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転生魔王の配信生活  作者: 白神 怜司
第三章 『魔王軍』始動
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神とメイドの交渉 Ⅱ




 魔力を運用し、世間に出しても問題はないか。

 これはある意味、私はともかく凛音お嬢様が今後様々な事に挑戦し、この世界で生きていく上で〝窮屈ではなく快適に生きていけるか〟という重要な要素に関係してきます。


「魔力、ねぇ。それはあんたのその力の事だね?」


「はい。これを運用し、世間に出してしまう事に神として何か不都合や問題などはないか、と」


「ふむ……。理由は? 力を使ってこの世界を支配したい、とでも言うつもりかい?」


「は? なんでそんな面倒な真似をしなくてはならないんですか? 単純に不便だから、です」


「……は?」


 きょとんとした表情で雅さんがこちらを見つめますが、正直その一言に尽きるのです。


 魔力、魔法を操れる者にとって、それらを使わずに生きていくというのは不便極まりないものです。

 喩えるならば、両手を使えるのに片手だけ、或いは両足を使えるのに片足だけで日常生活を過ごせと言われているようなものでしょうか。使えて当然のようにあるものを使わず、制限を設けて生きろと言われているようなもの。

 いえ、誰しもが五体満足に存在する、動かせるという訳ではないのでその表現だけでは語弊を招きかねますね。

 詰まるところ、「今現在で日常的に当たり前のように利用している身体の一部を、使えばどれだけ楽であったとしても使わずに生活しろ」と言われているようなもの、という訳です。


 現在、私や凛音お嬢様は、せいぜいが快適に過ごせるように薄っすらと障壁で身体を覆い、夏は涼しく冬は暖かく過ごす程度に留めています。あとは自室でちょっと離れた場所のものを取る時は魔法で浮かせて引き寄せたりもしていますし、飲み物を空中に固定し、寝そべったままスマホをいじったりという、個人で小さくバレないように使用しているぐらいで、人の目があるところでは当然見て気付かれるような魔法までは使わないようにしています。

 魔力、魔法というものは一般的ではなく、この世界で言うところの空想上の不思議な力、というものでしかなく、現実に存在していないものとして認識されていますからね。


「配信で使おうかと思っていまして」


「はい、しん? それはあれか、てれび、とやらにでも出てるのかい?」


「いえ、似たようなジャンルではありますが、テレビではなくインターネットで行っているものです。不特定多数に向けて配信を行っているという意味では、テレビに近いかもしれませんね」


「素人が、かい?」


「素人もプロも関係なくそういった事ができるのです」


「へぇ……? ちょいと待ちな。少し情報を集めてみるよ」


 そんな言葉を口にしたかと思えば、雅さんが目を閉じて神気を広げていきました。


 見た事のない力の使い方ですね。

 広範囲を探索するような魔法に似ているような気もしますが、それよりも細く、薄く広がっているという感じですね。


「お茶のおかわりを注がせていただきますっ!」


「ありがとうございます」


 この場所に来た時にこの娘と同じような狐面の少女たちは部屋を退出していったのですが、この娘だけは退出しなくてもいいようです。

 お茶を持ってきてからというものの、少し離れたところでちょこんと座って楽しそうに身体を揺らしていたのが視界の隅に入っていましたし。何か彼女たち世話役とも言えるような〝神使〟の中で、独自の取り決めがあったりするのでしょう、多分。


「ところでお客様お客様。まりょく、とは如何なるものなのでございましょう?」


「私のような者が持つ力、でしょうか。というより、お喋りしていて大丈夫なのですか?」


「はいなのです。みやび様のアレ(・・)は、外界の様子を探り、世界の常識を探っているのでございまする。今は意識を飛ばしていらっしゃいますので、こちらの声は届かないのでございますっ!」


「なるほど……」


 向こうの世界でも、神族共には『世界の軌跡(アカシックレコード)』を読み取るというものがありましたね。世界は違えど神ならば似たような事ができる、という事なのでしょうか。


「以前にも同じ事をしていた所を見た事があるのですか?」


「ございますればっ! 季節が70ほど巡る前のお話でございますっ!」


「……そうですか」


 70年ほど前となると、だいたいテレビ放送が日本で始まって来た頃のこと、でしょうか。

 昨今の技術進化に対して期間が空きすぎていて、目が回りそうですね。そこからの数十年での技術進化は目覚ましいものがありますし。


 それにしても、この娘も70年以上は昔に生まれていた、という事ですか……。


 ……いえ、他意はありません。

 前の世界の長命種であった者たちでさえ、50も歳を重ねる頃には精神は成熟して大人らしくはなっていたはずなのに、とか思っていませんとも、えぇ。

 育った環境がこの閉鎖的な世界で、刺激のない変わらない日々を過ごしていたのでは成熟するまで時間がかかるのも無理はありませんよね。そういう事にしておきましょう。


「お客様お客様、外界とはどのようなところなのでございましょうっ?」


「どのような、とは?」


「自分のような〝神使〟にとって、外界の記憶と言えば獣であった頃の記憶しかございませんっ。外界に関する記憶と言えば、雄大に佇む野山や背の高い木々の生い茂る森、草原といった風景の記憶が朧気に残っているのみなのでございますっ!」


「そうでしたか……」


 それは前世の世界、魔物から魔族に進化し、明確に自我を持った者も似たような事を言っていましたね。薄っすらと生きていた、見ていた記憶だけが残っていて、進化して初めて明確な自我を持つようになった、と。

 本能と多少の知恵しか持たず、知識を有しない魔物であった頃の記憶は、ただただ欲に突き動かされていただけだった、とも。


 そうなると、〝神使〟という存在はそれに似た存在なのでしょうか。

 世界が違ってもヒトの見た目は酷似している点。そして、この世界にないはずの魔力や魔法という私たちの生きた世界にあったもの等も含めて空想されているところといい、世界と世界というものは存外似た造りをしているのでしょうか。


「外界は……そうですね。雅さんもきっとこの数十年の情報を見て感じるとは思いますが、何かと目まぐるしい世界、でしょうか」


「目まぐるしい、でございますか?」


「何かに急かされるように生きる人々。当たり前のように毎日のほぼ全てとも言える時間を勤労に追われ、それが是とされた生活。そして技術もまた何かに背を押されているかのように進化を続けていて、日々新たなものを生み出し続けています。その流れに疲れ、足を止めてしまいたくもなるのでしょうが、しかしその流れは一向に止まらず、足を止めてしまったり、止めずとも歩みが遅ければ置いていかれてしまいそうになる、そんな世界です」


 人の生涯は短く、しかし日々の進歩と技術の進化はその数倍も早い。

 故に短い生涯でありながらも、その中でも常に新しいものが生み出され、広がり、5年、10年と経つ頃には当時は新しかった古いものは、新たなものに簡単に淘汰される。

 それは技術だけではなく、考え方という思想であったり、常識という悪習であったりと、様々なものが、刷新され、すり替わり、常識を更新していく。


 これを目まぐるしいと言わずになんと言えば良いのか、私には分かりません。


「ほわぁ……」


「――言い得て妙、というやつだね」


 目を丸くして話を聞いていた少女に代わって私の話をそう表現したのは、ようやく目を開けた雅さんでした。


「みやび様っ! お戻りになられたのでございますねっ!」


「あぁ、お客人の相手をありがとう。ついでにお茶のおかわりを貰えるかい?」


「ただいまお注ぎいたしまするっ!」


 少々疲れたような表情を浮かべてお茶のおかわりを要求する雅さんに、狐面の娘が嬉しそうに応えてお茶を注いでいく。


「はぅ、お茶がなくなってしまったのです……。新しいものをご用意してまいりまするっ!」


「よろしく。あ、駆けずに――……って、まああの娘じゃ無理な相談かね」


 雅さんが声をかける頃にはすでに駆けていきましたからね。

 駆けない叫ばないの約束はすでに忘却の彼方に消え去ってしまったのでしょう。

 短い約束でしたね、本当に。


「それにしても、だ。……なんだい、この世界の流れは」


「と言いますと?」


変わり過ぎ(・・・・・)だよ。これまでせいぜいが多少の様式の変化、緩やかな進歩しか生み出さなかった時間で、一体何がどうなったらこんな急激な変化を迎えるんだか。有り得ない早さだね、これは。そういう意味で、あんたの言ったこの数十年と今の世界に対する表現は、実に的を射たもんだ。あまりにも目まぐるしい。情報量が多くて頭が痛いったらないよ」


 眉間に皺を寄せているあたり、本音なのでしょう。

 ブツブツと「これからは10年、いや5年に一度は……」なんて愚痴ってますし、それぐらい情報を読み取るのに負荷がかかっていたのかもしれません。

 ご愁傷さまです。


「ふぅ……。さて、待たせて悪かったね。知識の擦り合わせができてない状態じゃいまいち判然とはしなかったが、なるほど、納得だよ。確かにこの時代、この世界じゃ誰もが配信っていう手を使って情報発信していけるようになる訳だね」


「はい。私の主である御方もVtuberという活動を行っています。芸能、とまではいかないでしょうが、似たようなものでしょうか」


「……ほう?」


 宮比神――即ち、芸能の神とも言える雅さんとしても興味を抱く項目だったのでしょう。

 一度強く目を閉じて、そうして再び目を開けてこちらを見つめて顎で続きを促してきたのは、得たばかりの記憶を掘り起こしていた、というところでしょうか。


「雅さんもすでにご存知かと思いますが、Vtuberが3Dで配信するには、かなりの費用や限られた空間というものが必要となります」


「ふむ、まぁそうだろうね。専用のスーツを着てあちこちのカメラでモーションを読み取り、それを反映させる。必然的に設備の整った箱の中である必要があるだろうね」


「はい。ご認識の通り、そうそう手を伸ばして整えられるものではなく、かと言って安価なものを使うと誤作動や誤認識が凄まじく、お世辞にも充分とは言い難いような状況です。大手配信事務所が最大限整えて用意したスタジオであっても、未だにモデル同士が手を繋ぐ事も難しく、現実の通り、とはいかないのが実状です」


 以前、凛音お嬢様からVtuberなるものにならないかと話を持ちかけられた後、3Dモデルの話や配信の話が出ましたが、なかなか手を出せないもの、というのもあって凛音お嬢様はあまり乗り気ではありませんでした。

 ですので、あの時から私は、どうにか3D配信を気楽にできるようにする事はできないかと考えていたのです。


 確かに現在、どれだけお金を投じても全てを自然に、完璧に行うというのは不可能です。

 ですが、それはあくまでも科学で考えた場合の話。

 魔力、魔法を使うのであれば、何も高価な箱である必要も、背景の設定も、妙なモデル用スーツに身を包む必要もないのでは、と考えました。


 人がモデルの姿に変身するというのも考えましたが、それをやっても背景がそれに相応しくなければ、当然モデルの姿が浮いて(・・・)見えます。

 背景が実写で、モデルが絵となれば、それはただの合成映像にしか見えませんしね。

 そんな中、たとえば屋外であれば、風による髪や服の揺らめき、陽光の生み出す陰影等も含めて、そういったものだけがモデルに反映されて、なかなかに奇妙なものになってしまいます。


 そうした背景等とのバランス調整も引っくるめて考えるならば、「だったら全て【幻影魔法】を駆使して景色もろとも変えてしまえば良いのでは」という結論に至ったのです。

 ……力技じゃん、と凛音お嬢様に呆れられそうなので、さすがに完成するまではお伝えしていませんが。


 結局のところ、どうにかする手段はあるのです。魔力持ちで魔法を使える私たちには。

 ただしそれをやってしまって、世間を騒がせた時、魔法という力を詳らかに発表するつもりはなく、不思議技術としてしれっと世に放っていいものかと考えると、どうしても実行するのが躊躇われる、という答えに行き着いてしまいます。


 人相手ならば、その魔法を最新技術だのなんだのと言って世にレンタル商品として放ってしまってもいいでしょう。

 なんだかんだで「新しいもの、凄いもの」として深く考えずに受け入れられるのが人という種族ですし、技術開示を強制してこようとする存在がいれば裏でプチっと潰してしまえばいいのですから。


 ですが、神に禁じられていたり世界がそれを禁ずるとなるとそうもいきませんしね。

 故に私は、凛音お嬢様の夏休み前のこの期間を利用して、神、あるいはそれに準ずる存在を探しにきていたのです。問題がないか、或いはどこまで譲歩できるのかを探る為に。




 それらの経緯と、私がやろうとしている事を一通り話し終えた後、雅さんは何かを思いついたかのようにニヤリと笑みを浮かべてみせました。





「――いいよ。やってみな。ただし、条件がある」





 そんな一言と共に告げられた条件に、私はしばし頭を抱える事になるのでした……。







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