第168話 発売日
試作に試作を重ね、ようやく新しい魔道具が完成した。
形ができてからもかなり時間がかかったが、ヴェラが強いこだわり見せたお陰でかなり良い物に仕上がっていると思う。
まずは特筆すべきは吸引力。
ゴミだけを吸い取れる丁度良い強さに調節し、先端を細くしたことで物と物の間のゴミも吸い取ることができる。
強さも三段階に調節でき、魔石の消費量なんかも考えて自分で強さを調節できるようにしてある。
軽量化にもこだわり、女性がギリ片手で持てるぐらいの重さに留めた。
吸い込んだゴミを簡単に捨てられるようにもしてあるし、何よりその見た目をヴェラがこだわったため、家に置いてあっても外観を崩さないスマートな見た目となっている。
値段は金貨七枚と少々高めの設定にしてあるが、これでも割とギリギリな値段設定。
売れない要素を挙げるとしたら値段ぐらいだが、これだけのものを作ったのだから強気でいっていいはず。
「ん、いい。こうして店頭に並んだことで、ようやく完成したって実感する」
「髪を乾かす魔道具も悪くなかったが、掃除用魔道具は一段階上の出来だな。こうして売りに出されているところを見ると、興味がなくても注意を惹くと思う」
「値段が高いことだけが不安だけど、これ以上は安くできないよね」
「値段については散々計算しただろ。これ以上下げたら売る意味がなくなってしまう。……大丈夫だ。髪を乾かす魔道具の功績だってあるし、今回のは抜けて質も高い。きっと売れる」
「じゃあ売れなかったらジェイドのせいでいい?」
「それは駄目だ。俺達二人の責任だな」
「ケチ」
店が開店する三時間前に二人で集まり、店頭に並べた掃除用魔道具を眺めながらそんな会話を行う。
費やした開発費が開発費なだけにプレッシャーも凄く、ヴェラの手が僅かに震えているのが分かった。
かくいう俺も緊張しているし、ここから先は努力ではどうにもできない世界。
暗殺者の仕事の方が楽だと思う反面、頑張った成果がどんな形であれ結果して現れることへの楽しさは何倍も大きい。
「朝からゴソゴソしていると思ったら、二人して魔道具を見に来ていたのか!」
「レスリー、おはよ。最終チェックを行ってた」
「そんな心配しねぇでも大丈夫だ! 二人が開発したアイテムはめちゃくちゃ売れている訳だしな! なんだかんだ髪を乾かす魔道具を予想していた以上に売れてるし、この魔道具が売れなかったとしても痛く……ねぇことはねぇが大丈夫だ!」
起きて店へとやってきたレスリーは、来るなり俺達が安心するような言葉を投げかけてくれた。
ただ。こういう優しい態度を取るレスリーのためにも売りたいって気持ちが強くなるため、割と逆効果でもある。
「無駄に気負うつもりはないが絶対に売りたいと俺は思ってる。できることはもう少ないが、やれることはやるつもりだ」
「私も同じ。頑張って売る」
「俺としては嬉しい限りだが……うしっ! なら全力で売りまくるか! みんなにも手伝ってもらって、今週は徹底的に掃除用魔道具を押していこう!」
「ああ、全力で押すつもりだ。それと、魔石屋『ラウビア』とも連携を取っている。風の低品質魔石を優先的に卸してくれるらしいから、一緒に売り出すこともできるのは大きいと思う」
「流石はジェイドだな! 魔石屋の店主とも仲良かったから動いてくれてたのか!」
「魔道具に使うエアジストも多く必要になるから、そのついでに交渉しただけだ。金額もかなり安くしてくれているから、相乗効果で売り上げを伸ばすことができると思うぞ」
ゲンマには色々と良くしてもらっており、相場よりもかなり安く魔石を買うことができた。
今後の魔道具制作にも魔石は必要不可欠なため、ゲンマと仲良くすることができたのは非常にメリットが大きい。
既にヴェラとは顔見知りなため、この風魔石の取引でレスリーとも仲良くなってほしいところ。
「土台は出来上がっているってことだな! 魔道具を作ってくれている職人たち、魔石屋……『シャ・ノワール』だけじゃなく、他の人達も幸せになるってんなら益々売らなきゃ行けなくなってきたぜ!」
「そういうことだな。良い物を作ったと自信もって言えるから、絶対に大ヒットさせよう」
「もう二度と悔しい思いはしたくないから絶対に売る。開店までに仕上げよう」
それから他のみんなが出勤するまで、三人で配置やら飾り付けやらを考え抜いた。
レスリーお手製の看板も制作でき、準備は完全に整ったと言っていい。
「それじゃ俺は配達を済ませてくる。ヴェラ、レスリー、ブレント――それから、今日はグレンとノラもよろしく頼んだ」
「任せておけ! きっちり宣伝してガンガン売るからよ!」
レスリーが親指を立てて返事してくれたのを見てから、俺は配達へと向かった。
最近は新しく入ったグレンとノラは基本的に配達の業務をこなしていたのだが、忙しくなると仮定して今日だけは前のように俺とニアだけでの配達。
ニアも配達スピードが格段に速くなったし、俺だけの分ならば午前中に配達を終えることができる。
いつものことながら配達している間は気が気ではないのだが、みんなを信じて俺は配達に専念するとしよう。
 





