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第1話 薔薇は目覚める。

 

 む?

 なんだ、この状況は?

 気がついたらベッドの上だ。

 倒れているのか?いや、寝ているのか?

 目の前には、壮年の女性が立っている。

 格好から推測するに、お産婆さんかな?

 両手で口元を覆い、心配そうに私を見詰めている。

 む?

 なんだ?

 身体が動かん。身動きが取れないぞ。

 全然だ。指の一本すらも動かせない。

 瞼の瞬きも出来ぬ。

 視線を動かす事すら叶わない。

 金縛りにでもあっているとでもいうのか?

 え?

 え?え?

 ちょっと待て。

 これは、もしや。

 呼吸すらもしていないんじゃなかろうか?

 しかし、苦しいという訳ではなく。

 全然平気だ。

 え?

 何故だ?

 幽霊なのか?

 既に死んでいて魂になっている、という事なのだろうか?

 アレ?

 アレレ?

 アレ?

 待て待て待て待て。

 お産婆さん、全然、ピクリとも動いていないぞ。

 瞬きすらもしていないではないか。

 ずーっとだ。

 微動だにせず、こちらを見つめたままのフリーズである。

 精巧に出来たお人形さんなのか?

 それにしては生々し過ぎるぞ。

 そして。

 静かだ。

 不思議なくらいに音がしない。

 物音一つ、何も聞こえてこないのだ。

 これは。

 まさか。

 もしかすると。

 時間が止まっている、というのか?


『これ、そこな赤子よ』


 む?

 誰だ?

 確かに聞こえたな。

 空耳などでは無い。

 ジジイの声だった。

 はっきりと聞こえたが、しかし、一体誰の声だ?

 それに赤子とは?

 まさか。

 まさか。

 まさか。

 私か?

 この私のことではあるまいな?


『そうじゃ、そうじゃ。

 おヌシのことじゃよ。赤子のヌシじゃ』


 ぬ?

 声を出していないはずだぞ。

 心を読まれたのか?


『そうじゃ。ワシじゃよ。ワシワシ』


 ワ、ワシワシだと?

 何かそのような詐欺があると聞いたことがあるのだが。

 馬鹿め!

 ボケ老人じゃあるまいし、騙されるものか!

 ともかく名を名乗れ!

 まさか親戚を語る訳ではあるまいな?

 動けないからと侮ると、痛い目に遭うぞ。

 私にはとんでもないスーパーパワーが秘められているのだぞ、多分。

 恐らくは、きっと、そうであるに違いない。


『ふおっふおっふおっ。

 威勢が良いのぅ。

 まぁ、落ち着け、赤子よ。

 ワシは全知全能の神ゼウスじゃ』


 え?神?本当?


『本当じゃよ』


 ワシワシ詐欺ではないのか?


『そんな訳があるか』


 ふむ、嘘ではないと。


『当たり前じゃ。神様嘘つかない』


 そうか。それはそれは失礼した。


『まぁ良い。神は器がデカいからな。

 許してやろう』


 ありがとう。


『さて、唐突だが、これよりおヌシに使命を下す』


 本当に唐突だな。


『まあ聞け、赤子よ。

 ちょっと時間がないので端的にまとめるが、黙って聞いて欲しいのじゃ』


 うむ。

 ごねたところで進まないだろうから別に良いぞ。


『話が早くて助かるぞ。

 では早速説明しよう』


 うむ。


『まず、おヌシは今生まれたばかりなのだが、母体から飛び出した途端に心臓がパンクして絶命してしまったのじゃ』


 ほう。それは我ながら不幸だな。


『ふむ。おヌシ、余り驚かないのだな?』


 まぁ、この状況だしな。細かいことは気にしてられんよ。


『まったく細かくは無いと思うのじゃが。

 信じられないくらいに肝が太いな』


 産まれたばかりみたいなんだし、遺伝じゃないか?


『そうか。まぁいい。ツッコむ時間もないから続けるぞ』


 うむ。宜しく頼む。


『うむ。

 ヌシの言った通りじゃ。

 お主の肉体はとんでもないスペックを秘めている』


 ほう、やはりか。


『それは最早、超人と言ってもいいだろう。

 将来は地上最強を目指せる領域じゃ』


 ほう。

 何だか知らないが、なんでも出来るという万能感に溢れているからな。

 自信が満々よ。


『しかし、じゃ。

 不幸な事に、心臓だけが極々普通、単なる並だったのじゃ』


 ふむふむ。


『その為に、その身に宿るスーパーパワーに耐えられずにパンクして絶命してしまったところを、時間を止めてワシが蘇らせてやったのじゃ。

 それで今に至る』


 ほう。

 それは、また、ご親切に。

 どうもありがとうございます。


『で、だ。

 その見返りとして、ヌシにはやって貰いたい事があるのじゃ』


 ふむ、まぁ良いぞ。


『おお、即答か。

 清々しいほどに話が早いな。

 時間が無いので本当に助かるぞ』


 うむ。

 この神懸かり的な状況を疑う余地も無し。

 ならば貴方は命の恩人だ。

 借りは返すのが道理よ。


『ふむ。なんとも立派な心がけじゃ』


 それにだ。

 何故だか分からないが、貴方のことが、他人の気がしないのだ。

 えらく身近に感じるぞ。


『ほう。勘が鋭く、そして聡いのう。

 その通りじゃ』


 ほう。


『死者を蘇らせるのには、例え全知全能の神だとしても、容易ではない。

 代償が必要となる。

 ヌシを蘇生させるに至っては、ワシの魂の三分の一を消費した。

 ヌシの死んだ魂の部分をワシの魂が補強して蘇ったのじゃ。

 まぁ言うならば、ヌシはワシの娘みたいなものじゃよ』


 え?


『うん?』


 む、む、娘、なのか?


『うむうむ。初めて動揺したのう。

 まぁ、その事も相成り、ヌシには色々と、スーパーパワーが宿っている。

 神レベルの驚異的な魔力に、この世の全てを見透かすという神眼。

 極め付けには、ワシの記憶の一部も引き継いでおる。

 自我があるのもその影響じゃよ』


 む、娘、なのか。


『そうじゃ。ワシの娘じゃ。新たに誕生した末の女神じゃよ』


 女の神の、女神?


『そうじゃ。それもただの女神ではないぞ。

 全知全能の神の三分の一の魂を使ったのだ。

 女神の中の女神じゃよ』


 いやいやいやいや。


『ん?』


 そんなことよりも。


『?』


 私はまさかの、女、なのか?


『なんと。そこなのか?

 性別のところが気にかかっているのか?』


 当たり前だ。私にはそれが一番大事よ。


『なんともはや。

 他にも色々とあると思うが、まさしく大物じゃのう。

 さすがは女神の中の女神じゃよ』


 はあ。女、か。


『うむ、間違いなく女子(おなご)じゃよ。

 玉のように可愛いぞ。

 将来は絶世の美女になることだろう』


 はあ。


『まぁ、後は色々な英傑たちの叡智も宿っておるはずじゃ。

 細かい事は記憶を探ってくれ。重大な使命がそこでわかる』


 あ、ああ。


『膨大な量があるから、じっくりと吟味して行動を起こすようにな』


 ま、まあ、とりあえずは記憶を確認しておくとしよう。


『うむ。

 人智を超えるとんでもない能力を宿しているが、間違った方向に進むことはあるまい。

 ヌシには神特製の正義の心が備わっておる。

 その心は代々受け継がれていくのじゃ。

 ともかく、やり方は全て任せる。

 全力で生きてみせよ』


 了解した。ベストを尽くすよ。


『おっと、すまぬな、時間のようだ。

 もう神力が尽きるでな。

 では達者でな。

 天界から見守っているからな』


 ありがとう。

 まぁ、その、父上もお元気で。


『ふぉっふぉっふぉっ。

 天寿を全うした後に再び相見えようぞ。

 我が娘、月の女神、アルテミスよ』


 え、月の女神?

 アルテミスだと?

 うーむ?

 まあ、とにかく、記憶を探ればわかるかな?


 …………


 いったか。

 ふむ。

 どうやら死んだ後に再び会えるみたいだな。

 どんな顔をしているのか、密かな楽しみにしておくとしよう。

 恐らくはヒゲを伸ばしたシワシワのジジイだ。

 しがれたジジイの声だったし。

 そんなことよりもだ。

 娘。女。女性。

 私は女だったのか。

 どちらかというと女好きな気がするのだが。

 特にボインとか、ボインとか、ボインとか。

 ボインボインが大好物なのだが。

 …………

 いや、待てよ。

 男も、好きだな。

 ヒゲだ。

 立派な顎髭にはセクシーを感じるし。

 そのお髭に、全身を隈なく、サワサワサワサワしてもらいたい。

 考えただけでもゾクゾクするな。

 ふむ。なるほど。

 男も女も両方好きだな、大好きだ。

 もちろん、それは性的にだ。

 生まれながらにしての性欲を感じる。

 ませた赤子なのか。既にエロエロだな。


 うーむ。それにしても、私の好み、か。


 ぬ?アレ?

 一通りのエロい事を思い浮かべてみたら、ボインどころではなかったわ。

 男女問わずに、中々の下から壮年の年上まで全然イケるし。

 痩せてても太っていても問題無し。

 まぁ、美しく可愛いらしく、そしてカッコいいに越した事はないが。

 それでも、どちらかと言うとに過ぎない。

 何でもいけるな。嫌いなものなどはない。

 ストライクゾーンが途轍もなく広すぎる、そんな気がするぞ。


 …………


 ま、いいか。

 英雄色を好む。それだけ大物だということよ。

 それに、ハッピーだ。

 絶対に楽しいに決まっているではないか。

 将来幸せになる事が確定したのだぞ。

 愛に生き、そして愛に殉ずるとしようではないか。


 む?

 おお。

 どうやら止まっていた時間が動き出したようだ。

 目の前でゴクリ。

 お産婆さんが喉を鳴らす音が聞こえてきた。

 我が人生の幕開けだ。

 む。

 いや。

 ちょっと待て。

 背後に気配がある。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 荒々しい呼吸を繰り返している。

 ぬ?

 ぬ?!

 ぬぬぬ!!

 こ、これは!!

 ゾワリと。

 全身が震えるほどのオーラを感じる!

 遥かなる格上の絶対強者だ。

 とんでもない手練れよ。

 間違いなく化け物の類いだ。

 だがしかし。

 寝返りで振り返ることすらも出来ぬ。

 親指をチュパチュパおしゃぶりする事しか叶わない。

 この赤子の身では対処不能である。

 お手上げだ。何もできない。

 絶対絶命のピンチということか?


 ――否だ。


 後頭部に感じる視線は柔らかで暖かく、そこから溢れ出る感情は慈しみを注ぐ愛の心。

 それは、慈愛だ。

 私を丸ごと包み込む大いなる愛よ。

 ならばこれは、母上様だな。

 当たり前か。産まれたばかりなのだから。

 まぁ、ともあれホッとした。

 お疲れ様でした、母上様。

 後ろ姿で失礼します。

 産んでくれて、どうもありがとう。


 良し、次だ。

 怪訝な顔のまま固まっている、お産婆さんの対応をしようではないか。

 私が泣かないので心配しているのだろう。

 ここは一つ、立派に泣いて安心させてやろうぞ。


「………………………ぉ、ぎゃ、ぁ……」



 一仕事を終えた赤子は。

 全然泣き顔じゃないドヤ顔のまま、フフンと鼻で笑った後、意識を手放した。

 後に、天界序列第三位、月の女神アルテミス。

 その前身となる銀の薔薇の、長い長い、壮烈な一日目が始まりを告げたのだ。


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どうぞ宜しくお願い致します。

誤字報告ありがとうございます。

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