謁見の間
無人島全体を配信スタジオ扱いにするどころではなく、城まで建てようというレイネの唐突な提案だけれど、夕陽が水平線上に見えるようになる頃にはお城も人が住める程度には完成。
内部には魔法を駆使したレイネによって赤く端が金色に刺繍された絨毯が敷かれ、私と部屋の奥の扉で繋がっているレイネの部屋、来客用の三部屋とロココちゃんの部屋はベッドにテーブル、ラグマットに調度品の数々が置かれて調えられていた。
そんな部屋の家具の設置を手伝っていた――というより、レイネについて回っていただけらしい――ロココちゃんもまだ見ていないという、謁見の間へ移動。
配信用の部屋こと本来なら謁見の間となるその場所は、長方形の広い部屋。
入り口となる高さ三メートル以上はあるであろう大きな扉から、真っ直ぐ奥に向かって伸びる赤い絨毯。その先、三段ほどの低い階段を昇った先には妙に見覚えのある玉座が置かれていた。
「……あの玉座……」
「はい。前世のお嬢様の玉座であり、Vtuberとしての配信でも座っていたあれと同じものをご用意いたしました」
「……そっか」
玉座に向かって歩み寄り、腰を下ろして足を組んでみせれば、レイネが私の隣に控える。
――あぁ、戻ってきたみたいだ。
そんな風に、ついあの頃を思い出してしまって……けれど、正面には跪いていた当時の臣下の姿はなく、ぼけーっとした表情で口を開いたままのロココちゃんの姿だけがそこにはある。
かつての光景に似ていたのは、城を建てたのが私であった事もあり、そして内装についてもレイネが担当したせいかな。
特に意識はしてなかったけれど、城と言えば、そして謁見の間と言えばこの形、という風に無意識でイメージしてしまったせいかもしれない。
そんな自分につい小さく苦笑を漏らしてしまい、ふとロココちゃんと目が合った。
なんかすっごい目を爛々と輝かせてこっちを見ていて、急に恥ずかしくなってきたんだけど。
咳払いして立ち上がり、玉座の向こう側――バルコニーに繋がる巨大なガラス戸に目を向ける。
方角的に夕陽が直接こちらに入り込んでくる事はないけど、ガラス戸の向こう側、オレンジ色に染まった海がバルコニー越しに見えた。
「なんというか、凄いね……」
「ぴゃわ~……」
この世界で生まれ育って養ってきた感覚が強いせいか、魔法を使ってこのお城を作ったのに改めて凄い光景だなぁ、と思ってしまう。
普通にこの城を建設しようと考えたら最低でも数ヶ月はかかるだろうし、そもそも島に重機も何もない以上、輸送費やら何やらも含めて凄まじい金額になるだろうなぁ。
「必要な調度品含め家具の数々は完成次第私の方で全て調えておきます」
「あ、うん。ありがとうね、レイネ。でも、本当に大丈夫なの? 調度品とかだけでも相当な金額になると思うけど……」
「この程度なら問題ございません」
「いや、この程度なんて言い切れるような金額じゃ済まないんじゃ……? どう見ても高級な家具だし……」
「家具については私が魔法で加工したものですので、お嬢様がお考えになられている程の金額はかかっておりません」
「……いや、ほら。それでも諸々の材料とかペンキとかニスとか買って塗ったり大変……」
「魔法でペンキやニスそのものを薄く伸ばしてフィルムを張るような感覚で被せているので、手間もかかりません」
「……よくよく考えると万能だよね、魔法って」
人手とか時間のかかる作業とか、そういう部分を魔法でどうにかできてしまうとそういう事もできるんだね……。
あんまり自分では魔法の用途とか深く考えてなかったけれど、そういう作業に使おうと思えば使えるのか。
「既製品で質の良いもの、私では作りきれそうにないものについては購入して対応しておりますが、篠宮家が所有する他の無人島で魔導人形を創造し、まったく同じ品を複製させております。ですので、私は原本と言いますか、最初の一つを作るだけで済んでいます」
「あ、そんな魔法も使えるようになったの?」
「はい。篠宮家に転生してからというもの、この世界の常識等を学ぶ過程で機械化、オートメーションの利便性を認識しまして。人件費を考えて事業を興すより、細やかな魔法によって人間にバレないように最高効率の作業をする方が経費を抑えられると判断し、傀儡系の魔法を改良しました」
「おぉ、凄いね。でも、確かに向こうの世界じゃ現代で言うような工場とかなかったし、分業化なんて考えもなかったもんね」
向こうの世界では、職人の技術を盗まれる事を気にするというのもあったりね。
まあ、そもそも商圏が狭いからわざわざ工場を作って生産性を向上させる必要もなかった、っていうのが現実的なところかな。
だいたいどの村にも職人の一族がいたりするし、町には工房毎に特色があって、相談を受けて商品化するとかはあったけれど、この世界の今の時代ほどの多様な商品はなかったから、工場なんてものは必要なかったし。
「このお城に似合うものとなりますと、アンティーク系の品々となってしまいます。それらを購入するとなると、費用だけが嵩みますし、数が少ないため不揃いになると判断しました。自ら手に入れている材料を除いて購入するだけですので、本当に想定以上に安く済んでおります」
「なるほどね。……ロココちゃん、口開けっ放しだと口の中が乾くよ?」
「はぇ? ――ハッ! お口チャック、でございますね!」
「それは使い所が違う気するけど」
それはどっちかっていうと黙っているとか、そういう使い方だと思う。
まあなんでもいいかな。
とりあえず両手で手を押さえたロココちゃんに頷いておく。
「城の内部構成についてですが、地下にある魔導人形、及び城内の魔道具に利用する魔力を貯めておくための魔法陣を除いて地上5階建て。1階と2階は島内の農業、畜産、狩猟に携わる人型魔導人形のメンテナンスルーム、それに物置や厨房としております。3階はこの謁見の間と甲冑騎士型護衛魔導人形の待機所兼メンテナンスルームと、メイド型魔導人形のメンテナンスルームとなっており、4階を客間とし、5階がお嬢様の主寝室と私の部屋、そしてロココさんのお部屋と数室の空き室となっております」
「ねえ、待って? なに、その農業とか畜産とかって何?」
「この島で実験を行おうかと」
「実験?」
「はい。まず、魔力を放出する事によって、食物やこの世界の生命にどのような影響があるのか。次に、魔導人形が生命というイレギュラーを生み出しやすいものに対し、どこまで対応できるのかという二点を実験していきたいと考えております」
「あー、前者については重要かもね。多分影響はないと思うけどね、私やレイネは転生体な訳で、元の世界の身体でこの世界に来た訳でもないし」
「私もそう思っていますが、私やお嬢様の場合、生まれた時点で魔力を有する魂を持っていました。それに肉体が適応する形であった可能性も否定できません。この世界の成人、あるいは肉体的に完成度の高くなる世代であればどうなるかが分かりませんので」
「なるほどね……。成体となった人間とはまた話が違う訳か。確かに必要な実験だね」
レイネの言う通り、人間の科学では分からないような場所で肉体の変化が引き起こされている可能性は確かにある。肉体が完成したと言える大人に魔力を与え、その変化が危険なものにならない、とは言い切れないか。
トモあたりには教えても構わないと思っていたんだけど、気軽に教えなくて良かったかもしれない。
魔法を教えたら肉体が弾け飛んだ、とかなったら笑えないし。
「もう一つは魔導人形の知能レベルを測るというか、向上させようとしてるって事だよね? その目的は?」
「お嬢様の撮影に使う幻術魔道具カメラの製造を、魔導人形に任せられれば一番良いかと考えているのです。人間を使っていると、どうしても引き抜きや面倒事が引き起こされる可能性を否定できません」
「あー……。だから魔導人形に無人島で造らせようってこと?」
「はい。魔力影響がない事を確認しがてら調べながらしばらくはそれで対応しようかと。人の世に広めるとなれば、その時は篠宮家の者に技術を渡してそちらに任せるように致しますが、それまでは他の人間に関与させない方向でいこうかと。あまり急激に魔力や魔法を広めない方が良いかとも思いますし」
「……うん、それはそうだね」
不用意に魔力を公開するというのは、いわば人間に銃をばら撒く行為に似ている。
個人が他人を意思一つで殺せる武器を、目に見えない形で持った人間が増えるという事になってしまうのだから、この表現は過剰な言い回しという訳でもなく、純然たる事実であると思う。
力の使い方はその力の持ち主の意思次第。
たとえば包丁やハサミっていう、日常で使われているものであっても、充分に人間を殺し得る凶器にもできてしまう。ただ、そうやって使わないだけの話。
魔力や魔法もそうなんだけど、特殊な訓練を受けていない、けれど目に見えない他人を殺し得る武器を持たせるというのは、多少なりとも後ろ暗いものを抱えている人間にとってはなかなかに恐ろしいものと思うだろう。
だからこそ規制し、自分たちだけはその力の恩恵に与ろう、なんて考える連中は多い。
特権階級を守りたがる強欲な存在が掃いて捨てる程いるというのは、前世のあちらの世界でも、こちらの人の世であっても変わらないから。
もしも魔力や魔法をこの世界に広める事になったとしても、便利な技術、科学技術とは異なる、けれど殺傷性や危険性のないものだけを公にしていくつもり。
その先に攻撃魔法に行き着いたとしたら、それはもう私の手を離れたものとして割り切るしかない。火薬が戦争に使われるようになったのと同じように、開発者の想いとは裏腹に発展するという事は往々にして有り得る事だと割り切るけど。
「試作品はすでにできています。幻術でモデルらしさを演出する事にも成功しております。ですので、早速ですがお嬢様」
「ん?」
「このお城での初配信をこれからお願いいたします」
「……え」
「名付けて、プロジェクト『魔王軍』。その始まりの配信を」
そう言い切りながら手渡されたのは、台本。
大々的に表紙に〝プロジェクト 『魔王軍』〟と書かれたそれとレイネを何度か交互に見て、私はもう一度情けなく「え?」と声を漏らしたのであった。




