刀を杖代わりにゆっくりと立ち上がり、肩で息をする血塗れのリュウキ。


 ――とにかく、落ち着け。


 ふうと息を吐き、身体の状態を確かめる。


 ――ダメ、か。


 震える手を見つめながら、あと一撃も保たないと悟ると覚悟を決める。

 それは、決死の覚悟。

 高潔で潔く、必ず死に至るという最終手段。

 最もあっさりと、生きて戻る事を捨てたのだ。


 ――氣を一点に集中させて、それを燃やし、最後の一時に賭ける。


 息を整えながら心の乱れを鎮めていき、氣のコントロールに従事する。

 手足の爪先、頭の天辺。

 指先から頭まで。

 身体の端々から腹下の丹田へと、ありったけの全てを掻き集める。


「は、あ、あ、あ、あ、あ」


 それを一息で練り上げてみせる。

 全力の全開だ。後のことなど考えない。

 相手は人外にして外道。

 人をエサとしか見ていない悪魔だ。

 こんな奴をのさばらせる訳にはいかない。

 例えこの身が朽ち果てようとも、コイツだけはここで倒す。


「はああああああああああ!」


 腹の奥底のさらに深いところ。

 集めた氣がシュルシュルと渦を巻き、それは直ぐに激流と化す。


「【獣化(ビーストモード)】!」


 サナダ新陰流【獣化(ビーストモード)

 使ったら最後となる秘奥義であり切り札だ。

 端的に言えば身体強化術である。

 その効果は絶大で、人族の限界を天元突破するほどとなる。

 タイムリミットは命尽きるまで。

 死への一方通行である。

 発動したら最後、もう二度と戻れなくなるが、そんな覚悟は出来ている。

 自分は人族の守護者、勇者パーティの一員だ。

 微塵も迷う事無く、魂を炎に焚べて人というリミッターを解除する。


「我が魂よ!この一瞬に狂い咲け!」


 カッ!


 炯然たる鮮紅が弾け飛んだ。


 爆発的に膨れ上がった氣はリュウキの全身を覆い尽くす。

 それはまるで、命が燃えているような有り様だ。

 五体が紅蓮を纏い、人という殻を破り捨てた獣と相成る。


「グワッハッハッハ!」


 挑発的に両手を大きく広げる魔戒騎士。

 愉快気に、そして尊大に告げる。


「素晴らしいぞ、人間。

 良い気合いだ。

 最高の糧となるために最後の最後まで足掻いてみせよ」


 ドドドドドドドドドドドド


 常軌を逸っした心の音のBGMが響き渡る。

 筋肉がモリモリと肥大化し、全身に、はち切れんばかりの血管が浮かび上がった。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ」


 獰猛な息を繰り返す様は肉食獣の如し。

 土色と化した肌は死者の如く。

 赫赫たる目には狂気が宿り、歯を剥いて食い縛る口端からは血が零れ落ちる。

 その貌は凶相にして死相。

 尽きる前の一瞬だけ瞬く、蝋燭の炎なり。


「次で死ぬ気か。脆弱な癖に最高だぞ、人間。ククク」


 身命を賭したその覚悟をも魔戒騎士は嘲笑うと、大剣を大上段に構えて更に見下してみせる。


「受けてやるぞ、下等生物よ。

 限界のギリギリまで、最後の力を振り絞れ。

 死の間際まで抗ってみせろ」


「はあ、はあ、はあ、……ああ」


 震える手を差し出して、呼吸を整える。


「しばし、待て」


 どこまでも傲慢な奴だ。

 まぁ今は、そんな事はどうでも良い。

 それよりも、しなければならない大事な事がある。


 リュウキは刀を腰の鞘に納めると、ゆっくり、ゆっくりと息を吐いた。


「はぁ、はぁ、ふぅ、ふーうっ、ふぅ……」


 荒々しかった呼吸を無理矢理に鎮めては、姿勢を正しく瞳を閉じ、頭を下げる。


 ――今まで、ありがとうございました。


 念じたのは感謝の心。

 何もない孤児だった自分の、幸せな今を作ってくれた。

 国、教会、孤児院、宿屋、師匠、師の故郷、弟、そして、血の繋がらない姉であるアニエス。

 世話になった人たちへの謝意を込めた一礼。

 それは直ぐに終わる。

 時間をかける訳にはいかない。

 命の灯火はもう間も無く、消えてしまうのだから。


「待たせたな」


 ゆっくりと目を開き、魔戒騎士を正面に捉える。

 即座に距離を測って狙いを定める。

 標的は三間先の心の臓。

 使うはサナダ新陰流の奥義。

 ゆったりと力を抜いた自然体からの、初動が肝となる抜刀術。

 構えはしない直立不動、無形のままに告げる。


「これが、最後だ。いくぞ」


 グラリ。


 前のめりで倒れ込むような姿勢から一足跳びに踏み込んだ。

 しなやかなる躍動は一陣の風の如し。

 三間の距離を一瞬で溶かし。

 反応出来ずに不動のままの魔戒騎士。


「っ」――速い


 その懐深くまでの侵入を遂げると、強く、強く、ただただ強くと息を吐く。


「【真・滅魔抜刀術】!」


 納めていた刀を引き抜き、電光石火の一閃と成る!


 シャキーン!


 奇跡。

 まさに、この世の奇跡というべきか。

 命を燃やした剣技は奇跡を起こした。


「おおっ!やるな!人間よ!」


 艶のある重厚な鎧。

 魔石で形成されたそれは、魔界一の硬度を誇る。

 聖剣でもないただの刀で砕けるような代物では無い。

 しかし、その心の部分がパッカりと砕け散り、念願の生身が露わとなる。


 ――まだだ。


 心臓の鼓動がさらに加速する。

 もう限界ギリギリの破裂寸前だ。

 麻痺していた痛みが戻り、激痛で意識が飛びそうになる。


「グッ」


 ――あと一撃。頼む、心の臓よ、もうひと時だけもってくれ!


 喉元から血が込み上げてくるが、それを奥の歯をギリギリと食いしばり、顔を上げる。

 燃えるような赤い肌が目の前に映り込む。

 最後の闘志の炎が燃え上がり、瞳の色が赫く染まり上がった。


 ――勝機はこの一瞬!


 切っ先を標的へと向けて、満を持して念ずる。


 ――【牙突】!


 師から教わった初めての剣技。

 標的に対して、最短距離をただただ真っ直ぐに突くという至って単純な技だ。

 だが、最も極めた技であり、血の滲む努力による研鑽は、奥義である抜刀術をも凌駕する究極へと昇華している。


 まるで亡者のような灰色の肌と化したリュウキ。

 心の臓が爆ぜる寸前の、命の潰えるこの一瞬のひと時に。

 しかし目力は強く、強烈な光を保ち続けて。


「があああああ!!!」


 獣のように吠え猛る。

 血の涙を垂れ流し、全身の血管はハチ切れ、筋肉のブチ切れたこれが、生涯最後の一突きとなる。

 死を覚悟して燃やした心。

 長年積み重ねて磨いた技。

 鍛え抜かれた肉体。

 心技体。

 その全てが噛み合い、そこに氣という生命力を加えた事で、人族の、いや、全人類の限界を超越してみせた。

 燃え尽きる、今はの(きわ)の刹那の時の中。

 限界を越えたその一閃は、音を置き去りとする光の速さにまで到達し、剥き出しとなった赤い肌を完璧に捉えた。


 ガキン!


 無常にも。


 刀がソレに応えられなかった。

 根元から真っ二つに断たれてしまう。


「グワーハッハッハッハ!

 惜しかったな!

 鎧の下に有るのは大悪魔が誇る魔力障壁だ。

 それを纏う我の肉体は、鎧よりも遥かに硬いのだよ、下等生物よ」


 どこまでも下にと侮る魔戒騎士。


「………。」


 その眼下には。


 ――負けたか。


 ダラダラと、大量の血を吐き散らすリュウキが、瞳の色を無くして崩れ落ちる。


 後悔などは微塵も無い。

 生涯、最高の一撃だと自負した技であった。

 ただ自分が至らなかっただけ。

 弱いが故に負けたのだ。


 しかし、それでも、心残りは別にある。


 幼馴染にして大切な姉。

 花嫁姿のアニエスを目にする事が叶わなかった。

 おめでとうと、祝福したかった。

 今までありがとうと感謝を伝えたかった。

 歯を見せる笑う、無邪気なその笑顔をもう一度だけ見たかった。

 無念、それだけが無念なり。


「中々に楽しめたぞ、人間。もうヌシは抜け殻よ。

 絶望に沈め」


 ブンっ!と、容赦なく振り下ろされた大剣にリュウキは肩口から両断され、その魂は丸ごと吸い込まれた。


 ――アニエス。どうか幸せに。弟よ、後は頼む。


 それは決して恋心なんかではなく、ただただ深い、家族としての美しい兄弟愛だった。

 その想いを最後にリュウキの魂は悪魔に喰われた。


「ほう、聖女アニエスか。コイツの魂も美味そうだ。

 全ての力を出させた末に絶望を与えた後、無残にも美味しく喰らってやるぞ。

 グワッハッハ!」


 その残酷なる呟きは、魂無きリュウキに届く事は無かった。




 だが、しかし。



 リュウキの無念は無駄ではなかった。


 ――たかが悪魔風情が、ふざけた真似をしてくれたな。


 この愚かなる大悪魔は、彼女の逆鱗に触れてしまったのだ。


 ――蹂躙だ。

 圧倒的な実力差を見せつけて滅ぼしてやる。

 ただ普通に一度、滅びるだけで終わりではない。

 終わらせない。

 終わらせてたまるものか。

 この腐れ悪魔が深く絶望して、自らが永遠の滅びを選択するまで。

 何度も、何度でも、恒久の地獄を与え続けてくれるわ。


 この剣聖と大悪魔の一部始終は、救世主の記憶に刻み込まれた。

 結果、因果応報の結末を向かえる事となる。

 人族をエサとしか見ていない傲慢な悪魔に相応しい、何とも傲慢で、理不尽で、未来永劫終わらずに繰り返されるという、そんな人智を超えるような罰となる。

 その沙汰は天罰と言っても過言ではない。

 何故ならば。

 女神の中の女神にして、神界序列第三位。

 御身の真名はアルテミス。

 世界の夜を統べる、月の女神による裁きとなるのだから。


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どうぞ宜しくお願い致します。

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