第143話 優男
見つからないように移動を開始し、前回下見を行ったアジトの裏へとやってきた。
深夜だというのにしっかりと見張りがおり、常に警戒態勢を敷いているのが分かる。
「ここから侵入するのかね? それで待機している私は何をすればいい?」
「俺からの合図があったら、正面入り口で暴れて欲しい。そして頃合いを見て捕まらないように逃げてくれ」
「なるほど。注目を浴びるのが私の役割って訳だね」
「そうだが、基本的には俺だけで終わらせるつもりでいる。合図があった時は最終手段が必要になった時だけって感じだ」
マイケルの手を煩わせるつもりはない。
ただ何が起こるか分からないため、何かあった時のための最後の砦のようなもの。
「なるほど。そういうことならば、何も問題なく戻ってくるのを願っているよ。それで合図というのはどんな合図なのかね?」
「外に煙玉を投げる。煙玉が外に投げられた時に正面入り口で暴れてくれ」
「煙玉が外に投げられたら暴れればいいのだね。了解した」
これで作戦会議は終了だな。
作戦らしい作戦はないが、マイケルにはこの一つだけ守ってくれればなんとかなる。
ターゲットは暴虐無人の大男——ヴァンダムのみ。
できれば以前取り逃した男や、強そうな人間を仕留めたいところではあるが……高望みはしない。
冷静にヴァンダムだけに狙いを定めて、確実に任務を遂行させる。
自分の中でスイッチを入れ、俺はフードを深く被ってから『都影』のアジトの壁を登り始めた。
外の見張りには気づかれずに屋根上まで登ることができ、あとは人気のない場所から中に侵入するだけ。
侵入経路は既に見つけているため、どこから侵入すればいいのかの確認を行う。
ヴァンダムの居場所は、恐らく一階南西の大部屋。
前回はこの部屋に入っていったのを確認しているため、ここを目的地とすると……侵入するのは南西側の窓からがいいだろう。
人の気配がないことを確認してから、静かに窓を割って中に侵入した。
深夜ということもあり、アジト内は静まり返っている。
俺としては動きやすいが、ここまで静かだと逆に疑ってしまうのが性分。
絶対に気配を漏らさないように慎重に進み、真下にあるヴァンダムの部屋を目指す。
二階は二階で気になる気配がいくつかあるのだが、今は全てに構っている余裕はない。
ヴァンダムを仕留め、余裕があった場合のみ他の実力者も殺す。
揺らぐ気持ちを宥めつつ、下に滑り降りるための支柱を探していると――窓から差し込む月明かりに照らされた一人の人間が前方に見えた。
気配は一切感じないため一般人のはずなのだが、俺のいる方向を向いて微笑んでいるのが分かる。
これは……気づかれているのか?
マイケルのように実力を隠しているようには見えないし、本当に弱い人間にしか感じられないのだが見た目は強者の雰囲気が纏っている。
教会で神父でもやっていそうな優男の風貌。
ゆったりとした服装も相まって戦意を起こしずらい、暴虐無人のヴァンダムとは真逆の人間といった印象。
「そこにいるのは分かっていますので隠れないでいいですよ。侵入した狙いはなんですか?」
隠れたまま息を潜めていると、俺に向かってそう声を掛けてきた優男。
やはり俺の存在に気づいていたようだな。
となってくると、実力がないのではなく気配の消し方が上手いことになる。
単純な直感だが、この優男はヴァンダムよりも嫌な感じがするな。
「お金が目的ならば私のところで働きませんか? 相当な実力者なのは気配の消し方から分かります。あなたが望むだけの金銭を差し上げることができますよ」
続けて交渉を開始してきた優男に対し、これ以上身を潜めていても意味がないと悟る。
不意打ちもできないのならば、姿を見せるとしよう。
「金目的じゃないから断らせてもらう。仲間は呼ばなくていいのか?」
「やっと姿を見せてくれましたね。……本当に凄い実力者だ。見ただけで鳥肌が立ちましたよ」
恍惚な表情を浮かべながら、身をよじらせてそう言ってきた。
何もかもが嫌な感じがして、俺が苦手なタイプの人間であることは間違いない。
「わざわざ呼び止めたということは見逃してくれるって認識でいいのか? 俺の目的はこの下にいるヴァンダムという男の命だけ。このまま見逃してくれるなら、お前に危害を加えるつもりはない」
「残念ですが見逃すつもりはありません。下にいる男は『都影』にとって大事なピースの一つですので。私達の組織はこれ以上失敗できないんですよ。……ただ、仲間を呼ぶつもりはありません。雑魚が何人いても邪魔になるだけですからね」
口ぶりからして、こいつと『都影』は別と考えるのが正しいか。
失敗という単語からも考えて、『ジュウ』の名を口にしたあの女はこっちの組織に属していた可能性もある。
全て推測でしかないが、もしそうだとしたら……この男も俺の情報を持っているであろうため危険だ。
「仲間を呼ばないでくれるのはありがたいが、退かないというのなら死んでもらう。すぐに、そして苦しまずに殺してやるから安心してくれ」
「簡単にはやられませんよ。腕には自信がありますので。私の名前はアバルトです。あなたのお名前は何というのですか?」
「俺のことを倒すことができたら教える」
名前を聞いてきたアバルトと名乗った男にそう告げてから、攻撃を開始した。
今回の戦闘で求められるのは音を立てず、そして素早く殺すこと。
俺は様子見は一切せず、殺しにかかった。





