おいでよ、魔法の世界へ Ⅱ
水着の買い物ってこう、ちょっと恥ずかしいものがあるよね。
ほら、開放的な海とかプールとか、そういう〝場〟じゃない場所で下着と同程度の露出度を人に見せなきゃいけなくなるっていうところがさ。
「スタイルしっかりと維持してるからね。恥ずかしいけど、まあそれなりに?」
「ウチらは水着写真とか撮る事もあるしね。今更あんまり気にしないっていうか。というかリンネだってスタイルめっちゃいいんだし、恥ずかしいことなくない?」
「それはそれ、これはこれ」
「……いいわよね、みんなは。大人っぽくて。わたしなんてちんちくりんで……ふふ……。一昨日、親戚とプールに行ったら、親戚の中学生の男の子に年下扱いされたわよ……」
「このみんが暗黒面に堕ちた!?」
トモは淡い水色の花が描かれたホルターネックのビキニで、ユイカは黒ベースに金色のクロスがついている、いわゆるクリスクロスビキニが気に入ったらしい。
ギャル感がすごいね、ユイカ。
露出はしっかり、けれど布地が割りと多めで露出し過ぎてる感が薄まるデザインだけど。
ちなみにこのみんは、赤ベースのオフショルダービキニで胸が小さめでも可愛らしく見えるタイプのもので、私は淡いグリーンと白ベースのフレアビキニとパレオで、割りとビキニにしては露出が少なめのものをチョイスした。
「ワンピースタイプは子供扱いされるから絶対着ないわ!」
「お、おう」
このみんの誓いが水着売り場に響き渡る中、私とトモ、ユイカは無言で視線を交わらせた。
――確かにワンピースタイプは子供っぽいけど……。
――それだけじゃなくない?
――それ以上はいけない。
そんなやり取りが密かに行われたのは、このみんには言うまい。
ともあれ、水着を買ってからは今度は夏服や小物を見て回る事に。
なんやかんやと色々と買ってみたり、これは似合うんじゃないか、あれは似合うんじゃないか、これの違う色が欲しいけど見つからない、というわちゃわちゃとした買い物を楽しんで、一休みついでに昼食にイタリアン系のレストランに入店。
「――ランチメニューはすでに終了しております、だって」
「うへー、なんか色々見てたから結構時間経っちゃったね」
スマホを取り出したトモが時計を見せてきて、今がすでに14時過ぎだと気がつく。
ランチメニューのラストオーダーは14時だったらしい。
「まあいいんじゃない? 軽く食べてこの後の予定決めようよ」
「買い物もある程度済ませたもんね。映画でも観る?」
「最近の映画、なんかビミョいよ?」
「あー、今面白いのやってないしねー。じゃあカラオケ?」
「わたしカラオケってあんまり歌える曲ないのよね……」
実は私もカラオケ行ったことないんだよね。
まあ、最近は『歌ってみた』動画を出してほしいって言われたりしてるから、レイネに軽く教わっていたりもする。
もちろん、向こうの世界であったような呪歌とかそういう類を使う訳じゃないから、あくまでも発声方法や表現方法だったりだけど。
レイネ曰く、声や音感は素晴らしいので、あとは抑揚や表現力さえ鍛えれば、とのこと。
なるほど、わからぬ。
任せる、ってなった。
「んじゃカラオケもちょっと微妙だねー。リンネ、何かある?」
「んー、じゃあせっかくだからみんなをご招待しようか」
「お? なになに? もしかしてリンネの家に行けちゃう感じ?」
「おー、なにそれ気になる! 行こう行こう!」
トモとユイカは何やら私の家に行く事を期待しているらしいけれど、私が言っているのは当然無人島の話である。
せっかく水着も買ったんだし、遊ぼうと思えば遊べるしね。
完全にプライベートビーチ……いや、プライベートアイランド……かな?
招待しようじゃないか、という事でレイネにもそのメッセージやら準備やらを頼んでおく。
食事を終えて私達が向かったのは、立体駐車場の屋上。
監視カメラに映らないように途中で認識阻害の魔法を全員にかけたのだけれど、そうとも知らない3人は迎えが来ているのかとワクワクしながらついてきてくれた。
そうしてようやく屋上駐車場の奥、監視カメラの死角まで連れてきたところで私は足を止めて、ぐるりと3人を見回した。
「これから3人に見せるものに驚くかもしれないけれど、質問は向こうに着いてから受け付けるね」
「え?」
「なになに、どゆこと?」
「えっ、えっ?」
困惑する3人を無視してその場で転移魔法を発動させる。
私がパチンと指を鳴らした途端に足元に広がった幾何学模様の光る魔法陣。
3人が目を丸くしながら困惑の声をあげているけれど、それらに何かを答える事もなく魔法を発動させる。
――――そして眼前に広がったのは、広大な海。
流木や海藻のゴミすらも何もない、美しくさらさらとしたキレイな砂が敷き詰められた砂浜が広がるその場所に、私たちは転移した。
「――…………は……?」
「……え……え? え、海……?」
「……うみ……」
人間、驚きすぎると言葉を失うとか、よく分からない言葉を連呼したりするなんて話は耳にした事もあったけど、確かにその通りであるらしかった。
トモとユイカは目を丸くして口までまん丸く開けていて、疑問符が何個も浮かぶような感じ。
このみんは驚愕しつつも現実であるかどうかを確認するかのように視線を巡らせていて、おそるおそるといった様子で砂浜に手を伸ばして砂に触れている。
そうして数十秒ほど。
少しずつ状況が理解できてきたというか、現実に意識が追いついてきたところで、3人は私に目を向けた。
そこで私は、堂々と胸を張ってみせて告げてみせる。
「――これが北欧の力、だよ」
「いや、北欧スゲーな!?」
「ちょいちょいちょい!? 北欧!? ナンデ!?」
「い、意味が分からないわよ!?」
いや、さすがに冗談なんだけどね。
ユイカだけは相変わらず北欧って言えばある程度信じてくれそうだなって思ったら、本当に普通に受け入れててビックリだよ。
「レイネ」
「――お待ちしておりました、凛音お嬢様」
「ふおっ!?」
「うぇっ!? い、いつからいたの!? ていうか今現れたよね!?」
「…………うそでしょぉ……?」
私の一言で斜め後ろに転移してきたレイネの姿に声をあげるトモとユイカ。
このみんに至ってはなんかもう、自分が発声してるって意識すらないぐらい力ない感じで呟いていて、なんかちょっと面白い反応をしてくれる。
「って、あれ……!? メイドさん、見たことあるような……」
「はい。先日、立花様が不埒な輩に捕らえられた際、凛音お嬢様が暴れて思わず肉片……げふん、トドメを刺そうとしたあの時に凛音お嬢様を止めたスーツの女こそ、私でございます」
「……っ、あの時の!?」
……あぁ、うん、トモの名字ね、うん。
おぼえてるよ、うん。
一瞬誰だっけ、とか思ってないよ、ホントだよ。
「――凛音お嬢様」
「お、覚えてたし」
「はい……? いえ、説明を促したつもりなのですが……」
「あ、うん。そうだね、任せて」
んんっ、と一つ咳払いして、今の今まで目を丸くしたまま固まっているみんなに向かって、私は気を取り直して口を開いた。
「――3人に、魔法という力を教えてしんぜよう」
魔王ヴェルチェラ・メリシスらしくニタリと笑って、ついでに魔力を僅かに放って髪や服を揺らしながら、私はそんな一言と共に魔法と魔力という存在について静かに語っていく。
低気圧で死にそう……アタマイタイ……_(:3」∠)_