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第2話 パパは末っ子と娘には甘いのだ。

 フワフワとしたモフモフな雲の上の、ポカポカと温かい陽だまりに包まれた、言うならば天国のような空間にて。

 ここは人類が住まう地上の大陸より、次元を超えた先にある、天上人たる神族が住まう領域、いわゆる天界である。


「アッハッハ」


「アッハッハ」


 そこには、ポッカリと空いた雲の切れ間から、下界を見下ろす双子の女神様が居た。


「ほらほら、見てよ」


「どれどれ」


 うつ伏せに寝そべり、仲良さげに額を突き合わせながら、自分たちが統括する世界の営みを眺めているところである。

 あっはっは、と、ご機嫌に談笑中である。


「あ、あの子の服、可愛いくないー?」


「可愛いいね。あの赤ちゃん」


「あのケーキ食べたい。今度お供えするように神託を下そう」


「あ、勇者と聖女が隠れてイチャイチャしているよ。

 これは天罰ものだな。

 大聖女に神託を下して雷を落としてもらおうではないか」


「イイね」


「アッハッハ。人族の世界って面白いね」


「ねー」


 双子の役割は大陸を繁栄させることだ。

 とはいえ、種族同士の諍い事等、直接手を出す事は、神の掟によって禁じられている。

 基本的には見守るという方針である。

 しかし、極稀に起こる未曾有の災禍など、人類では対処出来ない時に限り、神力を使用して収めたりしている。

 神力とは、神の魔法の動力源であり、下界の人々の信仰心から得ることが出来る。

 某元気玉みたいなものだ。

 また、数ある種族の中でも、最も脆弱な人族が一番に彼女たち双子の女神を崇め奉っているのと、その人族の食事や娯楽が好みのど真ん中であるため、人族のちょっとしたファンである。

 また、偶のご褒美と称して、その神力を拝借しては下界の営みを楽しむことを至上の喜びとしている。

 まぁ、とっても俗っぽいミーハーな神様である。


 …………


「「ああっ!!」」


 まったくの同時にシンクロする。

 双子は示し合わせたようにぴょこんと立ち上がり、狼狽え始める。


「「あ、わ、わ、わ、わ」」


 穏やかで甘美なる一時は、過去最悪となる異常事態の発生によって、終わりを告げる。


「やっばぁ~、アレはマジで、やっばいわ~」


 両手で口元を抑えて大袈裟に狼狽してみせたのは双子の姉の方。

 純白でヒラヒラな天女が着るような衣装を、雪のように白い柔肌に纏うのは水の女神様。

 御身の名は、アクア・ルミナシオン。

 頭上には光の円環をぽっかりと浮かべて、背には六対十二枚の白き翼をワサワサと揺らす、これぞ正しく光輝なる者なり。

 腰まで伸ばしたサラリと揺れる長い髪は、生命の根源たる水を示す透き通るような青色で。

 コロコロと表情を変える二十歳くらいに見える美女である。


 平坦に。


「やばー」


 抑揚のない声色で。

 直立不動で、死んだ目をして同調したのが妹の方である。

 御身の名は闇の女神アーク・ルミナシオン。

 姉と瓜二つの容貌で、違いは髪の色だ。

 全てを吸い込んでしまいそうな漆黒は、星の無い夜闇の如し。

 此方は感情を感じない、いわゆる無表情だ。

 ポーカーフェイスの痛い奴と信徒にはそう認知されている。

 目が常に死んでいる事をクールだと勘違いをしている光輝なる美女である。


「むむむ」


 姉は、眉間に皺を寄せた絵に描いたような難しい面持ちで、顎を撫でながら口を開いた。


「ねえねえ、妹よ」


「なんだい、姉よ」


「魔族領に出現したアレってさあ」


 下界の一点を指し示し。


「ルシフェルだよね。

 あれだけボコボコにしてやったのに、綺麗に復活しちゃってるじゃないか」


 双子が驚いた元凶の正体。

 それは、知っている顔の、元筆頭側仕えの大天使ルシフェルであった。

 その昔、双子が余りにも我儘だったので、耐えかねて反逆した。

 結果は見事に敗北。

 無茶苦茶にボコられ、そして魔界へと堕とされてしまったのだ。


「間違いない」


 妹が目が死んだままの無表情に、口すらも動かさずに続ける。


「我ら神族の象徴である光の円環、エンジェルリング。

 それが邪悪な真っ黒に染まっている。

 翼も真っ黒けだし、頭には捻れた悪魔のツノ。

 黒の円環に黒き翼に悪魔のツノ。

 いわゆる一つの堕天使に身を堕とし。

 そして、我ら神族と敵対すると示したのだ。

 あ、翼の数が増えている、

 進化してパワーアップもしたようだ。

 それにしても漆黒の堕天使とは。

 カ、カッコいいではないか」


 神族にとって、翼の数は強さを示す指針となる。

 ルシフェルの背には五対十枚の黒き翼が。

 大天使時代は四対八枚だったはず。

 どうやら双子に準ずる力を手に入れたようである。

 自信に満ち溢れたドヤ顔で、背後にはゾロゾロと悪魔たちを引き連れながらの人族の国へと進軍中である。


「よりにもよって悪魔に身を堕とすとは。

 我ら神族の不倶戴天の敵ではないか。

 アイツには天上人としてのプライドがなかったのか」


 この野郎と眉を吊り上げて拳を握る姉に対して、妹は変わらずの無表情に、口すらも動かさずに言う。


「姉お気に入りの人族、大ピンチなり」


「ぬ?」


 姉は、悔しげに唇を噛む表情から一転して、揃えた両手を頬に添えて大きな瞳を輝かせた。


「人族ってさ。

 弱くても頑張っているところが堪らなく良いのよ。

 努力して磨かれた技は実に美しいし、極稀に現れる英雄たちもスーパーレア感があって良き。

 だもんで、

 ついつい頑張れって応援したくなっちゃうもの」


「私たちを一番崇めてくれる種族だし」


「そうそう。祈りによる神力はもとより、お供え物もくれるし。

 数々の人間ドラマは観ていて面白い。

 色んな遊びや美味しい食べ物も沢山あるし。

 人族が一番刺激をくれる種族だよ」


「クールという素晴らしい概念を私に教えてくれた」


 直立不動で無表情ながら、何処か喜色を滲ませている妹に、姉は人差し指でビシッと、妹を指し示し。


「それな!

 私もイカしたポーズに決め台詞というものを学ばせてもらったしね」


「でもさ、あれだけの悪魔を率いているという事は、アイツ、人っこ一人残さない気だ。

 つまりそれは人族絶滅の危機。

 そうなったらこの大陸は詰む。

 人族の社会が無くなったら、これ以上の繁栄は望めなくなるということなり」


 妹は怒れる軍神をポワポワと思い浮かべて。


「それすなわち、ママに怒られる案件となる」


 聞いた姉は顔面蒼白となり、声を震わせる。


「ママは、怖〜い」


「マジ怖い」


「うんうん」


「パパは優しいのに」


「それはまあ、チョロいよね」


「うんうん」


「しっかし、ルシフェルめ。

 直接こっちまで来いよな。

 タイマンで勝負してやるのに」


 水の女神はしばしの間、ぐぬぬと口端を歪めた後。


「そうだ」


 ポーンと手を叩いた。


「勇者でなんとかいけないかな?

 女神の加護があるし、私たちの聖剣もある。

 アレは魔に特化したものだから、ギリで大丈夫じゃない?

 毎回魔王を倒している訳だし、此度の勇者は過去最強な訳なんだし。

 いざとなったら最後の奥の手もあるしね」


 勇者とは女神に選ばれた正しき心を持つ、魔を討ち破りし者である。  

 脆弱な人族の為に、女神が加護と聖剣を与えた人族の最高戦力だ。

 これまで代々の勇者たちは度々現れる魔王を全て退けてきた。


「うーん」


 妹は無表情に悩んだ後、ゆるゆると首を振る。


「今までの魔王だったのなら全然いけただろうけど、アレはダメ。

 人類を凌駕する超越者だもの。

 ヤツは神族の中でも上位の実力者で、次期神候補の大天使筆頭だった訳だし。

 それが悪魔へと身を落としてパワーアップを果たしている。

 翼は我らよりも少ないけど、悪魔のツノからも同等の力を感じ取れる。

 既に神の領域にまで至っているとみて良い。

 真面目な話、私たち二人がかりでないと対処できないほどの脅威だと思う。

 ただの人類である勇者では時間稼ぎが精々だ」


「だーよーねー。

 それに連れている悪魔たちも厄介だよ。

 他の種族ならばともかく、脆弱な人族では呆気なく滅ぼされちゃうに違いない。

 私達のせいだし、困ったな」


「信仰心が無くなっちゃう」


「それは切実な問題だよ。

 お小遣いが減るようなものだし」


「温泉とかお菓子とか、色々と楽しみも無くなっちゃう」


「それはまずい、本当にどうしよう」


「うーん」


「うーん」


 双子は悩みに悩んだ。

 水の女神は眉間に皺を寄せた難しい面持ちで、こめかみをグリグリとするいう、絵に描いたような仕草で。

 闇の女神は無表情のまま、ポーッと何も考えていないような感じで、妙案を捻り出そうとする。

 彼女たち双子は神族の中でも、最年少の一番若い神様、末席である。

 まだまだ未熟者であり、神力が少ない。

 更には技量も低く、人としての器も小さい。

 故に、人族を救う為の力、新たなる加護を授ける事が出来ない。

 かと言って、下界の争いに直接出向く事は、神の掟によって禁じられている。

 一応は、視察と称してお忍びで楽しむ分には可能だ。

 ただし神力をゴリゴリに使うし、諍いを起こしたらペナルティが発生する。

 それは部下の天使たちにも適応されている。

 つまりは八方塞がりである。


「うーん、うーん」


 無駄に。

 本当に無駄に。

 ただただ無駄に。

 頭をフル回転して悩みに悩むこと、五分が経過したところで。


「よーし、こうなったら」


 毎度毎度の、いつも通りの展開となる。

 水の女神はお得意の最終手段に出た。


 スーーーっと。

 大きく息を吸い込み、天を仰いで精一杯に声を張った。


「パパー!」


 必殺、困った時のパパ頼みだった。

 この双子、末っ子なので、とても甘やかされている。

 更には女神、女の子だ。

 娘なので尚更である。

 どんな種族もパパという生き物は、末っ子と娘には甘いものだ。


「……。」


「……。」


 双子が耳を澄ましていると、何処からともなく、しがれたジジイの声が響いてくる。


『おお、愛する娘たちよ』


 双子の父、全知全能の神ゼウスだ。

 姿は見せない。声だけである。

 双子と違ってとっても忙しいから。


『一体どうしたというのじゃ』


「このままでは人族が滅ぼされてしまうのよ」


『ふむふむ』


「それがさー」


 水の女神は大体をかい摘んで熱弁した。

 熱弁である。

 一生懸命に。

 大陸を繁栄させることが神様としての職務だ。

 私たちは頑張っていたのよ。

 とても、とっても。

 しかし。

 しかし。

 だがしかし。

 それが今、害されようとしている。

 パパの選んだ元側近の手によって。

 一体全体、どういう事?

 あれ?

 あれあれ?

 あれあれあれ?

 これは、もしや。

 パパの人選ミスだったのではないかな?

 そうだよ。そうだよ。そうに違いない、

 そこのところを中心に必死に訴えてみた。

 自分たちが行っていたセクハラ&パワハラ行為についてはまるっとスルーして。

 まぁ、しかし、全知全能の神なので、大体の事情は把握済みである。

 そして、パパなるゼウスの答えはいつも一つ。


『うむ、パパに任せなさい』


 イエス、イエス、イエス一択である。

 双子にノーと言った事は、厳しいママの前以外では未だかつて無い。

 愛する娘たちのお願いだし。

 大陸が衰退してしまうのも本意ではない。

 ならば断る理由など無いし、未だ未熟者で成長途上である娘たちでは解決出来ないことも理解している。


「え、マジで。やった~!

 パパありがとう~!」


 策は成った。

 よっしゃと、握り拳を振り上げて、ヤンチャなガッツポーズを決めた水の女神様。


「ふふ」


 闇の女神様は直立不動のままだ。しかし、僅かに口端を持ち上げていた。

 目は死んだままなのに、なんだかホワホワとした喜色を浮かべている。

 全くもって器用な娘である。


 パパは付け加えるのを忘れないようにする。


『その代わりに』


 単に聞き入れるだけだと甘いとママに怒られてしまう。

 ママは怖いし、パパよりも強い。

 このままでは軍神パンチを喰らって、滅びてしまうかもしれない。


 なので、保険をかける事にした。


『二人には三年間、パパの仕事を手伝うように』


 教育を兼ねての仕事を強制的にさせる事にした。

 双子が仕事を天使任せにして、サボりがちなことはご存知だ。

 いい加減に独り立ちをして欲しい。

 とっても忙しいから。

 それに、これならば、ママもなんとか納得してくれるはず。

 皆んながニッコリ大団円である。


「えーーーーーーーーーーー」


 顔のパーツを中央にムギュっと寄せるという、なんともいえない渋顔を作り、遺憾の意を表面する水の女神。


「え、私もなの?姉のお願いなのに?」


 私は何も言っていないんだけど、関係ないのでは?と自分を指差し、無表情に惚けるという、なんとも器用な闇の女神。


『ふおっふおっふお』


 ゼウスはそんな娘たちを可愛いなぁとは思いつつも、聞こえないフリをして、神の大魔法を唱えた。


『【神の奇跡】!』


 複雑怪奇な幾何学模様がその場を支配した、次の瞬間、白一色に染まり上がる。


 ――むむ?!これは?!


 ゼウスは驚愕する。


 ――我が魂の、実に三分の一を消費してしまうとは?!


 自身の急激なパワーダウンを感じ取った。

 そして、察する。


 ――新たなる神の誕生じゃ!?


 ◇◇◇


 場面は次元を超えた先の下界へと変わり。

 大陸の東の端の端。

 とある国の領主の屋敷に、パアアと、七色に輝く全属性の魔力が降り注いだ。


 その屋敷の女主人の寝室にて。


 ドクンッ!


 大太鼓を打ち鳴らしたような、力強い鼓動音が響き渡った。


 ――む?


 産まれて間も無く絶命した赤子の、止まっていた心臓が動き始めたのだ。


 ――コレは、一体?


 双子の妹で、後の月の女神。

 人族の救世主は、こうして誕生したのである。


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