おいでよ、魔法の世界へ Ⅲ
「――魔力、魔法というものがこの世界では非現実的なもの。そう思われているけれど、魔力や魔法というものは実在しているんだよ」
ぱちんと指を鳴らして私の周辺にいくつかの水球を生み出す。
それらをふよふよと空中に浮かばせたまま、唖然とした3人の近くをゆっくりと移動させていく。
いくら唖然としているとは言っても、さすがに目の前に広がる光景を無視できる訳ではないようで、3人揃って目の前にやってきた水球を追いかけて目を動かしているのが見て取れた。
そんな3人の前で水球を操作し、魚の形に。
姿を変えた水の魚に目を丸くするみんなの目の前で、今度は空中を泳がせるように操ってみせつつ、私は続けた。
「魂というものを聞いた事があると思うけど、魔力というものはその魂に宿るもの。肉体的な構造は一切関係なく、この世界に存在しているような物理的な法則も通用しない、全く法則の異なる力。それが、魔力。そんな魔力を用いた技術、それが魔法」
ふよふよと空を泳ぐ魚を高く泳がせて、再び指をぱちん。
弾けた水の魚が散ってシャワーのように私達に降り注いできて、3人からは「きゃっ」だの「おわっ!?」だの声が聞こえてきた。
陽射しを遮るものがないし、熱中症対策という事で軽く水をかけてあげれば、身体の熱を奪っていってくれるだろう。
乾かすのは放っておけばすぐ乾くだろうし。
ちなみに可愛らしい悲鳴っぽい感じはこのみんで、トモとユイカは後者。
……それでいいのか、アイドルの卵。
「この魔力を扱えるのは、世界的に見てもごく一部の存在のみ。一般的には知られていない存在。でも、この力の片鱗に目覚めている存在は確かにいるの。超能力者、なんて呼ばれ方をしていたりもするみたいだね」
ちなみにこれ、ロココちゃんが情報源。
決して私が適当な事を言ってる訳じゃない。
私やレイネじゃ力が強すぎて、一部を開花させた程度の存在なんて全くもって感じ取れないけれど、一部の力だけが発露した存在こそが超能力者、あるいは仙人だとか魔女だとか呼ばれていて、実は今も一定数存在しているらしい。
つまり、〝魔力〟の呼び方、考え方が様々なものに変わっているのだろう。
国によってはサイキックパワー、あるいは仙力。この国では霊力、神通力なんて呼ばれ方をしていた過去もあったみたいだけれど、結局のところ本質は〝魔力〟となんら変わらない。
ただ、この世界に生きる魂の持つ魔力量は限りなく少ない。
レイネの魔力はこの世界の神族を超えているらしいしね。そうなれば、そんなレイネよりも圧倒的に魔力量の多い私は言わずもがな、というものらしい。
ともあれ、そんな世界なものだから魔法のように魔力をしっかりと操る術が発展せず、いつしか消失してしまった、というところなのだそうだ。
結果として、先天的に一部の方向性に特化したような力を得る超能力者、なんてものが稀に生まれるらしいけれどね。
「たとえば、ユイカ」
「――ふぇっ?」
「冬に私が薄着でも平気な顔をしていたり、この時期、この暑さなのに私がまったくもって汗ばんだり暑そうにもしていないことを、不思議に思ってたよね?」
「う、うん、そうだけど……」
「……まさか、それも魔力という力のおかげ、というの?」
「このみん正解。魔力を操って生み出した障壁を、自分の周りに展開しているんだよ。ただそれだけで、私は外気を遮断して心地好い温度を保っていられる。つまり、冬は暖房、夏は冷房の効いた部屋にいるようなものかな。現に、ほら。今だって私、一滴たりとも濡れてないでしょ?」
滝のように降り注いだ訳ではないけれど、空から降り注いだ水がかかる位置にいたという事は、3人も理解できている。
実際、私達が立っているこの砂浜の周辺だけ、僅かに水がかかって濡れた形跡が分かる程度に砂も色が変わっているしね。
でも、私――それに、私の斜め後ろにいるレイネも、周囲の砂が濡れているのに一切濡れていない、というのは見て取れるはず。
「まあこんな感じで、ぶっちゃけ私の場合、大雨だろうがなんだろうが傘とかなくても濡れずに全て遮断する事だってできちゃうんだよ。まあ、この程度は魔法を使えるようになれば序の口というか、入り口に立ったに過ぎない範疇だったりするけどね」
そう言いながらその場で海の方に身体を向けて、右手に魔力を込めていく。
デモンストレーション程度だし、そこまで力を込めるつもりはないけれど、見て分かるぐらいの変化は発生してほしいから、と少し魔力を強めに込めて手を振り払った。
直後、その手の軌道の延長線上に砂浜を抉りながら海に進む衝撃波が放たれて、海にぶつかり、海すらも割るように突き進んで遠くで消えていった。
左右に舞い上げられた砂も、海の海水も、せいぜいが高さ2メートル程度といったところまでしか上がっていないし、そこまで派手じゃないよね、うん。
「魔力をある程度操れるようになれば、こんな事だってできちゃうんだよ。トモ、それにこのみんの目の前で、私が大の男を殴り飛ばしたり色々やっていたのはこういう魔力強化を用いたおかげって訳だね」
「…………はー…………?」
「……ちょ、ちょっと待って……。じゃあ、私が見た、廃校舎の床が砕けたアレは……」
「あー、あれはあのままぶつけたら頭が弾けてただろうから、衝撃を魔力の障壁で受け止めて逃しただけだよ」
このみんが口にしたのは、私がこのみんに連れて行かれた時にチンピラっぽい男の金的を蹴り上げて、その頭を床に叩きつけた時のものだ。
あの時は怒りのままに力を込めそうになったものだからね。
「分かりやすく言うと……んー、レイネ。受け止めて衝撃を後方に流して」
「かしこまりました」
海に向いた私の位置から見て、真横の位置に移動しているレイネに短く告げて、魔力を込めた腕を振るう。
レイネはその腕を片腕で受ける――と同時に、私から離れた方に下げていた右足に衝撃を伝えてみせた。
3人から見れば、私が突然腕を振るったかと思えば、その瞬間にずどんと響くような音が聞こえてきて、続いてレイネの右足の後方の砂が勢いよく爆発したかのように吹き飛んでいったように見えるだろう。
「相変わらず、綺麗に受け流すね」
「メイドですので」
「うん、その回答で『そうだね、メイドだもんね』とはならんのよ」
「そんなまさか。お戯れを」
「戯れてるのはそっちだよ? え、なんで真顔? 何その信じて疑ってない感じ。首傾げないでもらえる?」
「そんな事より、凛音お嬢様。続きをどうぞ」
「え、あ、うん」
なんか見事にはぐらかされた気がしなくもないけど、とりあえずレイネから3人に視線を戻しておく。
すると、ユイカは目と口を丸くしてはいたものの、トモとこのみんはなんとなく納得したような表情を浮かべていた。
「……だからリンネ、あんなメチャクチャ強かったんだね」
「まあそんな感じ。もっとも、トモの前で見せた時は、あくまでも普通の人間が魔力を使わなくてもできる範疇に収めてたけどね。本気を出すどころか、今さっき海に放ったアレだって、魔力障壁も纏えない人間に当たったりしたら真っ二つになってるよ」
「え゛」
「まあ要するに、私はそういう力を持っていて、私のメイドであるレイネもそういう力を持っているっていうのが前提の話になるんだけどさ。――トモ、ユイカ、それにこのみんも、魔力を使えるようになってみない?」
下手に考える時間を与える前に、捲し立てるように私は続けた。
「利点は、さっきも言ったように夏でも涼しく、冬は暖かく、雨が降っても濡れずに済むっていうのが一つ。それに、花粉症すら相手じゃなくなる」
「その話、詳しく」
「そうね、詳しく」
「うん、はよ詳しく」
…………いや、花粉症どうにかなるって一言に食いつきすぎでしょ。
「さっきも言ったけれど、魔力で障壁を作って異物を弾いちゃえば、当然花粉なんて届かないんだよ。だから花粉症にもならないし、空気感染するような感染病なんかが蔓延してても罹らないって話なんだけど」
「何それ無敵じゃん」
「え、ヤバ、超ほしい」
「……欲しい」
めっちゃ食いついてるじゃん、3人とも。
そんなにか、花粉症。
「まあ、さすがに私やレイネ程の力を得るのは一朝一夕じゃ無理だけどね。ここに転移した魔法とかも使えるようになろうとしたら、それこそ十年近くは修行する必要があるだろうけど、さっき私がレイネに向かって攻撃した程度の力なら、3人でもすぐにできるようになるよ。当然、魔力障壁はその前の段階の話だから、そっちもすぐにマスターできるね」
「あ、じゃあウチやる」
「アタシも」
「わ、わたしも!」
……いや、かっる。
というかみんな、花粉症に勝てるってだけでほぼ受け入れてない?
そんな事ないよね??
「……割とあっさり受け入れてくれてるみたいだけど、怖くないの?」
私さ、実は魔力の話とか魔法の話とかして、場合によっては私を怖がるかな、とかちょっと脳裏を過ぎったりしてたんだけど?
ほら、私がその気になれば人とかあっさりと殺せるって堂々宣言したようなものだしさ。
だから普通、ちょっとは怖がったりするんじゃないの?
「……? 何が?」
「いや、だって、魔力とか使える私みたいな存在がいるとか、あっさりと人を殺せちゃうんだよ? 分かりやすく言えば、見えない銃を持ってるようなものだよ?」
「そう言われても、リンネはリンネじゃん? ウチのこと助けてくれたし」
「それなー。つか銃があったってそれを無闇に乱射したりしたらヤベーヤツだけど、海外じゃ自衛の為に持っておくものじゃん。結局、そんなん持ってる人次第だし」
「まあ、それはそうだけどね……」
トモに続いてユイカがあっさりとそんな風に言い放ってしまうものだから、私としても何も言えない。
実際、料理用の包丁だって人によっては凶器にだってなるしね。
まあ、銃っていう直接攻撃するためのものとはちょっと意味合いが違うかもしれないけれど、人を傷つける事ができるものではあるし、似たようなものだ。
続いてちらりとこのみんを見てみると、このみんが苦笑した。
「そんな顔しなくても大丈夫よ。わたしは、リンネにそういう力があって良かったと思ってるぐらいだもの」
「良かった?」
「そうよ。だからこそ、あの時に全てを跳ね除けることができて、今こうして一緒にいられるって判ったんだもの。それに、逆恨みされて何かされるんじゃないかって不安も少なからずあったから。でも、その魔力とか魔法とかがあるなら、そんなものはどうにでも跳ね返せるってことでしょ? だったら、むしろその力は忌避するようなものどころか、あって良いものだって思うわ」
「……そっか。うん、そうだね。まあ私を本気で殺そうと思っても、この世界の兵器じゃ私に傷一つつけられないから安心して。返り討ちにできるから」
「別の意味で不安になるわよ、それ」
「え、なんで? これ以上ない程に私の安全をアピールできると思ったんだけど?」
「……まあ、それはそれで安全ってよぉく分かるけど……」
それだけ呟くと、このみんは何故か頭痛がすると言いたげにこめかみに手を当てた。
「つかウチらが魔法とか、ヤバくね?」
「ほんそれ。え、魔法少女ごっことかしちゃう?」
「いや、高校生にもなって魔法少女ってちょっとどうなのよ。さすがに恥ずかしいのはイヤよ」
うん、いきなり魔力とか魔法とかの事を打ち明けて、ちょっとは困惑したりするのかなって思ってたんだけどね。
トモとユイカがさっきまでのショッピングと同じようなノリで盛り上がってて、このみんがそれに冷静にツッコミを入れていて、いつも通りの光景が広がっている。
……いや、うん。まあいいけどさ。
もしかしたら嫌われるかも、とかは思ってなかったしね。
この3人なら普通に受け入れそう、とか思ってたし。
けど、ほら。
もうちょっとこう、なんかあっても良くない??
「……よく軽く受け入れたね、みんな」
「つか東條のあの一件で、リンネが普通じゃないって事には気付いてたし、ウチ」
「あーね。普通のJKじゃ無理じゃん。常識的に考えて?」
「それはそうなのよね。まあ何かを隠したがってるような気がしてたから、無理に聞き出そうとは思わなかったけど」
……レイネの予想、当たってたらしいね。
ちらりとレイネを見たら、『メイドですので』と念話が飛んできた。
うるさいよ。




