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「人の子の手で祀られている以上、昔から、神の存在を支えるのは人の子の信仰心だと決まっている。今では心から神を信じる人の子もずいぶん減ってしまったが……問題は数ではなく、強さだ」


 主が力を失ってしまったのは無論、昇晴に謀られてしまったからだが、すべてが終わって、一日も経たずに完全な姿にまで回復できた理由は、ここにある。


「千代子は私という、波槙神社の神が実際に存在していることを知っている。知った上で、こうして何十年も交流を続けてくれている。それがそのまま、私の力になっているんだ」


 そして、それはそのまま冥月にも当てはめることができる。彼は眷属という立場だが、自分の祠を持っている。


「そなたが冥月と初めて会ったとき、あの子は怪我をしていたはずだ。あまり軽いものじゃなかったが……治ったんだろう?」


 蓮希ははっとした。たしかにあのとき、冥月は「ひと眠りしたら治った」と言っていた気がする。そもそも、昇晴から逃げて祖母の家にたどり着いたときには、すでにほとんど傷が塞がっていた。


「いくら私たちでも、怪我が瞬時に治ることはない。冥月の治りが早かったのは、君があの子を心配し、護ろうとして、治ってほしいと願ったからだ」


 それから、と主は続けた。


「昨日の出来事もそうだよ。冥月は到底動けるような状態じゃなかった。からだにあんな穴が空いてしまってはね。でも、あの子は昇晴と対峙して、封印までやってのけた」


 冥月の精神力が特別強かったから成せたというわけではない。もちろん彼のことだから、気合いと執念で耐えていた部分もあったのだろう。しかしそれでも、胸に大穴を空けたまま、おびただしい量の血を流しながら戦い続けることができたのは異常だった。

 蓮希の想いが……冥月に死んでほしくないという想いが、彼の助けになっていたのだ。


「すごいね、蓮希は。知り合って間もないのに、私が想像する以上に、あの子のことを信じている。さすが千代子の孫だよ」


 ねえ、と主が千代子に微笑みかけた。


「そうかね」


 祖母の反応は冷たいものである。まだ溜飲が下がらないらしい。


「……もう私のことは信じられないなんて、言わないでくれよ」


 答えはなかった。初めて、主が眉根を下げてうろたえる。波槙神社の主神も、一番の信仰者の前では形無しだった。


「蓮希からも言ってくれないか」

「私から言っても変わらないような……」


 主を取り巻くごたごたについては、蓮希が自分から首を突っこんだ面もある。主を擁護したいのは山々だが、渦中にあった主や冥月や、蓮希とは違って、祖母はずっと蚊帳の外だった。主の身になにが起こっているのかも、一度も話していなかった気がする。


 ひとえに、祖母をこんな危険に巻きこみたくないという考えがあったからだが……ずっと黙っていた負い目のようなものが、蓮希にはあった。


(それに、おばあちゃんが怒ってるのって)


 蓮希が危険な目に遭ったからだけではない、と思う。

 たぶん、主が自分を頼ってくれなかったことにも、不満を抱いている。だからこんなに、つんつんした態度になっている……ような気がするのだが、祖母が口に出していない以上、蓮希も面と向かって問うわけにはいかない。


 主は諦めたのか、咳ばらいをひとつして、話をもとに戻した。


「とにかく、自信があるなら行ってみるといい。蓮希の想いの強さは、そのまま冥月の力になる」


 それは、つまり。

 蓮希は布団を蹴り上げるようにして、飛び起きた。視界が回る。傷は塞がっても、流した血は戻っていないらしい。布団の上に逆戻りした。


 はーちゃん、と祖母がか細い悲鳴を上げる。

 祖母の手を借りて、今度はゆっくり身を起こしながら、蓮希は主さまを見上げた。


「会えるかもしれない、ってこと?」


 主さまの大きな手のひらが、黙って蓮希の頭を撫でた。


「私に千代子がいるように、あの子には君がいる。可能性はあるよ」


 蓮希は頷いた。


「おばあちゃん、ちょっと出かけてくる」


 止める祖母をなだめて、ふらつきながら立ち上がる。諦めたように、祖母が蓮希の名前を呼んだ。


「……無理はいけないよ。はーちゃんだって、酷い怪我をしていたんだからね」

「うん、気をつけるよ」


 ◆ ◆ ■


 主にはああして背を押されたが、蓮希には自信がなかった。


 だって、蓮希は冥月と知り合って、まだ一週間も経っていない。

 幼い頃に一度会ったことがあるからといって、それがどれほどのものだろう。蓮希はずっと、夢だと思っていた。これはむしろ、信じていない部類に入るのではないか。


 このまま二度と会えないのは嫌だ。

 いなくなってしまうのは嫌だ。

 鋭い言葉にくるまれた、冥月の優しさが恋しい。


 蓮希が抱えているのはそれだけだ。他のことはわからない。


 蓮希は、祠までの細い山道を登っていた。麦わら帽子を被って、タオルを首に巻いて、箒を手に同じ道を歩いたことが、遠い昔のように感じられる。

 こんもりした木々の葉からこぼれる光と、四方から響くセミの大合唱。夏の空気だ。木々の間に小さな鳥居が見えてきた。


「冥月さん?」


 蓮希は腰を折って、小さな鳥居をくぐった。以前と変わらない景色だった。


 違うのは、祠の前に黒い毛玉が落ちていないこと。


「冥月さん……いる?」


 祠の前に膝をついて、もう一度、名前を呼んでみる。


「冥月さん」


 答えはない。扉はぴたりと閉じていて、古びた見た目とは裏腹に、どれだけ引いても開けることができない。蓮希を拒否しているようにも見えた。


「冥月さん!」


 やはり無理なのだろうか。

 冥月の約束を破って、昇晴と接触して、隙を見せて……主の居場所が暴かれて、冥月が大怪我を負うことになった、すべての原因を作ったのは蓮希だ。そんな蓮希がどれだけ祈ったところで、冥月が回復するほどの力を与えてやることができるとは考えられない。


「……冥月さん、ずっと危ないって言ってたのに、昇晴さんとお祭り回ったりして、ごめんなさい」


 それなら、蓮希にできるのは。


「ひとりで家から出るなって言ってたのに、勝手に外に出てごめんなさい」


 つんと鼻を刺してこみ上げてくるものがあった。


「私が人質にされちゃったせいで、主さまを危険にさらしてしまって、ごめんなさい」


 視界が滲む。こんな懺悔ではだめだ。わかっているのに、止まらない。


「大怪我させて、ごめんなさい」


 知らず知らずのうちに、蓮希はうつむいていた。冥月はそこにいない。それでも、祠をまっすぐ見ることができなかった。茂った下草に、透明な雫が落ちる。


「……冥月さん、会いたいよぉ」


 最後にこぼれたのは、ただのわがままだった。


 なんでもいい。

 話せなくてもいい。

 ただ、その姿をもう一度。

 無事なんだと、この目でたしかめたい。


 ぎぃ、ときしんだ音が響いた。


「なんですか、人がせっかく休んでいるところに」


 聞きなれた、ほんの少し不機嫌な声。


「……え」


 蓮希ははじかれたように顔を上げた。


 わずかに開いた祠の扉から、褐色(かちいろ)の瞳が覗いている。


 あたりを満たすセミの鳴き声も、木々のざわめきも、すべてが蓮希の耳から遠ざかった。

 冥月の声しか、聞こえない。


「騒がしい娘ですね」


 祠のなかから歩み出てきたのは、小さな黒い狐だ。

 たった一日なのに、もう長いこと姿を見ていなかった気がする。


「冥月さん!」


 蓮希は彼が降り立つのも待たずに、飛びついていた。手に触れたふわふわの毛並みは、たしかに現実のものだ。放せと吼える声にも、暴れた狐が腕に立てた爪にも、安堵を覚えた。


「うー……」

「そこで泣かない!」


 冥月のからだに顔をうずめて嗚咽を漏らした蓮希に、いっそう強い叱責が浴びせられ――。


 ずん、と腕のなかの狐が重くなった。

 思わず取り落とした一瞬後、目の前に黒髪をたおやかに流した青年が座していた。


「主に大丈夫だと言われたでしょう。どうしてわざわざ来たりするんです。おちおち眠ってもいられない」

「眠るって……どれくらい?」


 冥月が黙った。口のなかでなにやらもごもごやっている。五十、百……という単位が聞こえてきて、蓮希はさらに大粒の涙を流した。


「ああもう!」


 視界が真っ暗になった。


「泣き止みなさい。この暑いのに鬱陶しい」


 ばさりばさりと、蓮希の肩に長い髪が落ちてくる。額のあたりに、冥月の肌のぬくもりを感じた。背中に回った両腕が、閉じこめるように蓮希を抱いている。


「これからも会えます。夏が終わっても、会いに行きますから。それでいいでしょう」


 耳元でささやいた冥月の声は、震えていた。

最終話あああああ!!!連載三日目か四日目あたりからほとんど、その日の投稿ぶんをその日に書くトンデモ自転車操業でしたが……二度とやらねぇ……完走できたの奇跡じゃん……。

最後までお付き合いいただきありがとうございました!!!!気になるところも至らない点も多々ありましたが、とにかくこれにて完結です!!!評価などぽちぽちしていってくれると嬉しいです。


このあとは一度カクヨムに移動して代理聖女を書き、またなろうに戻ってきて以前単発(?)で出したうちわ令嬢の長編ver.を連載する……予定……!なので、そのときはまた読んでいただけると嬉しいです♡

それでは!!!!

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