第三章 プロローグ
この世界、世の中の技術は常に進化を続けています。
特にこの100年という歳月の中で、家庭の在り方は大きく変わり、働き方も変われば、人と人との繋がりというものも、どんどん利便性を増した文明の利器によって改善されているようで、その経緯を学んだ時はずいぶんと驚かされたものです。
かつて自分が生きてきた異なる世界。
あちらの世界では100年程度ではそこまで大きく物事は変わらず、技術が目覚ましく進歩するという話は聞いた事もありませんでしたから。
そんな風に、全く在り方も時の流れ方も異なるそれぞれの世界を改めて比べてみながら、こちらの世界では篠宮琴乃という名を持ち、かつてはレイネルーデ・アーテルという名を持っていた闇竜魔人の生まれ変わりである私は、ふと思う。
――この世界は、純粋な力を持つ者にとっては生きにくい世界だ、と。
一概に『力』と称したところで、その在り方は大きく変わります。
例えばこの世界で一目置かれる力と言えば、分かりやすいところで言えば『権力』というところになるでしょう。
個々の魔力もなく、戦いも兵器によって行われるこの世界では、突出した存在を排除する傾向が強い。
きっとこの世界で自分や自分の敬愛するお嬢様の持つ力を発揮すれば、排斥されるに違いありません。恐れ、怯えられる事となる。
故に、自らの持つ力を自由に振る舞えない。
そういう意味で、生きにくい世界だ、と。
誰もが手にしている『それなりの自由』と引き換えに、私や敬愛するお嬢様にとっての『本当の自由』は手に入らない世界、それがこの世界です。
もっとも、あの御方を頂点とした国を手に入れようと思えば手に入れる事もできるでしょう。
正直に言って、あの御方どころか私が力を発揮してしまえば国や世界など為す術もなく、私たちの前に屈するしか道はなくなりますから。兵器も毒も我々には通用しませんからね。
しかし、あの御方はそもそもそれを望んではいません。
故に、私もまた決して力の使い所を間違えてはなりません。
――――とは言え、それは『全ての力を使うな』という訳でもありません。
だからこそ、私は一人、この場所へとやって来たのです。
◆
じりじりと照り付ける太陽。
蝉が生を謳歌する為に精一杯歌う音色は、街で耳にする音とはまったく異なり、しゃわしゅわと音と音がぶつかり合って拡散、広がった波のように響き渡る。
ここは凛音お嬢様の住まう街からは少々離れた山奥。
魔力を辿り、姿を消して飛んできた私を待っていたのは薄っすらと張られた結界でした。
山奥に結界、ですか。
中を探ろうとしても、この結界はどうやら〝遮断〟よりも〝同化〟に重きを置いているようで、魔力が認識できなくなっているようですね。
なるほど、もしやこの世界はそういう方向に特化しているのでしょうか。
であれば、確かに魔力を走らせただけでは見つけきれませんね。
もっとも、今回のように魔力が不自然に集まり、この場所に来た途端に消失するという不自然な動きさえしていなければの話ではありますが、今後はもう少し操作の質を変えていく必要がありそうです。
そんな事を考えつつそっと手を伸ばし、結界に干渉――しようとしたら、パリンッと甲高い音を立てて結界が砕け散りました。
……えっと。
薄氷ですら、触れて少しでも負荷をかけない限り割れたりはしないものですが……?
こんな結界なら、いっそ物理的に囲った方が効果的なのでは??
えぇ、そうですとも。
微弱過ぎる力で結界を張ったここの主が悪いのです。
私は悪くありません。
そう自分に言い聞かせつつ前方へと目を向ければ、広々とした和風の神社がそこには佇んでいました。
結界を見つけたのは傍から見れば鬱蒼と生い茂る森のど真ん中でしたが、これがこの場の真なる姿という事なのでしょう。
これは……少々気分が悪くなりますね。
ここにはどうも、神気が漂っているようです。
神気を肌で感じてしまうと、以前の世界で戦い、殺せなかった神々を思い出して殺意……けふん、苛立ってしまいますね。
舌打ちしたい気分で周りを見ていると、目の前でポンッと煙が弾けてそれは現れました。
「――あ、荒神の一柱とお見受けしまする! どうかお鎮まりくださいませ!」
「は? 私が神、ですって? 殺しますよ?」
「ひぇっ!?」
現れたのは、狐面をつけた巫女服に身を包んだ少女でした。
ブルブルと身体を震わせて私を見つめている少女は、顔や表情こそ狐面のせいで見る事はできませんが、身体の大きさから十代前半といったところでしょうか。
もっとも、それはこちらの世界の外見から判断した場合の話です。
この少女、この世界の住人にしては珍しく、魔力と神気を併せ持っていますね。
そうなると、見た目から年齢は判別できません。
向こうの世界で見た目と年齢が噛み合うのは、せいぜい赤子の間ぐらいなものでしたし。
「失礼しました。私は神ではありません」
「し、信じられませぬ! 荒ぶる神でもなければ、結界をあのように破るなど有り得ませぬ! ――はっ!? も、もしや、力試しにきた妖魔!?」
「妖魔、とやらがどのようなものかは分かりませんが……違います。というよりも、そもそもこんな吹けば消し飛ぶような場所に攻撃を仕掛けるつもりであれば、とっくにこの山ごと消し飛ばしています」
「吹けば消し飛ぶ!? 山ごと!? は、はわわわわ、お、恐ろしや……!」
「ですので、そういったつもりはありません。少々気になったので調査に来た、というのが正しいところです」
「なっ、なるほどですっ! ようこそですっ! ささっ、案内いたしまする!」
なんなのでしょう、この娘は……。
そこはかとなく漂ってくるポンコツ感と言いますか。
調査に来たというのが嘘ではないかと警戒するべきだと思うのですが……というより、調査に来たと聞いて普通に案内するというのもどうかと思います。私が何を調査しに来たのかとか、何者であるかも一切答えていませんし。
もしもメイド見習いとしてこんな娘を教育しろと言われようものなら、まず間違いなく厳しい指導が必要になりそうですね。
ともあれ、少女に連れられて進んだ先には、大きな鳥居がありました。
確かこの国では中央は神の通り道なので、隅を通るのが正しいという話であったはずですが……この娘、ど真ん中を堂々と通っていますね。
「……まさかとは思いますが、貴女がここの主なのでしょうか?」
「うぇっ!? ち、違いまする! 自分はただの〝神使〟にございますれば!」
「〝神使〟、ですか」
今生における我が家――篠宮家は、この国の古い神道に関わりを持つ家でした。
そこで学んだところ、確か〝神使〟とは神の使いである獣であると記憶しているのですが、狐のお面を被っている割に見た目に獣らしさと言いますか、向こうの世界で言うところの〈獣人族〉のような耳や尻尾は見当たりません。
というより、〝神使〟であるなら余計に鳥居の下、中央を通るというのは作法的に如何なものかと思うのですが……まあ、あんなものは人間が決めたものですからね。
きっと問題ないのでしょう。
私も神如きに道を譲るつもりはありませんので、わざわざ隅に寄ったりはしませんが。
鳥居を潜ったところで、先程私が砕いた結界が修復されたようで薄い光の膜が空に広がっていくのが見て取れました。
広がる力は、やはり神気……それにしても弱々しいものですね。
これ、帰りは細心の注意を払って通らなければまた砕いてしまいそうなのですが。
「それで、ここは一体どのような場所なのでしょう?」
「こちらは宮比神様のお社にございます!」
「宮比神といえば、天宇受売命でしたか」
「様! でございますれば!」
敬称をつけなかったのが気に入らなかったようですが、生憎私にとって神は仇敵と言える相手です。そのような敬称をつけるに値しません。
しかし、『芸能の神』とも言われる神であれば、もしかしたら色好い返事をいただけるかもしれませんね。
もっとも、断るなどという選択を許すつもりはありませんが。
そんな事を考えながら、私は娘に連れられて社へと足を進めたのでした。




