第7話 剣聖リュウキ
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和装の袴に腰には刀を差したサムライ姿の出立ちに。
燃えるような深紅の長い髪を後ろで一つ結びに束ねた、細く華奢に見える優男の容貌。
勇者パーティの一人である剣聖、名はリュウキ。
神聖国出身の彼は幼い頃に孤児となり、教会に保護された。
孤児院では一つ下の弟と同時期に保護された現聖女アニエスと共に幼少期を過ごし、三人は本当の兄弟のように仲が良かった。
神聖国において、男の花形と言えば聖騎士で、次点が神官である。
リュウキもまたその花形に憧れる普通の男の子だった。
しかし魔力に恵まれずに体力もそこそこだった為、その神官も聖騎士になる道も早々に諦める事になる。
「何を暗い顔をしているの?魔力測定の結果のこと?」
「アニエスか。うん。
聖騎士団に入りたかったんだけど、素質無しと判定されたんだ」
「そうなの?」
「魔力が全く無かったんだ。それで無理だってさ」
聖騎士や神官に防御魔法は必須項目であり、魔力が無ければその選択肢が無くなるのは至極当然である。
「コラ、リュウキ」
アニエスは下を向いていじけるリュウキの頬を、両手でむぎゅっとして強引に上げる。
「アニエス」
「人には得手不得手があるのだから、しょうがないじゃない。
そういう事はこのお姉さんに任せなさい。
リュウキは誰よりも優しい性格なんだから、どうせ闘うなんて荒事は出来ないでしょう?
それならば平和的に人と接する仕事が良いと思うのよ」
「そ、そうなのかな?」
「そうそう。ホテルなんてどうかしら?」
「ホテル?」
「うん。
今度新しいホテルが建つみたいよ。
教会のお偉いさんが言っていたわ。
孤児院の卒業生を優先して雇うみたい。
まぁそんなに贅沢は出来ないかもしれないけど、そこは聖女になるこの私に任せてよ」
リュウキと違い、魔力に優れ、体力も優秀だったアニエスは、既に聖女候補としての訓練を受けていた。 その素質は大聖女をも超える逸材だと期待されている。
「ア、アニエス」
「魔物討伐を受けて受けて受けまくって金一封を貰いまくるから、その時は兄弟で屋台巡りに行きましょう。
端から端まで、全店舗の制覇を目指すわよ」
なんとも頼もしく胸を張るその姿に、リュウキは落ち込んでいたのがバカバカしくなり、笑いが込み上げてきた。
「ふ、ふふ、わかったよ。荒事はお姉さんに任せるよ」
「任せてよね。
貴方たち兄弟が結婚するまでは姉としての責任を持って私が面倒を見てあげるわ。
どうせ三十歳までは結婚出来ないだろうしね」
聖女は三十歳までは職を辞する事が出来ない。
お忙しい職業の為、結婚という選択が難しくなる。
また、国に引き上げて貰ったという恩があるので、彼女のような孤児出身者たちの愛国心は果てしなく、国を出て出奔する人は稀である。
「ありがとう。お姉さん」
「ふふふ、どういたしまして」
誰よりも明るく、そして優しい、そんなアニエスに慰められて直ぐに立ち直る事が出来た。
神聖国は孤児が全世界から集まってくる。
そしてその孤児が主導して作り上げた国であり、孤児に対する保護活動が盛んだ。
孤児院を出た後も、さまざまな仕事が斡旋されるように出来ている。
給金は安いが衣食住が保証される為、飢えることも凍えることも無い。
国民全体が熱い絆で結ばれている慈愛の国だ。
「リュウキ、リューク。
お姉ちゃんが国ごと守ってあげるから安心して暮らしてね。
ちゃんと様子を見に来るから屋台巡りの件、忘れないでよね」
この言葉を残して、十五歳になったアニエスは聖女となる。
聖女様は、お忙しい。
日々の修練は厳しいし、治療行為や魔物の討伐、依頼があれば外国にも派遣されたりと大忙しだ。
しかしアニエスは約束通りに、どんなに忙しくとも合間を見つけてはリュウキとその弟のリュークに会いに来て、色々と面倒をみていた。
「リュウキ、今日は午後からお休みだったから遊びに来たわ。
はい、これ。治癒院でもらったクッキーよ」
「アニエス、いつもありがとう。
でも偶のお休みくらいゆっくり休んだ方が良いよ」
「ここは私の実家みたいなものよ。
帰省してちゃんとリフレッシュ出来ているわよ。
それに、弟の様子を見に来るのは、お姉さんとして当然のことだから、変な気は使わないでよね。
そんな事よりもリュークを連れて屋台に行きましょう。
金一封が出たからお姉さんが奢ってあげるわ」
「え、また出たの?ほぼ毎週じゃないか。
魔物ってそんなに出るものなの?」
「小さなモノでも率先して手を挙げてるのよ」
「危険じゃないの?」
「お姉ちゃんは優秀だから心配要らないわよ」
「で、でも」
「野望の為よ。
全店舗制覇するまでは止まらないわ」
リュウキは、そんな得意気で姉貴面をするアニエスを、ハラハラとしながらも眩しそうに見つめていた。
孤児院を出た後。
リュウキはアニエスの進言もあってホテルの仕事についた。
国賓なども利用する一流のホテルだったが、真面目なリュウキは厳しい選別を潜り抜けてみせた。
お給金は安いが、国が経営している関係で従業員が全員孤児院出身者だった為、気軽に安全で色々な人と出会えるしで、とにかく楽しかった。
ただ。
「あれ、アニエス。今日は元気がないね。どうかしたのか?」
「うーん、実は――」
珍しく雲り顔の見るからに落ち込んだ様子のアニエスから、魔物討伐の任務で死にかけるような恐ろしい目にあったという話を聞き、どうする事も出来ない自分に心苦しいと感じていたが。
そして、転機が訪れる。
それはある日のホテルにて。
「いらっしゃいませ。お部屋にご案内致します」
「うむ。宜しく頼む」
リュウキは客として訪れていたサムライ姿の御老人に隠されていた才能を見出される事となる。
「む、お主」
「え?」
荷物を持って先導していたリュウキを、客室に入った途端に、おサムライ様はマジマジと見回し始めた。
「生命力が異常に高いな。
過去に見たことがないほどに、見事だ」
「え?」
「某が湖だとしたら、お主は大海の如くよ。
未だそれは穏やかだが、目覚めていないだけのこと。
差し詰め眠れる獅子と言ったところかの」
「ええ?」
「どうだ?某から師事を受けてみないか?」
そのおサムライ様は、聖騎士団の剣術指南のために海外から招聘した国賓に連なる人物であった。
細く貧相な御老人だが、この日の修練では、聖騎士団の猛者たちを、軽く一蹴した達人だと耳にしていたリュウキは緊張の最中だった。
「不躾にすまぬ。
某はもう隠居した身だが、お主をみて血が滾ったのだ。
これまで百人を越える弟子たちを育ててきたが、未だに某を越えたものはいない。
だが、お主には素質がある。
今日見た聖騎士団の誰よりもだ。
若くして某を超える逸材だと断言できるほどに。
是非、我がサムライの国に招きたい所存だ。
老骨の冥土の土産に、どうだろうか?」
「え、あの、でも、僕には魔力が無いみたいなんだけど。
非力だし、体力にも自信がないよ」
この国では魔力が無ければ戦闘職は難しいとされている。
聖騎士になる道も早々に断たれた。
強くなるなど、もうとっくに諦めてはいたが、しかし、国家レベルの重要人物、お偉いさんからのお言葉だ。
このお方はそんな立場にも関わらず、こんな若造にも下手に出ている。
リュウキの心に、もしかしたらという疑念の火が灯った。
「我らサナダ新陰流は生命力、即ち氣というものを流用するのだ。
魔力も膂力も関係ない」
「魔力が無くてもいいの?」
「ああ、問題ない。おぬしには大海のような氣がある」
優しげな雰囲気の好青年、リュウキの穏やかな目が細まり、鋭いものへと変わる。
「僕は」
まさかとは思いつつ、端的に問う。
「強くなれるの?」
「ああ。絶対になれるとも」
断言されたその言葉に、疑念の火が燃え上がり、炎へと変わる。
されどもしかし、未だまさかと思いつつ、再びに問う。
「聖女を守れるくらいに?」
国内最強の存在であり大切な姉。
まさかこの僕に、あのアニエスを守ることが出来るというのか?
「それはお前の努力次第だ」
――努力さえすれば守れるようになれるのなら。
炎は灼熱と成り、疑念を燃やし尽くすと、それは確固たる決意へと成り変わった。
「お前にはその素質がある。
努力次第では、この国の最高峰にまで上り詰める事も可能だろう」
ならば答えは決まっている。
「わかりました」
――もう二度とあんな顔をさせるものか。
リュウキは深々と頭を下げた。
「どうか宜しくお願いします。おサムライ様」
――努力するのだけは得意だ。
おサムライ様は、ほっと息を吐くと、ニッコリとシワシワの顔で頷き。
「うむ、こちらこそ宜しく頼む。
敗北という、諦めていた夢を蘇らせてくれたのだ。
某こそ、感謝するぞ」
こうしてリュウキは、おサムライ様と二人、修行の旅に出た。
数々の諸国を巡り、果ては師の故郷、海を越えた先にある小さな南の島、サムライの国ジパングへと辿り着く。
アニエスを守れる力を手にしたい。
今まで受けた恩を返したい。
そんな一心で刀を振り続けた。
リュウキには本当に素質があった。
それは、百年に一人と言われる程に。
五年後。
「見事だ。ワシの負けじゃ」
「お師匠」
「もう、教える事はない。免許皆伝じゃよ。
これで某も完全に引退じゃ。
大手を振って母国に帰るが良い」
「お師匠。今まで、ありがとうございました」
たった五年で生涯無敗だった師を倒し、剣聖と呼ばれるまでに成長を遂げる。
そして、免許皆伝となって帰国した折に、アニエスの加入した勇者パーティにスカウトされた。
望み通りにアニエスを守る立場を手に入れたのだ。
帰国後、どれくらい強くなったのかを披露する場の出来事。
「久しぶりね、リュウキ」
「アニエス」
リュウキは聖女アニエスと立ち合うことになった。
「お姉ちゃんが揉んであげるわ。本気でかかって来なさい」
「ふふふ、弟の成長に腰を抜かすなよ」
ここに至るまでの約六年。
若くして数多の強敵たちを打ち倒してきたリュウキは自信に満ち溢れていた。
その余りにも短い年月は控えめな性格だったリュウキを天狗にしていた。
「サナダ新陰流【千本桜】!」
流麗にして鮮やかに、冴え渡る剣聖の剣技に対して。
「【絶対聖域】」
聖女は最高峰の結界術と芸術的な杖術で対抗し、殺人ビームを放って応戦する。
「拡散【聖女ビーーーム】っ!」
その闘いは凄まじく、リュウキの剣技は聖騎士団の誰よりも洗練されていて、ただただ美しかった。
「す、凄い闘いだったな」
「ああ、南の島国の剣術は恐ろしいな」
「あの聖女の結界をも切ってしまうとは、聖騎士ではとても出来ない所業だ」
立ち合い後。
誰もが剣聖の剣技を賞賛する中、当のリュウキの顔は曇っていた。
「アッハッハ、リュウキ、強くなったじゃん。
お姉ちゃんはびっくりしたよ」
心から快活に笑う姉の姿に、リュウキは頬をひきつらせながらも、なんとか強がってみせる。
「あ、ああ。いや、その、ア、アニエスこそやるじゃないか」
――びっくりしたのはこっちだよ!
天狗だった鼻は、見事にへし折られた。
聖女アニエスは恐ろしいほどに強かった。
武者修行で立ち合った数多の達人たち、いや、死闘の末に奇跡的に勝利した師匠よりも。
アニエスを守る為なのに、結局は守られてしまうのではないかと、分からなくなるほどに。
何せ、得意の接近戦で剣聖であるリュウキとほぼ互角に打ち合い、距離が離れればビーム砲を発射し、本気を出せと煽られ、奥義を用いてなんとか傷を負わせたものの、それを一瞬で癒してしまったのだから。
周囲には極めて拮抗した激闘のように見えたが、リュウキ自身には勝ち筋の全く見えない、そんな闘いだった。
聖女とはこの国で最強を示す称号であり、その十人いる聖女の中でもアニエスは特に抜きん出た存在、エースであった。
「やれやれ、武の道は果てしなく、我が姉という頂きは未だ遠いな」
リュウキはため息を吐いた後、晴れやかな顔で空を見上げる。
空は何処までも澄んだ青色で、リュウキの心を示しているようだった。
――上には上がいるものだ。まさかそれが守ろうとしていた姉だったとは。これからも一層の精進をしなければ。
ともあれ、肩を並べて闘えるほどには強くなった。
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