第291話 真っ白
大量の小部屋が並んだ通路を抜けると、上下に続く階段が見えて来た。
ここまでほぼ一本道だったが、ここでようやく分岐点が現れたな。
上に進むか、それとも階段を下っていくか。
俺の経験則で偉いやつは高い場所にいるというのがあるため、幹部は上にいる確率が高いと思うが、逆に違法ドラッグに関しては下の階層にありそうな気がしている。
どっちが先でもいいのだが、まずは下に降りてみるか。
人気の一切ない階段を下りていくと、重厚感のある扉が出てきた。
その扉にはしっかりと鍵がかけられており、他とは違って厳重に管理されている感じがある。
この鍵もピッキングをするのが大変そうだが、帝城前とは違って人の気配がないため時間をかけることができる。
俺は針金を駆使してピッキングを開始。
二十分ほどかかったが、何とか鍵を開けることができた。
思っていた以上に時間を要してしまったが、誰もこなかったので一切問題はない。
すぐに扉を開けて中に入ってみたが、中は真っ暗でだだっ広い倉庫だった。
置かれているものは使わなくなったであろう椅子や机。
割れた照明なんかも置かれており、本当にただの倉庫って感じの第一印象なのだが……やはり違法ドラッグの独特な臭いが充満している。
そもそも普通の倉庫なら、重厚な扉に加えて複雑な鍵を取り付けないからな。
せめてものカモフラージュなのだろうが、ここまでバレバレでは意味がない。
適当に積まれている机や椅子をどかし、下に隠すように置かれていた木箱の中を確認すると、木箱の中には大量の違法ドラッグが詰められていた。
地下通路から繋がっていた『バリオアンスロ』の倉庫にあった違法ドラッグと全く同じ。
やはりエアトックで作られていた違法ドラッグは帝都に流れていたようだ。
意図していた訳ではなかったが地下通路を見つけ、兵士に情報を売ったことでエアトックの地下通路を機能停止にすることができたのは非常に大きかったかもしれない。
これだけ厳重に取り扱われていることを考えても、『モノトーン』にとって……いや、クロにとっても一番のシノギだったと考えていいはず。
エアトックで製造元を絶ち、『グランプーラ』を帝国騎士に協力してもらって抑えることで、少なからずクロはアクションを起こさざるを得なくなる。
大量に入った違法ドラッグを確認してそう確信することができた俺は、誰か来る前にさっさと地下倉庫を後にした。
これで残るやるべきことは幹部の居場所を確認するだけ。
地下倉庫から出た俺はそのままの足で上の階へと向かい、二階を調べることにした。
二階は非常にシンプルで広めの通路が一本だけで、部屋が左右に一つずつ。
そして、真正面には如何にもな両開きの扉の部屋がある。
正面の部屋からは人の気配がせず、左右の部屋からは楽しそうな声が漏れ出ている。
割合的には女が五人以上で男が一人って感じの話し声。
どちらの部屋からも同じような声が聞こえているということは、この左右の部屋が気配の大きさから見ても幹部の部屋で間違いないだろう。
そうなってくると正面の部屋は、『モノトーン』のボスであるクロの部屋な可能性が高い。
もうこれ以上調べる必要がないため、ここで引き返すのが正解というのは分かっているがクロの部屋は調べたい。
幹部の部屋をスルーし、一番奥にある両開きの扉の部屋に向かった。
鍵がかかっていると思っていたのだがどうやら鍵はかかっておらず、想像していたよりも簡単に扉が開いた。
音を立てないように気をつけて部屋の中に入ったのだが、予想の斜め上の部屋すぎて思わず声を漏らしかけた。
両手を口に当てて、声は漏らさずには済んだが……この部屋が何なのか、冷静になっても分からない。
家具どころか物自体何一つ置かれておらず、真っ白なだだっ広い空間。
ここにも下のようなフロアを作る予定なのではと思ってしまうほど、違和感しかない部屋だ。
クロの部屋なのかも怪しいが、幹部の部屋の先にあるってことはクロの部屋で間違いないと思うんだがな。
可能性としてあり得るのは、クロの部屋として作ったが一度もここを訪れていないということ。
暗殺者時代に利用していたあの地下室にも、クロはほとんど来なかったからな。
大事な仕事を頼む時以外は、使いの者が指示を出しにきていた。
何か手掛かりの一つでも手に入るかと思っていただけに、本当に何もない部屋というのは残念だが……『グランプーラ』で調べたいことは大方調べることができた。
後は早いところ脱出し、ゼノビアに今日手に入れた情報を元に交渉を行うだけ。
最後の最後まで一切気を抜かず、誰とも鉢合わせないよう慎重に『グランプーラ』を後にしたのだった。