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はじめましてまたはこんにちは、ねずみもち月と申します。

現代和風ファンタジ~~~~です!!!登場する人外たちがみんな顔が良いです!!!!よろしくお願いします!!!!!!!

 一度だけ、動物と会話をしたことがある。

 両親に連れられて遊びにいった祖母の家でのことだ。


 蓮希(はずき)はまだ幼かった。

 祖母の家は退屈で、蓮希は外に遊びに行きたかった。しかし大人たちは暑さに参ってしまって、出かける気配はない。ねだっても無理だった。だから蓮希はひとりでとんぼと追いかけっこをして、庭を駆けまわっていた。


 派手に転んだのは、ゆうに庭を四周はした頃だろうか。どしゃんと音を立てて、蓮希は地面に突っ込んだ。何が起こったのか理解できずに、一瞬、呆けたように宙を眺める。そのうち太陽に温められて熱を含んだ土くれが口に入った。必死に吐き出しているうちに、膝が痛いことに気づいた。見れば、皮が剥けて血がにじんでいる。

 それが引き金になった。


 蓮希の顔が歪んだ。まるい瞳に、じわじわと涙が盛り上がる。大きな声を上げて泣き出した。

 しかし、誰も来ない。


 みんな家の奥に引っこんでいたから、たぶん庭まで出てくるのに時間がかかったのだろう。あるいはそもそも気づいていなかったか。

 だから、最初に蓮希を見つけたのは家族のうちの誰でもなかった。


「この暑いのに鬱陶しい。泣き止みなさい」


 内臓にしっとりと沁みるような、低い穏やかな声が頭上から降る。初めて聴く声だ。蓮希は泣いたまま、(あご)を持ち上げられたように自然と顔を上げていた。


 黒い毛玉が蓮希を見下ろしていた。


 どう考えても人ではない。蓮希が両手で抱きかかえても余るような大きさの、四つ足の動物だ。


 動物がしゃべった。

 蓮希はそれで、一発で泣き止んだ。


「しゃべった……」

「静かになりましたね。ひとりで泣き止めるじゃないですか」

「わんちゃん?」


 動物は不快そうに牙を剝きだした。


「狐です」

「きつねさん?」

「立ちなさい。砂まみれですよ」


 黒い狐は、鼻先で蓮希の額をつついた。それがちょっとくすぐったくて、蓮希は涙の残りをためたまま笑った。両手をついて、言われたとおりに立ちあがる。


「できるじゃないですか」


 明確に口に出しはしなかったが、狐は蓮希を褒めるように頬を寄せた。ふわふわの毛が蓮希のぷっくりした頬を撫でる。


 しかし、それも一瞬のことだ。


「あ、まって!」


 しゃべる狐は蓮希に背を向けると、あっという間に庭を駆けて山へと姿を消してしまった。


 母や祖母が庭に出てきたのはその直後だ。心配そうな彼女らの気も知らず、一生懸命に「しゃべる黒い狐」のことを話して聞かせたのを、蓮希はときどき思いだす。


 たぶん、あれは夢だった。

 もう十年も前のことである。


 ■ ◆ ◆


「祠の掃除?」


 縁側でスイカをかじっていた蓮希は、祖母の頼みごとに首をかしげた。


波槙(なみまき)神社の摂社なんだけれどね。はーちゃんに頼んでもいいかい?」


 祖母の声をかき消さんばかりの勢いでセミが鳴いている。蓮希は家のなかに向かって声を張り上げた。


「いいよぉ」


 生垣の向こう、眼下に広がるのはのどかな町並みと、家々に挟まれるようにして存在する田畑だ。町を囲う山に、そこかしこから聞こえてくるセミの大合唱。頭上には真っ白な雲がぽつぽつと浮かぶ群青の空。町へと降り注ぐ太陽の光を遮るものはない。


 蓮希は、祖母の家があるこの町に泊まりにくるのが好きだ。毎年、冒険に出るような気分で自宅を出発する。だから家では嫌がる手伝いも、祖母の家では二つ返事で引き受ける。家の掃除も、庭の手入れも、おつかいも、祖母の家にいると不思議と面白くこなせてしまう。

 高校生になった今年も、それは変わらなかった。


 蓮希は、庭に向かってスイカの種を吐いた。

 食べ尽くして皮だけになったスイカを皿に戻して居間に戻る。汗ばんだ足の裏が、畳の上でぺたぺたと音をたてた。


 祖母が神棚に供える水を替えようとしていた。


「おばあちゃん、私やるよ」


 踏み台に上ろうとする祖母を押しとどめて、スイカの皿を渡す。祖母の代わりに神棚から水器(すいき)を下ろしながら、先ほどの話に戻った。


「どこにあるの、その祠?」

「裏の山をもう少し行くとね」


 祖母の家は、山を少し登ったところにある。そこからさらに上を目指すと、小道の奥に小さな祠があるそうだ。家から近いこともあって、神主から許可を取り、祖母が手入れをしているのだという。


「行けばすぐにわかるよ。小さい鳥居が見えてくるからね」

「わかった。行ってくる」


 神棚から下ろした水は、台所の窓際に置いてある小さな鉢植えたちに残らず与えた。それから蓮希は、冷蔵庫から出したミネラルウォーターを新たに水器に注ぐ。

 シンクに捨てなかったのも、水道水ではなくわざわざミネラルウォーターを注いだのも、蓮希にとって特に意味はない。ただ祖母がお供えの水を替えるときにはいつもそうしているから、真似をしただけである。


 水器を神棚のもとの位置に戻して、ぴょんと踏み台から飛び降りた蓮希は、部屋に戻ってジャージに着替えた。


 玄関先に立てかけてあった(ほうき)を担いで家を出ようとすると、祖母に止められる。


「そのまま行くのかい? 熱しゃ病になっちまうよ」


 祖母が、靴箱の上に置いてあった麦わら帽子を蓮希の頭に被せた。

 一気に視界が陰る。蓮希はむっと眉を寄せた。


「大丈夫だよ」


 不満をたれ流す蓮希の首に、今度はタオルが巻きつけられる。たしかに熱中症対策にはバツグンの格好だが、これはこれで暑い。おまけに見た目は年寄りのようである。祖母の代わりという点では、間違いではないのかもしれないが。


「それから帰ってきたら、波槙(なみまき)神社の方にも行ってくれるかい」

「そっちもお掃除の手伝いとか?」

「いんや、あーちゃんの様子を見てきてほしくてね」

「誰それ」


 ちょっと蓮希の愛称と被っているところが気になる。

 祖母はにこにこ笑って「茶飲み友達だよ」と答えた。その目はなぜか、居間の方へ向けられている。


「最近とんと見なくてねぇ。ちょっと心配なんだよ」

「わかった。あーちゃんね」


 神社の神主の誰かだろうか、と考えながら、蓮希は玄関を出た。




 祠があるのは山のなか。青々と茂る木々の葉で日差しが遮られてしまえば、有頂天になった気温も多少はマシになると思っていた。


 間違いだった。


 いくら日差しが減ったところで、うだるような暑さは微塵も変わらない。麦わら帽子のなかはすでに蒸し焼きである。いつぞやに祖母が作っていた茶碗蒸しを思いだした。蒸し器のなかの茶碗蒸したちはこんな気分なのだろうか。


 祠そのものは祖母が言ったとおり、すぐに見つかった。家の横手から山に入って、道なりに五分もいかないうちに、小さな可愛らしい鳥居が見えてきたのである。


 高すぎる気温ですっかり汗だくの蓮希は、鳥居に軽くもたれて息をついた。このあと掃除をしなければならないなんて、信じられない。もうすっかり疲れ切ってしまっている。安請け合いしてしまったが、もっと吟味するべきだったかもしれない。

 恨めしい、と祠を睨みつけて、蓮希は気づいた。


 祠の前に、黒い毛玉が落ちている。


「……なんで毛玉?」


 どうやら動物のようである。ちらちらと落ちる木漏れ日が、その艶やかな毛並みを照らしていた。

 蓮希はここぞとばかりに近づいて、毛玉の手前で膝を折った。箒の柄を下に向けて、毛玉の下にできるだけ優しく差しこむ。


 えいやっとひっくり返すと、頭が見えた。


「猫……じゃないな、犬?」

「……犬ではなく、狐です」

「き――ッ!?」


 今度は蓮希がひっくり返った。

 尻もちをついた拍子に箒が手を離れ、地面を転がっていく。


 毛玉……いや、狐。

 狐が、低い男の声でしゃべったのである。


 頭上でざあざあと鳴る木々と合奏をするセミの鳴き声が、いやに耳についた。


 黒い狐は、それ以上動く気配がない。起き上がる力がないようにも見えた。

 田舎へ遊びに来ていると、車に轢かれたり、天敵に襲われたりして傷ついた野生動物を見ることは少なくない。


 とはいえ、もちろん、しゃべる野生動物なんてものは初めてである。


「あなた、怪我してるの?」


 蓮希がためらいがちに声をかけると、狐はうっすらと目を開いた。

 褐色(かちいろ)――深い紺の瞳が、ぼんやりと蓮希を見上げる。まぶたを持ちあげるのも億劫そうなのに、目に宿った意思ははっとするほど強かった。


 すなわち、拒絶。


「だから何だというのです」


 関わるな、あっちへいけ、と顔面に叩きつけられた気分だった。


 しかし、蓮希が怯んだもの一瞬だけだ。

 すぐさま首に巻いていたタオルを広げて、黒い狐を包んだ。白いタオルが赤黒くなる。狐の血だった。彼が負った傷は、想像よりもずっとひどいらしい。


「何をする気です」

「連れて帰る。放っておけないもん」


 狐は鼻で笑ったようだった。


「余計なことを」

「恩人になるかもしれない人に、そんなこと言っていいの?」

「頼んだ覚えはありませんから」


 いちいち癇に障る言い方をする狐である。置き去りにしてやりたい衝動に駆られたが、我慢した。だって、見捨ててもいい理由にはならない。


 狐が腕の中で身じろぎをする。


「……捨ておいた方が、貴女の身のためだと思いますが」

「はぁ? 助けない方がいいなんて――」


 そんな馬鹿なことがあってたまるか。

 箒を拾いながら蓮希は顔をしかめた。もういい、狐の戯れ言は無視しよう。それよりも考えなければいけないことがたくさんあった。

 踵を返した蓮希は、頭のなかで唸る。


(これ、素人が手当てできるのかな。動物病院って、近くにあったっけ……?)


 あったとして、野生の狐なんて受け付けてくれるだろうか。あ、なんかすごく不安になってきた。たとえばこのまま蓮希の手元で狐が力尽きてしまったら――。


「あれ、おばあちゃん?」


 鳥居の向こうに、よく知る顔が立っていた。

 蓮希の肩が弛緩した。脳内で渦を巻いていた不安が霧散していく心地がする。こういうときに、なにより頼りになるのが祖母なのだ。


「おばあちゃーん、怪我した狐拾ったの! 連れて帰っても」


 鳥居に駆け寄った蓮希の腕に、肉を穿つような痛みが走った。


「痛ったい!」と悲鳴を上げて、蓮希はつんのめるように立ち止まる。むき出しの腕に赤い丸がふたつ浮いていた。

 蓮希の腕に牙を立てた黒い狐は、腕のなかで怒鳴る。


「それに近づくな、娘!」

「うちのおばあちゃんだよ、そんなに怖がらなくてもいいじゃない」

「そうではありません!」


 視界の端で火花が散った。

 なにかが頬をかすめる。


「っつ……」


 指先で触れると、ひりひりした痛みに襲われた。じわ、と生理的な涙がこみあげてきて、視界を歪ませる。


 何度か瞬きをしてクリアになった瞳で、目の前に立つ祖母を見た。

 見覚えのない金の瞳。視線がかち合う。


「祠まで戻りなさい!」と叫ぶ黒い狐の声が遠い。蓮希はその場に立ちすくんだ。


 違和感。微笑をたたえた祖母が口を開く。


「その狐を渡せ、娘」


 怒りを濃縮したような、少し高い男の声だった。


 祖母の声ではない。

 こんな声を、蓮希は知らなかった。

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