第3話 新たな街
今の兵士たちを見てなんとなく思ったが、職業の一つとして兵士もいいかもしれない。
暗殺者として鍛えた技術が表の舞台で活かせる職の一つだし、俺には合っている気がする。
ただ今までが今までだっただけに、戦闘とは一切関係のない職についてみたいという気持ちもある。
戦闘職だとボロを出してしまう可能性もあるしな。
まぁ選択肢はより多い方が良いに越したことがないし、残りの人生を良い人生にするためにも慎重に決めよう。
若い兵士を見てそんなことを考えつつ、俺は久しぶりの人の住む街へと入った。
街の中は活気で溢れており、日の光も合わさって綺麗に輝いているように思えた。
暗く殺伐した世界で生きてきた俺にとっては眩しすぎる世界。
暗殺者として働いていた時は夜に活動することがほとんどだったため、こういった光景を久しぶりに見た気がする。
変なところで感動的な感情を抱きつつも、とりあえず宿屋を探すところから始めようか。
地下牢で生活していた俺にとっては路上生活でも全く問題ないのだが、人間らしく生きていくためには宿屋に泊まることは絶対。
社会経験のない無職の小汚いおっさんなんて、ただでさえ雇ってもらえる可能性は低いのに、路上で生活しているとなれば可能性は皆無となる。
とにかく安い宿を探して、ひとまずの拠点を手に入れてから職探しを始めよう。
安い宿がありそうな場所といえば……俺は人で賑わっている場所を避け、暗くじめっとしている方向へと歩き出した。
人の行き来が少なく、治安の悪いところの方が色々と値段が安いと聞いたことがある。
記憶の片隅にあったどこぞの誰かが言っていた情報を信じて歩を進めていくと、宿屋街のような場所へと出た。
昼間のせいか人通りは少なく、ピンク色の店構えの風俗店やラブホテル等が立ち並んでいる通り。
看板には大きくピンク街と書かれており、予想していた通り治安の悪い場所へと出てきたようだ。
居心地が良いとはお世辞にも言えないが、元の仕事柄こういった裏の場所は慣れている。
違法風俗店に潜入して暗殺したこともあるし、性行為中を狙って暗殺したこともある。
昔の懐かしくもあり嫌な記憶を思い出しつつ、俺はとある一軒の宿屋の前で立ち止まった。
ピンク通りにあるのに、ボロいけれど見た目はごく普通の宿屋。
店の前に出されている看板には、一泊銅貨三枚と書かれていた。
古く汚いし、周りはピンク一色で治安も悪そうだが値段がとにかく安い。
俺の手持ちは銀貨三枚しかないが、銀貨三枚でも十泊もすることができる。
まだ一軒目だが、部屋さえ空いていればこの宿屋に決めてしまうとするか。
別の宿屋を探すことはせず、俺はピンク通りにある古く汚い宿屋の中へと入った。
建物の中は外観以上に汚く、掃除をしているのかどうかも怪しい内装。
それでも地下の金属牢よりかは全然マシなため、入ってすぐ見えたフロントにて話を伺いに行く。
「いらっしゃい」
「世話になりたいんだが、部屋は空いているか?」
「ああ、空いているよ。何泊するんだい?」
何泊……か。全く決めていなかったけど、とりあえずは手持ちの分で泊まれる十日は取っておこうか。
「とりあえず十日。大丈夫か?」
「もちろん大丈夫さ。十日分の料金は前払いにするかい? それとも一日ごとに支払うかい?」
「前払いで払わせてもらう」
俺は銀貨三枚を取り出し、受付に立っていたおばさんに手渡した。
これで十日はこの宿で寝泊まりすることができる。
そしてこの十日間の間に職を見つけ、衣住食がまともに行えるだけの金を稼げるようにならないとな。
「はい。確かに銀貨三枚頂いたよ。シャワーは裏手から外に出たところにあるから好きに使っとくれ。共用のものだから雑に扱わないでくれよ。部屋の番号は三〇一号室。階段を上がってすぐの部屋」
「分かった。感謝する」
部屋の鍵を受け取り、おばさんに感謝の言葉を伝えてから早速部屋へと向かった。
いつ底が抜けてもおかしくない激しく軋む階段を上り、渡された鍵の部屋の前に立って開錠する。
鍵を開けても尚、開きづらい扉を押し開けて部屋の中へと入った。
換気をしていないからかカビの臭いが鼻を衝いたが、全然許容範囲内の部屋。
カッピカピでぺったんこの布団に古びたランプ。
錆びついた窓に、申し訳程度の水漏れした洗面台がついた小さな一室。
一般的に見れば酷い部屋なのだろうが、俺からしたらテンションが上がってしまうぐらいにはちゃんとした部屋と言える。
任務で金属牢以外にも宿屋で寝泊まりをしたことはあるが、殺しの仕事が絡まないというだけでこうも気持ちの持ちようが違うとはな。
あの時は一切気が抜けなかったし、心が休まるタイミングは金属牢に戻ってからだった。
ただ、金属牢では体が休まらないという矛盾が孕んでおり、心身ともにゆっくりと休めるのはこの部屋が初めてかもしれない。
まぁ職が決まるまでは休んでいる場合ではないんだが、少しくらいはかまわないだろう。
錆びついた窓をこじ開け、新鮮な空気を取り込んでからぺたぺたの布団に横になる。
長旅での体の汚さが気になりはするものの、体が重力に逆らうことができなかった。
職探しは明日から行うとして――今日は初めて全てを忘れて眠るとしようか。