表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/61

第3話 侵略

 双子の女神が統括するこの大陸には、数多の種族が存在している。

 中でも一番多いのは人族で、その割り合いは全人口の半分にも及んでいる。

 多いが故に、人族以外はただの一つの国にまとまっているのに対して、人族は五つの大国と、さらに小さな国々が無数に点在していた。

 五大国の一つでもある、大陸の北西部に位置するライトリア王国は、最北端にある魔族領と接している人族唯一の国である。

 魔族領では、十年から二十年という周期で異界との扉が開き、そこから魔王が誕生する。

 その魔王が毎度の如く侵略を仕掛けてくる為、この国は人族の盾として機能している。

 各国はライトニア王国に、精鋭を派遣して駐留させたり物質を援助したりと、脆弱な部分を補うように手と手を取り合って、これまでの侵略を退けてきた。

 人族の最高戦力である勇者も、この国に所属している。

 魔族が攻めてきた時は各国が速やかに連携して対処する所存だ。

 ただ、此度の侵略はいつもとは様子が違っていた。

 ちょうど三年前に魔王を討伐したばかりだ。

 しかし、間三年という余りにも短い期間に新たなる魔王軍の出現である。

 失われた兵たちの再編も未だ完全ではない。

 侵略の一報を受けた直後は、非常に浮き足だってしまったが、しかし直ぐに思い直す。

 忘れてはいけない。

 この国には歴代最強と言われし勇者がいる。

 次期大聖女間違いなしと噂に名高い天才少女がいる。

 南の島の恐るべき剣術を、素人同然からたった五年で極めてしまった剣聖がいる。

 ただの初級魔法を大魔法を凌駕するまでに昇華させた、蒼い三日月と畏怖される大魔法使いがいる。

 強力な魔物が跋扈する大迷宮を、一年をかけて、単独で踏破してみせた伝説の女シーフがいる。

 三年前に魔王討伐を果たした英雄たちがいるのだ。


「出陣だ」


「ハッ!全軍!出立せよ!」


 ライトニア王国の大将軍が指揮を取り、五千の兵を率いての出陣と相成る。


「良し、こっちも行こう」


「おうよ」


「勇者様ー!頑張ってー!」


 勇者パーティとのダブルな出撃に、人々は大いに沸いた。


 ―――この面子ならば負けるはずも無い。


 誰もがそう思った。

 唯一の気掛かりは、聖女がまだ少女、若過ぎるという事だが、そんな事は些細な事。

 今回の戦いで、うら若き聖女も歴戦に名を連ねる事になるだろう、そう信じてやまなかった。



 王都から軍を進めて、最北にある城塞都市に到着。

 最後の補給を取る。

 此処が最終防衛ライン。

 各国と繋がる転移魔法陣が設置されており、準備が出来次第に、精鋭たちが派遣されて来る次第だ。

 魔法陣の特性上、一日に百名程度が上限となるが。

 ともあれ、今は出来得る事を優先とする。


 先に到着していた勇者パーティと合流し、速やかに作戦の擦り合わせを終えた。

 本作戦はいつも通り、魔王軍を抑えている間に勇者パーティが魔王を討伐。

 その後、全軍で大攻勢を仕掛けて一気に殲滅する、というもの。


「出立!」


 一同、城塞都市を出て北上し、荒れ果てた荒野にて布陣する。

 ここより北は魔族の領域、枯れた大地が広がっている。

 温度も氷点下にまで下がり、作物が育ちづらく、人族が住まうには過酷過ぎる環境である。

 その境界線の十キロほど先にて。

 姿を見せたのは、百にも満たない数の魔王軍だった。


「アレが此度の魔王軍か」


 目を細めてそう呟いたのは、ライトリア国が誇る大将軍、クライン・エルイーガー。

 四十代半ば過ぎの壮年の男で、筋骨隆々の肉体に、重厚な鎧姿の、まさに重騎士という出立ちをしている。

 元勇者パーティという経歴の持ち主で、二十年前の魔王討伐を果たした後に、母国ライトニア王国の軍に入り、遂には大将軍にまで上り詰めた英雄だ。

 三年前も自ら前線に赴いては大剣を振り回し、アンデッドの指揮官リッチーの魔法をまともに喰らいながらも、見事に討ち取ってみせた剛の者である。


「随分と少ないですね」


 傍らでそう言ったのは、二十代前半の青年、ライアット・クルーガー。

 クラインの親族で、ひょろりとした優男の相好をしており、鎧姿ではなく、文官のような軽い出立ちをしている。

 前回、前線に出た将軍の代わりに指揮を取っていた若き軍師である。

 妻も子も居ない将軍の後継者に選ばれた新鋭だ。


「ふむ」


 大将軍は魔王軍を睨みながらの思案を始める。


 ――数が少ない。少な過ぎる。これは軍と呼んでも良いのだろうか?


 三年前は万を越えるアンデッドの群れを率いた不死の魔王だった。

 スケルトンにグールにゾンビ、果てはリッチーという大魔法を操る亡者の軍勢に、少なくない被害を出しながらも、なんとか食い止めてみせた。

 その間に、勇者一行が魔王を討ち滅ぼして、アンデッドの弱体化に成功する。

 そこで大攻勢を仕掛けて全てを殲滅し、無事に勝利を得ることが出来た。


「報告します」


「戻ったか。聞こう」


 出した斥候から、その全容を確認する。

 通常の魔族の見た目は、頭頂部や額に捩れた悪魔のツノを生やし、肌が浅黒いというくらいで、他は人族となんら違いはなく。

 身体能力は同程度だが、魔力に優れており、魔法を得意とする種族である。

 しかし、此度はその姿とは大きく違っていた。

 背中には蝙蝠のような大きな翼を生やし、悪魔のツノはあるが、頭は人ではなく動物、猫に牛に馬など、様々な獣だと言う。

 上半身は裸の男で、下半身は黒いタイツを履いたような出立ちの、端的に言えば化け物の類いであった。


「なるほど…人類ではないと」


 将軍クラインが眉間にシワを寄せ、ぐりぐりとコメカミを揉みしだきながら記憶を探り、そして。


「もしかして、悪魔、なのか?」


 これまでの歴史を紐解き。

 魔王軍との戦いを記した古い文献を思い出した。

 五百年前、魔王との初めての邂逅は悪魔の軍団だったという。

 恐ろしい強さだった。

 まるで歯が立たずに、人族は亡びかけた。

 がしかし。

 救世主が現れる。

 伝説の少女アテネ。

 始まりの勇者が天より降臨し、魔王軍を単独で討伐してみせた。

 魔族とは、その悪魔の生き残りの子孫と言われている。


 軍師ライアットが「ええ」と、同意して言葉を引き継ぐ。


「恐らくは、五百年前の悪魔たちが復活を遂げたものかと。

 数は少ないですが、決して油断は出来ません。

 知能の低いアンデッドとは比べ物にならない強さでしょう。

 文献からの情報では、少なくとも、悪魔一体が百の騎士にも相当するかと予想されます」


「まさか、一人一人が将軍クラスの強さだというのか?」


「はい。しかもそれが最低のラインです。

 それ以上の強者がどれくらいいるのかは、分かりかねます。

 まさか全てが魔王級ではないとは思いますが、三年前よりも厳しい戦いとなるのは間違いないでしょう」


 悪魔とは、此処とは違う次元を超えた先にある世界、魔界からの侵略者だ。

 この世界の創造主たる神の敵対者にして、人の魂を喰らうという化け物である。

 死という概念がなく、肉体を滅ぼされたとしても、いつしか復活すると言われている。


「なんとも厄介な」


 そう、厄介。嫌な予感がしてきた。

 魔族は代を重ねる度に血も薄まり力の根源が弱まるものとされている。

 代を五百年重ねた現在は、人族と同じような肉体へと変わったのだ。

 それでも、簡単に倒せるような弱者ではなく、むしろ人族よりも強い。

 これまでは、人族の力を結集して、なんとか撃退してきた。

 それが今回の始祖たる悪魔では、その危険性は計り知れない。

 頭を飛ばしても死なないという、魔力で肉体を構築する精神生命体。

 そんなモノは化け物の類だ。

 数は少ないが、それが束でいることに二人は苦々しく顔を顰めた。


「やれやれだな」


 将軍は、深くため息を吐いた後、肩を竦めて吹っ切ったように続ける。


「まぁ、ともかく、やる事は変わらないだろう」


「はい。いつも通りに食い止めてみせましょう」


「被害は最小限に抑えるようにしろ。何かあれば直ぐに報告するように」


「はい、徹底させます」


 思う事は一つ。

 勇者に魔王を討ち取ってもらうしかない。

 それまではなんとしてでも耐えるだけ。

 気持ちを切り替えて話を進めることにする。


「各国には既に救援要請を出しております」


「そうか、ならば良い。

 各国とも条約に従い、明日には最高戦力を送ってくれる手筈となっている。

 順次、転移魔法陣のある城塞都市へと到着するだろう。

 なるべく時間を稼ぎたいところだな。……ん?」


 ここで将軍は、天を見上げて、そういえばと続ける。


「かの御仁、テレスティア殿下は妊娠中だったな」


 思い浮かべたのは美貌の姫将軍だった。

 テレスティア・アルファ・ザッツバーグ

 高貴なる血筋の美しき姫君。

 しかして、その正体は、唯我独尊の我が道を生きる、豪胆にして天衣無縫、天下無敵の剛の者。

 人族で一番強いのは誰か?と、聞いてまわれば必ず上位にノミネートされるという大英傑。

 溢れる美貌の佇まいにして、その傲慢なる振る舞いは、世界を統べる王者のごとく。

 神器である槍を振るえば天をも貫き、分厚い雷雲をも霧散させ。

 細くともしなやかにして美しく、しかし強靭なる肉体は、世界最強と目される龍の王、その必殺のブレスにも耐えてしまうほどだ。

 二十年前、クラインは魔王を討伐した勇者パーティの一員だった。

 大剣を軽々と振り回す超一流の戦士だ。

 その歴戦の目を持ってしても、その姫将軍の強さは異常だった。

 肉体スペックが同じ種族とはとても思えず。

 女神の加護を持つ勇者よりも優っているのでは?と思うほどである。


「始まりの勇者の国、アルファ王国の至宝ですね。

 三年前も大活躍でしたからね。

 勇者に優るとも劣らない実力者だけに残念です。

 今日にでも産まれると、王国から連絡を受けております」


「ふむ、まぁ、しょうがあるまい。

 しかし、だ。

 もし、仮に、今日産んでしまえば、明日にでも駆けつけて来そうではないか?」


「そんなまさか。

 女性の出産は一大事ですよ。

 男では耐えられない過酷なものだと聞きますが」


「いやいや、あの姫将軍だぞ。

 それこそ、スポーンと一瞬で産んでしまいそうではないか。

 前回の魔王戦、三千のアンデッドの大群を単騎で蹂躙してみせた大英傑よ。

 此度の相手が悪魔と聞けば、嬉々として参戦して来るに違いない」


「それはまぁ、確かに。

 かの御仁が化け物と聞いて我慢出来るはずがありません。

 家出していた冒険者時代には、数多の化け物を退治して大陸中を駆け回っていましたからね。

 もし、そうなれば、盤石の布陣となるでしょう。

 何せ勇者がもう一人、増えるようなものですから」


「そうだな。明日にでも来てくれれば助かるのだが」


 将軍は、苦笑いでため息を吐いた後、真顔に戻して続ける。


「まぁ、流石にそれはないか」


「ええ、無理な願望は置いておきましょう」


「かの御仁には、此処が抜かれた時の万が一の備えになってもらうとしよう」


「そうですね。その時には旗頭になってもらいましょう」


「それで、首尾はどうなっている?」


「はい。魔王討伐チームは既に潜伏しています。

 虎視眈々と魔王の首を狙っているところでしょう」


「そうか、ならば開戦は間も無くだ。最終確認を急ぐぞ」


「はい」


 その後もあれこれと意見を交わしながら、魔王陣営を睨み続けるのだった。


 ◇◇◇◇◇


 その頃、噂の姫将軍は、寝室にて。


「zo…zo…zo…」


 妊婦のくせに、大きなお腹を丸出しに。

 豪快にぐーすか寝ていた。


 そこへ、ポコン、と。


「む……」


 お腹の内側からの衝撃で目を覚ます。


「……朝、か?」


 ムクリと上半身を起こして、寝ぼけ眼でお腹を摩りながら、ニヤリ。


「そうか。今日か。

 愛し子よ、ようやく産まれてくれるのか。

 私にはそれがわかる。だってお母さんだもの」


 ポッと頬を染めてそう呟いた、次の瞬間に。


「よっしゃ!」


 左右の握り拳を振り上げて、勝利のガッツポーズを決めた。


「ようやく禁酒も解禁だぜ!ヒャッホ~!」


 今日はワインで祝杯をあげようと心に決めた後、直ぐに眉間に皺を寄せて腕を組み。


「うーむ」


 一杯目は常温の赤にしようか、それともキンキンに冷やした白にしようかと悩むが。


「ん?あれ?」


 キョロキョロと部屋中を探すように見回した後、再び独り言ちる。


「ラルフはたしか、仕事で王城だったか」


 相談する旦那もいないので、とりあえず今は二度寝することにした。

 ワインは起きた時の気分にする事とする。


 その時、扉の向こうでは専属の侍女が。


「テレスティア様。

 授乳があるので禁酒生活は続行ですよ」


 幼い頃からの家族同然の付き合いである彼女は、ちょっと悪い顔をして、そう呟いた。


ブックマーク・評価・いいね・頂けると大喜びです。

どうぞ宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ