【配信】裏 重大発表 Ⅲ
私――滝 楪――の休みは不定期に取れる。
ジェムプロのイベントが忙しい時期は当然そうそう休みなんて取れないし、状況によっては残業や、半休で分散して休みを取ったり。
もっとも、休みだと思っていたら呼び出された、なんて事だってあるけど。
何せVtuberはタレント――要するに機械的に完了するようなものじゃない。
ある程度は自身の裁量によって動いてもらっているし、その分、物事におけるイレギュラーが発生しやすい。
生放送という手法を取る以上、「あ、今のはマズいな。カットで」とはいかないのだから。
仕事柄、そういう仕事だと割り切っているし、有給休暇だって申請すればしっかりと取れるから不満もない。
強いて言えば、すっかり仕事が恋人になってしまっているし、仕事でも立場がそれなりに確立してしまっているためか、出会いがないというところだろうか。
まあ、色恋沙汰にかまけていられる程の暇もないけれど。
ともあれ、そんな私は今日は久々に二連休が取れて、明日も完全オフ。
大型の夏イベントに向けた準備も一段落したので、久しぶりの連休という事で自宅のマンションの一室で缶チューハイを飲んでゆったりと過ごしている。
――あぁ、明日も休みなんて幸せだなぁ。
仕事が続いた後の一日の休暇なんて、本当の意味で休日になりがちだもの。
頭を使いたくない、ぼんやりと過ごしたい、でも買い物だってしたいしお出かけもしたい、でも身体は動かない、とかね。
……決して歳を取って体力が減ったとか、そういうのじゃないから。
まだ三十路になってないし。
アラサーではあるけど。
「――ん……? 凛音ちゃん、重大発表?」
姪っ子である凛音ちゃんこと、個人勢Vtuberのヴェルチェラ・メリシス。
ゴールデンウィークを通して行われた『OFA VtuberCUP』以降、配信頻度を減らしていた。
それ以来、割と大人しめの配信を続けていたけれど、そんな彼女のサムネイルに重大発表と記入されて、配信予約が入っている。
個人勢Vtuberとして配信を始めて以来、すっかり明るくなった姪っ子。
その過激で歯に衣着せぬ物言いや、ピアノや絵、ゲームでの超人的なプレイヤースキルを持ち、イラストやモデルも自作できてしまう華のJK。姉さんの娘らしいというか、非常に多種多様な才能に溢れた子だ。
思い返してみても、元々そんな子ではあった。
飲み込まれてしまうような圧倒的な画力、惹き込まれるようなピアノの演奏というものは私も知っていたし、凄まじい集中力と処理能力を持っている子だったから。
けれど、その才能が埋もれてしまっていた。
容姿の特徴から思春期に周囲にからかわれ、内向的な性格で、目立ちたくないという意思からか口数も減ってしまっていた。
そんな彼女にVtuberとしての活動を薦め、いざ配信が始まれば、まさかの魔王様キャラ。
己を貫く魔王様感もあるけれど、芯が通っていて曲がった事を嫌い、正面から物事を見据えて相対してみせる、そんなキャラクターだ。
しかも、その初回配信を機に途端に実生活における態度や自信といったものも含めて、見た目だけじゃなく普段の言動までだいぶ様変わりしたものだから、随分と驚かされたものだったなぁ。
まだデビューして半年ちょっと。
チャンネル登録者数は、デビューから半年ちょっとの個人勢ではハッキリ言って有り得ない、脅威の40万人越え。
玉石混淆とも言えるVtuber業界は、デビューから2年経ってもチャンネル登録者数が千人にも満たない人だって多い。
そのため、大手の事務所に入る事で得られるシナジー効果というか、いわゆる〝箱ブースト〟がないと大成しにくい、なんて言われている業界なのに、彼女は稀有なパターンであると言えた。
ゴールデンウィークの『OFA VtuberCUP』で一時は50万人の登録者に迫りかけていたものの、彼女自身がこれからは対人ゲームはやらないと公言し、しかも配信頻度を減らして視聴者を篩いに掛けるような事をやってみせた。
その結果、ゲームのスーパープレイを期待していた視聴者や、「なんとなく話題になってるっぽいからチャンネル登録だけしました」というような視聴者はチャンネルを解除していく形になり、しっかりと配信を観てくれる視聴者だけを餞別するような形になっている。
ある意味、あの子の手腕は凄まじい。
実際にあの子が配信頻度を減らすと宣言した配信の中でも――――
――「ゲーム実況の腕のみを期待している者や、大して興味ないもののコラボが盛り上がったからとお布施感覚でチャンネル登録した者には悪いが、妾はそれらに無理に応えるつもりはないのでな。合わぬと思うならチャンネル登録は解除すれば良い」。
――――堂々とそんな発言をしたものだから、コメント欄はお祭り騒ぎになったものだ。
もっとも、お祭り騒ぎを引き起こした視聴者はコアなファンというか、凛音ちゃんのチャンネル登録を解除しない視聴者による、「そこに痺れる、憧れるゥッ!」みたいなノリのものばかりだったせいだけど。
そんなあの子が重大発表なんてサムネにつけているのは初めてかも。
引退するとかだったら間違いなく姉さんか私に言ってくるだろうし、ネガティブなものではないだろうなと想像はつくけれど、コメント欄では引退予測とそれを嫌がる視聴者の声が次々に流れていた。
今の内に冷蔵庫からもう一本お酒を取ってこよう。
そんな事を考えて椅子から立ち上がって冷蔵庫に向かい、戻ってきたところで画面がすでに切り替わっている事に気が付いた。
「あ、はじま……――え?」
そこに映し出されていたのは、もはやVtuberのライブ配信を超えた何かだった。
髪の一本一本がするりと流れていて、服の皺が生まれ、ふわりと揺れる。
僅かに片目だけを眇める事だってできている、そんな映像。
既存のモデルという、パーツを組み合わせてカメラと連動して〝設定された挙動を映し出すもの〟とは明らかに一線を画していた。現実の映像か、あるいは凄まじくお金をかけた3Dアニメーションを見せられているような、そんな映像だった。
「……新技術……? ……いやいやいやいやいや、ちょっと待って? そんなのどうやって凛音ちゃんが作れちゃうわけ? というかどういうこと? これホントに配信? え、プレミア公開の動画じゃなくて? え、ホントに?」
頭の中で整理していた言葉の数々が、整理しきれずに思わず口を衝いて出ていく。
――3Dアニメーションの動画?
いいや、違う。
彼女は確かにコメントを拾っているし、映像に音声を当てている、という訳でもない。
――新技術なんてどうやって?
レイネさんの実家……、つまり、篠宮家が提供した?
いや、でもそんな技術があるんだったら、もっと早く何処かから発表されていてもいいはず。
唖然としたまま思考だけが高速に巡っていく。
冷蔵庫から持ってきた缶チューハイを片手に持ったまま椅子に座り、ともかく一つ一つ情報を整理しようと己に言い聞かせ、ゆっくりと目の前に映し出されているそれを咀嚼していく。
ロココちゃんと呼ばれる少女が何者かとか、個人勢なのに箱になってるとか、そんな数々のツッコミ所満載の配信が進む。
そんな中、私は〝凛音ちゃんの叔母〟目線よりも、〝ジェムプロの人間〟として、この配信に戦慄していた。
――この映像クオリティでの配信、カメラワーク、奥行きのある映像。
それら全てが、最新技術を駆使してスタジオを作り、常にアップデートを重ねてきているジェムプロでさえも、不可能だという現実が私にはよくよく理解できた。
3D配信という技術上、モデルを動かすためのカメラが設置され、設定された空間内以外は映せない。
ジェムプロでもそれは覆せないけれど、複数のカメラを設置して、大量の処理を施してどうにか業界最大手の事務所に相応しく、常に最先端の技術を用いて視聴者によりクオリティの高いものを提供してきた。
――なのに、今目の前で流れているこの映像には、届かない。
冷静になればなる程に湧き上がってきた実感に、思わず私の手に力が入った。
「……悔しい、なぁ……」
叔母としての喜びや驚きを飛び越えて私の中に湧き上がってきたのは、ジェムプロの人間としての悔しさだった。
他所の大手事務所に比べても一つ頭が飛び出していると言わしめたジェムプロの配信技術が、今、まさにあっさりと打ち破られてしまったのだという現実に対する、悔しさだ。
――――なんて、そんな事を思って素直に喜んであげられない自分に自己嫌悪するよりも先に、件の凛音ちゃんが爆弾を投じた。
《――この最新技術は、まずはジェムプロあたりに使ってもらおうかと思っておる。そちらで上手くいけば、まずはVtuberを抱えている事務所を対象にして貸与を開始。その後は個人勢向けにレンタルしていく、というところかの》
「……は?」
『え、渡せるようなものなの!?』
『おいおいおいおい、マジか!?』
『独占しないの!?』
『さすがにこの技術は独占してもおかしくないのでは?』
『圧倒的な技術だし、どこにだって勝てるだろ、これなら』
次々と流れていくコメントの数々。
唖然としながらもついついコメントに目を向けていた私も、思わず「そりゃそうだ」と納得できるような声の数々だと思ってしまう。
けれど、どうやら凛音ちゃんにはそんな常識、通用しないらしかった。
というよりも、そもそも凛音ちゃんはそんな目的を持っていなかったらしく。
《は? 独占? 嫉妬されても面倒じゃろ、そんなの。どうせこの配信をやってみせておる時点で、技術提供の依頼やら何やら、連絡も来ておるであろうしの。のう、レイネ》
《はい。先程からダイレクトメッセージ等を含めて、多数の企業から届いております。もっとも、まだこの技術に対して懐疑的と言いますか、本当に配信で使えているのであれば技術を提供していただきたい、というような物言いです》
《ま、信じられんという気持ちも分からんでもないが……随分な物言いよの。フットワークの軽さは称賛すべきじゃが、疑わしいというのなら様子を見ておれば良かろうに》
《潰し……失礼、晒しますか?》
《ぴぇっ!?》
《……言い直した割にえげつないんじゃが? オブラートに包んで結果晒すって答えはどうかと思うんじゃが??》
『ロココちゃん震え上がって陛下の後ろに隠れてて可愛い』
『潰しますか、って言おうとしてたよね、確実にw』
『画面越しでも感じる冷たい言い方にぞくぞくしちゃうw』
『わい女だけど、レイネ様みたいなメイドさんがほしい。罵られたい』
『一定数変態が湧いてて草』
《相手にせんで良かろうよ。妾は妾が決めた相手にのみこの技術を貸与していく予定じゃ。さっきも言った通り、ジェムプロが最初じゃ》
『ジェムプロのみんながこのクオリティの配信を!?』
『やっべ、超見たいww』
『なんでジェムプロばっかりなんですか? おかしいですよね。クロクロでもいいと思いますけど』
『なんでジェムプロだけに贔屓するん? 平等じゃないじゃん』
予想通りというか、コメントではそうやって噛みつくような人達だって出てきているのね。
たとえばこの新技術にジェムプロが関わっているというなら、まずはジェムプロに、っていうのもおかしな話ではないかもしれない。
でも、ジェムプロでこんなプロジェクトが動いているなんて話は私だって聞いてないし、そもそもそんなプロジェクトが動いていたら事前に私みたいな立場の人間には知らされる。
つまり、関与してないのは間違いないのだ。
そういう正当性がないのにどこかを優先したりという発言をすると、こうして噛みつく人は一定数いるんだけれど……。
……相手が悪いと思うわよ、それ。
《は? 贔屓してるだの平等だの、何を言っておるんじゃ。そも、妾が妾のものをどうしようと、貴様らに何一つ言われる筋合いなんぞないわ、たわけ》
『圧 倒 的 正 論 ッ!』
『勝ったな、風呂食ってくる』
『フゥーーッ、さすが陛下!』
『贔屓だの平等だの騒いでたコメントがピタリとやんで草』
『風呂食ってくるってありきたりなコメントが微妙にツボ入って悔しい』
「これは草」
思わず私までネットスラングを口にする程度に、その一言は痛快だった。
忌々しそうにタブレット端末を見ながら、理解できない何かを見るような自然な表情を浮かべた凛音ちゃんが面白すぎる。
隠す気ない怒りというか、隠せない程の再現性というか、うん。
本当に「見るに堪えない愚かな何かを見た」と言いたげに表情を歪めたのが見えてるから、その言葉の刃がいつもよりえげつなく思えて、思わず笑ってしまう。
もう深く考えるのは後回しにしよう。
缶チューハイのプルタブをカシュッと開ける。
《平等? 贔屓? ハン、妾が妾のものをどうこうするのなら、それは妾の気分次第、さじ加減一つだと心得よ。貴様らが平等だ贔屓だと騒げば騒ぐだけ、妾は貴様らのせいで気分を害して貸与をやめてしまうやもしれんのう? ん? どうした? ほれ、さっき言っておったであろう? アカウント名読み上げてくれようか?》
「ぶはっ、つよい」
『これは最強w』
『堂々と言ってくれる辺りマジでスカッとするw』
『平等マン、贔屓マン息してる??w』
『エフィール・ルオネット〆:さすがは陛下でございますわ! スリスリスリスリ』
『エフィおるやんけw』
『めっちゃゴマすってて草』
《だいたい、平等だの贔屓だのと騒いでおる貴様らなんぞ、ただ己が恩恵に与れずに騒ぎ立てておるだけじゃろ。「自分が望む美味しい想いをさせろ」という幼児顔負けの稚拙な願望を耳心地の良い言葉で飾りおって、恥ずかしくないのかの? 妾は個人じゃぞ? 会社として開発し、会社として商品を発表しておる訳でもないしの。どう足掻いても貴様らに正当性なんぞ存在せんわ、阿呆め》
「つよすぎる」
コメント欄はお祭り騒ぎというか、加熱して盛り上がっている。
基本的に配信者という性質上、普通に考えれば炎上は避けたいだろうし、こういう状況になったら「これこれこういう理由だから、待ってくれると嬉しいな」ぐらいのオブラートで包んだ言い方をしたりするのが定石なんだけどね。
ただ、凛音ちゃんの場合は真正面から叩き潰すんだよね。
しかも、完膚なきまでに正論で。
誰からも好かれたい、炎上したくない、なんて思っていないからこそできる芸当だよ、ホント。
そんな事を考えていると、『Connect』にチャットを受信したと通知してスマホが鳴った。
…………明日の休み、なくなったなぁ、これ……。