天然神使
「――宮比神の神使、ねぇ。その子を預かって、配信に参加させてほしいっていうの?」
「はい、それが魔力と魔法を利用した配信を行うにあたる条件だそうで……。基本的にはこの場所に建てる城に常駐していただこうかと思っているのですが」
「ふーん。まあ別に私は構わないけれど……そもそもその子、大丈夫なの?」
そう言って私が指差した先、レイネのメイド服のスカートに抱きついて後ろに隠れるようにしている、身長130センチ程度の小さな巫女服狐面少女。
ひと目見て分かる程度にガクガクと震えながらこちらを覗き見ていて、私の言葉と指に「ぴやっ!?」と声をあげてレイネの後ろに隠れてしまう。
こんなので私と行動するなんて、ちょっと無理だと思うんだけど。
「……おそらく、凛音お嬢様の魔力の波動に怯えているのかと」
「え、私全然魔力放ってなくない?」
「それはそうなのですが、どうもこの世界の神や妖魔といった類は弱すぎるようでして……。凛音お嬢様が普段から放っている多少のエネルギーにさえ、ぶつかれば擦り潰される程に密度も薄いのです」
「多少のエネルギーって?」
「その、生命活動レベルのもので……」
「え、それだけ? もうホントにこの前言った通り鼻息一発で悪霊とか倒せちゃうってこと?」
どうなってるんだろうね、この世界の弱さは。
もうちょっと頑張れと言いたい。
まあ、さすがに頑張ったら人間に当たり前のように襲いかかる亡者の怨念とか、怨霊とか、そういうのが発生したりするかもしれないけど。
「しかし、そのおかげで凛音お嬢様を海外からでも魔力を検知でき、即座に見つける事ができましたので、一概に悪い事ばかりという訳でもないのですが……」
「その代わり、力を多少なりとも持った者から見ると私はこういう風に見られるってことね」
「あ、あわわわわわわわ……。み、みみみみやび様より圧倒的に、つ、つつ、強いでございますれば……っ!?」
レイネのスカートをぎゅっと握りながらガクガク震えてるものだから、レイネもちょっと鬱陶しそうに眉間に皺を寄せている。
レイネは服装とかぴしっと整えているから、皺がついたりするのを嫌うしね。
これで怒られたらそれはそれで可哀想だけど。
「んー、つまり私の魔力を感じられなければいいってことよね? なら、ほいっと」
指をパチンと鳴らして巫女服少女の周囲に結界を形成し、周辺の魔力を完全に遮断させる。
効果は劇的で、その瞬間に巫女服少女はぴたりと震えを止めて、何が起きたのかと確認するようにきょろきょろと周りを見回してから、まじまじと自分の手を見つめている。
そんな彼女に目線を合わせるように腰を屈めてみると、狐のお面越しにこちらを見つめてきた。
「あ、あの、えっと……?」
「あなたの周りに結界を張ったから、魔力は感じられなくなったはず。どう? まだ私が怖い?」
「い、いえ、大丈夫でございます……! も、申し訳、ありませんでした……。敵意はないと判ってはいたのですが、如何せん大きすぎる力でございました故に……」
「大きすぎる、ねぇ……」
ちらりとレイネを見れば、レイネも困ったように肩をすくめてみせた。
ぶっちゃけ、普段の私やレイネって、パソコンで言うところの電源が繋がっているだけの待機状態みたいなものなんだよね。
だから、魔力を意図的に放出したり、魔法を使うために魔力を練ったりしているなんて事もないし、その余波が出ているという事もないのに怖い、と。
……力に気が付かない方がワンチャン強いのでは??
ほら、トモに手を出そうとした……なんだっけ……?
しん……新城? いや、同情とかなんとか、そんな感じな名前のアレは私に怯えたりはしなかったし。
「まあ、しばらくはこれでいいかな。レイネは遮断系の結界って苦手だっけ?」
「そうですね。私の場合、物や空間ならばどうにでもなるのですが、他人に結界をかけようとすると何故か光や空気さえも遮断してしまいますので」
「……うん、やめてあげてね。私が来た時に結界を張り直すようにするしかないね」
「え? あ、あのあの、つまり、わたくしめはここに置いていただけるのでございますか?」
「うん、別にいいよ。……まあ、まだ家も何もないけど」
ザ・無人島って感じだもんね、今は。
見渡す限りの自然全開って感じだし。
「あ、ありがとうございまするっ! わたくしロココと申しまするっ! よく分からないけれど、せーいっぱい頑張りまするっ!」
お面越しにも目を爛々と輝かせているであろう事が分かるぐらい、声が弾んでふんすと力を入れているのがよく分かる。
小さな手をぐっと握ってみせているし。
「……悪人にあっさり騙されそうだね、この子」
「神域で育っていたようですので、悪意に晒された経験はないかもしれません」
ある意味、この子は都会に来るより無人島にいる方がいいだろうね。
ほら、都会って色々な人種が存在してるからね。
神使が紳士に標的にされてしまう、とか冗談めいたネタが浮かんだけれど、あながちそれが冗談にならなくなりそうだし。
その前にこの見た目だとお巡りさんに補導されちゃうかもだけど。
「ではお嬢様、早速ではございますが、城を建築していただけますか?」
「はぇ?」
「別にいいけど、素材は?」
「建設予定地にすでに積んであります」
「……あの……?」
「んー、空から見てきていい?」
「はい。もともと崖が近かったため木々も少なかったのですが、それでも狭いと判断したため、周辺の木々はくり抜いてあります。見ていただければ分かるかと」
「……あ、あのあの……!」
「野生動物は?」
「予め近づかないよう威圧を放って追いやっておりますので、建設予定地付近にはおりません」
「あのーーっ! い、意味が分からないのでございますればっ!」
ロココちゃん、吠える。
いや、私はちょっと困惑している姿が面白くて放置していたんだけれどね。
なんかあわあわしながら両手が所在なさげに宙を掻いていて、私とレイネが一言交わす度にそれぞれの顔を見上げてたものだから。
レイネが反応しなかったのは、多分私のせいだろうね。
多分私がわざと無視というか、放置しているのを察してそれに合わせてくれたんだろうし。
そうして吠えた事で、ようやくレイネがロココちゃんに顔を向けた。
「お嬢様が今から城を魔法で建てます。その準備はすでに私が済ませておいた、というお話ですが?」
「はえ……? ま、魔法なるものでお城を建てると申しているのでございますかっ!?」
「うん」
「はい」
「し、知らなかったでございまする……! 外はそのような時代になっていたのでございますね……! わたくしめが知る建設と言えば、それこそ多くの者達が集まり、縄で括って引き上げて積み上げるように行うというものでございますれば……」
いや、それはそれで時代的に過去のものだと思うけどね。
面白いからこのまま黙ってよう、という事でレイネに目を向ければ、レイネも小さく頷いてくれた。
配信でもこの子がどこか間の抜けた感じの反応をしてくれるなら、きっとその方が面白いだろうし、敢えて私達からは常識を教えないでおこう。
「それじゃあ、ロココちゃんも見てみる? 魔法建築」
「よ、よろしいのでございまするかっ!?」
「うん、別にいいよ。あ、空飛べる?」
「はえ? 空を飛ぶというのは、鳥のようにお空を飛ぶということにございますか?」
「んー、こういう感じ」
鳥のようにっていうと翼を広げて羽ばたくみたいに思われそうだし、手っ取り早く実演。
ふわりと身体を浮かび上がらせてその場からロココちゃんを見下ろしていると、ロココちゃんが私を見上げてゆっくりとお面を取った。
黒髪のおかっぱ頭の少女で、目はくりっとしていて大きくてまんまる。
そんな少女がさらに目を大きく見開いて、口までぽかーんと丸く開けたまま私を見上げていた。
というか、そのお面外して良かったんだ――なんて考えていたら、ロココちゃんがはっと我に返ったようにぴくりと動いた。
「じ、神通力でございまする!?」
「いや、魔力だけど……。それより、飛べそう?」
「わ、わたくしめはそこまでの御力はございませぬ……」
「そっか。じゃあレイネ、抱き上げて一緒に飛んでもらえる?」
「承知しました。失礼いたします」
「ふぁっ!? あっ、お、お面! 落としちゃったでございまする!」
「はいはい」
指をぴっと向けてお面を浮かばせ、レイネに抱き上げられたロココちゃんの胸元にぽすっと乗せる。
ただそれだけの事なのに、ロココちゃんはやたらと目をきらきらと輝かせてお面を見つめていた。
「ぴゃー……、お面にまで神通力が宿ったのでございます……? おまえ、そんな力を宿していたのでございます?」
うん、違うんだけどね。
なんだかきらきらとした目でお面を確認してるロココちゃんを見ていると、いちいち冷静に指摘するのも野暮かなと思い、とりあえず黙っておく。
決してこの天然ぶりが可愛くて面白いから放っておこうとか、そんな事しかない……あ、違った、そんな事ない。
という訳で、空に向かって飛び上がってみる。
地形は確かに魔力を走らせたおかげでなんとなく想像ができていたけれど、切り開かれた場所がある事まではいまいち判然としなかった。
何せこの世界、ありとあらゆるものに魔力が通っていないものだから、魔力を走らせても塗り潰した絵みたいになるというか、全体的にぼんやりとするというか、そんな感じになる。
でも、こうして空から見てみるとよく分かる。
三日月型の島で白い砂浜もあるし、鬱蒼と生い茂った原生林が広がっている島。
透き通った海はなだらかに深くなっていくと思いきや、ところどころで穴が空いたように深くなっているせいか、周りよりも深い青色に染まった場所があったりもして、色のメリハリがある。
島の高低差もそれなりにあるせいか、砂浜以外のところは割りと崖になっているらしい。
そんな崖を背に切り開かれた場所は確かにあった。
ご丁寧にどこから切り出してきたのかも分からない、大量の石材が山積みされているし、あそこだろうなっていうのは目で見ればひと目で分かった。
「というか、充分過ぎる程に広いけど、私が撮影で使うだけなのにそこまで広いお城って必要?」
「大は小を兼ねると申しますので」
「ア、ハイ」
うん、まあいいんだけどさ。
前世の魔王城に比べれば圧倒的に小さくなるし。
この世界に今でも残っているようなお城に比べれば大きいかもしれないけど。
立地的にも、背景にもくもくとした雲が広がっていて雷鳴でも鳴っていれば、確かに映画で観るような魔王城風にもできちゃいそうだよ。
むしろファンタジー映画の撮影地としてレンタルできるぐらいの勢いで建てようか。
きっと儲かる。
「……さすがに魔王城だからって黒くしたりとか、ちょっとぼろっちい感じにしたりしなくていいよね?」
「必要ございません。快適に暮らせるお城を造っていただければ良いかと」
「はーい。んじゃ、始めようか」
すうっと深呼吸して、魔力を練り上げる。
ふわりと私の髪が靡いて、淡い光を放つ中、私はゆっくりと前方のその場所に手を翳した。