第152話 練度の高い動き
俺には一切気づいていないことを確認してから、背後から襲うべく飛び降りたのだが――。
「シャパルッ! 上から何か降りてるぞォ!!」
前を歩いていた冒険者風の男がそう叫んだ。
やはり読み通り、前の男と尾行していたシャパルと呼ばれた人間はグルだったようだ。
というよりも……前の男の後頭部が開いている。
確実に二人の不意を突いたはずだったが、前の男は後頭部にもう一つの顔があるのか?
飛び降りている最中に気づかれ、かなり不利な状況だが冷静に分析していく。
俺の真下にいるシャパルは帯びていた剣の柄を握っており、俺の着地際を狙って攻撃するつもりだろう。
攻撃を躱して顔面に一発叩き込む。
そのことだけに集中し、俺の狙い通り居合いでの一撃を放ってきたところを体を捻って躱し、落下の勢いそのままに拳を放ったのだが――。
俺の拳がシャパルに届く前に、どこからか分からない攻撃が俺の背中に直撃した。
意識外からの攻撃に一瞬焦ったが、ひとまず冷静に着地してから思い切り地面を蹴り上げて空中に逃げる。
俺が登っていた建物の壁に拳を叩き込み、無理やり壁に張り付いて見下ろした。
真下にはシャパルの他に二人の人間が立っており、その内の一人の剣には俺の血が付着している。
突如として現れた奴に斬られたのは間違いないが、どこから現れたのか全く分からなかった。
気配もなければ隠れる場所もない。……何かしらのスキルの可能性が高いな。
「なに仕留め損ねているのよ! 完全に不意を突いたのに逃げられるってどういうこと!?」
「悪い悪い。逃げられたけど、深い傷は負わせたぜ。四人で囲めばすぐに殺せる」
「ワタクシは一撃で殺すことにこだわりすぎてしまいました。舐めていたつもりはありませんが、動きは相当速いですね」
「アバルトが殺られたんだから、そんなこと分かっていたでしょ! それにシオンは動きも見たでしょ! ――もうッ! 私がそっちの役をやるんだった」
下では三人が言い争いをしており、シャパルと呼ばれた人間が怒りの色を隠せていない。
それにしても……下の三人中二人が女か。
奥にいる後頭部にも顔がある奴は男だったが、半分が女というのは実に珍しい。
アバルトの名前を出したということは、同じ組織に属しているでほぼ間違いないだろう。
マイケルを襲った奴も女だったし、この組織は女を多く採用しているようだ。
「おーい、下りてこいよ。上にいたら殺しづらいだろ?」
「バレスさん、上を塞いでください」
後頭部に顔のある男は、女の指示を受けて屋根上へと登ってきた。
逃がさないように囲むつもりのようだが、残念ながら俺は逃げるつもりは一切ない。
背中の傷はそこそこ深いが動きに支障はでない程度。
厄介そうな能力を持っているのが確定していることだけが心配だが……まぁ負けない。
俺は壁を蹴り、三人から離れた位置に着地する。
着地際をシャパルが刈りに来たが、その攻撃を避けて今度こそ拳を叩き込む――と見せかけてステップバック。
攻撃のタイミングで距離を取ったことで、さっき何をされたのかがようやく理解できた。
シオンと呼ばれた女と俺に一撃を与えてきた男が、シャパルの影から飛び出てきたのだ。
恐らく、シャパルの影の中に隠れることができるというユニークスキル持ち。
この能力によって、俺は急に現れた二人に背中を攻撃をされたという訳だったのか。
初見殺しにも程がある敵ながら良いスキルだな。
「また躱されましたわ」
「関係ない。三人で囲んで殺すぞ。絶対に逃がすな」
「二人共、本当に何をしているのよッ! あーもう、イライラする!」
もう不意打ちは通用しないと判断したのか、三人まとめて攻撃を開始してきた。
バレスも下に降りてきてはいないが、上から弓を構えているし厄介極まりない。
位置取りを考えながら、三人で上手く射線を切って戦闘を開始したのだが……。
矢を放つタイミングで影の中に隠れるため、俺の立ち回りが全て無駄となった。
全員の連携が取れているし、対人間に特化した冒険者のような立ち回りを取ってきている。
拍子抜けだった勇者パーティとは違い、俺専用に練られたような動きについ楽しくなってきてしまうな。
「こいつ……追い込まれているのに笑ってるとか随分と余裕だな」
「早く殺してしまいましょう。フォラスさんもスキルを解放していいですよ。ワタクシがカバー致します」
シオンのその言葉を皮切りに、初撃で俺に一撃を当ててきたフォラスと呼ばれた男がスキルを発動させた。
どんなスキルかとワクワクしていたが、単純な速度上昇スキルで面白味はない。
動きが速くなる分、隙も大きくなるスキルのようだがシオンのカバーが上手い。
更にシャパルが魔法によって光源を作り、影を自由自在に伸ばして影での行き来をしやすくさせているため、倍以上の人数を相手にしている感覚。
シオンの影の中からの攻撃、フォラスの超速の連撃、シャパルの影スキルと光魔法でのサポート、パレスの上からの正確な射撃。
四方八方から攻撃が飛んでくるが――俺は頭をフル回転させ、冷静に全ての攻撃を防いでいく。
「な、なんで仕留めきれないんだ。俺が攻撃して気を引いている間に、シオンとパレスはもっと隙を突いてくれ」
「やっております! 完全なる死角からの攻撃なのに――なんで避けられるんですか!?」
「二人共落ち着いて! 私達が一方的に攻撃しているんだから、ゆっくりと攻めればいいのよ!」
最初は淡々と作戦を実行するという立ち回りだったのに、俺に完璧に対応されたことでメインアタッカーを張る二人が僅かながら焦りを見せた。
俺は死角を限定させることでそこへの攻撃を誘発していたのだが、この目まぐるしい戦闘の中では流石に気づけなかったか。
ここまで完璧だったが、焦りによってシオンのサポートが一瞬遅くなり、フォラスがバランスを崩したところが完全な無防備状態となった。
その隙を俺が見逃す訳もなく、喉元に短剣を突き立てる。
フォラスの喉から鮮血が吹き出し、その様子を見たシオンが慌ててシャパルの影に隠れようとしたのだが、影に逃げ切る前に投げた短剣が背中から心臓に刺さった。
体を半分影に埋めたまま倒れたシオンの背中から短剣を回収しつつ、今度こそシャパルの顔面を俺の拳が捉えた。
鼻を完璧に捉え、勢いよく壁に衝突したシャパルは破裂音のような短く小さな悲鳴を上げたが、まだ死んではいない。
念のための追撃で顎先をローキックで掠め取ってから、俺はすぐに上へとよじ登る。
やられた三人を見て、すぐに逃亡を図ったパレスだが……。
普段から屋根の上を移動しまくっている俺から逃げられる訳などなく、恐怖で歪ませている後頭部の顔を拝みつつ、背後からパレスを拘束。
情報を聞き出す用にシャパルの身動きを封じてあるため、パレスはこのまま首に腕を回して絞殺。
そのまま裏道に飛び降り、三人の死体を気絶しているシャパルの前に並べた。
後は……シャパルを無理やり起こし、情報を聞き出すだけだな。





